災害による休業で就業規則等に定められた手当が支払われない場合

豪雨(大雨)や台風、河川の氾濫や土砂災害、落雷や突風や竜巻、地震や津波、あるいは酷暑や日照不足、雨不足など、自然災害の種類に事欠かない日本では、それらの影響で会社(個人事業主も含む)が一定期間、休業する場合があります。

たとえば、豪雨による土砂災害で道路が寸断されて物資の輸送が滞り工場が生産ラインを停止して休業したり、地震の影響で停電が発生し会社が休業したり就業時間を短縮したりするケースが代表的です。

このような天災事変など不可抗力の影響で会社(個人事業主も含む)が休業した場合、そこで働く労働者は基本的にその休業期間中の賃金や休業手当の支払いを会社に求めることはできないのが原則的な取り扱いとなっていることは以下のページでも解説したとおりです(※ただし「就業規則等で別段の定めがある場合」や「経営者が通常の注意義務を払えば予測できるような障害の場合」は休業手当を請求できる場合もあります)。

もっとも、だからと言って天災事変など不可抗力の影響で会社が休業するすべての場合に労働者が休業期間中の賃金や休業手当の支払いを請求できないわけではありません。

会社(個人事業主も含む)と労働者の間で結ばれた雇用契約(労働契約)や就業規則、労働協約で天災事変などの不可抗力による休業の場合でも賃金や休業手当を支払うことが規定されその合意が形成されている場合には、労働者はその労働契約上の合意を根拠として会社に休業期間中の賃金や休業手当の支払いを請求することができるからです。

しかし、ここで問題となるのが、そのように個別の雇用契約や就業規則等に「天災事変などの不可抗力による休業でも賃金(または休業手当)を支払う」という規定があるにもかかわらず、会社がその支払いをしてくれない場合です。

天災事変などの不可抗力が生じた場合、その発生した災害等の規模によっては、たとえその会社に直接的な損害が発生していなくても甚大な影響が生じることもありますから、当初は個別の雇用契約や就業規則等で「災害で休業する場合も賃金(または休業手当)を支払う」という約束をしていても、いざ災害が生じた際にその休業期間中の賃金(または休業手当)の支払いを渋る経営者や会社は意外に多いものです。

では、このように個別の雇用契約や就業規則等に「天災事変などの不可抗力による休業の場合も会社は賃金(または休業手当)を支払う」旨の規定がなされている会社において、実際に災害等で休業になったにもかかわらず、その休業期間中の賃金(または休業手当)が支払われない場合、労働者は具体的にどのように対処すればよいのでしょうか。

なお、このページでは主に会社が休業した場合の対処法を論じていますが個人事業主が休業する場合も同じ結論になりますので、以下は個人事業主に雇用されて働いている労働者についても当てはまります。
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災害による休業でも賃金(または休業手当)の支払いがあるか確認するにはどうすればよいか

個別の雇用契約や就業規則等に「天災事変などの不可抗力による休業の場合も会社は賃金(または休業手当)を支払う」旨の規定があるにもかかわらず会社がその休業期間中の賃金(または休業手当)を支払わない場合の対処法を考える前に、まずそのような規定が存在することをどのようにして確認するかという点が問題となります。

この点、使用者と労働者の間で締結される雇用契約(労働契約)の内容は

  • 雇用契約書(労働契約書)
  • 労働条件通知書
  • 就業規則
  • 労働協約
  • その他使用者と労働者の間で個別に合意した合意書・同意書等

に規定ないしその中で合意された内容に準じることになりますから、これらの書面等の記載を確認することで判断することかが可能です。

ですから、会社との間で「天災事変などの不可抗力による休業の場合も会社は賃金(または休業手当)を支払う」旨の合意が形成されているか判断する場合は、以下のような方法でこれらの書面等を確認することが必要になると言えます。

災害等の不可抗力による休業で会社が就業規則等に規定された賃金(または休業手当)を支払わない場合の対処法

これらの書類等を確認する方法で「天災事変などの不可抗力による休業の場合も会社は賃金(または休業手当)を支払う」などといった規定があることが判断できた場合は、たとえ天災事変などの不可抗力を原因とする休業であっても労働者はその休業期間中の賃金(または休業手当)を請求することができます。

そこで、その場合に会社がその規定された賃金(または休業手当)を支払わない場合の対処法が問題となりますが、具体的には以下のような方法で対処することが考えられます。

(1)就業規則等で災害等の影響で休業する場合も休業期間中の賃金(または休業手当)を支払う義務があることを書面で通知する

個別の雇用契約書(労働契約書)または労働条件通知書あるいは会社の就業規則や労働協約等に「災害による休業でも賃金(または休業手当)を支払う」旨の規定があるにもかかわらず会社がその休業期間中の賃金(または休業手当)を支払わない場合は、それらの規定で支払い義務があることを記載した書面を作成し会社に通知するというのも一つの対処法として有効です。

それらの書面に災害による休業でも賃金(または休業手当)を支払う旨の規定があるにもかかわらずその支払いをしない会社は、それが契約に反することであることを自覚したうえであえて支払わない選択をしている可能性が高いので、そのような悪意を持って支払いを拒絶している会社に口頭で支払いを請求しても応じない場合が多いです。

しかし、書面という形で正式に抗議すれば、その後に裁判に発展したり行政機関に相談されることを警戒してそれまでの態度を改めるケースもありますから、文書で請求してみる意味はあると思います。

なお、その場合に通知する書面の文面は以下のようなもので差し支えないと思います。

株式会社 ○○

代表取締役 ○○ ○○ 殿

休業期間中の賃金に関する請求書

私は、〇年〇月〇日から同年〇月〇日まで期間、貴社の命に従って休業し同期間の就労を免除されましたが、当該休業期間中の賃金の支払いを受けておりません。

この休業期間中の賃金について貴社からは、当該休業が同年〇月〇日に発生した豪雨災害の影響によって生じたものであり、貴社に民法第536条2項および労働基準法第26条の「責めに帰すべき事由」が存在しないことからその休業期間中の賃金または休業手当の支払い義務が労働契約上だけでなく法律上も発生していない旨の説明を受けております。

しかしながら、貴社の就業規則第〇条〇項には「天災事変など不可抗力による休業の場合、会社は休業期間中の賃金を支払う」旨の規定が存在しますから、今回のような豪雨災害の影響による休業であっても、貴社に休業期間中の賃金の全額を支払う労働契約上の義務があるのは明らかです。

したがって、私は、貴社に対し、当該休業期間中の賃金の全額に相当する金員を直ちに支払うよう請求いたします。

以上

〇年〇月〇日

〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室

○○ ○○ ㊞

  • ※会社に送付する前に証拠として残すため必ずコピーを取っておくようにしてください。また、会社に確実に「到達した」という客観的証拠を残しておく必要があるため普通郵便ではなく特定記録郵便など客観的記録の残る方法で郵送するようにしてください。
  • 就業規則等に賃金ではなく「平均賃金の6割の休業手当」を支払うなどと規定されている場合は上記の「賃金」部分を「平均賃金の6割の休業手当」などに置き換えてください。
  • ※就業規則ではなく、会社から交付を受けた雇用契約書(労働契約書)や労働条件通知書あるいは会社の労働協約等に「災害による休業でも…支払う」などの規定がある場合は、上記の記載例の「就業規則」の部分をそれらの書面に置き換えてください。

(2)就業規則等に反して災害等による休業期間中の賃金(または休業手当)を支払わないことを労働基準監督署に労基法違反として申告する

(1)のような書面で通知しても会社が災害による休業期間中の賃金(または休業手当)を支払わない場合には、労働基準監督署に労働基準法違反の申告を行うというのも一つの対処法として有効です。

前述したように、個別の雇用契約や就業規則等に「災害による休業でも…支払う」旨の規定がある場合は、会社にその休業期間中の賃金(または休業手当)を支払わなければならない労働契約上の義務が発生しますから、その義務を怠って休業期間中の賃金(または休業手当)を支払っていない状況は、賃金の全額払いの原則を規定した労働基準法第24条に違反している状況になっていると言えます。

【労働基準法第24条】

賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。(但書省略)

そしてこの労働基準法第24条に違反する事業主には、労働基準法第120条で30万円以下の罰金が科せられることになっていますから、その休業期間中の賃金(または休業手当)を支払わない状況は刑事罰のある法律に違反する犯罪行為ともいえるでしょう。

【労働基準法第120条1号】

次の各号の一に該当する者は、30万円以下の罰金に処する。
1 (省略)…第23条から第27条まで…(中略)…までの規定に違反した者
(以下省略)

