労災療養中の労働者に打切補償を支払えば解雇は許されるのか

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労働災害にあった労働者が療養補償を受けて休業中、使用者からの打切り補償を受けて解雇されてしまうケースがあります。

たとえば、業務中に受けた粉塵被害で病気を発症し、入院治療や自宅療養で休業中にある労働者が、勤務先の会社から復職は困難だろうと判断されて一定の補償金(打切補償)の支払いと共に解雇されてしまうようなケースがそれにあたります。

しかし、仮に労災で療養している労働者が従前の仕事に戻れない状況にあるとしても、将来的な職場復帰のため必死に日々の療養やリハビリに励んでいる労働者を、使用者が打切補償の支払いをもって解雇してしまうというのは労働者の保護に欠けるような気もします。

では、このように労災で療養している労働者を使用者が打切補償を支払うことで解雇してしまう行為は認められるものなのでしょうか。

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労災で療養している労働者に対する「打切補償」とは

労災で療養している労働者を打切補償で解雇することが認められるのかという点を考える前提として、そもそも「打切り補償」なるものが何なのかという点を理解しなければなりませんので簡単に説明しておきます。

「打切補償」とは、労働基準法の第75条によって使用者に強制される労働者の療養補償費用の負担義務からの離脱を、平均賃金の1200日分に相当する打切補償を支払うことで使用者に認める取り扱いを言います。

労働基準法第75条は労働者に労働災害が発生した場合において使用者にその療養費用を負担することを義務付けていますが、かかる療養補償義務を永遠に認めるのは使用者にとっても酷なため、療養補償を受ける労働者が3年を経過してもなお負傷や疾病が治らない場合に、使用者が1200日分の平均賃金を支払うことでそれ以降の療養費用の負担義務を免除することにしています。この際に使用者から労働者に支払われるのが「打切補償」です。

労働基準法第75条

第1項 労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。
第2項 前項に規定する業務上の疾病及び療養の範囲は、厚生労働省令で定める。

労働基準法第81条

第75条の規定によって補償を受ける労働者が、療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合においては、使用者は、平均賃金の1200日分の打切補償を行い、その後はこの法律の規定による補償を行わなくてもよい。

ですから、たとえば使用者Xの会社で働く労働者Aが勤務中の事故で療養が必要になった場合には、その労働者Aは療養期間中の療養費用の全額を使用者Aに請求することができますが、労働者Aが3年間療養しても職場復帰が困難な場合において使用者Xから1200日分の平均賃金(打切補償)が支払われた場合には、使用者Xはその補償義務から離脱することになりますので、それ以降は労働者Aは自費で療養費用を賄わなければならないことになります。

もっとも、この打切補償がなされても、労災保険法に基づく療養補償の適用を受けられる場合はそれ以降も国から療養補償給付がなされますし、その労働災害に使用者における故意や過失があれば労働者から使用者に対する損害賠償請求(療養補償請求とは別の請求です)も認められることになりますので、打切補償は単に使用者の療養補償給付義務を免除するだけに過ぎない点に留意する必要があります。

なお、打切り補償の詳細は『労災における療養補償の3年での打切補償が認められる場合とは』のページで詳しく解説しています。

打切補償によって使用者の解雇が無条件に認められるわけではない

では、このような打切補償が使用者に認められることを理解したうえで、その打切補償によって使用者が療養期間中にある労働者を解雇することが認められるのかという点を検討してみます。

たとえば、先ほど挙げた例で、使用者Xの会社で働く労働者Aが勤務中の事故で療養が必要になったものの、労働者Aが3年間療養しても職場復帰が困難なことから使用者Xが労働基準法第81条に基づいて1200日分の平均賃金を打切補償として支払った場合に、使用者Xが労働者Aを解雇することができるのか、という問題です。

この点、解雇については労働契約法第16条にその要件が明記されていますので条文を確認してみましょう。

【労働契約法第16条】

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

労働契約法第16条はこのように解雇に「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つの要件を求めていますので、使用者が労働者を解雇する場合にはこの2つの要件をどちらとも満たす必要があります。この2つの要件の1つでも欠けている場合はその解雇は無効と判断されることになるのです。

