雇用契約の際に出向を承諾していたら出向命令を拒否できないか

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会社員として働いていると、勤務先の会社から出向を命じられることがあります。

出向とは、労働者がその時点で勤務している会社に従業員としての席を置いたまま、ある程度の長期間、全く別の会社でその別の会社の従業員として勤務することを言い、たとえば、A社で働いているXさんが、A社の社員として契約関係を残したままで、数年間、全く別のB社でB社の社員として勤務するよう、A社から命じられるようなケースが代表的な例としてあげられます。

このような人事異動の一形態としての出向は、勤務している会社から全く別の会社で勤務することが強制させられることを意味しますので、それを命じられる労働者にとっては大きな影響が生じます。

そのため、出向を命じる可能性のある会社では、将来出向を命じる必要性が生じた際に労働者との間で出向に応じるか応じないかの争いが生じないよう、個別の雇用契約(労働契約)を締結する際にあらかじめ「うちの会社に就職すると出向を命じられる可能性がありますよ」という点の合意をとっておくのが通例となっています。

では、そのようにしてあらかじめ雇用契約(労働契約)で出向命令に同意している場合、出向を命じられた労働者はその出向を拒否することはできないのでしょうか?

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雇用契約(労働契約)で出向命令に同意しているか否か確認する方法

雇用契約(労働契約)で出向命令にあらかじめ同意している場合に出向命令を拒否することができるかという点を考える場合には、労働者自身があらかじめ雇用契約(労働契約)で出向命令に同意しているのかいないのか確認することが前提となります。

この点、労働者が使用者(雇い主)との間で合意した雇用契約(労働契約)の内容は、就職する際に使用者から交付される雇用契約書(労働契約書)に記載されているはずので、その交付された雇用契約書(労働契約書)を確認することがまず必要となるでしょう。

雇用契約書(労働契約書)の交付を受けた記憶がないという人もいるかもしれませんが、労働基準法の第15条では、労働契約の締結に際して合意した内容については書面を作成し労働者に交付することが義務付けられていますので、労働基準法に違反しているブラック企業でない限り通常は雇用契約書(労働契約書)が交付されているはずです(※詳細は→雇用契約書・労働条件通知書に記載されるべき16の事項とは)。

ですから、もし会社からその交付を受けてないという場合は、会社に交付を請求するか労働基準監督署に申し出をして交付を促すよう働きかけてもらうことも必要かもしれません(※詳細は→雇用契約書または労働条件通知書を作ってくれない会社の対処法)。

ただし、会社によっては雇用契約書(労働契約書)の代わりに労働条件通知書を交付するところもありますので、労働条件通知書の交付が行われている会社では、その交付を受けた労働条件通知書の内容を確認する必要があります(※雇用契約書と労働条件通知書の違いについては→雇用契約書(労働契約書)と労働条件通知書は何がどう違う?)。

このように、雇用契約書(労働契約書)や労働条件通知書の記載を確認し、出向命令に同意している条項があるかという点を確認することがまず必要となります。

雇用契約で出向に関する具体的な内容が定められていない場合は労働者は出向命令を拒否することができる

以上のようにして雇用契約書(労働契約書)や労働条件通知書の記載を確認して会社が出向命令を行うことにあらかじめ労働者が同意を与えている規定がある場合には、労働者が使用者の出向命令に従うことが雇用契約(労働契約)の内容になっていると判断されますので、その場合には労働者は会社から命じられる出向命令を拒否することができないのが原則です。

もっとも、その雇用契約(労働契約)に明記された出向命令の内容は、抽象的・包括的なものでは足りません。出向命令の内容が具体的に記載されていなければ労働者を拘束しないからです。

この点、同じ会社の内部で職種や勤務地が移動になる配転(配置転換)の場合については、『人事異動における配転命令(配置転換・転勤)は拒否できるか』のページでも説明したように、雇用契約(労働契約)に記される配転命令権の内容は抽象的なものでも差し支えありませんでした。

たとえば

「会社は業務上の必要がある場合には従業員に対して配置転換を命じることができる」

というような単に「配転を命じることができる」というような規定が雇用契約書(労働契約書)に記載されているだけでも、労働者は会社からの配転命令を拒否することができないわけです。

