出向が親の介護や持病など私生活に配慮せず命じられた場合

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勤務している会社に従業員としての籍を置いたままで全く別の会社に移動し、ある程度の期間、その別の会社の従業員として働く人事異動のことを「出向」と言います。

たとえば、A社に勤務するXさんが、A社に社員としての籍を残したまま、数年間B社の社員としてB社で働くような移動の命令を受けたようなケースです。

このような出向は人事異動の一形態として認められていますので、雇用契約書(労働契約書)や就業規則などに「会社は出向を命じることができる」という規定だけでなく、「出向先での賃金などの労働条件」「各種出向手当等の労働条件」「昇格・昇給等の査定その他処遇」「出向の期間」「復帰の仕方」など出向に関する基本的な事項が具体的に規定されている場合には、その会社の出向命令権が労働契約の内容になっていると判断されることになる結果、労働者はそれを拒否することができなくなるのが原則です(※詳細は→人事異動における出向命令は拒否できるか)。

この点、問題となるのが、会社から私生活に配慮のない出向を命じられるケースです。

労働者の生活環境はその労働者によって異なるのは当然ですが、労働者によっては親の介護や子の就学、あるいはシングルマザー(またはシングルファザー)で私生活の多くの時間を子の養育のために使わざるを得ないケースも多くありますから、そのような労働者が私生活に配慮してくれない出向を命じられた場合は大きな影響が生じることになり、私生活に支障が生じるケースもあるでしょう。

では、労働者がそのような私生活への配慮を欠くような出向を命じられた場合、それを断ることはできないのでしょうか。

また、実際にそのような私生活に配慮しない出向命令を受けた場合、具体的にどのように対処すればよいのでしょうか。

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私生活に配慮しない出向命令は拒否できる

今述べたように、会社から私生活への配慮の欠けた出向を命じられることがあるわけですが、結論から言うと、そのような私生活に配慮しない、または私生活への配慮が十分でない出向を命じられた場合には、労働者はその命令を一方的な意思表示で自由に断ることができます。

なぜなら、使用者(雇い主)は労働者が仕事と生活の調和を維持しつつ働くことができるように配慮して雇用契約(労働契約)を締結することが求められているからです。

【労働契約法第3条3項】

労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。

人事異動における出向命令は拒否できるか』のページでも説明したように、雇用契約書(労働契約書)や就業規則等に「会社は出向を命じることができる」という規定だけでなく、「出向先での賃金などの労働条件」「各種出向手当等の労働条件」「昇格・昇給等の査定その他処遇」「出向の期間」「復帰の仕方」など出向に関する基本的な事項が具体的に規定されている場合には、使用者の出向命令権が雇用契約(労働契約)の内容になっていると判断されるため、その使用者から出向を命じられた労働者はそれを拒否することができないのが原則です(※参考判例→新日本製鐵事件:最高裁平成15年4月18日)。

雇用契約(労働契約)は労働者が使用者(雇い主)の指揮命令に従うことを約束することが目的となりますが、その雇用契約(労働契約)に会社の出向命令権が内容となっている場合には、その出向命令権に従わなければならない雇用契約(労働契約)上の義務が生じるからです。

しかし、その雇用契約(労働契約)の内容となっている出向命令権も無制限に許容されるわけではなく、あくまでも「仕事と生活の調和に配慮」した範囲内で効力を生じるに過ぎませんので、その「仕事と生活の調和に配慮」していない、または「配慮に欠けた」出向命令は、その雇用契約(労働契約)で合意された出向命令権を逸脱するものと認められるでしょう。

つまり、使用者(雇い主)は雇用契約(労働契約)の内容となっている出向命令権を無制限に行使できるわけではなく、その出向命令権を信義に従って誠実に行使しなければならず、その出向命令権を濫用して行使してはならないのです(労働契約法第3条4項及び5項、同法第14条)。

【労働契約法第3条4項】

労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。

【労働契約法第3条5項】

労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。

【労働契約法第14条】

使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする。

ですから、使用者(雇い主)が雇用契約(労働契約)の内容となっている出向命令権を行使する場合であっても、労働者の生活に配慮することが求められ、その配慮を欠いた、またはその配慮が十分でない出向命令については、権利の濫用を理由として労働者の一方的な意思表示で自由に拒否することができるということになるのです。

