就職希望先の企業から採用内定を受けた場合、あとは4月の入社予定日を待つだけですが、その入社予定日が到来するまでの期間に採用内定を取り消されてしまうことがあります。
内定が取り消されてしまう理由は内定者本人が不祥事を起こしたり(例えば逮捕されるなど)、単位が不足して学校を卒業できなかったなど主に内定者側に生じた理由によるケースがほとんどですが、ごくまれに会社側の都合で内定を取り消されてしまう場合もあります。
代表的なのが不況や経営不振を理由に内定が取り消されてしまうケースです。
企業が採用活動を行う場合、数年先の経営状況を見越して採用計画を立てるのが普通ですから、まともな経営戦略を持っている会社であれば採用内定を取り消すなど普通はありえません。
採用内定を出してから入社予定日が到来するまでの期間はせいぜい半年程度に過ぎないことを考えれば、そのような短期間に経営が傾くなど一般的な経営判断を行っている会社であれば起こり得ないことだからです。
もっとも、経営者も人間ですから時には経営判断を誤ることもありますし、何らかの天変地異や予期しない災害が発生するなど突発的な事件が生じることもないわけではありませんから、場合によっては不況や経営不振を理由に採用内定が取り消されてしまうあるのが現実です。
では、仮にそのような会社側の都合で採用内定を取り消されてしまった場合、具体的にどのようなことを会社に対して求めることができるのでしょうか。
たとえば、内定取消の撤回を求めたり、内定を取り消されたことに対する慰謝料などを請求することができるのでしょうか。
内定取消の撤回を求めることができる
このように、ごくまれに内定先の企業における経営判断の誤りによって採用内定を取り消されるケースがあるわけですが、その場合にはその採用内定の取り消し自体の無効を主張してその撤回を求めることができます。
なぜなら、法律上は、採用内定に関する内定通知が内定者に到達した時点で労働契約(雇用契約)が有効に効力を生じることになり、その後の内定取消は有効に生じた労働契約(雇用契約)を解除するものとして「解雇」と同様に扱われることになるからです(※この点の詳細は→「内定の取り消し」が「解雇」と同様に扱われるのはなぜか)。
この点、解雇に関しては労働契約法第16条にその有効性を判断するための規定が置かれていますが、そこでは「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つの要件を満たす場合にだけ解雇は有効と判断されると定められていて、その2つの要件の判断基準に関しては過去の裁判例の積み重ねによって「整理解雇の四要件」を基準に判断する考え方が確立されています。すなわち「整理解雇の四要件」として挙げられる
- 人員削減の必要性(※人員削減の必要性があったか)
- 解雇回避努力義務(※解雇回避のための努力は行われたか)
- 人選の合理性(※対象者の人選に合理性はあるか)
- 説明協議義務(※対象者への協議や説明は尽くされているか)
の4つの要件を満たす場合にだけ解雇を有効と判断し、この4つのうち一つでも充足しない要件がある場合には、その解雇を無効と判断する基準が定着しているのです。
そうすると、「採用内定の取り消し」が解雇と同様に扱われる以上、「採用内定の取り消し」の有効性もこの「整理解雇の四要件」がすべて満たされるかという点でその有効性が判断されることになりますが、先ほども述べたように採用活動を行う企業は数年先の経営状況を見越して新卒採用の募集をかけるのが普通ですので、この4つの要件をすべて満たす状態で内定を取り消しているケースは相当なレアケースに限られることになります。
つまり、採用内定の取り消しについては、労働契約法第16条の「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つの要件を満たす事案はごく少数で、たいていのケースでは無効と判断されるのが通常なのです。
ですから、よほどレアなケースでもない限り、採用内定の取り消しを受けた場合でもその無効を主張して撤回を求めることができると言えます。
(1)内定取消の撤回を求め入社予定日から入社する場合
このように、採用内定の取り消しを受けた場合でも「整理解雇の四要件」の4つの要件をすべて充足して労働契約法第16条の要件を満たすケースは稀ですから、一般的な認識としては採用内定の取り消しを受けてもその無効を主張して撤回を求めることができるということになります。