しかし、出向の場合には、このような抽象的な規定が雇用契約書(労働契約書)に記載されているだけであれば労働者は会社からの出向命令を拒否することが可能です。

なぜなら、先ほども少し述べましたが、出向の場合には全く別の会社で就労することが強制させられるからです。

配転(配置転換)の場合には、今勤務している会社の内部で職種や勤務する場所が変わるだけですので、労働者に与える影響も限定的です。

配転が労働者に与える影響が大きくないのであれば「会社は配転を命じることができる」というような抽象的な規定があるだけで労働者を拘束しても労働者に不利益は生じませんから、そのような抽象的な規定があるだけで労働者は配転命令を拒否できないとしているのです。

一方、出向の場合には今働いている会社とは別の会社でその別の会社の従業員としてその別の会社に対して労働力を提供することになるわけですから、労働条件や勤務形態に大きな変更が生じることになります。

そのため、出向に関しては、雇用契約(労働契約)に抽象的な規定があるだけでは足りず、その出向に関する内容が具体的に雇用契約(労働契約)に明記されていない場合には、その出向命令権が雇用契約(労働契約)の内容になっていないと判断して労働者の一方的な意思表示によって拒否できると考えられているのです。

この点、具体的にどの程度の出向命令の内容が雇用契約(労働契約)に記載されている場合に使用者の出向命令権が雇用契約(労働契約)の内容になっていると判断されるかという点が問題となりますが、労働者の保護の必要性から、

  • 「会社は出向を命じることができる」

という規定だけでなく、その出向先の会社における

  • 「出向先での賃金などの労働条件」
  • 「各種出向手当等の労働条件」
  • 「昇格・昇給等の査定その他処遇」
  • 「出向の期間」
  • 「復帰の仕方」など

について具体的に規定がなされていなければ、使用者における出向命令権が雇用契約(労働契約)の内容になっていないと判断されるのが通常です(※新日本製鐵事件:最高裁平成15年4月18日、菅野和夫著「労働法(第8版)」416~417頁参照)。

ですから、このような出向に関する基本的な内容が具体的に雇用契約(労働契約)に規定されていない場合には、仮に個別の雇用契約(労働契約)に

「会社は出向を命じることができる」

などと規定されていて、それに合意して入社している場合であっても、労働者は会社から命じられる出向命令を自由に拒否することができるということになるのです。

ただし、個別の雇用契約(労働契約)に「出向先での賃金などの労働条件」「各種出向手当等の労働条件」「昇格・昇給等の査定その他処遇」「出向の期間」「復帰の仕方」など出向命令の基本的な内容が規定されていなかった場合であっても、会社の就業規則や労働協約にそれらが規定されている場合には、その出向命令権が雇用契約(労働契約)の内容になっていると判断されますので、労働者は会社からの出向命令を拒否することができなくなるので注意が必要です。

雇用契約に出向に関する基本的な事項が規定されていないのに出向を命じられた場合の対処法

以上で説明したように、仮に会社から交付された雇用契約書(労働契約書)または労働条件通知書に「会社は出向を命じることができる」と出向命令権の根拠が明記されていたとしても、「出向先での賃金などの労働条件」「各種出向手当等の労働条件」「昇格・昇給等の査定その他処遇」「出向の期間」「復帰の仕方」など出向命令の基本的な内容が規定されていなかった場合には、労働者は会社から命じられる出向命令を自由に拒否することができるということになります。

もっとも、すべての会社がこのような法律的な考え方を理解しているわけではありませんので、このように出向命令の基本的な事項が雇用契約(労働契約)の内容になっていないにも関わらず、会社から出向を命じられた場合には、具体的な対処法をとってその出向命令を拒否することが必要になります。

(1)雇用契約(労働契約)の内容となっていない出向命令の無効を主張する文書を作成し会社に送付してみる

個別の雇用契約(労働契約)に「出向先での賃金などの労働条件」「各種出向手当等の労働条件」「昇格・昇給等の査定その他処遇」「出向の期間」「復帰の仕方」など出向命令の基本的な内容が規定されていないにもかかわらず、勤務先の会社から出向を命じられている場合には、その出向命令が雇用契約(労働契約)の根拠のない無効なものであることを記載した文書を作成し書面という形で会社に送付するのも一つの対処方法として有効です。

先ほどから説明しているように、使用者が労働者に対して出向を命じるためには雇用契約(労働契約)で「出向先での賃金などの労働条件」「各種出向手当等の労働条件」「昇格・昇給等の査定その他処遇」「出向の期間」「復帰の仕方」など出向命令の基本的な内容を明示して置かなければならず、その明示がなければ使用者の出向命令権自体が雇用契約(労働契約)の内容になっていないものと判断されますので使用者は労働者に対して出向を命じることができませんが、そのような雇用契約(労働契約)の根拠のない出向命令を出すブラック体質を持った会社に対して口頭で「無効な出向命令を撤回しろ」と求めても、それを撤回してくれる可能性は低いからです。

この点、書面で改めてその出向命令に雇用契約(労働契約)上の根拠のないことを指摘しその無効性を通知して撤回を求めれば、事の重大性に気付いて出向を撤回する会社もありますので、文書という形で撤回を求めることも対処法として機能するものと考えられるのです。

なお、その場合の通知書の文面は以下のようなもので差し支えないでしょう。

○○株式会社

代表取締役 ○○ ○○ 殿

雇用契約(労働契約)上の根拠のない出向命令の撤回申入書

私は、〇年〇月から貴社でソフトウェアのプログラミング職として勤務していますが、〇年〇月〇日、上司である○○課長から、来年の四月から貴社の子会社である株式会社△△に出向することになる旨の打診を受けました。

この出向命令について私は、別の会社で勤務する意思が全くなかったことから明確に拒否いたしましたが、○○は「社内会議で決まったことだから拒否することはできない」と一方的に株式会社△△への出向手続を進めているようです。

しかしながら、私が貴社に入社した際に貴社から交付を受けた雇用契約書(労働契約書)を確認したところ、出向に関する内容については「会社は出向を命じることができる」という規定はあるものの、その出向先となる会社の名称や出向先で従事する業務内容、出向先での賃金やその他の各種出向手当等の労働条件、昇格・昇給等の査定その他処遇、出向の期間、復帰の仕方など出向命令の基本的な内容が具体的に明記されていませんし、貴社の就業規則その他にもそのような規定は存在しませんから、貴社の出向命令権は雇用契約(労働契約)の内容となっておらず、貴社は私の同意がない限り出向命令を強制することはできないものと考えられます(新日本製鐵事件:最高裁平成15年4月18日に同旨)。

したがって、私の意思を無視した貴社の出向命令は雇用契約(労働契約)上の根拠のない無効なものと言えますから、直ちに当該出向命令を撤回するよう申し入れいたします。

以上

〇年〇月〇日

〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室

○○ ○○ ㊞

会社に送付する前に証拠として残すため必ずコピーを取っておき、相手方に「到達した」という客観的証拠を残しておく必要があるため、普通郵便ではなく特定記録郵便など客観的記録の残る方法を用いて郵送すること。

(2)その他の対処法

以上の通知書を送る方法を用いてもなお会社が出向命令を強要しようとする場合は、労働局で紛争解決援助の申し立てを行ったり、労働委員会の主催する”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士や司法書士に相談して裁判所の裁判手続などを利用して解決する必要がありますが、それらの方法については以下のページを参考にしてください。

労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは

(3)労働基準監督署に相談して解決できるか

なお、このように雇用契約(労働契約)上の根拠のない出向命令を強要されるというトラブルについて労働基準監督署に相談して解決できるかという点が問題になりますが、そのようなトラブルについては労働基準監督署は積極的に介入してくれないのが通常です。

労働基準監督署は基本的に「労働基準法」という法律に違反する事業主を監督する機関ですから、労働基準法で禁止している行為を会社が行っている場合だけしか行政機関としての監督権限を行使できないからです。

「雇用契約(労働契約)上の根拠のない出向命令」という行為自体は労働基準法で禁止されている行為ではなく、雇用契約(労働契約)に違反する行為にすぎませんので、監督署は直接介入したくても法的な権限がないので介入することができません。

ですから、このようなトラブルについては労働基準監督署ではなく労働局の紛争解決手続や労働委員会の”あっせん”の手続を利用するのがまず考えられる適当な対処法になると考えた方がよいでしょう。

なお、先ほども述べましたが、上記で解説したように個別の雇用契約書(労働契約書)や労働条件通知書に出向命令の基本的な内容が具体的に明記されていない場合であっても、就業規則や労働協約などにその基本的な内容が規定されている場合には、使用者の出向命令権が雇用契約(労働契約)の内容になっていると判断され出向命令の拒否ができなくなる場合もありますのでその点は誤解のないようにお願いします(※詳細は→人事異動における出向命令は拒否できるか)。