労働者は、ハローワークで自分が雇用保険の被保険者になったこと、または雇用保険の被保険者でなくなったことの確認をすることができますが、その確認をしたことを理由として勤務先の会社(個人事業主も含む)から解雇されてしまうケースがあります。
たとえば、毎月の給料から雇用保険料が天引きされている会社に勤務するアルバイトの労働者が、退職した先輩労働者から「雇用保険被保険者離職票を貰えなかった」という話を聞いたため、自分が雇用保険の被保険者になっているか不安になりハローワークで雇用保険の被保険者確認を行ったところ、勤務先の会社から解雇されてしまうようなケースです。
しかし、雇用保険の被保険者に関する確認は労働者に認められた権利ですから、それを行使しただけの労働者がただそれだけの理由で解雇されてしまうのは納得できません。
では、このように雇用保険の被保険者確認を行った労働者が解雇された場合、その解雇された労働者は解雇を受け入れなければならないのでしょうか。その解雇の無効を主張して会社と争うことはできないのか、問題となります。
解雇は「客観的合理的な理由」がない限り無効と判断される
ハローワークに雇用保険の被保険者確認を行ったことを理由に解雇された場合の対処法を考える前提として、そもそも解雇がどのような要件の下で認められているのか、その基準を理解しなければなりません。
解雇の要件を正確に理解しなければ、ハローワークに雇用保険の被保険者確認を行ったことを理由に解雇された際にその解雇が有効なのか無効なのかの判断もできず、その解雇の対処法を選択することさえできなくなるからです。
この点、解雇の基準については労働契約法第16条に規定がありますので、まず条文を確認してみましょう。
【労働契約法第16条】
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
労働契約法第16条はこのように解雇に「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つを求めていますので、使用者が労働者を解雇するためにはこの2つの要件をどちらも満たすことが必要となります。つまり、労働者が解雇されたとしても、「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」のどちらか一方でも欠けていれば、その解雇は無効と判断されることになるわけです。
ですから、仮に労働者が解雇されたとしても、その解雇事由に「客観的合理的な理由」が「ない」と認定できる事案であればその解雇は無効と判断されますし、仮にその「客観的合理的な理由」が「ある」と判断されるケースであったとしても、その「客観的合理的な理由」に基づいて解雇することが「社会通念上相当」と言えるケースでなければやはりその解雇は解雇権を濫用するものとして無効と判断されることになるのです。
違法な解雇に「客観的合理的な理由」は存在しない
この労働契約法第16条の規定を理解したうえで、ハローワークに雇用保険の被保険者確認を行ったことを理由とした解雇の有効性を検討してみますが、結論から言うとそのような解雇は無効です。
なぜなら、雇用保険法の第73条が、雇用保険の被保険者確認を行った労働者をその確認をしたことを理由に解雇することを禁止しているからです。
【雇用保険法第73条】
事業主は、労働者が第八条の規定による確認の請求をしたことを理由として、労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
【雇用保険法第8条】
被保険者又は被保険者であつた者は、いつでも、次条の規定による確認を請求することができる。
【雇用保険法第9条第1項】
厚生労働大臣は、第7条の規定による届出若しくは前条の規定による請求により、又は職権で、労働者が被保険者となつたこと又は被保険者でなくなつたことの確認を行うものとする。
雇用保険法第73条は、労働者が厚生労働大臣(実務上はハローワーク)に対して雇用保険の被保険者に関する確認を行ったことを理由として解雇することを絶対的に禁止していますから、労働者がハローワークにその確認をしたことを理由として解雇されたというのであればその解雇は絶対的に違法となります。
そしてその解雇が違法な解雇になるのであれば当然、その解雇事由に「客観的合理的な理由」は存在しませんので、労働契約法第16条の「客観的合理的な理由」も「ない」と認定されますから、その解雇は解雇権を濫用するものとして無効と判断されることになります。
ですから、仮に労働者がハローワークに雇用保険の被保険者確認を行ったことを理由に解雇されたとしても、その解雇は解雇権を濫用するものとして絶対的・確定的に100%無効という判断ができることになるわけです。
ハローワークに雇用保険の被保険者確認を行って解雇された場合の対処法
以上で説明したように、ハローワークに雇用保険の被保険者確認を行ったことを理由とした解雇は確定的に100%無効ということになりますから、そのような解雇を受けたとしてもその無効を主張してその撤回を求めたり解雇日以降に得られるはずであった賃金の支払いを求めることも可能です。
もっとも、実際にハローワークに雇用保険の被保険者確認を行って解雇されてしまった場合には、労働者の側で何らかの対処を取らないといけませんので、その場合に労働者側で取り得る対処法が問題となります。
(1)解雇理由証明書の交付を請求しその交付を受けておく
ハローワークに雇用保険の被保険者確認を行ったことを理由に解雇された場合には、まずその解雇されて時点ですぐに解雇理由証明書の交付を請求し、その証明書の交付を受けておくようにしてください。
解雇理由証明書の交付は労働基準法第22条で使用者に義務付けられていますので、解雇された労働者が請求する限り使用者にそれを拒否する権利はありませんので、請求すれば必ず発行してもらうことができます(会社が発行しない場合はそれ自体が労基法違反となります)。
ではなぜ、この解雇理由証明書が必要になるかというと、それは後になって使用者側が勝手に解雇理由を変更してしまうケースがあるからです。
