女性労働者が産休(産前休業・産前休暇)や育休(育児休業・育児休暇)の申請をしたり、産休や育休を実際に取得して休んだことを理由に解雇させられてしまうケースがごく稀に見られます。
たとえば妊娠した女性労働者が会社の規定に従って産休を上司に申請したり、実際に産休を取得して休んだり、出産後に育休を申請したり、実際に産休を取得して休んだところ、上司から「この忙しいときに…」などと言われて解雇されたりするようなケースです。
しかし妊娠した女性労働者にとって産休や育休は母子の生存に不可欠なものですから、それを解雇によって制限することは女性の就労機会を取り上げるに等しく到底是認できるものではありません。
では、実際に女性労働者が産休や育休を申請しまたは取得したことを理由に解雇されてしまった場合、具体的にどのように対処すればよいのでしょうか。
その解雇の無効を主張して撤回を求めることはできるのでしょうか。
産休又は育休を請求し又は取得したことを理由にした女性労働者に対する解雇は無効
前述したように、女性労働者が産休(産前休業・産前休暇)や育休(育児休業・育児休暇)を請求したり、実際に産休や育休を取得して会社を休んだことを理由として解雇されてしまうケースがあるわけですが、結論から言うと、その産休や育休が、産休については「6週間※多胎妊娠の場合は14週間」の場合、育休については「出産後8週間」の場合における解雇は無効と判断されることになります。
なぜなら、そのような解雇は法律で明確に禁止されているのでその解雇に「客観的合理的な理由」は存在しないからです。
雇用機会均等法第9条第3項は、「女性労働者が…労働基準法…第65条第1項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第2項の規定による休業をしたこと」を理由として当該女性労働者を解雇してはならないと規定しており、労働基準法第65条では「6週間(多胎妊娠の場合は14週間)」の産前休業と「8週間」の産後休業を義務付けていますから、女性労働者が6週間(多胎妊娠の場合は14週間)の産休や8週間の育休の取得を請求したり、またその産休や育休を実際に取得したことを理由として解雇することは明確に法律で禁止されていることになります。
【雇用機会均等法第9条第3項】
事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(中略)第65条第1項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第2項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
【労働基準法第65条】
第1項 使用者は、6週間(多胎妊娠の場合にあつては、14週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合においては、その者を就業させてはならない。
第2項 使用者は、産後8週間を経過しない女性を就業させてはならない。ただし、産後6週間を経過した女性が請求した場合において、その者について医師が支障がないと認めた業務に就かせることは、差し支えない。
また、育休については育児介護休業法第10条でも同様に、その取得を申し出たり実際に取得して休業したことを理由とした解雇が明確に禁止されています。
【育児介護休業法第10条】
事業主は、労働者が育児休業申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
そうすると、女性労働者が産休(6週間※多胎妊娠の場合は14週間)や育休(出産後8週間)の取得を請求したり、また実際にそれを取得したことを理由とした解雇された場合には、その解雇は「違法な解雇」となるわけですが、女性労働者が産休の取得を請求すれば当然その産休には「6週間(多胎妊娠の場合は14週間)」の期間が含まれることになりますし、育休を取得すれば当然その育休には「出産後8週間」が含まれることになりますから、その産休や育休を請求しまたは取得したことを理由とした解雇がなされれば、それは当然「違法な解雇」となるわけです。
この点、解雇の要件を規定した労働契約法第16条には解雇に「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つの要件を求めていますが、「違法な解雇」に「客観的合理的な理由」は存在しませんので、そのような解雇は労働契約法第16条の規定から解雇権を濫用した無効な解雇と判断されることになります。
ですから、女性労働者が産休や育休の取得を請求したり、又は実際にそれを取得して休んだことを理由とした解雇は確定的に100%無効と判断できることになるわけです。
女性労働者が産休や育休を取得したことを理由に解雇された場合の対処法
以上で説明したように、女性労働者が産休や育休を請求したり、または実際にその休暇を取得して会社を休んだことを理由として解雇されてしまった場合であっても、その解雇は確定的に無効と判断されることになりますので、そのような解雇を受けた女性労働者はその解雇の撤回を求めたり、解雇日以降に得られるはずであった賃金の支払いを求めることも可能となります。
