代わりの人材を連れてこないと辞めさせないと言われた場合

学生のアルバイトなどでありがちですが、バイトを辞めようとする際に雇い主側から「辞めるなら代わりの人材を連れてこい!」とか「代わりのバイトを紹介しない限り退職は認めない!」などと言われて事実上、会社を辞めるのを拒否されるケースがあります。

このように会社に言われた場合、退職する自分の代わりとなる人材を紹介しない限り仕事を辞めることができないのでしょうか?

また、このような退職妨害を受けた場合、具体的にどのように対処すればよいのでしょうか?

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退職する際に代わりの人材を紹介しなければならない義務はない

結論から言うと、労働者が退職する際に会社側に自分の代わりとなる労働者を紹介しなければならない義務はありません。

退職する労働者が代わりの人材を確保しなければならない義務を規定した法律は存在しませんし、そのような義務が雇用契約(労働契約)当然に内在するものと解釈する法的根拠も存在しないからです。

ですから、会社側が「代わりを連れてこない限り辞めさせない」と主張したとしても、そのような主張は法律上あるいは雇用契約上の根拠のない一方的な「たわごと」にすぎませんので、相手にする必要はありません。そのような主張は無視しても全く問題ないわけです。

法律で退職の自由が認められているので退職を申し出て一方的に辞めればよい

このように、法律上も雇用契約上も退職者が代わりの人材を紹介しなければならない義務は存在しませんから、退職したいのであれば退職を申し出て一方的に辞めても全く問題ありません。

ただし、雇用契約には「期間の定めのない雇用契約(無期労働契約)」と「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」の2種類があり、両者で退職に若干の違いがありますのでその点には注意が必要です。

(1)「期間の定めのない雇用契約」の場合

会社との間の雇用契約に契約期間が定められておらず、定年まで勤めあげるいわゆる「終身雇用」で雇われている雇用契約は「期間の定めのない雇用契約」と解釈されます。

一般的には正社員として雇われる場合がほとんどですが、アルバイトやパートであっても「〇年〇月~〇年〇月まで」などと契約期間が定められていないケースではこの「期間の定めのない雇用契約」となりますので注意してください。

この「期間の定めのない雇用契約」における退職については民法の第627条1項に規定があり、そこでは労働者は「いつでも」解約の申入れをすることができるとされていて、その解約の申入れを行った日から「2週間」が経過した時点(※解約の申入れをした日から2週間経過後に到来する日を退職日とした場合はその退職日が到来した時点)で雇用契約が無条件に終了するものと規定されています。

【民法第627条1項】
当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。

したがって、会社(個人事業主も含む)との間の雇用契約が「期間の定めのない雇用契約」である限り、退職届(退職願)を会社に提出して2週間が経過すれば、会社の承諾がなくても一方的に雇用契約を解除することが認められますから、会社側から「辞めるなら代わりの人材を連れて来い」とか「代わりの人材を紹介しない限り辞めさせない!」などと言われたとしても、そのような主張は無視して、一方的に退職届(退職願)を退出することで会社を辞めることができるということになります。

(2)「期間の定めのある雇用契約」の場合

雇い主との雇用契約が「期間の定めのある雇用契約」の場合も、基本的には(1)で説明した「期間の定めのない雇用契約」の場合と同じです。

「期間の定めのある雇用契約」とは、契約期間が「〇年〇月から〇年〇月まで」というように一定の期間に限られて雇い入れられる雇用契約をいいアルバイトやパート、契約社員などで働く場合が一般的にあてはまります。

ただし、アルバイトやパート、契約社員などいわゆる非正規労働者であっても、雇用契約を結んだ際に雇い主側と働く期間について「いつからいつまで」と定められていなかった場合は前述した(1)の「期間の定めのない雇用契約」となりますので注意しましょう(※どちらか判然としない場合は面接などの際に受け取った雇用契約書(労働条件通知書)の控えを確認するなどした方がよいかもしれません)。

この「期間の定めのある雇用契約」で働いている労働者は、その契約期間中はその会社で働かなければならない契約上の義務を負担していることになりますので、原則的には雇い主(会社)の承諾が得られない限り契約期間の途中で退職することは認められませんが(※契約期間の途中で退職した場合は雇い主側から契約違反として損害賠償請求される可能性があります)、契約期間が満了した場合は自由に退職することができますので、仮に契約期間が満了した時点で会社側から「代わりの人材を連れてこい」と言われた場合であっても、そのような会社の要求は無視して退職して何ら問題ありません。

また、契約期間が満了する「前」であっても例外的に「やむを得ない事由」がある場合(民法628条)か「契約期間の初日から1年を経過した後」(労働基準法第137条)は契約期間の途中でも「直ちに」「いつでも」退職することが認められていますので、仮に会社側から「辞めるなら代わりの人材を連れてこい」などと言われた場合であっても、「やむを得ない事由」があるか「契約期間の初日から1年が経過した後」であれば、契約期間の途中であっても一方的に退職届(退職願)を提出して仕事を辞めることができるということになります。

