採用選考で住所地の概略図や通勤経路の提出を求められた場合

採用選考で、求職者に対して自宅住居付近の見取り図や、自宅から会社までの通勤経路の概要図などを提出させる企業がごく稀にあります。

たとえば、エントリーシートに自宅付近の地図や概略図を書かせたり、自宅から会社までに使う鉄道路線や乗り換え手順を書かせたりするようなケースです。

しかし、内定が出された後ならいざ知らず、内定も出されていない採用面接の段階で求職者の自宅付近の概略図や通勤経路の詳細が必要になるとは思えませんので、なぜ企業がそのような情報を求めるのか、疑義が生じてしまいます。

では、採用面接の際に企業が求職者に対して自宅住所や通勤経路の概略図等の提出を求めることはそもそも認められるのでしょうか。

また、実際の採用面接の場でそのような概略図等の提出を求められた場合、具体的にどのように対応すればよいのでしょうか。

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採用面接で自宅住所や通勤経路の概略図等の提出を求める行為は採用差別(就職差別)につながる

このように、採用面接で求職者の自宅住所周辺の見取り図や通勤経路の乗り換え手順の概略図等の提出を求める企業がありますが、これは端的に言って採用差別(就職差別)につながるものと考えられます。

なぜなら、居住地域や通勤経路の概略は求職者本人の適性や能力とは関係がなありませんし、そうした略図等が身元調査に利用されてしまう懸念を生じさせるからです。

労働者を雇用する企業には「採用の自由」が認められていますが、それは無制約なものではなく求職者の職業選択の自由(憲法22条)や思想良心の自由(憲法19条)、法の下の平等(憲法14条)など基本的人権を制限する採用基準は認められません。

ですから「採用の自由」も求職者の「就職の機会均等」が保障される範囲でその自由が許されることになりますが、居住地域や通勤経路の詳細を略図等で提出させてその内容で求職者を選別すれば、本人の適性や能力とは関係のない「居住地域」という基準で採否が判断されることになり、住んでいる場所で差別され「就職の機会均等」が妨げられる可能性も生じてしまいます。

また、自宅住所周辺や通勤経路の概略図等が企業に渡れば、その略図等がその求職者の身元調査に利用される可能性がありますが、身元調査はその求職者の適性や能力とは関係のないプライベートな情報(家族や思想信条にかかわる情報など)も必然的に収集されることになりますので、そうした情報が採否の判断に影響を及ぼすことを考えれば採用差別(就職差別)につながる恐れがあることも指摘できます(※参考→採用選考でなされる応募者の身元調査は採用差別につながるか)。

このように、自宅住所周辺や通勤経路の概略図などを提出させる行為は、採用差別(就職差別)につながることになりますので、本来的に考えれば採用面接で行われてよいものではないのです。

採用面接で自宅住所周辺や通勤経路の概略図などを提出させる行為は厚生労働省の指針でも採用差別(就職差別)につながるものとして注意喚起されている

このように、採用面接で求職者に自宅住所周辺や通勤経路の概略図などを提出させる行為は採用差別(就職差別)につながりますから、本来的に考えればなされてよいものではありません。

なお、この点については厚生労働省の指針でも注意喚起されていますので、念のため引用しておきましょう。

「現住所(自宅付近)の概略図等の提出」を求めることは、居住地域の状況などを把握したり「身元調査」に利用される危険性があります。通勤経路の把握などのために用いる場合は、入社後において必要に応じて把握すれば足り、採用選考時に把握する合理性はありません。

※出典:公正な採用選考を目指して|厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/dl/saiyo-01.pdfより引用

採用選考の際に自宅住所周辺や通勤経路の概略図などを提出させる行為は職業安定法の「求職者等の個人情報の取り扱い」規定に抵触する

このように、採用選考で求職者から自宅住所の概略図や通勤経路の略図等を提出させる行為は採用差別(就職差別)につながる問題を指摘できますが、これとは別に職業安定法で義務付けられた「求職者等の個人情報の取り扱い」規定に抵触する問題も提起できます。

職業安定法第5条の4では、労働者の募集を行う者等が収集する求職者の個人情報について「その業務の目的の達成に必要な範囲内で収集・保管し使用すること」と規定されていますので、そもそも労働者を募集する企業では、求職者から「業務の目的の達成に必要な範囲」を超えた個人情報の収集や保管をすること自体が法的に認められていません。

職業安定法第5条の4

第1項 公共職業安定所、特定地方公共団体、職業紹介事業者及び求人者、労働者の募集を行う者及び募集受託者並びに労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者(中略)は、それぞれ、その業務に関し、求職者、募集に応じて労働者になろうとする者又は供給される労働者の個人情報(中略)を収集し、保管し、又は使用するに当たつては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。ただし、本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。
第2項 公共職業安定所等は、求職者等の個人情報を適正に管理するために必要な措置を講じなければならない。

この点、求職者の自宅住所周辺や通勤経路の詳細は、常識的に考えてその企業の業務と関係しませんから、その略図等の提出を求める行為は当然この職業安定法第5条の4に抵触することになるでしょう。

もちろん、その求職者の居所がその企業に地理的に近いとか通勤が容易だという条件は、支給する通勤手当が少なく済むとか緊急時における出社が容易になるなどの面で企業側にメリットもある場合がありますが、通勤の費用は労働者が自己負担する意思があるかもしれませんし、緊急時の対応が必要となる職種は限定されるでしょうから、そのような事情を理由にこの規定の例外を容易に認めるべきではありません。

ですから、この職業安定法第5条の4の「求職者等の個人情報の取り扱い」規定に抵触する違法性の側面を考えても、採用選考で求職者に自宅住所周辺や通勤経路の略図等の提出を求める行為は許されるものではないと言えるのです。

採用選考で自宅住所周辺や通勤経路の概略図等の提出を求められた場合の対応

以上で説明したように、採用選考で自宅住所周辺や通勤経路の概略図等の提出を求める行為は採用差別(就職差別)につながる点や職業安定法上の「求職者等の個人情報の取り扱い」規定に抵触する違法性の面を考えれば、本来的に行われてよい行為ではないと言えます。

もっとも、実体の就職活動でそのような略図等の提出を求められた場合には、求職者の側で適当な対応を取らなければなりませんので、その場合にどのような対応を取れるのかが問題となります。

(1)その会社への就職は取りやめる

採用選考の際に自宅住所周辺や通勤経路の概略図等の提出を求められた場合は、その会社に就職すること自体を考え直すのも選択肢の一つとして考えてよいかもしれません。

なぜなら、先ほどから説明しているように、そのような行為が採用差別(就職差別)につながる問題だけでなく、職業安定法上の違法性をも惹起させることを考えれば、その会社自体が倫理意識や法令遵守意識の欠落した体質を持っていることが推認されるからです。

そのような会社から内定をもらって入社したとしても、いずれ何らかの労働トラブルに巻き込まれる蓋然性が高いと思われますから、将来的に過大なリスクを背負う危険性を考えれば他のまともな会社を探すことも考えるべきかもしれません。

(2)自宅住所周辺や通勤経路の概略図等を収集する行為が採用差別(就職差別)につながること、また職業安定法上の違法性を惹起させることを説明してみる

採用選考の際に自宅住所周辺や通勤経路の概略図等の提出を求められた場合には、企業側にそれが採用差別(就職差別)につながる点や職業安定法上の違法性の問題を生じさせる点を説明してみるという選択肢もあります。

もちろんそうしてしまえば企業側の機嫌を損ねて不採用になるかもしれませんが、そうすることでその会社が本来すべきでない自宅住所周辺や通勤経路の概略図等の収集を止めるようになるのであれば、社会から採用差別や違法行為を一つ無くすことに貢献できたことになります。

社会的な意義を考えれば、そうすることに価値はありますので、不採用になっても構わないというのであれば、その問題点を指摘してみるのも良いと思います。

(3)自宅住所周辺や通勤経路の概略図等の提出を求められた事実をハローワークに申告(相談)してみる

採用選考で自宅住所周辺や通勤経路の概略図等の提出を求められた場合には、その事実をハローワークに申告(相談)してみるのも一つの選択肢として考えてよいかもしれません。

前述したように、そのような行為は厚生労働省の指針でも注意喚起されていますが、その指針の指導機関はハローワークとなりますので、ハローワークに申告(相談)することで貴重な情報提供として何らかの指導などに役立つかもしれません。

また、先ほど説明したように職業安定法上の違法性も指摘できますが、企業(その他職業紹介業社や派遣事業者等も含む)の職業安定法違反行為について厚生労働大臣は、その業務の運営を改善させるために必要な措置を講ずべきことを命じることができ(職業安定法第48条の3第1項)、その厚生労働大臣の命令に企業が違反した場合には「6月以下の懲役または30万円以下の罰金」の刑事罰の対象とすることも可能です(職業安定法第65条第7号)。

職業安定法第48条の3第1項

厚生労働大臣は、職業紹介事業者、労働者の募集を行う者、募集受託者又は労働者供給事業者が、その業務に関しこの法律の規定又はこれに基づく命令の規定に違反した場合において、当該業務の適正な運営を確保するために必要があると認めるときは、これらの者に対し、当該業務の運営を改善するために必要な措置を講ずべきことを命ずることができる。

職業安定法第65条第7号

次の各号のいずれかに該当する者は、これを6月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
第1号∼6号(中略)
第7号 第48条の3第1項の規定による命令に違反した者

そうすると、その採用選考で自宅住所周辺や通勤経路の概略図等の提出を求められた事実をハローワークに申告(相談)することで厚生労働大臣からの監督権限の行使が行われ、行政指導等によってその企業の不当な個人情報収集が改善されたり、採用差別(就職差別)的な採用選考が改められたりすることも期待できるかもしれません。

ですから、採用選考で自宅住所周辺や通勤経路の概略図等の提出を求められ、それに納得できない場合には、とりあえずハローワークに申告(相談)してみるというのも考えてよいかもしれません。

その他の対処法

これら以外の対処法としては、各都道府県やその労働委員会が主催するあっせんの手続きを利用したり、労働局の紛争解決援助の手続きを利用したり、弁護士会や司法書士会が主催するADRを利用したり、弁護士(または司法書士)に個別に相談・依頼して裁判や裁判所の調停手続きを利用する方法が考えられます。

なお、これらの解決手段については以下のページを参考にしてください。

労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは