人員削減を目的とした転籍を拒否して解雇された場合の対処法

人事異動には「配転(配置転換)」「出向」「転籍」の3つの種類がありますが、このうちもっとも労働者にとって負担が大きいのが「転籍」と言われています。

転籍は、

「労働者が自己の雇用先の企業から他の企業へ籍を移して当該他企業の業務に従事すること」

出典:菅野和夫著「労働法(第8版)」弘文堂、415頁より引用

などと定義されることがありますが、たとえば甲社に勤務するAさんが甲社と乙社の間で結ばれた転籍に関する合意に従って甲社との雇用契約を解除し、乙社との間で雇用契約を締結しなおして乙社で働き始めるような人事異動がそれにあたります。

この転籍は、勤務している会社との間の雇用契約関係を終了させ、転籍先の企業と新たに別個の雇用契約関係を成立させることが内容となりますから、同じ会社内部での異動に過ぎない「配転」や従前の会社に社員としての籍が残される「出向」と異なり、労働者にとって大きな影響を与える人事異動手段と言えるでしょう。

ところで、会社がこの転籍を労働者に命じる場合、その対象となる労働者の同意を得ることが必ず必要であり、会社が労働者の同意を得ずに一方的に転籍を命じることはできないものと考えられています。

なぜなら、この転籍は「転籍元の企業との雇用契約を合意解除して転籍先企業と新たな雇用契約を締結する方法」と「転籍元の企業から転籍先企業に労働契約上の地位を譲渡する方法」のいずれかの方法で行われるのが通常ですが、前者の方法で行われる場合には転籍元の企業との労働契約を解除する点について労働者の個別の同意が、後者の方法で行われる場合には民法第625条1項の規定から労働者の承諾を得ることが要件とされているからです。

【民法第625条1項】

使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない。

転籍をこのどちらの方法(法的性質)を取って行った場合も労働者から個別の同意(承諾)を得なければならないのですから、会社は労働者から個別の同意を得ない限りその労働者に対して転籍を強制することができないわけです。

ところで、この転籍は人事異動の手段として行われるのが通常ですが、ごく稀に会社の人員削減の一手法として利用されるケースがあります。

たとえば、事業規模の縮小でリストラが必要になった会社が従業員を削減するために特定の社員を人選し、その従業員を関連会社などに転籍させるようなケースが代表的です。

もちろん、仮に会社が人員削減の手段として転籍を命じた場合であっても、先ほど説明したように労働者は拒否して構わないのですが、問題となるのが転籍を拒否した労働者が解雇されてしまうような場合です。

会社が人員削減の手段として転籍を利用する場合、会社側は本来であれば人員削減のために解雇せざるを得ない労働者を保護するために「解雇せずに転籍にしてやっている」と考えている場合が多く、そのような会社では転籍を拒否した労働者を「せっかく転籍にしてやったのに断るとは何事か」と解雇してしまうケースが多くあるのです。

では、このように人員削減のため行われた転籍を労働者が拒否したことを理由に会社から解雇されてしまった場合、その解雇を争うことはできないのでしょうか。

また、実際にそのようにして解雇されてしまった場合、具体的にどのように対処すればよいのでしょうか。

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人員削減のための転籍を拒否したことを理由になされた解雇は基本的に無効

このように、人員削減のために命じられた転籍を労働者が拒否した場合に、会社がその拒否した労働者を解雇してしまうケースがあるわけですが、結論から言うとそのような解雇は基本的に「無効」と判断されるのが通常です。

なぜなら、労働者の解雇については労働契約法の第16条が適用されることになりますが、そこでは「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の双方が認められない限り権利の濫用として無効と判断されることが明記されているからです。

【労働契約法第16条】

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

もちろん、その解雇に「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の双方が認められればその解雇も有効になりますが、後述するようにこの2つの要件を充足する状態で労働者を解雇できる事案はかなりのレアケースとなりますので、ほとんどの事案でそのいずれかの要件を満たさないと判断されるのが通常です。

ですから、仮に人員削減を目的とした転籍を拒否した労働者が会社から解雇されたとしても、ほとんどの場合はその解雇の無効を主張して退職から逃れることができるといえるのです。

転籍を拒否した労働者の解雇に関する有効性の判断基準

このように、たとえ人員削減を目的とした転籍を拒否して会社から解雇されたとしても、「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の双方が認められない限りその解雇は無効と判断されるのが通常です。

ですから、たとえ人員削減を目的とした転籍を拒否して会社から解雇されたとしても、その解雇の無効を主張して会社にとどまることができると考えて差し支えないのですが、必ずしもすべてのケースで「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の双方が「ない」と判断されるわけではありません。

事案によっては「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の双方が「ある」と判断されるケースも全くないわけではありませんから、具体的にどのようなケースでそれが「ある」と判断され、または「ない」と判断されるのか、その基準を知っておくことも最低限必要となります。

この点、この解雇の有効性の判断基準となる「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」は、過去の判例の積み重ねから以下に挙げる4つの要件・要素(整理解雇の四要件(整理解雇の四要素))のすべてを満たす場合に限って認められるものと解釈されていますので、実際に会社からの転籍を拒否して解雇された場合は、以下の(1)~(4)のすべてを満たしているか、という点を検討してみる必要があるでしょう。

もしかりに以下の(1)~(4)のすべてを満たしているという場合であれば、その解雇は「有効」と判断されて会社を退職しなければならなくなりますが、以下の(1)~(4)のうち1つでも満たさないものがある場合には、その解雇は「無効」と判断され、これまで通りその会社で働き続けることができるということになります。

(1)人員削減の必要性があるか(人員削減の必要性)

人員削減を目的とした転籍を拒否して解雇された場合は、まずその会社でそもそも人員削減の必要性があったのかという点を検証する必要があります。

もし仮にその会社でそもそも人員削減の必要性がなかったとすれば、転籍を拒否した労働者を解雇しなければならない理由もないことになるからです。

この点、具体的にどのような事情があれば人員削減の必要性が「あった」と言えるか、または「なかった」と言えるかはケースバイケースで判断するしかありませんが、たとえば営業職の労働者が会社から転籍を命じられて拒否したところ解雇されたというような事案で、その会社で営業職の新規採用の募集がかけられているような時日があれば、その会社は人員削減の必要性がないと考えられますので(人員削減の必要性のある会社が新規募集を掛けるはずがないから)、そのようなケースでは人員削減の必要性が「ない」と認定されてその解雇も無効と判断される可能性が高いと言えるでしょう。

また、たとえば2人の人員削減が必要な会社でAさんとBさんが早期退職者制度に応募しているにもかかわらず会社がそのAさんとBさんに早期退職者制度の適用を認めない状況で、早期退職制度に応募していないCさんとDさんにあえて転籍を命じ、これを拒否したCさんとDさんを会社が解雇したようなケースでは、そもそも会社が早期退職制度に応募したAさんとBさんの退職を認めれば済む話なのでCさんとDさんを転籍や解雇の対象として人員削減する必要性はないと認定されその解雇は無効と判断されるでしょう。

(2)解雇を回避するための努力が行われたか(解雇回避努力義務)

また、その会社で解雇を回避するための努力が尽くされているかという点も検証する必要があります。

企業が人員の削減を行う場合、労働者の保護を考えれば人員削減はリストラ策として最後の手段と考えなければなりませんが、他にリストラの手段があるにもかかわらず労働者を解雇してしまう場合には、たとえその会社に人員削減の必要性があったとしても、その解雇は回避できる可能性があったと言えるからです。

この点、具体的にどのような事情があれば解雇を解する努力が尽くされているといえるかという点が問題となりますが、たとえば取締役や役員の報酬や給与の削減が行われたか、不採算事業の売却や事業規模の削減などのリストラ策は実施されたか、人員削減が必要としても解雇を選択する前に希望退職者の募集などが実施された事実があるか、など解雇という人員削減手段を用いずに済ませる方法がなかったかという点などで判断されることになるでしょう。

もし仮にこれらのような回避策が行われていない状況で労働者が解雇されたというのであれば、その解雇は整理解雇の四要件の一つを満たさないものとして無効になると評価できることになります。

(3)人選に合理性があったか(人選の合理性)

また、その転籍を拒否して解雇されてしまった労働者が、その人員削減のための解雇の対象者として合理的な理由で人選されているのかという点も検討する必要があります。

他に人員削減の対象として適当な人員があるにもかかわらず、その解雇された労働者が合理的な理由がなく人選されたというのであれば、その労働者を解雇しなければならない必要性自体がないと考えられるからです。

たとえば、その労働者の信仰や政治思想を人選の基準とした解雇については人選に合理性がないと判断されるのが通常でしょう(たとえば○○教の信者だけに転籍を命じそれを拒否した場合に解雇するケースなど)。

もっとも、実際のケースで人選に合理性があったかなかったかという点を判断するのは容易ではありませんので、個別の案件ごとに弁護士に相談して人選に合理性があるのかという点を検討してもらう必要があるでしょう。

(4)解雇される労働者への説明や協議は尽くされているか(説明協議義務)

転籍を拒否して解雇された場合は、その解雇されることについて会社から十分に説明がなされているか、またその解雇に関する補償などの協議が十分になされているかという点も考える必要があります。

なぜなら、会社には労働者が労働条件やその契約の内容について理解できるよう努力を尽くす義務があると考えられているからです(労働契約法第4条1項)。

【労働契約法第4条1項】

使用者は、労働者に提示する労働条件及び労働契約の内容について、労働者の理解を深めるようにするものとする。

仮に上記の(1)~(3)の要件・要素をすべて充足していたとしても、その解雇される労働者に説明や協議が十分になされていない場合には、会社はこの説明協議義務を怠ったということになり、労働者への解雇の正当性がなくなりますから、そのようなケースでは解雇の無効を主張できるということになります。

たとえば、仮に人員削減の必要性があり、解雇を回避するための努力も行われ、人選も適切に行われた転籍を労働者が拒否して解雇された場合であっても、その解雇の補償として退職金の上乗せ等の補償が十分でなくその説明が不十分であったり、事前協議なしに突然解雇を言い渡されたようなケースでは、その転籍を拒否した後の解雇は無効と判断される可能性が高くなるといえます。

転籍を拒否して解雇された場合の対処法

以上で説明したように、仮に人員削減の目的で会社から命じられた転籍を拒否して解雇された場合であっても「整理解雇の四要件(四要素)」のうち一つでも満たさない要件(要素)がある場合には、その解雇の無効を主張して解雇の撤回を求めることができます。

もっとも、会社側がこのような解雇を命じる場合、人員削減の必要性を理由として自社の処分を正当な行為だと思い込んでいる場合が多いので、労働者が交渉しても容易に解雇の撤回を認めないことが多いのが実情です。

そのため、実際にそのような解雇を命じられた場合は、具体的な方法を用いて対処することが求められます。

(1)人員削減を目的とした解雇が権利の濫用で無効であることを書面で通知する

会社から人員削減を目的とした転籍を命じられそれを拒否したことで解雇されてしまった場合は、その解雇が解雇権を濫用する無効なものであることを書面に記載し文書として会社に送付するのも一つの解決方法として有効です。

先ほど説明したように「整理解雇の四要件(四要素)」として挙げた(1)~(4)のすべてを満たす場合には、会社の解雇権は有効となりますが、そのうち一つでも満たしていない事項がある場合は会社の解雇はその解雇権を濫用した無効なものと判断されます。

会社の解雇が無効と判断できるのであれば当然、労働者は会社に対して「無効な解雇を撤回しろ」と求めることができますが、口頭でそのように抗議したとしても会社はその解雇が有効と考えているからこそ解雇しているわけですから、それで会社が解雇を撤回してくれることはのぞめないでしょう。

しかし、書面という形で正式に抗議すれば、将来的に裁判に発展したり弁護士が介入して面倒になることを警戒して会社がそれまでの態度を改めて撤回に応じることも期待できますから、書面で撤回を申し入れてみるというのも一つの方法としてやってみる価値はあるといえるのです。

なお、その場合に会社に送付する文書の文面は以下のようなもので差し支えないと思います。

○○株式会社

代表取締役 ○○ ○○ 殿

人員削減を目的とした解雇の撤回申入書

私は、〇年〇月〇日、貴社から、同月末日をもって解雇する旨の解雇予告通知の交付を受けました。

この解雇について貴社は、〇年4月以降株式会社◇◇への転籍の打診したにも関わらず私がこれに応じなかったことから、人員削減の必要性上やむを得ない理由があったため解雇に至ったと説明なされております。

しかしながら、確かに私が当該転籍の打診を拒否したのは事実ですが、貴社において辞任削減を回避するための役員賞与の減額や不採算事業からの撤退など解雇回避のための努力が行われた形跡は見当たりませんし、当該転籍や解雇の対象として私を人選したことについての説明も一切受けておらず、解雇に対する金銭的補償や再就職先に関する助言等もなんら行われていないことを考えれば、本件解雇には客観的合理的な理由はなく社会通念上の相当性もあるとは思えません。

したがって、本件解雇は労働契約法第16条の規定から無効と判断できますから、当該解雇を直ちに撤回するよう申し入れいたします。

以上

〇年〇月〇日

〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室

○○ ○○ ㊞

会社に送付する前に証拠として残すため必ずコピーを取っておき、相手方に「到達した」という客観的証拠を残しておく必要があるため、普通郵便ではなく特定記録郵便など客観的記録の残る方法を用いて郵送すること。

(2)その他の対処法

このような書面を宇夫しても会社が解雇を撤回しない場合は、労働局で紛争解決援助の申し立てを行ったり、労働委員会の主催する”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士や司法書士に相談して裁判所の裁判手続などを利用して解決する必要がありますが、それらの方法については以下のページを参考にしてください。

労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは

3)労働基準監督署の手続きを利用して解決できるか

なお、本件のような不当解雇に関するトラブルについて労働基準監督署に相談することで解決を図ることができるかという点が問題になりますが、労働基準監督署は「労働基準法」やそれに関連する法律等に違反する事業主を監督する機関であり、労働基準法以外の法律等に違反する行為については監督権限を行使できません。

この点、解雇に関するトラブルは、労働基準法に違反する行為ではなく、会社と労働者の間で生じた労働契約に基づく契約違反行為という民事上の問題であり、労働契約違反になるにすぎませんので、このような問題については監督署は具体的な対処を取ってくれないものと解されます。

ですから、このような問題については労働局の紛争解決手続きや弁護士への相談や裁判手続きなど、労働基準監督署以外の手続きで解決を図ることを考えた方がよいと思います。

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