労働者が、その信じる宗教や信仰を理由に解雇されてしまうケースが稀に見られます。
たとえば、特定の宗教団体が事件などを起こした際に、その宗教団体に入信している労働者がその宗教団体に所属していることを理由に会社から解雇されたり、スピリチュアルな事象や非科学的な現象を信じる労働者がその志向だけを理由に解雇されたりする事例が代表的です。
しかし、宗教や信仰は内心の自由(日本国憲法第19条)や信教の自由(同20条)に関わることでもあり基本的人権の侵害にもつながりますから、解雇される労働者にとっては到底容認できるものではありません。
【日本国憲法第19条】
思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
【日本国憲法第20条】
第1項 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
第2項 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
第3項 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
では、このように信仰や宗教を理由に解雇された場合、労働者は具体的にどのように対処すればよいのでしょうか。その解雇の無効を主張して会社に撤回を求めることはできるのでしょうか。
解雇の有効性は「客観的合理的な理由」があるかないかで判断される
このように、宗教や信仰を理由に解雇されるケースがありますが、その解雇への対処法を考える前提としてそもそも解雇の有効性が具体的にどのような基準で判断されるのかを理解する必要があります。
解雇の有効性の判断基準がわからなければ、そもそもその解雇の無効を主張できるのか否かも分からないからです。
この点、解雇の効力はどのような基準で判断されるかというと、それは労働契約法第16条に規定されています。
【労働契約法第16条】
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
労働契約法第16条は解雇に「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つを求めており、その双方がそろわない解雇を解雇権を濫用するものとして無効としていますから、労働者が受けた解雇の態様に「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」のいずれか一方でも欠けているのであれば、その解雇は無効と判断されることになるわけです。
「信仰」や「宗教」を理由にした解雇は絶対的に無効
このように、解雇の効力は労働契約法第16条の「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つの要件をいずれも満たすか否かが基準となりますが、信仰や宗教を理由になされた解雇はこの2つの要件を満たすと言えるでしょうか。
この点、結論から言えば、信仰や宗教を理由になされた解雇は「客観的合理的な理由」が「ない」と判断されることになります。しかもこれは絶対的に「ない」という判断です。
なぜそうなるかというと、それは労働基準法第3条が「信条」を理由とした差別的取り扱いを絶対的に禁止しているからです。
【労働基準法第3条】
使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。
このように、労働基準法第3条は「信条」によって労働条件に差別的な取り扱いをすることを絶対的に禁止していますから、解雇が労働契約の強制解約であり、信仰や宗教が個人の内心における信条にかかわるものである以上、ただその信仰や宗教を信じているという理由だけで解雇することは絶対的に禁止されます。
信仰や宗教を理由に解雇することが法律で絶対的に禁止されるのなら当然、そこに解雇が許される「客観的合理的な理由」は存在しませんから、信仰や宗教を理由にした解雇は労働契約法第16条の「客観的合理的な理由」が「ない」と判断されることになります。
そのため、信仰や宗教を理由にした解雇については、その解雇があったという事実だけをもって、その解雇が絶対的・確定的に無効と判断されることになるのです。
信仰や宗教など思想信条を理由に解雇された場合の対処法
以上で説明したように、信仰や宗教を理由にした解雇は「客観的合理的な理由」が「ない」と判断される結果、絶対的・確定的に無効ということになりますが、労働者が勤務先から信仰や宗教を理由にした解雇を受けた場合には、労働者の側で具体的な対処を取らなければなりませんので、その対処法が問題となります。
なお、信仰や宗教を理由にした解雇の対処法はいくつか考えられますが、一般の労働者でも比較的簡単に取りやすい方法としては以下のような方法が考えられます。
(1)解雇理由証明書の交付を受けておく
信仰や宗教を理由に解雇された場合には、まず使用者に対して解雇理由証明書の交付を請求し、その証明書の交付を受けておくようにしてください。
なぜなら、使用者の中には、当初は信仰や宗教を理由に解雇しておきながら、後で裁判になると解雇の理由を全く別の理由に変えることで解雇を正当化するケースがあるからです。
先ほどから説明しているように信仰や宗教を理由に解雇することは労働基準法第3条で絶対的に禁止されていますから、労働契約法第16条の「客観的合理的な理由がない」と判断されることになりますので裁判で会社が勝つことはありません。100%会社側の敗訴です。
しかし、当初は信仰や宗教を理由に解雇だったとしても裁判になって会社側が「あの解雇は実は○○(例えば労働者の非違行為など)を理由に解雇しただけですよ」などと抗弁すれば、労働者側がその解雇が信仰や宗教を理由にしたものであったことを立証しなければならなくなるので労働者側が不利になってしまいます。
そのため、悪質な会社の中には、後になってから解雇の理由を勝手に変更して解雇を正当化する事例があるのです。
しかし、労働基準法第22条は労働者から請求があった場合に解雇の理由を証明する書面を交付することを使用者に義務付けていますから、解雇された時点で使用者から解雇理由証明書の交付を受けておけば、その時点で解雇の理由が「信仰または宗教を理由としたもの」であったことを確定させることで、後になって使用者側で恣意的に解雇の理由を変更することを阻止することができます。
そのため、信仰や宗教を理由に解雇された場合には、まず解雇理由証明書の交付を受けておく必要があるのです。
なお、解雇理由証明書の請求に関する詳細は以下のページで詳しく解説していますのでそちらを参考にしてください。
(2)信仰や宗教を理由にした解雇が違法であることを書面で通知する
信仰や宗教を理由に解雇された場合には、その解雇が確定的に違法であることを記載した書面を作成し会社に通知(郵送)するというのも対処法の一つとして有効な場合があります。
前述したように、信仰や宗教を理由にした解雇は労働基準法第3条で確定的に無効と判断されますが、そのような違法な解雇をしている会社にいくら口頭で「違法な解雇を撤回しろ」と抗議したとしても、そもそも法令遵守意識が低いのでその程度で態度を改めて解雇を撤回してくれることは望めません。
しかし書面という形で正式に抗議すれば、将来的な裁判や行政官庁への相談を警戒してそれまでの態度を改め解雇の撤回に応じる可能性もありますので、とりあえず通知書を送付してみるというのも対処法として機能する場合があると考えられるのです。
なお、その場合に通知する通知書の文面は以下のようなもので差し支えないと思います。
甲 株式会社
代表取締役 ○○ ○○ 殿
信条を理由にした解雇の無効確認及び撤回申入書
私は、〇年〇月〇日、貴社から解雇する旨の通知を受け、同月末日をもって貴社を解雇されました。
この解雇に関し、貴社からは、私が○○教を信仰し宗教法人の○○会に所属していることが、解雇の直接の原因になったとの説明がなされております。
しかしながら、労働基準法第3条は信条を理由にした労働者の差別的取り扱いを禁止していますので、信仰や宗教を理由にしたこの解雇は明らかに違法です。
したがって、私は、貴社に対し、本件解雇が無効であることを確認するとともに、当該解雇を直ちに撤回するよう、申し入れいたします。
以上
〇年〇月〇日
〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室
○○ ○○ ㊞
※証拠として残しておくため、コピーを取ったうえで配達した記録の残る特定記録郵便などの郵送方法で送付するようにしてください。