勤務している会社から配置換えや転勤などの配転(配置転換)を命じられることがありますが、配転は職種や勤務地が変更されることになりますので労働者にとっては大きなストレスが生じうる業務命令といえます。
そのためほとんどの労働者が会社から命じられる配転命令を拒否したいと思うのが通例ですが、会社からの配転命令を拒否するための正当な理由がないことから渋々会社の命令に従う人も多いようです。
たとえば会社から転勤を命じられた場合であっても、親の介護や子供の進学など、どうしても転居できないような事情があれば、それを理由に会社と交渉して配転命令を撤回してもらうこともできるかもしれませんが、そのような理由がなくただ単に「転勤したくない!」と上司に相談したとしても「会社の命令だから」と言われれば従うしかないのが会社員としての嵯峨というものでしょう。
では、会社から配置転換を命じられた場合、正当な理由がなければ一切その配転命令を拒否することはできないのでしょうか?
基本的に配転命令を拒否するのに正当理由は必要ない
結論から言うと、会社からの配転命令を拒否するのに「正当な理由」は基本的に必要ありません。
なぜなら『人事異動における配転命令(配置転換・転勤)は拒否できるか』のページでも詳しく解説しているように、会社との間で取り交わした雇用契約(労働契約)や会社の就業規則、あるいは労働協約に使用者(雇い主)における配転命令権が明記されていない場合には、労働者側に正当な理由があろうとなかろうと、使用者からの配転命令権を拒否することができるからです。
会社が労働者に対して配置換えや転勤等の配転を命じることができるのは、その権限が雇用契約(労働契約)の内容となっているからであり、その配転命令権が雇用契約(労働契約)の内容となっていない場合には、労働者が会社からの配転命令を拒否しても雇用契約(労働契約)違反の責任は問われません。
個別の雇用契約(労働契約)や就業規則、あるいは労働協約に配転命令権の根拠が明記されていない場合には、使用者側に労働者に対して配転を命じることができる雇用契約(労働契約)上の根拠がないわけですから、労働者に正当自由があろうとなかろうと配転命令を拒否しても雇用契約(労働契約)違反にはならないのです。
配転命令を拒否することができるか否かは、もっぱら雇用契約(労働契約)に使用者の配転命令権が明記されているか否かといった点で判断されるのが基本となりますから、雇用契約(労働契約)に配転命令権の根拠がない限り、正当な理由の有無にかかわらず労働者は配転命令を拒否することができるという結論になるのです。
配転命令を拒否するのに正当な理由が必要となる場合
以上で説明したように、会社からの配転命令を拒否することができるか否かはもっぱら会社との間で結ばれた雇用契約(就業規則や労働契約も含まれます)に会社における配転命令権の根拠があるかないかという点で判断されますから、その配転命令権が存在しない場合には、労働者に正当事由があろうとなかろうと、労働者側の一存で配転命令を自由に拒否することができるということになります。
もっとも、労働者が会社から命じられた配転命令を拒否する場合に正当な理由が一切必要ないかというとそうでもありません。
労働者が配転命令を拒否するために正当な理由が必要となるケースも場合によっては存在します。
具体的には、会社に配転命令権が存在し労働者が会社からの配転命令を拒否することができない場合に「仕事と生活の調和に関する配慮義務」に違反することを理由に配転命令を拒否しようとする場合です。
『人事異動における配転命令(配置転換・転勤)は拒否できるか』のページでも説明しましたが、使用者には労働者が仕事と私生活の調和を維持できるよう配慮しなければならない雇用契約上の義務が課せられていますから(労働契約法第3条3項)、その配慮をしないまま会社が配置転換を命じる場合には、労働者はたとえ会社との雇用契約(労働契約)に配転命令権が明記されていた場合であっても会社からの配転命令を拒否することができると考えられています。
【労働契約法第3条3項】
労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。
たとえば、労働者が入社する際の雇用契約書に「会社は業務上の必要がある場合には従業員に対して配置転換を命じることができる」という規定があることを了承して雇用契約を結んでいる場合には、会社側に労働者に配転を命じることができる配転命令権が与えられているということになりますので、労働者は会社からの配転命令を拒否することができないのが基本です。
しかし、仮にそのような場合であっても、その配転を命じられた労働者に親の介護のため県外に転居することが困難な状況がある場合には、労働者はその配転命令を拒否することができることになります。
会社は労働契約法第3条3項で労働者の私生活に配慮することが求められていますので、親の介護が必要な労働者に対して県外への転居が必要となる転勤を命じることは権利の濫用と判断されるからです。