【民法第628条】
当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。
具体的にどのような事由が民法628条の「やむを得ない事由」に該当するかという点についてはこちらのページを参考にしてください→バイトや契約社員が契約期間内でも会社を辞められる3つのケース
【労働基準法第137条】
期間の定めのある労働契約(中略)を締結した労働者(中略)は、(中略)民法第628条の規定にかかわらず、当該労働契約の期間の初日から一年を経過した日以後においては、その使用者に申し出ることにより、いつでも退職することができる。
(※注釈:ただし厚労大臣が定める高度な専門的知識を有する労働者や満60歳以上の労働者は適用除外されています)

誓約書に署名押印している場合でも辞めることができる

以上のように、「期間の定めのない雇用契約」の場合には退職の意思表示をして2週間が経過することで、「期間の定めのある雇用契約」の場合には契約期間が満了した際はもちろん、契約期間の途中であっても「やむを得ない事由」がある場合か「期間の初日から1年が経過」することで「いつでも」退職することができるという「退職の自由」が法律上認められていますから、会社側がいくら「代わりの人材を連れてこい」と主張してきたとしてもそのような主張は無視して退職することが可能です。

この点、入社する際に「退職する際は代わりの人材を紹介する義務を負う」と記載された雇用契約書や誓約書に署名押印するなどして、労働者があらかじめ退職する際の代わりの人材の紹介について承諾していた場合が問題となりますが、そのような契約書や承諾書にサインしている場合であったも結論は変わりません。

なぜなら、先ほど説明した民法627条や民法628条、労働基準法137条は強行法規と解釈されており、これに反する当事者間の合意は無効と判断されるからです。

先ほども述べたように「期間の定めのない雇用契約」の場合は退職の意思表示をしてから2週間が経過すれば、「期間の定めのある雇用契約」の場合は契約期間が満了した場合だけでなく「やむを得ない事由」がある場合か「契約期間の初日から1年が経過」すれば無条件に退職が認められていますが、これらの規定に反する使用者(会社)と労働者の合意を「有効」としてしまうと奴隷的拘束の禁止を規定した憲法18条が有名無実化してしまい、容易に国民の奴隷的拘束が認められてしまい不都合な結果となってしまいます。

【日本国憲法第18条】
何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

ですから、たとえ入社する際の雇用契約書や誓約書で「退職する際は代わりの人材を紹介します」という合意をしていたとしても、そのような合意は無視して退職の意思表示をすることで一方的に退職することができるということになります。

退職届(退職願)を提出しても会社側が退職を認めない場合の対処法

以上のように、雇い主(会社)から「辞めるなら代わりの人材を連れてこい」と言われた場合であっても、労働者には法律で自由に退職する権利が認められていますので、そのような要求を雇い主(会社)から受けたとしても、そのような要求は無視して一方的に退職届(退職願)を提出し、仕事を辞めることは可能です(※ただし「期間の定めのある雇用契約」で契約期間の途中に退職する場合は「やむを得ない事由」か「期間の初日から1年が経過した後」であることが必要です)。

もっとも会社によっては、そのような法律の規定を無視して退職を申し出た労働者に執拗に就労を強要したり代わりの人材の紹介を強要するケースも見られますので、そのようなケースでは何らかの具体的な対処が必要となります。

(1)郵送で退職届(退職願)を送り付ける

退職の意思表示は「退職します」と口頭で通知するか、あるいは退職届(退職願)を提出しさえすればその時点で有効に成立しますので、仮にその退職の意思表示をした際に会社側が退職を拒否したとしても、法律上は退職の効果は有効に発生していることになります。

しかし、後に裁判になった場合、もし会社側が「退職届(退職願)は受け取っていない」などと反論してきた場合は労働者の側で「退職届(退職願)を提出した」ということを立証しなければなりませんので、後に会社側と裁判などで争う蓋然性が高い案件では「退職届(退職願)を提出した」ということが客観的に証明できるような証拠を確保しておくことは必須となります。

この点、提出する退職届(退職願)のコピーを取ったうえで特定記録郵便などで送付しておけば、会社に提出したことが客観的な証拠として残されることになりますので、将来的に裁判に発展する蓋然性が高い場合には、あらかじめ退職届(退職願)を郵送することも考えておいた方がよいでしょう。