私生活への配慮の欠けた出向命令とは

この点、具体的にどのような出向命令のケースが「仕事と生活の調和に配慮していない」とされるかについてはケースバイケースで判断するしかありませんので一概には言えませんが、以下のようなケースでは「私生活に配慮していない」出向命令として権利の濫用を理由に無効と言えるのではないかと思います。

ア)親や子、親族などの介護を著しく困難にする出向命令

親や子、親族などの介護が必要な労働者が、その介護が事実上困難になるような出向命令は「仕事と生活の調和に配慮していない」ものと判断されるのが一般的でしょう。

たとえば、横浜市の会社で川崎市在住の労働者が同じ川崎市に住む母親の介護をしながら働いている場合に、会社から大阪市に所在する会社への出向を命じられた場合には、たとえその出向期間が1年程度の短期間であったとしても介護が事実上できなくなりますから、特段の事情がない限り「生活に配慮していない」ものとして拒否できると思います。

イ)持病・障害のある労働者の症状に配慮しない出向命令

何らかの持病や身体障害を抱えている労働者が、その持病や障害に配慮されていない業務の会社に出向させられるようなケースでも「生活との調和に配慮していない」と判断される可能性が高いと考えられます。

たとえば、腰痛の持病のある労働者がある程度重い荷物の上げ下げ必要とされる職種の会社に出向を命じられたり、耳の不自由な労働者が電話応対が必須になるテレアポなどの職種に勤務することが前提となる会社に出向を命じられるようなケースです。

また、たとえば車椅子を利用する労働者が、スロープや障がい者ようトイレの設置されていない会社に出向を命じられるようなケースも「生活との調和に配慮していない」と判断できるのではないかと思います。

ウ)子の就学に著しい困難を生じさせる出向命令

子どものいる労働者が、その養育する子どもの就学に著しい困難を生じさせる出向を命じられるようなケースも「仕事と生活の調和に配慮していない」と判断されるのではないかと思います。

たとえば、シングルマザー(またはシングルファザー)が子の転校が必要となる地域に所在する会社への出向を命じられた場合に、子の転校や単身赴任が難しいような事情があるケースでは、その事案にもよるかもしれませんが「生活に配慮していない」と判断して拒否しても差し支えないのではないかと思います。

エ)本人の就学に著しい困難を生じさせる出向

また、ケースとしてはあまり想定できないかもしれませんが、たとえば学生のアルバイトが通学が困難になる会社に出向を命じられるようなケースも「生活との調和に配慮していない」ということで拒否できると考えられます。

たとえば、奈良県の大学に通学している大学生が奈良県に所在するテレビ局でアルバイトしている状況で、オリンピック期間中だけ東京の制作会社に出向を命じられるようなケースなどでは奈良県の大学に通学することが事実上不可能になってしまうので「生活との調和に配慮していない」ということになろうかと思います。

アルバイト従業員に出向が命じられるケースは聞いたことはありませんが、法的には正社員でないアルバイトに出向を命じても差し支えありませんので、仮に学生アルバイトが出向を命じられた場合には「仕事と生活の調和」に配慮されているかという点をよく確認する必要があるでしょう。

オ)その他の出向命令の場合

なお、上記あくまでもこのサイト管理人の私見ですので、上記のようなケースであっても事案によっては「仕事と生活の調和に配慮している」と判断され出向命令を拒否できないケースはあると思いますし、上記以外のケースでも事案によっては「仕事と生活の調和に配慮していない」と判断されて出向命令を拒否できるケースはあると思います。

ですから、「生活との調和に配慮されていない」と感じるような出向を命じられた際は、早めに弁護士等に相談しその出向命令を拒否して差し支えないかという点のアドバイスを受けておくことことを心がけた方がよいかもしれません。

仕事と生活の調和に配慮しない出向命令を受けた場合の対処法

以上で説明したように、たとえ雇用契約(労働契約)で使用者の出向命令権が明示され労働者が会社の出向命令に従わなければならない雇用契約(労働契約)上の義務がある場合であっても、その命じられた出向が「仕事と生活の調和に配慮していない」ものである場合には、労働者は一方的な意思表示で自由に拒否することができるということになります。

もっとも、会社が従業員に出向を命じる場合には「私生活との調和」に配慮したうえで人選等を行うのが通常であり、「仕事と生活の調和に配慮」しない出向命令を出すような会社はブラック体質を持った会社がほとんどですので、そのような会社から生活に配慮しない出向を命じられた場合には具体的な手段を講じて対処することが求められます。

(1)「仕事と生活の調和に配慮しない」出向が権利の濫用にあたる旨記載した通知書等を送付する

仕事と生活の調和に配慮しない出向を命じられた場合には、その出向命令が雇用契約(労働契約)で与えられた出向命令権を濫用するものであることを記載した通知書を作成し会社に送付してみるのも一つの対処法として有効です。

口頭で「生活との調和に配慮していない出向命令は権利の濫用として無効だ」と抗議して撤回しない会社でも、書面で正式に通知すれば将来的な訴訟や行政機関への相談を警戒してそれまでの態度を改め、濫用にあたる出向を撤回するケースもありますので、書面という形でその撤回を求めることもやっておく価値はあるでしょう。

なお、その場合の通知書の文面は以下のようなもので差し支えないでしょう。

○○株式会社

代表取締役 ○○ ○○ 殿

仕事と生活の調和に配慮しない出向命令の撤回申入書

私は、〇年〇月、直属の上司である○○(課長)から、来年の4月から貴社の子会社である株式会社☆☆への出向に関する打診を受けました。

この出向に関して私は応じる意思が全くなかったため明確に拒否いたしておりますが、○○は「会議で君が適任として決まったことだから拒否できない」「入社時に交付した労働条件通知書には株式会社☆☆への出向があることは規定されてるから☆☆への出向は君もあらかじめ承諾して入社したんだろう」と言うのみで、事実上、来年度の4月からの当該出向が決定されているものと認識しております。

しかしながら、私には自宅で介護している寝たきりの母親がおり、訪問介護やヘルパーの援助を受けているとはいっても、夜から明け方までは私の介護が必要不可欠ですから、沖縄県に所在する株式会社☆☆への出向は事実上、母への介護を不能にするものといえます。

この点、労働契約法第3条3項では労働契約は「仕事と生活の調和に配慮」して締結することが、また同条4項では労働契約上の権利を信義に従って誠実に行使すること、さらに同条5項ではその労働契約上の権利を濫用して行使することが求められていますが、介護の必要な親族がいることは以前から上司の○○には伝えてあることを考えれば、貴社の当該出向命令は私の仕事と生活の調和に配慮したうえで決定されたものとは到底認められません。

したがって、当該出向命令は権利の濫用として無効といえますから、直ちに当該出向命令を撤回するよう、本状をもって申し入れいたします。

以上

〇年〇月〇日

〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室

○○ ○○ ㊞

会社に送付する前に証拠として残すため必ずコピーを取っておき、相手方に「到達した」という客観的証拠を残しておく必要があるため、普通郵便ではなく特定記録郵便など客観的記録の残る方法を用いて郵送すること。

(2)その他の対処法

このような通知書を送る方法を用いても会社がなお仕事と生活の調和に配慮しない出向を強制する場合は、労働局の紛争解決援助の申し立てを行ったり、労働委員会の主催する”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士や司法書士に相談して裁判所の裁判手続などを利用して解決する必要がありますが、それらの方法については以下のページを参考にしてください。

労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは

(3)労働基準監督署に相談して解決できるか

なお、このように仕事と生活の調和に配慮しない出向を強要されるトラブルについて労働基準監督署に相談して解決できるかという点が問題になりますが、こういった問題については労働基準監督署は積極的に介入してくれないのが通常です。

労働基準監督署は基本的に「労働基準法」という法律に違反する事業主を監督する機関ですから、労働基準法で禁止している行為を会社が行っている場合だけしか行政機関としての監督権限を行使できないからです。

「仕事と生活の調和に配慮しない出向命令の強制」という行為自体は労働契約法の第14条で権利の濫用として禁止されていますが、「労働基準法」で禁止されている行為ではありませんので、監督署は直接介入したくても法的な権限がないので介入することができません。

ですから、このようなトラブルについては行政の解決手段を利用する場合は労働基準監督署ではなく労働局の紛争解決手続や労働委員会の”あっせん”の手続を利用するのが、また訴訟や示談交渉については弁護士(または司法書士)に相談するのがまず考えられる適当な対処法になると考えた方がよいでしょう。