つまり、仮に使用者が労働者を解雇した場合であっても、その解雇の事由に「客観的合理的な理由」が「ない」と認められるのであればその解雇は無効ですし、仮にその解雇事由に「客観的合理的な理由」が「ある」と認められるケースであったとしても、その「客観的合理的な理由」に基づいて解雇することに「社会通念上の相当性」が「ない」と認められるケースなら、その解雇はやはり無効と判断されることになるわけです。

この点、この解雇の有効性にかかる労働契約法第16条の判断基準は全ての解雇に適用されますから、使用者が労働基準法第81条に基づいて打切補償をした場合の解雇にも当然、この「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つの要件は求められます。

ですから、仮に使用者が労働基準法第81条に基づいて労災療養中の労働者に1200日分の平均賃金を打切補償として支払ったとしても、その解雇する事由(たとえば3年を経過しても職場復帰できないからなど)に「客観的合理的な理由」があるかないか、また仮にその「客観的合理的な理由」が「あった」と認められたとしても、その「客観的合理的な理由」に基づいて解雇することが「社会通念上相当だ」と言える場合でなければ、その解雇は無効と判断されることになります。

たとえば、先ほど挙げた例であれば、使用者Xの会社で働く労働者Aが勤務中の事故で療養が必要になったものの、労働者Aが3年間療養しても職場復帰が困難なことから使用者Xが労働基準法第81条に基づいて1200日分の平均賃金を打切補償として支払ったとしても、その打切補償によって当然に解雇が認められるわけではなく、その打切補償を支払うことで使用者が労働者を解雇することに「客観的合理的な理由」があるかないか、また仮にそこに「客観的合理的な理由」があったとしても、その「客観的合理的な理由」に基づいて労働者を解雇することが「社会通念上相当」と言えるか言えないか、という点を考慮して、その2つの要件が満たされる場合でない限り、その解雇は無効と判断されることになるわけです。

ですから、仮に使用者が労働基準法第81条に基づいて打切補償を行ったとしても、必ずしもその使用者に無条件にその労働者に対する解雇が認められるわけではなく、あくまでも労働契約法第16条の「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つの要件を満たさなければ、解雇は認められないということになります。

「打切補償をすれば解雇してよい」は間違い

なお、このように労働基準法第81条に基づいて打切補償を行っても解雇が当然に認められるわけではなく労働契約法第16条によって判断されることに対しては、労働基準法第19条との関係が問題となる場合があります。

労働基準法第19条は、労働基準法第81条に基づいて打切補償を行った使用者に労働者の解雇を認めているからです。

【労働基準法第19条】

第1項 使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間並びに産前産後の女性が第65条の規定によつて休業する期間及びその後30日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第81条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては、この限りでない。
第2項 前項但書後段の場合においては、その事由について行政官庁の認定を受けなければならない。

労働基準法第19条はこのように、労働災害で療養期間中にある労働者と療養が明けてから30日が経過しない労働者を解雇することを禁止していますが、但し書きで「第81条の規定によつて打切補償を支払う場合」には例外的にその解雇制限を解除していますので、労働基準法第81条に基づいて打切補償を行った場合には、労働者を解雇してよいと述べているようにも思えます。

しかし、これは誤りです。

なぜなら、この労働基準法第19条の但書は、あくまでも労働災害で「療養期間中にある労働者」と「療養が明けてから30日が経過しない労働者」の解雇制限を「労働基準法第81条に基づいて打切補償をした場合に限って」解除する規定に過ぎないからです。

労働基準法第19条は、労働基準法第19条の本文で禁止された「労災療養期間中の労働者」と「労災療養後30日を経過しない労働者」の解雇禁止の制限を「打切補償をした場合に限って解除する」と述べているだけで、「打切補償を支払えば無制限に解雇することができる」と述べているわけではありません。

ですから、たとえ使用者が労働基準法第81条に基づいて打切補償を支払い、そのことによって労働基準法第19条の要件を充足して「療養期間中にある労働者」と「療養が明けてから30日が経過しない労働者」の解雇制限が解除されたとしても、それによって解雇することに「客観的合理的な理由」がなければその解雇は労働契約法第16条に基づいて無効と判断されますし、仮にその解雇に「客観的合理的な理由」が「ある」と認められる事情があったとしても、その理由に基づいて解雇することが「社会通念上相当」と言えない事情があれば、その解雇は解雇権を濫用するものとして無効と判断されることなります。