もっとも、実際にそのような理由で解雇された場合には、解雇された女性労働者の側で何らかの対処を取らなければなりませんので、その場合の具体的な対処法が問題となります。
(1)解雇理由証明書の交付を受けておく
女性労働者が産休や育休を請求しまたはその産休や育休を取得したことを理由に解雇された場合には、その解雇の告知を受けた時点で会社に解雇理由証明書の交付を請求し、その証明書の交付を受けておくようにしてください。
解雇理由証明書の交付は労働基準法第22条ですべての使用者(個人事業主も含む)に義務付けられており、そこには解雇事由だけでなく解雇の具体的な理由まで記載することが求められていますので、解雇された女性労働者が勤務先の会社に請求すれば必ず「産休(又は育休)を請求(または取得)したことを理由に解雇した」旨記載された証明書が交付されるはずです(※仮に解雇理由証明書の交付がなされなければそれ自体が労基法違反となります)。
この点、なぜその解雇理由証明書が必要になるかというと、それは後になって会社側が勝手に解雇の理由を別なものに変更し解雇を正当化するケースがあるからです。
先ほど説明したように、産休や育休を請求しまたは取得したことを理由に女性労働者を解雇することは法律で禁止されていますから、裁判になればまず確実に会社側が敗訴してしまいます。
そのため、悪質な会社では当初は「産休(又は育休)を請求(または取得)したことを理由に解雇した」にもかかわらず、裁判になると「 あれは産休(又は育休)を請求(または取得)したことを理由に解雇したんじゃなくてその女性労働者に○○の事実があったからですよ」などと勝手に解雇理由を別なものに変更し、解雇を正当化するケースがあるのです。
しかし、解雇された時点で解雇理由証明書の交付を受けておけば、その証明書に 「産休(又は育休)を請求(または取得)したことを理由に解雇した」 と解雇理由を記載させておくことでその時点における解雇理由を確定させ、後になって勝手に解雇理由を変更されてしまう不都合を防ぐことができます。
そのため、解雇された時点で解雇理由証明書の交付を受けておく必要があるのです。
なお、解雇理由証明書の請求に関する詳細は以下のページで詳しく解説していますのでそちらを参考にしてください。
(2)産休や育休を請求しまたは取得したことを理由にした解雇が違法な旨記載した通知書を作成し会社に送付してみる
産休や育休を請求しまたは取得したことを理由に女性労働者が解雇されてしまった場合には、その解雇が違法である旨記載した通知書を作成し会社に送付してみるというのも対処法の一つとして有効な場合があります。
先ほど説明したように、女性労働者が産休や育休を請求しまたは取得したことを理由に解雇することは明らかに雇用機会均等法に違反しますが、違法な解雇を行う会社はそもそも法令遵守意識が低いと思われますので、そのような法令遵守意識の低い会社にいくら口頭で「違法な解雇を撤回しろ」と求めてもそれが受け入れられる期待は持てません。
しかし、通知書を作成した書面という形で改めてその違法性を指摘すれば、将来的な裁判への発展や弁護士等の介入を警戒して解雇の撤回や話し合いに応じてくる会社もあるかもしれませんので、とりあえず書面で抗議してみるというのも対処法として有効に機能する場合があると考えられるのです。
なお、その場合に会社に送付する通知書の文面は以下のようなもので差し支えないと思います。
甲 株式会社
代表取締役 ○○ ○○ 殿
産休を請求したことを理由とした解雇の無効確認及び撤回申入書
私は、〇年〇月〇日、貴社から解雇する旨の通知を受け、同月末日をもって貴社を解雇されました(以下、この解雇を「本件解雇」と言います)。
本件解雇については同年〇月〇日、上司であった○○氏にその理由を確認したところ、私が同年〇月に産前休業の取得を申請したことが理由であると聞いております。
しかしながら、女性労働者が産前休業を申請したことを理由に解雇することは雇用機会均等法第9条第3項で禁止されていますから、私が貴社に産前休業の取得を申請したことを理由とした本件解雇は明らかに違法です。
したがって、本件違法な解雇に労働契約法第16条の「客観的合理的な理由」は存在せず、本件解雇は解雇権を濫用した無効なものと言えますから、直ちに本件解雇を撤回するよう、申し入れいたします。
以上
〇年〇月〇日
〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室
○○ ○○ ㊞
※育休の場合は上記の「産休」を「育休」に、また休業を「取得」したことを理由に解雇された場合は上記記載例の「申請した」の部分を「取得した」などに置き換えてください。
※証拠として残しておくため、コピーを取ったうえで配達した記録の残る特定記録郵便などの郵送方法で送付するようにしてください。
(3)労働局の紛争解決援助または調停の手続きを利用する
女性労働者が産休や育休を請求しまたは取得したことを理由に解雇されてしまった場合には、労働局が主催する紛争解決援助や調停の手続きを利用してみるというのも対処法の一つとして有効な場合があります。
前述したように女性労働者が産休や育休を請求しまたは取得したことを理由に解雇することは雇用機会均等法で禁止されていますが、雇用機会均等に違反する事業者の行為によってトラブルが生じた場合には、当事者の一方が労働局に紛争解決援助や調停の手続きを申請することが雇用機会均等法で認められています。
【雇用機会均等法第17条】
第1項 都道府県労働局長は、前条に規定する紛争に関し、当該紛争の当事者の双方又は一方からその解決につき援助を求められた場合には、当該紛争の当事者に対し、必要な助言、指導又は勧告をすることができる。
第2項 事業主は、労働者が前項の援助を求めたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
【雇用機会均等法第18条】
第1項 都道府県労働局長は、第16条に規定する紛争(労働者の募集及び採用についての紛争を除く。)について、当該紛争の当事者(中略)の双方又は一方から調停の申請があつた場合において当該紛争の解決のために必要があると認めるときは、個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第6条第1項の紛争調整委員会(中略)に調停を行わせるものとする。
第2項 前条第2項の規定は、労働者が前項の申請をした場合について準用する。
この労働局の紛争解決援助手続きを申請した場合には、労働局から紛争解決の為の助言や指導、勧告が、調停を利用した場合には労働局の調停委員会から調停案が出されることがありますが、その指導や勧告あるいは調停案に会社側が従う場合には、違法な解雇が撤回されたり補償の支払いに応じてくる可能性も期待できます。
そのため、女性労働者が産休や育休を請求しまたは取得したことを理由として解雇されてしまった場合には、労働局に紛争解決援助や調停の相談をしてみるというのも対処法として有効な場合があると考えられるのです。
なお、労働局の紛争解決援助の手続き等の利用については『労働局の紛争解決援助(助言・指導・あっせん)手続の利用手順』のページで詳しく解説していますのでそちらを参考にしてください(当該ページは個別労働関係紛争の解決に関する法律にかかる労働局の手続き利用を説明していますが、雇用機会均等法における労働局の手続きも同じ要領で利用可能です。細かいところは労働局に相談に行けば教えてもらえますので問題ありません)。
ちなみに、このように「産休や育休を請求または取得したことを理由に女性労働者を解雇すること」は雇用機会均等法で禁止されてはいますが、労働基準法で禁止されているわけではありませんので、労働基準法に違反する使用者を監督する権限を持つ労働基準監督署に申告(相談)しても積極的な対処は望めないと思います。
ですから、「産休や育休を請求または取得したこと」を理由に女性労働者が解雇された場合については労働基準監督署ではなく労働局に相談する方が良いと思います。
女性労働者が産休又は育休を請求または取得したことを理由に解雇された場合のその他の対処法
女性労働者が「産休や育休を請求または取得したこと」を理由として解雇された場合のこれら以外の対処法としては、各都道府県やその労働委員会が主催するあっせんの手続きを利用したり、弁護士会や司法書士会が主催するADRを利用したり、弁護士(または司法書士)に個別に相談・依頼して裁判や裁判所の調停手続きを利用する方法が考えられます。
なお、これらの解決手段については以下のページを参考にしてください。
解雇を前提とした金品(解雇予告手当や退職金など)は受け取らない方が良い
なお、女性労働者が「産休や育休を請求または取得したこと」を理由に解雇された場合にその無効を主張できるとしても、解雇された時点で会社から交付される解雇予告手当や退職金などは受け取らない方が良いかもしれません。
解雇予告手当や退職金は「退職(解雇)の事実があったこと」を前提として交付されますから、それを受け取ってしまうと「無効な解雇を追認した」と裁判所に判断されて後で解雇の無効を主張するのが事実上困難になるケースがあるからです。
解雇された時点でそのような金品の交付を受けた場合には、それを受け取る前に速やかに弁護士などに相談し、受け取るべきか否か助言を受ける方が良いでしょう(※参考→解雇されたときにしてはいけない2つの行動とは)。
解雇のトラブルはなるべく早めに弁護士に相談した方が良い
なお、解雇された場合の個別の対応は、解雇の撤回を求めて復職を求めるのか、それとも解雇の撤回を求めつつも解雇は受け入れる方向で解雇日以降の賃金の支払いを求めるのか、また解雇を争うにしても示談交渉で処理するのか裁判までやるのか、裁判をやるにしても調停や労働審判を使うのか通常訴訟手続を利用するのかによって個別の対応も変わってくる場合があります。
労働トラブルを自分で対処してしまうとかえってトラブル解決を困難にする場合もありますので、弁護士に依頼してでも権利を実現したいと思う場合は最初から弁護士に相談する方が良いかもしれません。その点は十分に注意して下さい。