ですから、このようなケースでは「親の介護が必要」という正当理由があってこそ労働者は配転命令を拒否することができるということになりますので、このようなケースで配転命令を拒否しようとする場合には、正当な理由が必要となるといえるでしょう。
正当な理由がない限り配転の拒否は認めないといわれた場合の対処法
以上で説明したように、労働者が配転命令を拒否することができるか否かは使用者の配転命令権が雇用契約(労働契約)の内容となっているか否かで判断されるべきものであって、その配転命令権が雇用契約の内容となっていないケースでは労働者は正当な理由の有無にかかわらず配転命令を拒否することができるのが基本です。
もっとも、そうは言っても雇用契約(労働契約)上の根拠がないにも関わらず労働者に配転を命じておきながらそれを拒否した労働者に対して「正当な理由がない限り配転命令に従ってもらう」と配転を強要する会社も存在しますので、そのような会社から配転を命じられた場合には、具体的な対処法をとって会社の違法性を理解してもらう必要があります。
(1)申し入れ書等の文書を作成し会社に通知する
雇用契約書(労働契約書)や会社の就業規則または労働協約に「会社は業務上の必要がある場合には従業員に対して配置転換を命じることができる」というような規定がないことが確認できるにもかかわらず、会社から「正当な理由がない限り配転命令には従ってもらう」などと執拗に迫られる場合には、その配転命令に従わなければならない雇用契約上の義務がないことを記載した申入書などを作成し会社に送付するのも対処法の一つとして有効です。
口頭で「雇用契約上の根拠のない配転命令に従わなければならない義務はない」と抗議して応じない会社であっても、書面で改めて抗議すればその違法性を認識して撤回する会社もありますから、書面という形で抗議してみる価値はあると考えられるからです。
なお、その場合の文面は以下のようなもので差し支えないと思います。
○○株式会社
代表取締役 ○○ ○○ 殿
雇用契約上の根拠のない配転命令の撤回申入書
私は、〇年〇月〇日、直属の上司である○○(課長)から、来年の4月から大阪支店への転勤に関する配置転換の打診を受けました。
この転勤に関して私は、明確にその配転命令に従う意思がない旨返答いたしておりますが、○○からは「正当な理由がない限り配転命令を拒否することはできない」と説明され、事実上、来年の4月から大阪支店への転勤が決定されているものと認識しております。
しかしながら、私が貴社に入社する際に合意した雇用契約(労働契約)書や貴社の就業規則には「会社は業務上の必要がある場合には従業員に対して配置転換を命じることができる」等、使用者における配転命令権を明記した条項はありませんから、貴社が私に対して配転を命じることができる配転命令権は雇用契約の内容とはなっていないことは明らかと言えます。
そうであれば、私が貴社の配転命令を拒否することは自由であるはずであり、その配転命令を拒否するのに正当な理由の存在は必要とはならないはずです。
したがって、私に大阪支店への転勤を拒否する正当な理由がないことを理由に大阪支店への配転を強制する貴社の行為は雇用契約(労働契約)上の根拠のない無効なものといえますから、当該配転命令を直ちに撤回するよう、本状をもって申入れいたします。
以上
〇年〇月〇日
〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室
○○ ○○ ㊞
(2)その他の対処法
以上の通知書を送る方法を用いても会社がなお配転命令を強要しようとする場合は、労働局の紛争解決援助の申し立てを行ったり、労働委員会の主催する”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士や司法書士に相談して裁判所の裁判手続などを利用して解決する必要がありますが、それらの方法については以下のページを参考にしてください。
(3)労働基準監督署に相談して解決できるか
なお、このように雇用契約(労働契約)上の根拠のない配転命令を拒否できる場合において会社がその配転を強要するというようなトラブルについて労働基準監督署に相談して解決できるかという点が問題になりますが、そのようなトラブルについては労働基準監督署は積極的に介入してくれないのが通常です。
労働基準監督署は基本的に「労働基準法」という法律に違反する事業主を監督する機関ですから、労働基準法で禁止している行為を会社が行っている場合にしか行政機関としての監督権限を行使できないからです。
「正当な理由がないことを理由にした配転命令の強制」という行為自体は労働基準法で禁止されている行為ではなく、雇用契約(労働契約)に違反する行為にすぎませんので、監督署は直接介入したくても法的な権限がないので介入することができません。
ですから、このようなトラブルについては労働基準監督署ではなく労働局の紛争解決手続や労働委員会の”あっせん”の手続を利用するのがまず考えられる適当な対処法になると考えた方がよいでしょう。