障害を持つ労働者を雇用する事業主は、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、労働者が障害者であることを理由として、障害者でない者と不当な差別的取り扱いをすることが禁止されています(障害者雇用促進法第35条)。
【障害者雇用促進法第35条】
事業主は、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、労働者が障害者であることを理由として、障害者でない者と不当な差別的取り扱いをしてはならない。
そのため、企業が従業員に教育訓練を実施する過程において障害を持つ労働者に対して差別的な取り扱いをすることは許されないわけですが、かかる法律の条文だけでは具体的にどのような教育訓練の実施態様が障害者差別となりうるのか判然としません。
では、職場の教育訓練が実施される場合において、具体的にどのような障害者への取り扱いが障害者差別となるのでしょうか。
社内における障害者への教育訓練が差別となる場合を示す厚生労働省の指針
このように障害者雇用促進法は企業の教育訓練における障害者差別を禁止していますが、具体的にどのような態様の教育訓練の実施が障害を持つ労働者に対する差別に当たるのかは判然としません。
そのため、具体的にどのような態様が教育訓練の実施における障害者差別に当たるのかその基準が問題となるわけですが、その基準については厚生労働省が指針を出していますので、その指針が参考となります。
この点、厚生労働省の指針はまず障害者への差別的取り扱いが禁止される「教育訓練」について次のように定義しています。
6 教育訓練
※出典:障害者差別禁止指針(平成27年度厚生労働省告示第116号)|厚生労働省 を基に作成
(1)「教育訓練」とは、事業主が、その雇用する労働者に対して、その労働者の業務の遂行の過程外(いわゆる「オフ・ザ・ジョブ・トレーニング」)においてまたは当該業務遂行の過程内(いわゆる「オン・ザ・ジョブ・トレーニング」)において、現在および将来の業務の遂行に必要な能力を付与するために行うものをいう。
ですから、障害者雇用促進法が障害者に対する差別的取り扱いを禁止している「教育訓練」には、勤務時間内に行われる教育訓練だけではなく、勤務時間とは関係なく社外における資格や免許の取得のための講座受講や試験の受験なども広く対象になるものと解されます。
そして指針はその教育訓練における障害者差別となるケースについて次のように述べています。
(2)教育訓練に関し、次に掲げる措置のように、障害者であることを理由として、その対象から障害者を排除することや、その条件を障害者に対してのみ不利なものとすることは、障害者であることを理由とする差別に該当する。ただし、14に掲げる措置を講ずる場合については、障害者であることを理由とする差別に該当しない。
※出典:障害者差別禁止指針(平成27年度厚生労働省告示第116号)|厚生労働省 を基に作成
イ 障害者であることを理由として、障害者に教育訓練を受けさせないこと。
ロ 教育訓練の実施に当たって、障害者に対してのみ不利な条件を付すこと。
ハ 教育訓練の対象となる労働者を選定するに当たって、障害者でない者を優先して対象とすること。
イ)障害者であることを理由として、障害者に教育訓練を受けさせないこと
指針は「障害者であることを理由として、障害者に教育訓練を受けさせないこと」を差別的取り扱いにあたるとしています。
ですから、たとえば外回りの営業職において、先輩社員がオンザ・ジョブ・トレーニング(以下「OJT」と略します)として新入社員を営業の現場に同席させるようなケースにおいて、車イスを利用する社員だけをそのOJTの対象から除外するようなケースでは障害者差別となるものと解されます。
また、社員に特定の資格取得のための社外の業者が実施する技能講習等の受講を義務付けている会社において、その受講対象者から障害を持つだけを除外して社外研修を受けさせないようなケースなどでも障害者差別となるものと思われます。
ロ)教育訓練の実施に当たって、障害者に対してのみ不利な条件を付すこと
また指針は「教育訓練の実施に当たって、障害者に対してのみ不利な条件を付すこと」についても障害者差別に該当するとしています。
ですから、たとえば外回りのOJTに参加する社員のうち障害を持つ労働者にだけ交通費の自腹支払いを求めたり、特定の講習を受講させる会社において障害のない労働者には特に要件を課さずに一律に受講させているにもかかわらず障害を持つ労働者にだけ一定の資格保有要件を課してその資格を取得しない限りその講習を受講させない(または自費で受講させる)などの取り扱いをしている会社では、障害者差別の違法性を惹起させることになるものと解されます。
ハ)教育訓練の対象となる労働者を選定するに当たって、障害者でない者を優先して対象とすること
指針は「教育訓練の対象となる労働者を選定するに当たって、障害者でない者を優先して対象とすること」についても障害者差別にあたるものとしています。
ですから、たとえば社外での研修に1人の人員を派遣する予定にしている会社においてその受講の基準を満たすABC3人の候補となる社員がいたとして、その中から障害を持つAではなく障害のないBやCを優先的に研修要因として派遣したようなケースでは、障害者差別に該当するものと解されます。
例外として教育訓練における障害者に対する差別的な取り扱いにあたらない場合
このように、厚生労働省の指針は労働者に教育訓練を実施するに際して障害者に対する差別となるケースを示していますが、この指針は「ただし、14に掲げる措置を講ずる場合については、障害者であることを理由とする差別に該当しない」とも述べていますので、次にあげる指針の「14」に該当する態様があるケースでは、仮に障害者に対して前述の(イ)(ロ)(ハ)に該当する教育訓練に関する差別的な取り扱いが行われた場合であっても例外的に差別に該当しないケースはあることになりますので注意が必要です。
14 法違反とならない場合
※出典:障害者差別禁止指針(平成27年度厚生労働省告示第116号)|厚生労働省 より引用
1から13までに関し、次に掲げる措置を講ずることは、障害者であることを理由とする差別に該当しない。
イ 積極的差別是正措置として、障害者でない者と比較して障害者を有利に取り扱うこと。
ロ 合理的配慮を提供し、労働能力等を適正に評価した結果として障害者でない者と異なる取り扱いをすること。
ハ 合理的配慮に係る措置を講ずること(その結果として、障害者でない者と異なる取り扱いをすること)
二 障害者専用の求人の採用選考又は採用後において、仕事をする上での能力及び適正の判断、合理的配慮の提供のためなど、雇用管理上必要な範囲で、プライバシーに配慮しつつ、障害者に障害の状況等を確認すること。
イ)積極的差別是正措置として、障害者でない者と比較して障害者を有利に取り扱うこと
指針は「積極的差別是正措置として、障害者でない者と比較して障害者を有利に取り扱うこと」については差別的取扱いに該当しないとしています。
ですから、たとえば特定の社外研修を受けさせている会社において障害を持つ労働者にだけ費用を会社が負担したりするケースでは差別的取扱いには当たらないものと解されます。
また、特定の研修を受験する基準を満たすABC3人の労働者がいた場合において、積極的差別是正措置として障害のあるAに優先的に研修を受けさせ障害のないBやCを劣後的に扱うケースでは差別的取扱いにはあたらないことになるものと思われます。
ロ)合理的配慮を提供し、労働能力等を適正に評価した結果として障害者でない者と異なる取り扱いをすること
また指針は「合理的配慮を提供し、労働能力等を適正に評価した結果として障害者でない者と異なる取り扱いをすること」については差別的取扱いには当たらないとしています。
ですから、たとえば労働能力が優れていると認定した一部の従業員を選抜して特定の研修を受講させている企業が、聴覚障害を持つ労働者にメールや筆談で業務連絡等を行うなど合理的配慮を実施している状況において、客観的に判断して障害を持たない労働者の方が労働能力に優れていると判断したため障害のない労働者に特定の研修を受けさせたようなケースでは障害者差別の違法性は惹起されないものと解されます。
ハ)合理的配慮に係る措置を講ずること(その結果として、障害者でない者と異なる取り扱いをすること)
ですから、たとえば特定の社外研修に社員を参加させている企業において、その受講が毎年夏に行われているところ、特定の障害を持つ労働者が体温調節に問題があるため夏に当該研修を受けることが困難だったことから、合理的配慮として当該障害者と相談して受講を半年ほどずらして冬に受講させるようにしたケースでは、当該障害を持つ労働者だけを障害のない労働者と比較して差別的な取り扱いをしたことになりますが、当該差別は障害者雇用促進法上の違法性を惹起させないことになるものと思われます。
また、たとえばOJTを東京本社で行うことにしている企業において、大阪支店で採用した障害を持つ労働者が定期的に大阪の病院に通院しなければならないため、当該障害者にだけ合理的配慮として大阪支店でOJTを受けられるような措置を取ったケースなどでは当該障害者に対する差別的取扱いには当たらないものと解されます。
なお、障害を持つ労働者に対する合理的配慮の詳細については『障害者が会社に障害への配慮を求める際に知っておきたいこと』や『障害者は会社にどのような配慮を求めることができるかその具体例』にページを参考にしてください。
二)仕事をする上での能力及び適正の判断、合理的配慮の提供のためなど、雇用管理上必要な範囲で、プライバシーに配慮しつつ、障害者に障害の状況等を確認すること
なお、指針は「仕事をする上での能力及び適正の判断、合理的配慮の提供のためなど、雇用管理上必要な範囲で、プライバシーに配慮しつつ、障害者に障害の状況等を確認すること」は障害者差別にはあたらないとしています。
ですから、障害を持つ労働者を雇用した事業主が、教育訓練を実施するに際して対象となる労働者に対する差別的な取り扱いを避けるため、事前に面接等を行ってその障害の程度や特性等について聴取するような行為については差別には該当しないものと解されます。
障害を持つ労働者が教育訓練を受けるに際して会社に疑義がある場合は厚生労働省の指針を一読することも必要
以上のように、厚生労働省の指針は障害者雇用促進法で禁止される教育訓練を実施する企業における障害者差別の態様について一定の基準を示していますから、一般的な会社はこの指針に沿った取り扱いをすることで障害を持つ労働者に対する差別を回避しています。
しかし、すべての会社がこの指針に従っているわけではなく、この指針の存在すら知らなかったり、存在はしっていても法令遵守意識の低い会社では指針を無視して障害を持つ労働者に差別的な取り扱いをする会社も存在しますから、障害を持つ労働者が教育訓練において差別的な取り扱いを受けてしまうケースもあるかもしれません。
ですから、障害を持つ人が企業で働く場合には、この指針を熟読するなどして何が差別に当たるのかという点を理解し、教育訓練で差別的な待遇を受けてしまわないように十分に注意することが必要となります。
障害を理由に差別的な取り扱いを受けた場合の対処法
なお、障害を持つ労働者が勤務先の会社から待遇等で差別的な取り扱いを受けた場合の具体的な対処法については『障害者が障害を理由とした差別的な取り扱いを受けた場合の対処法』のページで詳しく解説していますのでそちらを参考にしてください。