妊娠中又は産後1年以内に残業や休日出勤を拒否して解雇された場合

妊娠中または産後まもない女性労働者が、残業や休日出勤あるいは深夜勤務を拒否したこと、又はその勤務をしなかったことを理由として解雇されてしまうケースがごく稀に見られます。

たとえば、妊娠中の女性労働者が上司から休日出勤を打診されそれを拒否したら報復に解雇されたり、産後まもない女性労働者が会社から深夜勤務を命じられてそれを拒否したら、会社から解雇されてしまうようなケースです。

しかし、妊娠中や産後まもない女性労働者は心身ともに過酷な状況に置かれているわけですから、そのような女性労働者に残業や休日出勤あるいは深夜勤務を強要することは母子ともに生命の危険を及ぼす可能性もあり妥当な結論とは言えないような気もします。

では、このように妊娠中または産後まもない女性労働者が残業や休日出勤、深夜勤務を命じられれ、それを拒否して解雇されてしまった場合、その解雇の効力を争うことはできないのでしょうか。

また、実際にそのような理由で解雇されてしまった場合、解雇された女性労働者は具体的にどのように対処すれば労働者としての地位や権利を保全することができるのでしょうか。

なお、妊娠中または出産後まもない女性労働者が残業や休日出勤あるいは深夜勤務を拒否して減給や降格あるいは配置転換など不利益な取り扱いを受けた場合の対処法については『妊産婦が残業/休日出勤/深夜勤務を拒否して減給や降格された場合』のページで解説しています。
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妊娠中又は産後1年以内の女性労働者が残業や休日出勤、深夜勤務を拒否したことを理由とした解雇は無効

このように、妊娠中や出産後まもない女性労働者が残業や休日出勤、深夜勤務を拒否したことを理由として解雇されるケースがるわけですが、結論から言うとそのような解雇は無効です。絶対的・確定的に100%無効ということが言えます。

ではなぜ、それが無効と言えるかというと、それはそのような解雇が違法であり違法な解雇に「客観的合理的な理由」は存在しないからです。

労働契約法第16条は解雇の要件を定めた規定ですが、そこでは解雇事由に「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つの要件を求めていますので、その一方でも欠ける場合にはその解雇は解雇権を濫用した無効な解雇と判断されることになります。

【労働契約法第16条】

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

つまり、労働者が解雇されたとしても、その解雇事由に「客観的合理的な理由」が「ない」と認定できればその解雇は無効ですし、仮にその解雇事由に「客観的合理的な理由」が「ある」と認定できるケースであったとしても、その「客観的合理的な理由」に基づいて解雇することが「社会通念上相当」と言えない事情がある場合には、やはりその解雇は無効と判断されることになるわけです。

この解雇の基準を理解したうえで妊娠中又は産後まもない女性労働者が残業や休日出勤、深夜勤務を拒否したことを理由として解雇された場合のその解雇の効力を検討してみますが、労働基準法の第66条は、妊産婦が請求した場合において時間外労働(残業)や休日出勤、深夜勤務をさせることを禁止していますので、そもそもすべての使用者(個人事業主も含む)は、妊産婦の女性労働者から「残業(または休日出勤、深夜勤務)はしない」と言われれば、それを無視して「残業(または休日出勤、深夜勤務)」を強制させることはできません。

【労働基準法第66条】

第1項 使用者は、妊産婦が請求した場合においては、第32条の2第1項、第32条の4第1項及び第32条の5第1項の規定にかかわらず、一週間について第32条第1項の労働時間、一日について同条第2項の労働時間を超えて労働させてはならない。
第2項 使用者は、妊産婦が請求した場合においては、第33条第1項及び第3項並びに第36条第1項の規定にかかわらず、時間外労働をさせてはならず、又は休日に労働させてはならない。
第3項 使用者は、妊産婦が請求した場合においては、深夜業をさせてはならない。

この点、ここでいう「妊産婦」とは、労働基準法第64条の3第1項で「妊娠中の女性および産後1年を経過しない女性」と定義づけられていますから、「妊娠中又は産後1年を経過しない女性労働者」が勤務先から残業や休日出勤あるいは深夜勤務を命じられたとしても、それを拒否するのは女性労働者の自由意思に委ねられることになるわけです。

【労働基準法第64条の3第1項】

使用者は、妊娠中の女性及び産後一年を経過しない女性(以下「妊産婦」という。)を…(以下省略)

そして、雇用機会均等法第9条第3項は「厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」としていますが、その厚生労働省令にあたる同法施行規則第2条の2第7号は労働基準法第66条1項から3項までをその対象としていますので、「妊娠中又は産後1年を経過しない女性労働者」が「時間外労働(残業)」「休日勤務」「深夜勤務」を拒否したことを理由に解雇その他の不利益取扱いをすることが、この雇用機会均等法第9条第3項で絶対的に禁止されていることになります。

【雇用機会均等法第9条第3項

事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(中略)第65条第1項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第2項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

雇用機会均等法施行規則第2条の2第7号

法第9条第3項の厚生労働省令で定める妊娠又は出産に関する事由は、次のとおりとする。
第1~6(省略)
第7号 労働基準法第66条第1項の規定による請求をし、若しくは同項の規定により一週間について同法第32条第1項の労働時間若しくは一日について同条第2項の労働時間を超えて労働しなかつたこと、同法第66条第2項の規定による請求をし、若しくは同項の規定により時間外労働をせず若しくは休日に労働しなかつたこと又は同法第66条第3項の規定による請求をし、若しくは同項の規定により深夜業をしなかつたこと。