なお、その場合には会社に対して内定の取り消しの無効を主張して社員としての地位の確認を行い、入社予定日からの就労を求めることになるのが通常です。
(2)内定取消の撤回を求め入社予定日以降の賃金相当額を請求する場合
もっとも、内定取消の無効を主張できるといっても、そのような内定を取り消すような会社にその無効を主張して入社することがはたして正解なのかという点も考える必要があります。
先ほども述べたように、普通の会社であれば数年先の経営状況を見越して採用活動を行うはずなので、採用内定からわずか半年程度で経営判断を変更して内定を取り消さなければならなくなるほど先の読めない会社に就職してもロクなことはないと推測できるからです。
そのような場合、とりあえず内定取消の無効を主張して社員としての地位を求めたうえで、入社予定日からの賃金相当額を請求するという手もあります。
会社から内定を取り消されれば入社予定日が到来してもその会社で働くことができませんが、裁判を起こして内定取消の無効が認められその会社の社員としての地位が確認できれば、入社予定日から働いていなかったとしても、入社予定日以降の賃金相当額の支払いを受けることができるからです。
※この場合、入社予定日以降は会社都合による休業扱いになるので、実際に働いていなくても入社予定日以降の賃金全額の請求ができます→『会社都合の休業で会社に請求できる給料の金額はいくらか』『会社都合の休業では休業手当はいくら支払ってもらえるのか』。
ですから、内定を取り消された会社に就職する気がない場合であっても、お金を請求したい場合には内定取消をそのまま無条件に受け入れたりせず、取り合えず内定取消の無効を主張してその撤回を求めることも必要となる場合があります。
代わりの就職先の紹介やあっせんを求めることができる(場合がある)
このように、採用内定の取り消しを受けた場合はその内定取消自体の無効を主張して撤回を求めることによって対処することが可能ですが、それ以外にも内定を取り消してきた会社に対して代わりの就職先の紹介や他の企業のあっせんを求めることも可能です。
なぜなら、厚生労働省が作成したガイドラインでは、企業に採用内定を取り消さないよう求めるとともに、仮にやむを得ず内定を取り消す場合であってもその取消対象者の就職先の確保に最大限の努力を行うことが義務付けられているからです (※詳細は→新規学校卒業者の採用に関する指針|厚生労働省) 。
もちろん、その会社に他の就職先を紹介したりあっせんできる協力関係のある会社が全くない場合は望めませんが、グループ会社や関係会社などで採用の余力がある会社があれば、内定を取り消した企業に再就職先の紹介やあっせんを求めることでその紹介やあっせんを受けられる可能性もあるはずです。
ですから、内定先の企業から採用内定を取り消された場合において、他の就職先の紹介を受けたいと考える場合には、この厚生労働省のガイドラインを提示してその紹介やあっせんを求めてみるのもよいのではないかと思います。
新卒で採用する機会を喪失したことに対する補償等を求めることができる(場合がある)
また、この厚生労働省のガイドライン (新規学校卒業者の採用に関する指針|厚生労働省) では、内定を取り消される学生側から新卒として就職する機会を喪失したこと等に対する補償を求められた場合には、企業側はその要求に誠実に対処しなければならないことも義務付けられています。
ですから、もし仮に企業側から満足のできる他の就職先の紹介やあっせんが受けられなかった場合において何らかの金銭補償を受けたいと思う場合には、その厚生労働省のガイドラインを提示してその補償金の支払いを求めてみるのもよいと思います。
その請求できる金額についてはケースバイケースで判断するしかありませんので具体的な金額は分かりませんが、事前に弁護士に相談するなりすればある程度の金額は出せると思います。
経営不振等を理由に内定を取り消された場合の具体的な対処法
以上のように、経営不振等を理由に採用内定を取り消された場合であっても様々な対応や要求を企業側に求めることができるのが分かります。
ですから、採用内定を取り消された場合であっても、単に泣き寝入りするだけでなく(もちろん内定取消を粛々と受け入れてもかまいません)納得できるまで会社と交渉してみることも考えてみるべきかと思います。
なお、経営不振等を理由に内定を取り消された場合の具体的な対処法については以下のページなどを参考にしてください。