雇用契約の根拠のない配置転換(異動・転勤)を拒否する方法

人事異動における配転命令(配置転換・転勤)は拒否できるか』のページでも詳しく解説していますが、勤務している会社から配置転換の業務命令を受けたとしても、その会社との間で締結した雇用契約(労働契約)に配転命令権が明示的に明記されていない場合には、その配転命令は拒否できるのが基本となります。

労働者が使用者(雇い主)の命令に従わなければならないのは、その命令の根拠となる権利(命令権)が雇用契約(労働契約)の内容となっていて労働者にその命令に従わなければならない雇用契約(労働契約)上の義務があるからにすぎません。

そのため、使用者が労働者に対して配転を命じることができる配転命令権それ自体が雇用契約(労働契約)に明記されていないのであれば、労働者にその配転命令に従わなければならない雇用契約(労働契約)上の義務は存在しないことになります。

ですから、労働者が使用者との間で結んだ雇用契約(労働契約)に配転命令権が明記されていない場合には会社から配置転換を命じられても拒否することができると考えられているわけです。

もっとも、とは言っても実際に勤務先の会社で配置転換を命じられた場合に具体的にどのように対処すればよいかという点は、法律に詳しくない一般の労働者にとっては分かりにくいものです。

そこでここでは、会社との間で締結した雇用契約(労働契約)に配転命令権が明記されていなにもかかわらず配転命令を受けた場合に具体的にどのように対処すればよいか、その対処法について考えてみることにいたしましょう。

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雇用契約書(労働契約書)または労働条件通知書に配転命令権が明記されているか確認する

労働者が勤務先の会社から配置転換の命令を受けた場合には、まずその配転命令権が雇用契約(労働契約)の内容となっているか、つまり会社から交付を受けた雇用契約書(労働契約書)や労働条件通知書に配転命令権の明記があるかないかを確認してみましょう。

具体的には

「会社は業務上の必要がある場合には従業員に対して配置転換を命じることができる」

というような文章が雇用契約書(労働契約書)や労働条件通知書に記載されているかという点を確認してください。

もし仮に、会社から交付を受けた雇用契約書(労働契約書)にこのような文章が明記されていない場合には、会社側に配置転換を命じることができる権利がないと判断されることになりますので、労働者は会社から命じられる配転命令を拒否しても雇用契約(労働契約)違反の責任は問われないということになります。

※なお、会社が雇用契約書(労働契約書)や労働条件通知書を交付してくれない場合の対処法については『雇用契約書または労働条件通知書を作ってくれない会社の対処法』のページを参考にしてください。

就業規則に配転命令権が明記されているか確認する

このように、会社から交付を受けた雇用契約書(労働契約書)や労働条件通知書に配転命令権が明記されているか確認し、その明記が「なかった」場合には、次に会社の就業規則にも

「会社は業務上の必要がある場合には従業員に対して配置転換を命じることができる」

というような規定があるか確認してください。

先ほど説明したように会社との間で取り交わした雇用契約書(労働契約書)にそのような配転命令権の根拠が明記されていなかったとしても、就業規則にその明記がある場合には、配転命令権が雇用契約(労働契約)の内容となっているということになるからです。

労働者と使用者との間で結ばれる雇用契約(労働契約)は、両者の間で合意された雇用契約(労働契約)の内容によることになりますが、雇用契約(労働契約)に記載のない項目については就業規則の内容によることになります(労働契約法第7条)。

【労働契約法第7条】

労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

そうすると、たとえ会社との間で合意した雇用契約書または労働条件通知書に配転命令権が明記されていなかったとしても、就業規則に明記されている場合には、労働者はその配転命令に従うことを義務付けられてしまいますから、就業規則の規定も併せて確認することが不可欠になるのです。

もし仮に、就業規則を確認しても「会社は業務上の必要がある場合には従業員に対して配置転換を命じることができる」というような規定がないと確認できる場合には、会社から配置転換を命じられたとしても拒否して差し支えないということになります。

労働協約に配転命令権が明記されているか確認する

会社との間で取り交わした雇用契約書または労働条件通知書や就業規則に配転命令権が明記されていないことが確認できた場合で、働いている会社に労働組合がある場合には、労働組合と会社が取り交わした労働協約に

「会社は業務上の必要がある場合には従業員に対して配置転換を命じることができる」

といった規定がないかも確認してください。

労働組合が会社との間で取り交わした労働協約に配転命令権が明記されている場合には、その配転命令権は労働者を拘束することになりますので、この点の有無も確認する必要があります。

ただし、労働組合がない会社の場合には労働協約自体がありませんので、その必要はありません。

雇用契約に配転命令権の明記がないのに配置転換を強制させられている場合の対処法

以上で説明したように、会社との間で合意した雇用契約書(労働契約書)や労働条件通知書、または就業規則、あるいは労働協約に配転命令権が明記されていないことが確認できた場合には、会社から部署移動や職種の変更、転勤など配置転換を命じられたとしてもそれを拒否しても差し支えないということがいえます。

もっとも、会社によってはそのような法的な考え方を無視して労働者に雇用契約(労働契約)上の根拠のない配置転換を強制する場合もありますので、そのような会社から配置転換を命じられた場合には、以下のような具体的な方法をとって対処することが求められます。

(1)配転命令に雇用契約上の根拠がないことを通知する文書を作成し送付してみる

会社から交付を受けた雇用契約書(労働契約書)や労働条件通知書、また会社の就業規則や労働協約に会社の配転命令権を明記した規定がないことが確認できたにもかかわらず、会社から配置転換を強要させられるような場合には、雇用契約書(労働契約)上の根拠のない配転命令を止めるよう求める文書を作成し会社に対して送付してみるというのも一つの対処法として有効です。

人事異動における配転命令(配置転換・転勤)は拒否できるか』のページでも説明したように、個別の雇用契約(労働契約)や就業規則、労働協約に根拠のない配転命令は雇用契約(労働契約)上の拘束力がありませんので労働者は正当な理由の有無にかかわらずその意思で自由に拒否することができます。

にもかかわらず会社が配置転換を強要している場合には、会社は雇用契約(労働契約)上の根拠なく労働者に配転命令を強要していることになりますが、口頭で「雇用契約(労働契約)上の根拠のない配転命令に従わなければならない義務はない」と抗議しても会社がおとなしく引き下がる可能性は低いでしょう。

しかし、文書を作成し通知書等の形で正式に会社側に申し入れすれば会社側も対応に変化が生じる場合もありますので、文書という形で改めて会社の不当性を通知することも考えてみる必要があります。

なお、その場合に会社に送付する文書の文面は以下のようなもので差し支えないと思います。

○○株式会社

代表取締役 ○○ ○○ 殿

雇用契約上の根拠のない配転命令の撤回申入書

私は、〇年〇月〇日、直属の上司である○○(課長)から、来年の4月から大阪支店への転勤に関する配置転換の打診を受けました。

この転勤に関して私は、定年まで現在の勤務地である東京本社での勤務を希望しているため拒否いたしましたが、○○からは「社内会議で決まったことだから拒否することはできない」と説明され、事実上、来年の4月から大阪支店への転勤が決定されているものと認識しております。

しかしながら、私が貴社に入社する際に合意した雇用契約(労働契約)書には、「会社は業務上の必要がある場合には従業員に対して配置転換を命じることができる」等、使用者における配転命令権を明記した条項はありませんし、貴社の就業規則においてもそのような規定は見当たりません。

そうであれば、貴社が私に対して配転命令を命じることができる配転命令権は雇用契約(労働契約)の内容になっていないことになりますので、貴社が配転を命じるためには労働者である私の個別の同意が必要であり、私の同意していない配転を強制させることはできないはずです。

したがって、貴社が大阪支店への転勤を強制している現状は雇用契約(労働契約)上の根拠のない無効なものといえますから、当該配転命令を直ちに撤回するよう、本状をもって申入れいたします。

以上

〇年〇月〇日

〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室

○○ ○○ ㊞

会社に送付する前に証拠として残すため必ずコピーを取っておき、相手方に「到達した」という客観的証拠を残しておく必要があるため、普通郵便ではなく特定記録郵便など客観的記録の残る方法を用いて郵送すること。

(2)その他の対処法

以上の通知書を送る方法を用いても会社がなお配転命令を強要しようとする場合は、労働局の紛争解決援助の申し立てを行ったり、労働委員会の主催する”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士や司法書士に相談して裁判所の裁判手続などを利用して解決する必要がありますが、それらの方法については以下のページを参考にしてください。

労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは

(3)労働基準監督署に相談して解決できるか

なお、このように雇用契約(労働契約)上の根拠のない配転命令を拒否できる場合において会社がその配転を強要するというようなトラブルについて労働基準監督署に相談して解決できるかという点が問題になりますが、そのようなトラブルについては労働基準監督署は積極的に介入してくれないのが通常です。

労働基準監督署は基本的に「労働基準法」という法律に違反する事業主を監督する機関ですから、労働基準法で禁止している行為を会社が行っている場合だけしか行政機関としての監督権限を行使できないからです。

「雇用契約(労働契約)上の根拠のない配転命令の強制」という行為自体は労働基準法で禁止されている行為ではなく、雇用契約(労働契約)に違反する行為にすぎませんので、監督署は直接介入したくても法的な権限がないので介入することができません。

ですから、このようなトラブルについては労働基準監督署ではなく労働局の紛争解決手続や労働委員会の”あっせん”の手続を利用するのがまず考えられる適当な対処法になると考えた方がよいでしょう。

配転
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