この点、このような労働基準法に違反する行為については、労働基準法第104条1項で労働者に労働基準監督署に労働基準法違反の申告を行うことを認めていますから、その申告を行うことで労働基準監督署に監督権限の行使を促し、調査や指導、勧告によって会社の違法行為の改善を図ることも期待できるといえるでしょう。

【労働基準法第104条1項】

事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。

ですから、災害等で休業した会社が個別の雇用契約や就業規則等に「災害等のきゅぎょうでも…を支払う」などと規定されているにもかかわらずその休業期間中の賃金(または休業手当)を支払わないトラブルに巻き込まれた場合は、労働基準監督署に申告を行ってみるというのも試してみる価値はあると言えます。

なお、この場合に労働基準監督署に提出する申告書の記載は以下のようなもので差し支えないと思います。

労働基準法違反に関する申告書

(労働基準法第104条1項に基づく)

○年〇月〇日

○○ 労働基準監督署長 殿

申告者
郵便〒:***-****
住 所:東京都〇〇区○○一丁目〇番〇号○○マンション〇号室
氏 名:申告 太郎
電 話:080-****-****

違反者
郵便〒:***-****
所在地:東京都〇区〇丁目〇番〇号
名 称:株式会社○○
代表者:代表取締役 ○○ ○○
電 話:03-****-****

申告者と違反者の関係
入社日:〇年〇月〇日
契 約:期間の定めのない雇用契約←注1
役 職:特になし
職 種:一般事務

労働基準法第104条1項に基づく申告
申告者は、違反者における下記労働基準法等に違反する行為につき、適切な調査及び監督権限の行使を求めます。

関係する労働基準法等の条項等
労働基準法24条

違反者が労働基準法等に違反する具体的な事実等
・申告者は〇年〇月〇日から同年同月〇日まで、違反者が休業したことから同期間就労しなかったが、違反者は当該休業期間中の賃金を支払っていない。
・この休業は、同年〇月〇日に発生した豪雪災害の影響で行われたものと思われるが、仮にその休業が不可抗力によるものであり違反者に民法第536条2項の「責めに帰すべき事由」なかったとしても、違反者の就業規則第〇条〇項には「天災事変など不可抗力による休業の場合には平均賃金の6割の休業手当を支払う」旨の規定があるから、違反者はその条項にしたがって当該休業期間中の賃金として「平均賃金の6割」に相当する金員を支払わなければならない労働契約上の義務を負っていると言える。

添付書類等
・特になし。←注2

備考
本件申告をしたことが違反者に知れるとハラスメント等の被害を受ける恐れがあるため違反者には申告者の氏名等を公表しないよう求める。←注3

  • ※注1:アルバイトやパート、契約社員など「期間の定めのある雇用契約」の場合は「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」などと記載してください。
  • ※注2:労働基準監督署への申告に添付書類は必須ではないので添付すべき書類がない場合は「特になし」と記載しても構いません。添付する書類がある場合はその書類の名称と通数を記載します。たとえば、本件の場合に会社の就業規則の写しを添付する場合であれば「・就業規則の写し……1通」などと記載します。なお、会社の違法性を示す証拠書類は後に裁判になった場合に必要になる可能性がありますので、監督署へは必ず「写し(コピーしたもの)」を提出するようにし原本は保管しておくようにしましょう。
  • ※注3:労働基準監督署に申告したことが会社に知られるとパワハラ等を受ける恐れもありますのでその事実を知られたくない場合はこのような一文を挿入してください。会社に知られても構わない場合は備考の欄は削除しても構いません。
  • ※個別の契約や就業規則等で「…賃金を支払う」と規定されている場合は上記記載例の「平均賃金の6割の休業手当」の部分を「賃金」に置き換えてください。
  • ※就業規則ではなく、雇用契約書(労働契約書)や労働条件通知書、労働協約等に休業期間中の賃金(または休業手当)の支払い規定がある場合は、上記の記載例の「就業規則」の部分をそれらの書類等に置き換えてください。

その他の対処法

以上の方法を用いても問題が解決しない場合は、労働局の紛争解決援助の申し立てを行ったり、労働委員会の主催する”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士や司法書士に相談して裁判所の裁判手続などを利用して解決する必要がありますが、それらの方法については以下のページを参考にしてください。

労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは