労働者が使用者(個人事業主も含む)から解雇された場合、また労働者が使用者の下を退職した場合において、労働者がその解雇や退職についての証明書の交付を求めた場合には、使用者は遅滞なくその証明書を交付しなければなりません(労働基準法第22条)。
【労働基準法第22条】
第1項 労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあつては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。
第2項 労働者が、第20条第1項の解雇の予告がされた日から退職の日までの間において、当該解雇の理由について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。ただし、解雇の予告がされた日以後に労働者が当該解雇以外の事由により退職した場合においては、使用者は、当該退職の日以後、これを交付することを要しない。
第3項 前二項の証明書には、労働者の請求しない事項を記入してはならない。
第4項 使用者は、あらかじめ第三者と謀り、労働者の就業を妨げることを目的として、労働者の国籍、信条、社会的身分若しくは労働組合運動に関する通信をし、又は第1項及び第2項の証明書に秘密の記号を記入してはならない。
この退職理由証明書または解雇理由証明書は、退職または解雇された労働者がつぎの就職先を見つける際に前の職場で退職または解雇された事実を証明する書面となりますから、労働者に不利益の及ぶ内容は記述されるべきではありませんが、使用者によっては退職または解雇した労働者への腹いせや嫌がらせを目的として、証明書に記載する必要がないにもかかわらず、その労働者に不利益が及ぶような事実をあえて記載する事例も見られます。
たとえば、在日外国人や部落出身者、支持政党や政治思想、病気や障害、信仰(宗教)やLGBTなどの性的少数者など、一般社会で差別を受けやすい特性を持った労働者に対して、その労働者がその特性を第三者に公表することを望んでいないことを使用者が知りながら、その特性を記述する必要性がないにもかかわらずあえて使用者がその特性に言及した内容の退職理由証明書や解雇理由証明書を作成し交付するようなケースです。
では、労働者が使用者から退職理由証明書または解雇理由証明書の交付を受けた場合において、その証明書に記載してほしくない個人的な特性が記載されていた場合、労働者はどのように対処すればそのような証明書の交付を阻止することができるのでしょうか。
退職理由証明書または解雇理由証明書に労働者の希望しない個人的な特性等が記載されてしまうケースの具体例
このように、使用者によっては退職または解雇した労働者に嫌がらせをする目的で、その労働者が公開を欲しない個人的な特性をあえて退職理由証明書や解雇理由証明書に記載する事例があるわけですが、具体的には以下のような事例があげられます。
ア)在日外国人について
たとえば、大学進学のため退職を申し出たアルバイトの在日外国人について、記述する必要性がないにもかかわらずあえて退職理由証明書や解雇理由証明書の”退職の事由”の欄に「○○(外国人学校の国名)大学校への進学のため自己都合退職」などと記載するようなケース。
単に「自己都合退職」と記載すれば足りるにもかかわらず、差別を回避するため在日外国人であることを積極的に公表していない労働者にこのような退職・解雇理由証明書が交付されてしまえば、その外国人労働者は自分の意思とは関係なく、その証明書を提示する際に在日外国人であることが知られてしまいます。
イ)被差別部落等について
たとえば、親の介護で帰省するため退職を申し出た被差別部落出身の労働者について、記述する必要性がないにもかかわらずあえて退職理由証明書や解雇理由証明書の”退職の事由”の欄に「○○市○○町〇番(被差別部落の本籍地)に住む親の介護のため自己都合退職」などと記載するようなケース。
単に「自己都合退職」と記載すれば足りる事例であるにもかかわらず、差別をさけるため本籍地や実家住所を公表していない労働者にこのような退職・解雇理由証明書が交付されてしまえば、その被差別部落出身労働者は自身の意思と無関係に、その証明書を提示する都度、被差別部落出身であることが公表されることになってしまいます。
ウ)支持政党(政治信条)について
たとえば、特定の政党への入党や投票を社内で執拗に勧誘した労働者が就業規則に解雇事由として規定された「社内の風紀を乱したとき」に該当するとして解雇された場合に、使用者が解雇理由証明書の退職の事由(解雇の理由)の欄に「○○党への入党や投票を勤務時間中に執拗に勧誘したことが就業規則第〇条〇項の”社内秩序及び風紀を乱したとき”に該当したため懲戒解雇」などと記述するようなケース。
このような場合、仮に懲戒解雇が正当でその必要があったとしても、証明書にあえて政党名を記載しなければならない必要はなく、支持政党は個人の思想信条に関する事項になりますので、それが解雇理由証明書にあえて記載されれば、その労働者は本人の意思に関係なく自身の思想信条が第三者に知られることになり、その支持政党を支持していない証明書の閲覧者(たとえば再就職先の会社など)から不利益を受ける可能性があります。
エ)政治思想(政治信条)について
たとえば、社内で気候変動に関するデモへの参加を呼び掛けた労働者が就業規則に規定された「社内の風紀を乱したとき」との解雇事由に該当するとして解雇された場合に、使用者が解雇理由証明書の退職の事由(解雇の理由)の欄に「気候変動に関するデモへの参加を勤務時間中に執拗に勧誘したことが就業規則第〇条〇項の”社内秩序及び風紀を乱したとき”に該当したため懲戒解雇」などと記述するようなケース。
このようなケースでは、仮にその懲戒解雇が正当であったとしても、あえてそのデモの内容まで記載しなければならない理由はなく、気候変動への積極的な対応を求める意思は個人の政治思想に密接に関連する事項にあたると考えられますので、その労働者は自身が公開を欲しない思想信条が解雇理由証明書に記載されることで第三者に強制的に公表されることになってしまいます。
オ)病気や障害について
たとえば、外見的にそれと気づかれない病気や障害を持つ労働者が、差別をさけるためにその病気や障害を積極的に公表していないにもかかわらず、その病気や障害を理由に自己都合退職した際に、使用者がその病気や障害を特定しながら”退職の事由”について「○○の病気(または障害)が悪化して業務遂行が困難になった旨本人から申告があり自己都合退職した」などと記載した退職理由証明書を交付するようなケース。
このようなケースでは解雇の事由について単に「自己都合退職」と記載すれば足りるにもかかわらずあえてこのように病気や障害を特定されて記載されれば、その公表を欲しない労働者はその記載のために自身の意に反してその病気や障害がその証明書を見た第三者(つぎの就職先など)に知られることになって不利益を受けてしまいます。
カ)信仰や宗教などについて
たとえば、特定の宗教を信仰している労働者が出家するために退職するような場合に、使用者が退職の事由について、特に必要性がないにもかかわらずあえて「○○教(宗教団体名)に出家し修業したい旨本人から申告があったことによる自己都合退職」などと記載した退職理由証明書を交付するようなケース。
この場合も、退職の事由は単に「自己都合退職」と記載すれば足りますが、信仰への差別をさけるため宗派や信仰する宗教を積極的に公表していない労働者がこのような具体的に信仰について記述された退職理由証明書の交付を受けてしまえば、それを提示するつぎの就職先などに自身の信仰がその意思に関係なく公表されることになってしまい不利益を受けてしまいます。
キ)LGBTなど性的少数者について
たとえば、LGBTなど性的少数者の特性を持つ人が会社でイジメを受けて退職するような場合において、使用者が「○○(LGBTなどの特性)の特性が他の社員に知られた本人から自己都合退職の申し出があった」などと記載するようなケース。
この場合は単に「自己都合退職」と記載するか、他の社員のハラスメントに使用者が適切に対処しなかったことを理由とした本人が退職を申し出たのであれば「使用者の労働契約法違反による退職」などと記載すべきだが、このように個人の性的特性が退職理由証明書や解雇理由証明書に記載されてしまえば、本人の意思にかかわらずその特性が第三者に知られてしまうことになってしまい、労働者が不利益を受けてしまいます。
退職理由証明書や解雇理由証明書に個人の政治思想や思想信条、国籍や本籍、病気や障害、信仰や性的特性などが記載された場合の対処法
このように、使用者によっては、その記載に必要性がないにもかかわらず、労働者に不当な不利益を及ぼすために(嫌がらせをする意図で)あえて退職理由証明書や解雇理由証明書に個人の政治思想や思想信条、国籍や本籍、病気や障害、信仰や性的特性などを記載することがありますが、そのような事案に遭遇した場合の対処法としては以下のようなものが考えられます。
なお、労働基準法は会社(法人)だけでなく個人事業主にも適用されますので、以下で説明する対処法は個人事業主に雇い入れられて働く労働者がそのような証明書の交付を受けた場合にも利用可能です。
(1)退職理由証明書や解雇理由証明書に個人の政治思想や思想信条、国籍や本籍、病気や障害、信仰や性的特性などを記載しないように求めておく
退職理由証明書や解雇理由証明書に個人の政治思想や思想信条、国籍や本籍、病気や障害、信仰や性的特性などが記載されないようにするためには、その証明書の交付を求める際に、そのような個人的な特性等を記載しないよう求めておくことも必要です。
前述の「ア~キ」に挙げたような個人的特性は差別や抑圧に繋がる可能性がありますから、一般的な教養を持っている経営者や役職者はあえてそのような特性を退職理由証明書や解雇理由証明書に記載しようとは考えません。このような人のいる会社に対してはあえて「その個人的特性を記載するな」と告知する必要はないかもしれません。
しかし、すべての人がそのような教養や倫理感を有しているわけではなく、労働者に嫌がらせをしたいと思う経営者や役職者も少なからず存在していますから、そのような人のいる会社では労働者の方から能動的にそのような特性について「記載してくれるな」と告知することは必要でしょう。
仮に労働者の方からそのような告知があれば、労働基準法第22条第3項は「(退職・解雇の)証明書には、労働者の請求しない事項を記入してはならない」と規定されている以上、使用者がそれを無視してその個人的特性を記述することはできませんので、労働者の側からあらかじめそのような特性を記述しないように求めておくことで、そうした個人的特性が退職理由証明書や解雇理由証明書に記述されることを防ぐことができます。
なお、この点については『解雇理由証明書・退職理由証明書の記載事項には何があるか』のページで詳しく解説しています。