労災療養後に打切補償を支払わないで解雇することは許されるのか

労働災害で負傷しまたは疾病に罹患した場合、その症状によっては療養休業が必要となりますが、その療養している労働者が使用者から一定の「打切補償」の支払いがなされたうえで、一方的に解雇されてしまうケースが見られます(※打切補償については→労災における療養補償の3年での打切補償が認められる場合とは)。

たとえば、使用者Xの会社に勤務するAさんが業務中に怪我をして療養が必要になった場合において、その療養期間が経過しても治癒が見込めないことを理由に、会社から数百万円の打切補償が支給され、それと共に解雇されるようなケースがそれです。

このような打切補償をしたうえでの解雇は会社の業務で負傷又は疾病に罹患することによって健康を奪われてしまった労働者が更に仕事まで奪われることになるため労働者にとって酷な面がありますが、治癒が見込めない労働者の療養費用を使用者に永遠に負担させるのも公平性が害される懸念がありますので、この打切補償を伴う解雇も一定の制限の下で認められるべきとの要請も頷ける面があります。

しかし、悪質な使用者の中には、この「打切補償」すらしないまま、労働災害で負傷または疾病に罹患した労働者を一方的に解雇してしまうケースが稀に見られます。

たとえば先ほどの例で、使用者Xの会社に勤務するAさんが業務中に怪我をして療養が必要になり療養休業をした後に、会社が打切補償すら支払わずにAさんを解雇してしまうようなケースです。

では、このように労働災害で療養休業した労働者に対して打切補償もないまま解雇してしまうことはそもそも認められるものなのでしょうか。

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そもそも「打切補償」を支払うことで解雇が認められる場合があるのか

このように、労働災害で療養する労働者に対して打切補償もしないまま解雇を強行する使用者があるわけですが、その打切補償がないまま解雇された場合の対処法を考える前提として、そもそもそのような打切補償を支払うことで解雇が認められるケースがあるのかという点を考える必要があります。

そもそも打切補償を行っても労働災害で療養した労働者の解雇が認められないのなら、その打切補償の支払いの有無にかかわらず、労働災害で療養した労働者の解雇自体を否定することができるからです。

もっとも、労働基準法では、労働災害で療養する労働者に対し打切補償を支払うことで解雇することを一定の範囲で許容しています。具体的には労働基準法の第19条です。

労働基準法第19条

第1項 使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間並びに産前産後の女性が65条の規定によって休業する期間及びその後30日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第81条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合においては、この限りでない。
第2項 前項但書後段の場合においては、その事由について行政官庁の認定を受けなければならない。

労働基準法第19条はこのように、労働災害で労働者が「療養のために休業する期間」および「療養後30日間」の間にある禁止していますが、但し書きで例外的に「労働基準法第81条の規定によって打切補償を支払う場合」と「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合」にその解雇制限を解除していますので、使用者が「労働基準法第81条の規定によって打切補償を支払った」場合には、解雇が絶対的に禁止されるものではないということが言えます。

そして労働基準法第81条は「療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合」において打切補償を行うことで療養補償関係から離脱することを認めていますから、「療養開始後3年を経過した後」であれば、たとえ「療養期間が経過した後30日が経過する前」であっても、使用者が労働基準法第81条の規定に基づいて打切補償を行った場合には、解雇が認められるケースもあるということになります。

ですから、労働基準法第19条は「療養期間が経過した後30日が経過する前」の解雇を禁止してはいますが、「療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合」には、使用者が打切補償を行うことで、解雇が認められるケースもあり得るということになります。

労働災害の療養休業後に打切補償もないままなされた解雇は有効か無効か

以上で説明したように、労働基準法第19条は「療養休業が終わった後30日が経過する前」の解雇を禁止してはいますが、「療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合」には、使用者が打切補償を行う場合に限ってその解雇制限を解除していますので、労働災害で療養休業した後の労働者が「打切補償もないまま」の状態で解雇された場合には、その解雇が療養休業が終わった後30日が経過する「前」なのか、それともその「後」なのかをまず確認する必要があります。

(1)「打切補償がないまま」解雇されたのが「療養休業が終わった後30日が経過」する「前」の場合

労働災害で負傷又は疾病にかかった労働者が「打切補償もないまま」の状態で解雇された場合において、その時期が「療養休業が終わった後30日が経過」する「前」である場合には、その解雇は絶対的・確定的に無効と判断されます。

つまり、打切補償もないまま労働者が解雇されたのが「療養休業が終わった後30日が経過する前」である場合には、その解雇は100%無効ということになるわけです。

なぜそれが100%無効と言えるかと言うと、前述したように労働基準法第19条は「療養休業が終わった後30日間」の解雇を禁止しており、その解雇制限の例外は同条但し書きの「労働基準法第81条の規定によって打切補償を支払う場合」に限定しているからです。

労働基準法第19条は「労働基準法第81条の規定によって打切補償を支払う場合」に限って「療養休業が終わった後30日間」の解雇制限を解除しているのですから、その「療養休業が終わった後30日間」に「打切補償もないまま」の状態で解雇したのであれば、その解雇は労働基準法第19条に違反することになるので明らかに違法です。

その解雇が明らかに違法であれば当然、その違法な解雇に労働契約法第16条の「客観的合理的な理由」は存在しませんから、労働契約法第16条の規定からその解雇は解雇権を濫用するものとして無効と判断されることになります。

【労働契約法第16条】

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

ですから、労働災害で負傷又は疾病にかかった労働者に対して「療養休業が終わった後30日間」に「打切補償もないまま」の状態で行われた解雇は、100%無効ということになり、絶対的・確定的に許されない、ということになります。

(2)「打切補償がないまま」解雇されたのが「療養休業が終わった後30日が経過」した「後」の場合

一方、労働災害で負傷又は疾病にかかった労働者が「打切補償もないまま」の状態で解雇された場合において、その時期が「療養休業が終わった後30日が経過」した「後」である場合には、その解雇が絶対的・確定的に無効であるとまでは言えません。

なぜなら、前述したように、労働基準法第19条は「療養のために休業した後30日間」の解雇を禁止し、その期間において「労働基準法第81条の規定によって打切補償を支払う場合」に限定してその解雇制限を解除していますので、労働基準法第19条で絶対的に解雇が禁止されるのは「療養のために休業した30日間に労働基準法第81条の打切補償を支払わない解雇」に限られることになるからです。

労働基準法第19条は「療養のために休業した後30日間」が経過した「後」の解雇については禁止していませんから、「療養のために休業した後30日間」が経過した「後」に行われた解雇については、労働基準法第19条で要件とされた「労働基準法第81条の規定によって打切補償を支払った」か否かは全く問題となりません。

つまり、「療養のために休業した後30日間」が経過した「後」に行われた解雇については、労働基準法第19条の適用はなく、もっぱら労働契約法第16条の「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つの要件があるかないかで判断されることになりますので、「打切補償が支払われなかった」という事実のみをもって「客観的合理的な理由」が「ない」とは言えないことになるわけです。

ですから、労働者が「療養のために休業した後30日間」が経過した「後」に打切補償を受けることなく解雇された場合には、その解雇事由に「客観的合理的な理由」があるかないか、また仮にその解雇事由に「客観的合理的な理由」が「ある」と認定できる場合であっても、その「客観的合理的な理由」に基づいて解雇することが「社会通念上相当」と言えるか否かを、個別のケースに応じて慎重に確認していくことが必要になります(※参考→労災療養中の労働者に打切補償を支払えば解雇は許されるのか)。