なお、将来的に確実に裁判に発展することが明らかであるケースでは内容証明郵便で退職届(退職願)を送り付ける方が無難かもしれません。

なお、この場合に提出する退職届(退職願)は以下のようなもので差し支えありません。

【退職届(退職願)の記載例】

株式会社○○

代表取締役○○ ○○ 殿

退職届

私は、一身上の都合により、△年△月△日をもって退職いたします。

以上

〇年〇月〇日

東京都〇区○○一丁目〇番〇号

○○ ○○ ㊞

※会社との雇用契約が「期間の定めのない雇用契約」である場合は、退職届(退職願)が会社に到達した日から2週間後の日付を退職日とする必要がありますので、退職予定日となる「△年△月△日」は、この退職届(退職願)が会社に配達される日から2週間経過後の日付にする必要があります(※郵便局の窓口で配達日を確認し、その日から2週間が経過した日以降の日付を退職日とする必要がありますので、退職希望日となる「△年△月△日」には退職届(退職願)の作成日である「〇年〇月〇日」から2週間+2~3日後の日付を記載しておく必要があります)
※会社との雇用契約が「期間の定めのある雇用契約」の場合は「やむを得ない事由」がある場合か「契約期間の初日から1年を経過した後」であれば退職の意思表示が会社側に到達したその時点で退職の効果を生じさせることができますので、退職希望日となる「△年△月△日」には、この退職届(退職願)が会社に配達される日付かもしくはその日付以降の日付を記載しておく必要があります(※郵便局の窓口で配達日を確認し、その配達日かその配達日以降の日付を「退職日」として「△年△月△日」の部分に記載する必要があります)が、「本書面到達日をもって退職いたします」でもよいと思います。

(2)労働基準監督署に対して労働基準法違反の申告を行う

先ほども述べたように会社側が「辞めるなら代わりの人材を連れてこい」と執拗に迫る場合であっても退職届(退職願)を提出して辞めることは可能ですが、それでもなお会社の上司等が執拗に就労を求める場合は、労働基準監督署に労働基準法違反の申告を行うというのも対処法として有効です。

労働者が退職届(退職願)を提出したにもかかわらず会社側が「代わりの人材を連れてこい」と主張して法律上も契約上も就労の義務のない労働者に就労を強要している場合には、その会社は労働者に労働を強制していることになり、強制労働の禁止を規定した労働基準法第5条に違反することになりますので、労働基準監督署に労働基準法違反の申告を行うことが可能です(労働基準法第104条1項)。

【労働基準法第5条】
使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。
【労働基準法第104条1項】
事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。

労働基準監督署に労働基準法違反の申告を行い、監督署から勧告等が出されれば、会社の方でも執拗な就労の強制を止める可能性もありますので、退職届(退職願)を提出した後も会社側からの要求が止まない場合には監督署への申告も考えた方がよいのではないかと思います。

なお、この場合に労働基準監督署に提出する労基法違反の申告書は、以下のような文面で差し支えないと思います。

【労働基準法104条1項に基づく労基法違反に関する申告書の記載例】

労働基準法違反に関する申告書

(労働基準法第104条1項に基づく)

○年〇月〇日

○○ 労働基準監督署長 殿

申告者
郵便〒:***-****
住 所:東京都〇〇区○○一丁目〇番〇号○○マンション〇号室
氏 名:申告 太郎
電 話:080-****-****

違反者
郵便〒:***-****
所在地:東京都〇区〇丁目〇番〇号
名 称:株式会社○○
代表者:代表取締役 ○○ ○○

申告者と違反者の関係
入社日:〇年〇月〇日
契 約:期間の定めのない雇用契約
役 職:特になし
職 種:営業(※繁忙期は経理部も兼務)

労働基準法第104条1項に基づく申告
申告者は、違反者における下記労働基準法等に違反する行為につき、適切な調査及び監督権限の行使を求めます。

関係する労働基準法等の条項等
労働基準法第5条

違反者が労働基準法等に違反する具体的な事実等
・申告者は〇年〇月〇日に上司である◆◆に〇月〇日をもって退職する旨記載した退職届を提出したが、違反者は「辞めるなら代わりの人材を連れてこい」と執拗に申告者に要求し、退職を妨害している。
・申告者は違反者の執拗な要求に耐えかねて〇年〇月〇日付けで作成した退職届を特定記録郵便で違反者に送付し、同年〇月〇日に当該退職届は違反者に配達されているが、違反者は申告者の自宅に押し掛けるなどして執拗に復職を迫っている。

添付書類等
1.〇年〇月〇日に上司の◆◆に提出した退職届の写し 1通
2.〇年〇月〇日付けで特定記録郵便で送付した退職届の写し 1通

備考
特になし。

以上

会社との雇用契約が「期間の定めのある雇用契約」の場合で「契約期間の初日から1年」が経過した後に退職しようとしている状況で退職を妨害されている場合は「契約期間の初日から1年」が経過した場合の退職を認めた労働基準法第137条にも違反していることになりますので「関係する労働基準法等の条項等」の部分に「労働基準法第137条」を加えてもよいと思います。
なお、会社側に労働基準監督署に法律違反の申告をしたことを知られたくない場合は「備考」の欄に「本件申告をしたことが違反者に知れると更なる被害を受ける恐れがあるため違反者には申告者の氏名等を公表しないよう求める。」の一文を挿入してください。

(3)その他の対処法

以上の方法でも解決しない場合には、労働局に紛争解決援助の申し立てを行ったり、自治体や労働委員会の「あっせん」を利用したり、弁護士会と司法書士会が主催するADRを利用したりすることも検討する必要があります。

また、案件によっては弁護士や司法書士に個別に依頼して裁判手続きで解決を図る必要がありますので、自力での解決が困難であることがわかった時点で早めに弁護士や司法書士に相談してみる方がよいでしょう。

なお、これらの対処法を取る場合の具体的な相談場所等についてはこちらのページでまとめていますので参考にしてください。

▶ 労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは