セクハラを会社に相談して転勤や配置転換させられた場合

勤務先の会社でセクハラやパワハラなどのハラスメント被害にあった場合、上司や会社のコンプライアンス室などに相談し、ハラスメント行為がなくなるよう対処してもらうのが通常です。

このような相談を行った場合、まともな会社であれば適切に社内調査を行ってハラスメントの事実を確認し、該当者を処分したり被害者と接触しないよう配置転換を命じたりして対処してくれることになりますが、ごくまれに問題となるのが、会社がセクハラやパワハラの再発防止策としてハラスメントの被害者を転勤や配置転換して処理しようとする場合です。

ハラスメントが上司と部下の間で生じ部下が被害者となっている場合、どうしても被害者側が会社内部で弱い立場に追い込まれがちですから、加害者である上司ではなく立場の弱い被害者の部下のの方を移動させトラブルの解決を図ろうとする会社は少なくありません。

では、このようにハラスメントの被害を会社に相談した被害者の労働者が会社から転勤などの配置転換(配転)を命じられた場合、それに応じて移動しなければならないのでしょうか。

広告

ハラスメントの被害者に対して命じられる配置転換は無効

このように、ハラスメントの被害を会社に訴えた被害者の労働者が会社から転勤などの配置転換(配転)を命じられることがあるわけですが、結論から言うとそのようなハラスメントの被害者が転勤などの配置転換(配転)を命じられる場合には、その配転は無効と判断されるのが通常です。

なぜなら、そのようなハラスメントの被害者を配置転換(配転)で移動させなければならない合理的な理由は存在せず、会社の配転命令自体が権利の濫用として無効性を帯びてしまうからです。

この点、ハラスメントの被害者が配置転換(配転)を命じられる事案としては以下の2つのケースに大別されると思いますので、以下それぞれのケースに分けてその理由を解説します。

ア)ハラスメントの被害者を加害者から引き離すための措置として、被害者が配置転換を命じられる場合

一番多く見受けられるのが、ハラスメントの被害を会社に相談した被害者側の労働者が、「加害者側の労働者から引き離すことで被害者の精神的苦痛を軽減するため」との理由と再発防止の措置として別の部署へ移動させたり他の支店等に転勤させられてしまうようなケースです。

たとえば、会社の東京本社で働く労働者のAさんが上司のBさんから受けたセクハラ被害を会社のコンプライアンス室に相談したところ、会社がセクハラの再発防止策としてBさんをAさんから引き離すためにAさんを静岡支店に転勤させるようなケースがそれにあたります。

このような配転は一見するとハラスメントの被害者が加害者側労働者と顔を合わせることがなくなるため被害者の保護を考えているようにも思えますが、ハラスメントの加害者は上司のBさんなのですから本来転勤させなければならないのはBさんの方です。

たしかに被害者のAさんは静岡支店に移動することでAさんと合わなくて済むことになりますからハラスメントの被害からは救済されるかもしれませんが、ハラスメントに何の落ち度もないAさんが従前の職場から移動させられなければならない理由はないでしょう。

そうすると、Aさんに命じられた転勤命令(配転命令)は合理的な理由がなく命じられた配転命令ということになりますが、使用者が労働者に配置転換を命じる場合には、労働契約法第3条4項の「信義誠実の原則」に従ってその人事権を行使しなければなりません。

【労働契約法第3条4項】

労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。

この点、ハラスメントの加害者であるBさんではなく、その被害者であるAさんを転勤させなければならない合理的な理由はありませんから、そのAさんに対する転勤命令は「信義に従って誠実に」会社の人事権が行使されたものとは言えないでしょう。

Aさんへの配転命令が信義に従って誠実に行使されていないのであれば、その配転命令は人事権(配転命令権)を濫用したものといえますから、すなわち無効といえます。

【労働契約法第3条5項】

労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。

ですから、このようなケースのAさんは、会社から命じられた転勤命令を拒否することができるということになるのです。

イ)ハラスメントの被害を会社に申告した報復(制裁)として配置転換を命じられる場合

もう一つのケースは、ハラスメントを告発した被害者が会社や上司から報復や制裁的な意味合いで配置転換を命じられるケースです。

たとえば、上司(課長)のセクハラをコンプライアンス室に相談した営業職のCさんが、そのセクハラ上司から仕返しに倉庫作業の閑職に異動させられるようなケースです。

このようなケースも、セクハラ被害者のCさんは倉庫作業の閑職に移動しなければならない合理的な理由はないと考えられるのでその配転命令自体を信義誠実の原則を逸脱した権利の濫用として無効と主張し、その配転を拒否することができることになります。

なお、この点については『会社から報復として配転(移動・転勤)を命じられた場合の対処法』のページで詳しく解説しています。

上司のセクハラやパワハラを会社に相談した被害者が転勤等の配置転換(配転)を命じられた場合の対処法

以上で説明したように、セクハラやパワハラの被害を会社に相談した被害者側の労働者が会社から転勤などの配置転換(配転)を命じられた場合には、その配転命令を権利の濫用を理由として拒否することができるということになります。

※雇用契約書(労働契約書)や労働条件通知書あるいは就業規則や労働協約等に「会社は配転を命じることができる」等の規定がなく会社の配転命令権が雇用契約(労働契約)の内容となっていない場合には、権利の濫用があってもなくても労働者は配転命令を拒否することができます(※詳細は→人事異動における配転命令(配置転換・転勤)は拒否できるか)。

もっとも、このようにセクハラやパワハラの加害者側の労働者ではなく、被害者側の労働者に対して転勤等の配置転換(配転)を命じるような会社は労働法の趣旨を理解しておらずハラスメントの被害者の救済の本質的な意味を理解していない可能性が高いですから、このような法律的な考え方を無視して配置転換を強要してくるケースが多くあります。

その場合には、以下のような具体的な方法を用いて対処する必要があるでしょう。

(1)セクハラやパワハラの被害者を配置転換させることが権利の濫用として無効であることを書面で通知する

セクハラやパワハラの被害を会社に相談した被害者側の労働者が会社から転勤などの配置転換(配転)を命じられた場合は、その配転命令が権利の濫用として無効であることを記載した通知書を作成し、会社に送付してみるのも対処法として有効な場合があります。

先ほどから述べているように、セクハラやパワハラの被害が発生した場合の再発防止策については、その加害者に処分を行って改善を図るべきであり、被害者側の労働者に不利益な処分を加えることはあってはなりません。

それにもかかわらず加害者側に配慮して加害者側の労働者は従前のままの職場に安置し、被害者側の労働者を配置転換させる会社があるとすれば、そのような会社がまともな会社であるはずがないでしょう。

そのようなまともではない会社に対していくら口頭で「権利の濫用に当たる配転は撤回しろ」と言っても撤回してくれる可能性は低いでしょうが、書面という形で改めて会社側の不当性を指摘すれば、将来的な訴訟提起や行政機関などへの相談を警戒してそれまでの態度を改めて配転の撤回に応じてくれることも期待できます。

ですから、書面の形で配転命令の撤回を求めておくというのも対処法の一つとして機能すると考えられるのです。

なお、その場合に会社に送付する文書の文面は以下のようなもので差し支えないと思います。

○○株式会社

代表取締役 ○○ ○○ 殿

ハラスメント被害者への配転命令が権利の濫用と判断されることについて

私は、〇年〇月〇日、貴社から、高崎支店への転勤(配置転換)に関する打診を受けました。

この転勤に関しては、私が同年〇月に直属の上司である○○のセクハラ行為について貴社の社員相談室にその改善を要請したことから、私をハラスメント加害者である○○から引き離し、そのセクハラの再発防止策として私の保護を図るために転勤を決定したとの説明をうけております。

しかしながら、セクハラの再発防止策については、本来その加害者があの労働者を処分ないし移動させる方法で被害者の保護を図るべきであり、何らセクハラ行為に責任のない被害者側の労働者ををの保護を理由に配転させなければならない理由はないはずです。

この点、貴社は本件セクハラ行為の加害者である○○については従前の職に据え置き、その被害者である私を高崎支店に移動させようとしているわけですから、そこに合理的な理由はなく、貴社の配転命令は信義に従って誠実に行使されたものとは到底考えられません。

したがって、貴社が私に対して命じている高崎支店への転勤は配転命令権を濫用した無効なものといえますから、当該配転命令を直ちに撤回するよう本状をもって申入れいたします。

以上

〇年〇月〇日

〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室

○○ ○○ ㊞

会社に送付する前に証拠として残すため必ずコピーを取っておき、相手方に「到達した」という客観的証拠を残しておく必要があるため、普通郵便ではなく特定記録郵便など客観的記録の残る方法を用いて郵送すること。

(2)その他の対処法

このような書面を宇夫しても会社が配転命令を撤回せずに強制する場合は、労働局で紛争解決援助の申し立てを行ったり、労働委員会の主催する”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士や司法書士に相談して裁判所の裁判手続などを利用して解決する必要がありますが、それらの方法については以下のページを参考にしてください。

労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは

(3)労働基準監督署の手続きを利用して解決できるか

なお、本件のようなセクハラやパワハラの被害者側労働者が転勤などの配置転換(配転)を命じられてしまうというトラブルについて労働基準監督署に相談することで解決を図ることができるかという点が問題になりますが、労働基準監督署は「労働基準法」やそれに関連する法律等に違反する事業主を監督する機関であり、労働基準法以外の法律等に違反する行為については監督権限を行使できません。

この点、ハラスメントの被害者が配転を命じられてしまうという種類のトラブルは、労働基準法に違反する行為ではなく、会社と労働者の間で生じた労働契約に基づく配転命令権の問題であり、労働契約違反になるにすぎませんので、このような問題については監督署は具体的な対処を取ってくれないものと解されます。

ですから、このような問題については労働局の紛争解決手続きや弁護士への相談や裁判手続きなど、労働基準監督署以外の手続きで解決を図ることを考えた方がよいと思います。