そうであれば、妊娠中または産後1年を経過しない女性労働者が時間外労働(残業)や休日出勤、または深夜業に従事することを拒否したことを理由に解雇されたとしても、その解雇はこの雇用機会均等法第9条第3項に違反することになりますから、その解雇は「違法な解雇」ということになるでしょう。

この点、先ほど説明したように、解雇には「客観的合理的な理由」が必要ですが、「違法な解雇」に「客観的合理的な理由」は存在しませんので、かかる解雇は解雇権を濫用した無効な解雇と判断されることになります。

ですから、妊娠中又は産後1年を経過しない女性労働者が残業や休日出勤あるいは深夜勤務を命じられて拒否したことを理由として解雇されたとしても、その解雇は絶対的・確定的に100%無効ということが言えるわけです。

妊娠中又は産後1年を経過しない女性労働者が残業や休日出勤または深夜勤務を拒否して解雇された場合の対処法

以上で説明したように、妊娠中又は産後1年を経過しない女性労働者が時間外労働(残業)や休日出勤あるいは深夜勤務をしないことを請求することは自由であり、それをしないことを請求したこと、またはその勤務をしなかったことを理由として解雇されたとしてもその解雇は確定的に無効ですから、仮にそれを理由に解雇された場合には、その解雇の無効を主張して解雇の撤回を求めたり解雇日以降に得られるはずであった賃金の支払いを求めることも可能となります。

もっとも、実際に女性労働者が解雇された場合には、解雇された女性労働者の側で何らかの対処を取らなければなりませんので、その場合に具体的にどのような対処をとれるのかが問題となります。

(1)解雇理由証明書の交付を受けておく

妊娠中又は産後1年を経過しない女性労働者が残業や休日出勤あるいは深夜勤務をしない旨を会社に請求したことまたはその勤務をしなかったことを理由として解雇された場合には、その解雇を告知された時点で会社に対して解雇理由証明書の交付を請求しその交付を受けておくようにしてください。

解雇理由証明書の交付は労働基準法第22条ですべての使用者(個人事業主も含む)に義務付けられており、その証明書には解雇の具体的な理由まで記載することが求められていますので、解雇された女性労働者が請求すれば解雇理由について「残業(または休日出勤、深夜勤務)をしない旨の申し出があったため解雇した」というような文面の記載された解雇理由証明書が交付されるはずです(※仮に解雇理由まで具体的に記載された解雇理由証明書の交付がなされない場合はその事実自体が労働基準法違反となります)。

この点、なぜその解雇理由証明書が必要になるかと疑問に思うかもしれませんが、それは後になって会社側が勝手に解雇理由を変更し解雇を正当化しようとするケースがみられるからです。

前述したように、妊娠中又は産後1年を経過しない女性労働者が残業や休日出勤あるいは深夜勤務をしないことを請求したことを理由としてなされた解雇は雇用機会均等法に違反するため確定的に違法ですから、裁判になれば会社側がまず間違いなく負けてしまいます。

そのため悪質な会社では、裁判に訴えられた途端に解雇の理由を勝手に変更し「あれは残業(または休日出勤、深夜勤務)を拒否したから解雇したわけじゃなくてその女性労働者に○○の事実があったからなんですよ」などと非違行為をでっちあげて解雇を正当化する抗弁を出して来るケースがあるのです。

そうなると、今度は解雇された労働者の側がその解雇が「残業(または休日出勤、深夜勤務)をしない旨の請求をしたことを理由とした解雇だったこと」を立証しなければならなくなってしまいますが、解雇された時点で解雇理由証明書の交付を受けておけば、その交付を受けた解雇理由証明書に解雇理由を「残業(または休日出勤、深夜勤務)をしない旨の請求をしたことを理由とした解雇だったこと」と記載させておくことでその解雇理由を勝手に変更されてしまう不都合を回避することができます。

そのため、解雇された時点で解雇理由証明書の交付を受けておくことが必要となるわけです。

なお、解雇理由証明書の請求に関する詳細は以下のページで詳しく解説していますのでそちらを参考にしてください。

(2)その解雇が違法である旨記載した通知書を作成して会社に送付してみる

妊娠中又は産後1年を経過しない女性労働者が残業や休日出勤あるいは深夜勤務をしない旨を上司や会社に申し入れて、またはその勤務をしなかったことを理由として会社から解雇されてしまった場合には、その解雇が違法である旨記載した通知書を作成して会社に送付してみるというのも対処法の一つとして効果がある場合があります。

前述したように、そのような理由での解雇は雇用機会均等法で明確に禁止されているので違法ですが、違法な解雇を平然と行う会社はそもそも法令遵守意識が低いと考えられますので、そのような会社にいくら口頭で「違法な解雇を撤回しろ」と抗議してもそれが受け入れられる可能性はほぼありません。

しかし、通知書を作成して書面という形でその違法性を指摘し正式に抗議すれば、将来的な弁護士の介入や裁判への発展などを警戒してそれまでの態度を改め、話し合いや解雇の撤回に応じるケースも場合によってはあり得ます。

ですから、このようなケースではとりあえず通知書を作成して会社に送付してみるというのも対処法の一つとして有効な場合があると考えられるのです。