労働者の過半数で組織する労働組合のない会社では、労働者の労働条件を変更する必要がある場合などに、労働者の過半数を代表する者と議論し書面による協定を結ぶことがあります。
たとえば、会社が労働者の勤務時間について変形労働時間制を導入しようとする際に、労働者の過半数を代表する社員と協議して労使協定を結ぶようなケースです。
このような労働者の過半数を代表する者との労使協定は、労働基準法で義務付けられるものであり、労働者の過半数で組織する労働組合のない会社で必ず必要とされるものですので、労働者がその過半数代表者になったからと言ってペナルティーを課してよいものではありません。
しかし、ブラック体質を持った企業の中には、会社と対立関係に立つ労使協定の過半数代表者に労働者が就くことを快く思わない会社もありますから、その過半数代表者に就任したり、過半数代表者になろうとした労働者を報復として解雇してしまうケースも稀に見受けられます。
たとえば、先ほど挙げた労働者の勤務時間について変形労働時間制を導入しようとする場合などに、労働者の過半数を代表者になろうとした社員を解雇したり、過半数代表者になって会社と協議しようとした社員を解雇するようなケースがそれです。
では、このように労働者が労使協定の過半数代表者になったこと、又はなろうとしたことを理由として解雇された場合、その労働者はどのように対処すれば自身の労働者としての地位や権利を保全できるのでしょうか。
労使協定の過半数代表者になったこと、またはなろうとしたことを理由としてなされた解雇の有効性とそれに対する具体的な対処法が問題となります。
解雇は「客観的合理的な理由」がない限り無効と判断される
労使協定の過半数代表者になったこと、又はなろうとしたことを理由として解雇された場合の対処法を考える前提として、そもそも解雇が具体的にどのような要件の下で許されているのか、解雇の有効性の基準を理解しておく必要があります。
解雇の有効性が具体的にどのような基準で判断されるのかを理解できなければ、解雇された場合に対処できるのかということさえ理解できないからです。
この点、解雇の要件は労働契約法第16条に規定がありますので、まず条文を確認してみましょう。
【労働契約法第16条】
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
労働契約法第16条はこのように解雇に「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つの要件を規定していますので、この2つの要件のうち一つでも欠けている場合には、その解雇は無効と判断されることになります。
つまり、仮に労働者が解雇された場合であっても、その解雇の事由に「客観的合理的な理由」が「ない」と認められるならその解雇は無効と判断されることになりますし、仮にその解雇事由に「客観的合理的な理由」が「ある」と認定できる事案であったとしても、その「客観的合理的な理由」に基づいて解雇することが「社会通念上相当」と言えない事情がある場合には、その解雇はやはり無効と判断されることになるのです。
労使協定の過半数代表者になったこと、又は過半数代表者になろうとしたことを理由とした解雇に「客観的合理的な理由」は存在しない
このような労働契約法第16条の規定を念頭に置いたうえで、労働者が労使協定の過半数代表者になったこと、または過半数代表者になろうとしたことを理由として会社から解雇されてしまうケースを考えてみますが、結論から言うとそのような解雇は絶対的・確定的に100%無効ということが言えます。
なぜなら、労働基準法の施行規則第6条の2第3項が、労使協定の過半数代表者になったこと、又はなろうとしたことを理由として労働者に不利益な取り扱いをすることを明確に禁止しているからです。
【労働基準法施行規則第6条の2第3項】
使用者は、労働者が過半数代表者であること若しくは過半数代表者になろうとしたこと又は過半数代表者として正当な行為をしたことを理由として不利益な取扱いをしないようにしなければならない。
労働基準法施行規則第6条の2第3項は、このように「労働者が過半数代表者であること若しくは過半数代表者になろうとしたこと」を理由に不利益な取り扱いをすることを禁じていますから、それを理由に労働者との労働契約を一方的に破棄する解雇も禁止されていることになります。
そうであれば当然、「労働者が過半数代表者であること若しくは過半数代表者になろうとしたこと」を理由に行われた解雇は同施行規則に違反する違法な行為となりますが、違法な行為に「客観的合理的な理由」は存在しませんので、その解雇に労働契約法第16条の「客観的合理的な理由」も認められないことになります。
ですから、労働者が労使協定の過半数代表者になったこと、又はなろうとしたことを理由としてなされた解雇は、絶対的・確定的に100%無効ということが言えるわけです。
労使協定の過半数代表者になったこと、又はなろうとしたことを理由として解雇された場合の対処法
以上で説明したように、労使協定の過半数代表者になったこと、又はなろうとしたことを理由としてなされた解雇は絶対的・確定的に100%無効ということになりますから、そのような解雇を受けた労働者はその解雇の撤回を求めたりその解雇日以降に得られるはずであった賃金の支払いを求めることも可能です。
もっとも、実際にそのような理由で解雇された場合には労働者の側で何らかの対処をとらないと解雇が粛々と既成事実化されてしまいますので、その場合に労働者がどのような対処をとり得るのかが問題となります。
(1)解雇を通知された時点で解雇理由証明書の交付を請求しその交付を受けておく
労使協定の過半数代表者になったこと、又はなろうとしたことを理由として解雇された場合には、まずその解雇を通知された時点で速やかに会社に対して解雇理由証明書の交付を請求し、その証明書の交付を受けておくようにしてください。
解雇理由証明書の交付は労働基準法第22条で使用者に義務付けられていますので、労働者が請求する限り使用者側に拒否する権利はありませんから、請求しさえすれば遅滞なく証明書が交付されるはずです(証明書が交付されないならそれ自体が労基法違反となります)。
ではなぜ、この解雇理由証明書が必要になるかというと、それは会社側が勝手に解雇の理由を変更し、全く別の理由で解雇したと抗弁してくる可能性があるからです。
先ほど説明したように、労使協定の過半数代表者になったこと、又はなろうとしたことを理由として労働者を解雇することは労働基準法施行規則で禁止されていますから、そのような解雇が裁判になれば確定的に会社が敗訴してしまいます。
そのためそのような解雇をした会社では、裁判で訴えられた途端、それまでの解雇理由を勝手に変更し「原告は労使協定の過半数代表者になった(またはなろうとした)ことを理由に解雇されたって言ってますけど、解雇したのは労使協定の過半数代表とは全く関係がなく、単に彼が○○の行為をしたからなんですよ」などと労働者の非違行為をでっちあげて解雇を正当化しようとするケースがあるのです。
しかし、解雇された時点で解雇理由証明書の交付を受けておけば、その解雇理由証明書に解雇理由として「労使協定の過半数代表になったこと(又はなろうとしたこと)」と記載させることができますから、それ以降に解雇理由を勝手に変更されることを防ぐことができます。
そのため、解雇された時点で解雇理由証明書の交付を受けておく必要があると言えるのです。
なお、解雇理由証明書の請求に関する詳細は以下のページで詳しく解説していますのでそちらを参考にしてください。
(2)労使協定の過半数代表になったこと、又はなろうとしたことを理由として解雇することが労基法施行規則に違反する旨記載した通知書を作成して会社に送付してみる
労使協定の過半数代表者になったこと、又はなろうとしたことを理由として解雇された場合には、その解雇が労働基準法施行規則に違反する旨記載した通知書を作成して会社に送付してみるというのも対処法の一つとして効果がある場合があります。
前述したように、労使協定の過半数代表者になったこと、又はなろうとしたことを理由として解雇することは労働基準法施行規則第6条の2第3項で明確に禁止されていますから、そのような違法な解雇を執行する会社はそもそも法令遵守意識が低いので口頭で「違法な解雇を撤回しろ」と抗議してもそれを撤回してもらえることは望めません。
しかし通知書を作成して書面という形で正式に抗議すれば、将来的な裁判への発展や弁護士の介入などを警戒して話し合いに応じるケースもあると思われますので、とりあえず書面で抗議してみるのも効果があると考えられるのです。
なお、その場合に会社に送付する通知書の文面は以下のようなもので差し支えないと思います。
甲 株式会社
代表取締役 ○○ ○○ 殿
労使協定の過半数代表者になったことを理由とした解雇の無効確認及び撤回申入書
私は、〇年〇月〇日、貴社から解雇する旨の通知を受け、同月末日をもって貴社を解雇されました。
この解雇については、〇年〇月、私が直属の上司であった○○にその理由を尋ねたところ、同氏から、同年〇月に貴社が変形労働時間制に移行する際に労基法で定められた労使協定の過半数代表者として私が就任したことに不満をもった貴社役員が私の解雇を決定したとの説明がなされております。
しかしながら、労働基準法施行規則第6条の2第3項は、労働者が過半数代表者であること若しくは過半数代表者になろうとしたことを理由として当該労働者に不利益な取り扱いをすることを禁止していますので、私が労使協定の過半数代表者になったことを理由とした本件解雇は明らかに違法です。
したがって、本件違法な解雇に客観的合理的な理由はなく、本件解雇は解雇権を濫用した無効なものと言えますから(労働契約法第16条参照)、直ちに本件解雇を撤回するよう申し入れいたします。
以上
〇年〇月〇日
〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室
○○ ○○ ㊞
※労使協定の過半数代表者に「なろうとしたこと」を理由として解雇された場合は上記の記載例の「過半数代表者になったこと」の部分を「過半数代表者になろうとしたこと」に読み替えてください。
※証拠として残しておくため、コピーを取ったうえで配達した記録の残る特定記録郵便などの郵送方法で送付するようにしてください。
労使協定の過半数代表者になったこと、又はなろうとしたことを理由に解雇された場合のその他の対処法
労使協定の過半数代表者になったこと、又はなろうとしたことを理由に解雇された場合のこれら以外の解決手段としては、各都道府県やその労働委員会が主催するあっせんの手続きを利用したり、労働局の主催する紛争解決援助の手続きやあっせんの手続きを利用したり、弁護士会や司法書士会が主催するADRを利用したり、弁護士(または司法書士)に個別に相談・依頼して裁判や裁判所の調停手続きを利用して解決を図る手段もあります。
なお、これらの解決手段については以下のページを参考にしてください。
解雇を前提とした金品(解雇予告手当や退職金など)は受け取らない方が良い
なお、労使協定の過半数代表者になったこと、又はなろうとしたことを理由として解雇された場合にこのような対処法がとれるとしても、解雇された時点で会社から交付される解雇予告手当や退職金などは受け取らない方が良いかもしれません。
解雇予告手当や退職金は「退職(解雇)の事実があったこと」を前提として交付されますから、そのような退職(解雇)を前提とした金品を受け取ってしまうと「解雇が無効であることを認識したうえでその無効な解雇を追認した」と認定されて後で解雇の無効を主張するのが困難になるケースがあるからです。
解雇された時点でそのような金品の交付を受けた場合には、それを受け取る前に速やかに弁護士などに相談し、受け取るべきか否か助言を受ける方が良いでしょう(※参考→解雇されたときにしてはいけない2つの行動とは)。
解雇のトラブルはなるべく早めに弁護士に相談した方が良い
なお、解雇された場合の個別の対応は、解雇の撤回を求めて復職を求めるのか、それとも解雇の撤回を求めつつも解雇は受け入れる方向で解雇日以降の賃金の支払いを求めるのか、また解雇を争うにしても示談交渉で処理するのか裁判までやるのか、裁判をやるにしても調停や労働審判を使うのか通常訴訟手続を利用するのかによって個別の対応も変わってくる場合があります。
労働トラブルを自分で対処してしまうとかえってトラブル解決を困難にする場合もありますので、弁護士に依頼してでも権利を実現したいと思う場合は最初から弁護士に相談する方が良いかもしれません。その点は十分に注意して下さい。