先ほど説明したように、雇用保険法ではハローワークに雇用保険の被保険者確認を行ったことを理由とした解雇を禁止していますから、仮にそのような理由による解雇が裁判に持ち込まれればまず間違いなく使用者側が敗訴することになります。
そのため悪質な会社では、当初はハローワークに雇用保険の被保険者確認を行ったことを理由として労働者を解雇したにもかかわらず、裁判になると「あの解雇は雇用保険の確認をしたことが原因ではなくその労働者に○○の事実があったからですよ」などと勝手に解雇理由を変更してしまうケースがあるのです。
しかし、解雇された時点で解雇理由証明書の交付を受けておけば、その時点で解雇理由が確定されることになりますので、その後に会社側が解雇理由を変更してしまう不都合を回避することができます。
そのため、解雇された時点で解雇理由証明書の交付を受けておくことが重要となるのです。
なお、解雇理由証明書の請求に関する詳細は以下のページで詳しく解説していますのでそちらを参考にしてください。
(2)ハローワークに雇用保険の被保険者確認を行ったことを理由として解雇することが違法である旨記載した通知書を送付してみる
ハローワークに雇用保険の被保険者確認を行ったことを理由として解雇された場合は、その解雇が雇用保険法第73条に違反して違法なものである旨記載した通知書を作成して会社に送付してみるというのも対処法の一つとして有効な場合があります。
前述したように、ハローワーク(厚生労働大臣)に雇用保険の被保険者確認を行ったことを理由として労働者を解雇することは雇用保険法第73条で明確に禁止されていますから、そのような解雇があったとすればその会社は明らかに雇用保険法に違反していることになります。
この点、雇用保険法に違反するような会社はそもそも法令遵守意識が低いため口頭で「違法な解雇を撤回しろ」と抗議してもそれに応じてくれる可能性は低いですが、書面を作成して通知書という形で改めてその違法性を指摘すれば、将来的な裁判などを警戒してそれまでの態度を改め、解雇の撤回や話し合いに応じる会社もあるかもしれません。
そのため、とりあえず書面で申し入れしてみるのも対処法の一つとして有効な場合があると考えられるのです。
なお、この場合に会社に送付する通知書の文面は以下のようなもので差し支えないと思います。
甲 株式会社
代表取締役 ○○ ○○ 殿
雇用保険の被保険者確認を理由とした解雇の無効確認及び撤回申入書
私は、〇年〇月〇日、貴社から解雇する旨の通知を受け、同月末日をもって貴社を解雇されました。
本件解雇については、〇年〇月、私が直属の上司であった○○にその理由を尋ねたところ、同氏から、私が同年〇月に○○区ハローワークに雇用保険の被保険者であることの確認を行ったことが直接の理由であるとの説明がなされております。
しかしながら、労働者が厚生労働大臣(ハローワーク)に対して雇用保険の被保険者となつたこと又は被保険者でなくなつたことの確認を申し出たことを理由としてその労働者を解雇することは雇用保険法第73条で明確に禁止されていますから、私が○○区ハローワークに雇用保険の被保険者確認を行ったことを理由とした本件解雇は明らかに同法に違反しています。
したがって、本件解雇は解雇権を濫用した無効なもの(労働契約法第16条)と言えますから、直ちに本件解雇を撤回するよう、申し入れいたします。
以上
〇年〇月〇日
〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室
○○ ○○ ㊞
※証拠として残しておくため、コピーを取ったうえで配達した記録の残る特定記録郵便などの郵送方法で送付するようにしてください。
ハローワークに雇用保険の被保険者確認をしたことを理由に解雇された場合のその他の対処法
ハローワークに雇用保険の被保険者確認を行ったことを理由として解雇された場合のこれら以外の解決手段としては、各都道府県やその労働委員会が主催する”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士会や司法書士会が主催するADRを利用したり、弁護士(または司法書士)に個別に相談・依頼して裁判や裁判所の調停手続きを利用して解決を図る手段もあります。
なお、これらの解決手段については以下のページを参考にしてください。
解雇予告手当や退職金など解雇を前提とした金品は受け取らない方が良い
以上で説明したように、ハローワークに雇用保険の被保険者確認を行ったことを理由とした解雇は絶対的に違法であり無効となりますから、そのような解雇を受けた場合であっても、以上のような方法を用いて対処することは可能です。
ただし、解雇の効力を争う場合には解雇(退職)を前提とした金品を受け取らないように注意して下さい。
解雇された場合には、解雇予告手当や退職金など「解雇(退職)の事実が発生したこと」を前提とする金品が支給されることがありますが、これらを受け取ってしまうと「無効な解雇を追認した」と認定されて後に裁判や示談交渉で解雇の無効を主張することが困難になる場合があります。
そのため、解雇の効力を争う場合には、仮に解雇予告手当や退職金などが支払われたとしてもそれを受け取る前に弁護士など専門家の助言を受けるようにした方が良いでしょう (※参考→解雇されたときにしてはいけない2つの行動とは)。
解雇のトラブルはなるべく早めに弁護士に相談した方が良い
なお、解雇された場合の個別の対応は、解雇の撤回を求めて復職を求めるのか、それとも解雇の撤回を求めつつも解雇は受け入れる方向で解雇日以降の賃金の支払いを求めるのか、また解雇を争うにしても示談交渉で処理するのか裁判までやるのか、裁判をやるにしても調停や労働審判を使うのか通常訴訟手続を利用するのかによって個別の対応も変わってくる場合があります。
労働トラブルを自分で対処してしまうとかえってトラブル解決を困難にする場合もありますので、弁護士に依頼してでも権利を実現したいと思う場合は最初から弁護士に相談する方が良いかもしれません。その点は十分に注意して下さい。