入社前研修・内定者研修を欠席して内定を取り消された場合

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採用試験を終えて採用内定を出した企業の中には、内定者に向けた内定者研修(入社前研修)を実施するところがあります。

研修の内容やその期間については様々ですが、数日から数週間程度の期間に即戦力養成のための実務的な内容の研修を行う企業が比較的多いようです。

ところで、このような入社前研修(内定者研修)も学生の負担とならない程度なら許容できるかもしれませんが、問題となるのが長期間にわたって学生を拘束するような研修が行われる場合です。

入社試験を終えた学生の中には、卒論の作成やアルバイトなどで忙しい毎日を過ごしている人も多くいるはずですので、内定先の企業から長期間にわたって研修への出席を求められたりすれば、卒業に必要な単位の取得や生活費の確保に困難をきたし、卒業のみならずその日の生活もままならなくなってしまう危険性すら生じてしまいます。

では、このような入社前研修(内定者研修)は、学生側の一存で欠席してもよいものなのでしょうか?

入社前研修(内定者研修)を欠席したことによって内定を取り消さりたりするなど不利益を受けるようなことはないのでしょうか?

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入社前研修(内定者研修)への欠席を理由に内定を取り消すことはできない

結論から言うと、入社前研修(内定者研修)を欠席したり研修への出席を拒否したことを理由に、会社側が内定を取り消すことはできないものと考えられます。

なぜなら、入社前研修(内定者研修)への出席は本来、内定者の自由意思に委ねられるべきものであって、企業側にその出席を強制させ得る法律上もしくは雇用契約上の権利は存在しないからです。

(1)入社予定日が到来するまでは会社の指揮命令権は及ばない

就職試験を受けた企業から「採用内定」が出された場合、その「採用内定」を受けた時点でその企業との間に雇用関係が生じるのか、それとも「入社予定日(※一般的には翌年の4月1日)」が到来して初めて雇用関係が生じるのか、という点については若干の争いがありますが、過去の最高裁の判例(大日本印刷事件:最高裁昭和54年7月20日)では「採用内定」は「入社予定日を就労開始日とする始期付きの解約権留保付き労働契約」と解釈されています。

つまり、企業から「採用内定」が出された場合、「入社予定日(※一般的には翌年の4月1日)」が到来するまでに内定者に不祥事等が発生した場合は企業の側で一方的に内定契約を解約することができる「解約権」が「留保」されていますが、その「入社予定日」は単に「就労を開始する日」にすぎないので「採用内定」が出された時点で内定者と企業との間に有効に雇用関係(労働契約関係)が生じることになる、というのが「採用内定」についての最高裁の判断となっているわけです。

このような最高裁の解釈を基礎に考えると、内定者が「採用内定」を受けてから「入社予定日」が到来するまでの期間についてはその内定先企業との間に「雇用関係(労働契約関係)」は生じているものの、「入社予定日」が到来するまでは「就労を開始」しなければならない義務は内定者に発生しないといえます。

とすれば、内定者は「就労開始日」である「入社予定日」が到来するまでの間は内定先企業から「出社しろ!」とか「研修に出ろ!」と命令されたとしても、それに従わなければならない義務は無いということになりますので、「入社予定日」が到来するまでに行われる「入社前研修(内定者研修)」は自由参加が基本になる、ということになるわけです。

(2)企業が入社前研修(内定者研修)への出席を強制するのなら賃金の支払いは必須となる

このように、「採用内定」が出されれば企業との間に労働契約関係(雇用関係)は生じることになりますが、「入社予定日」が到来するまでは「就労を開始」しなければならない義務はありませんので、内定先の企業は入社予定日が到来するまでの間に開催する入社前研修(内定者研修)への出席を内定者に強制させることができないのが基本です。

もし仮に、それでもなお内定者に研修への出席を強制させたいというのであれば、内定先の企業は内定者との間に「採用内定」とは別個の労働契約(雇用契約)関係を構築し、その別個の契約に基づいて内定者を指揮命令下に置区必要があります。

そうすると、内定先の企業があくまでも内定者に入社前研修(内定者研修)への出席を強制するというのであれば、企業側は内定者に対してその研修期間中の賃金を支払わなければならないことになるでしょう。

なぜなら、過去の最高裁の判例(三菱重工業長崎造船所事件:最高裁平成12年3月9日)では労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間帯はそれが準備時間であろうと掃除の時間であろうと全て労働時間にカウントし賃金を支払わなければならないと判示していますので、入社前研修(内定者研修)への出席を強制するというのであればその時間も労働時間として賃金の支払い義務が生じるからです。

しかし、企業が入社前研修(内定者研修)を実施する意図は、内定者に賃金を支払うこと無く入社前に実務能力を身につけさせて入社と同時に即戦力に育て上げる点にあり、入社前研修(内定者研修)に出席した内定者に賃金を支払っている会社は存在しないのが実情です。

ですから、入社前研修(内定者研修)への出席を強制している会社があるとすれば、その会社はおしなべて本来支払わなければならない研修期間中の賃金を支払っていない、つまり賃金の未払いという労働基準法違反を行っているということになります。

(3)強制ではない研修を欠席したことは内定取消の正当事由にはならない

以上で説明したように、入社前研修(内定者研修)は本来、内定者の自由意思によって出席・欠席が判断されるべきもので、内定先企業において出席を強制できる性質のものではありませんから、仮に入社前研修(内定者研修)への出席を拒否ないし欠席したとしても、それは労働契約(雇用契約)に違反する行為には当たらないことになります。

また、「内定の取消」は法律上「解雇」と同様に扱われるため、内定先企業が内定者の内定を取り消す場合には、その内定を取り消すことについて「客観的合理的理由」と「社会通念上の相当性」が必要となりますが(労働契約法16条※この点については→『内定を一方的に取り消された場合の対処法』のページで詳しく説明しています)、これまで述べたように、本来は出席が自由であるはずの入社前研修(内定者研修)を欠席することには何ら責めれれるべき点はありませんので、その欠席したことをもって内定を取り消すことに「客観的合理的理由」や「社会通念上の相当性」は存在しえないといえるでしょう。

ですから、仮に内定先の企業が入社前研修(内定者研修)への出席を強制してくる場合に、その出席を拒否して内定を取り消されたとしても、そのような内定取消は労働契約法16条の要件を満たさない違法なものとして「無効」になるといえるのです。

入社前研修(内定者研修)を欠席して内定を取り消された場合の対処法

以上で説明したように、内定先企業は内定者に対して入社前研修(内定者研修)への出席を強制させ得る権限がなく、その出席は内定者の自由意思が基本となりますから、入社前研修(内定者研修)への欠席を理由に内定先企業が内定を取り消すことは労働契約法16条の規定から無効と判断されることになります。

入社前研修(内定者研修)への欠席を理由とした内定の取消が無効と判断されるのであれば当然、内定を取り消された内定者は内定先企業に対して内定取消の撤回を求めることができることになりますが、必ずしも内定取消の撤回を求めることがベターな選択と言えるわけではありません。

なぜなら、上記のような法律解釈を知らずに、または知りながらあえて入社前研修(内定者研修)を欠席した内定者の内定を取り消すような企業がまともな会社であるはずがないからです。

入社前研修(内定者研修)への出席が本来自由であり、欠席した内定者にペナルティを科すことが違法となることは普通の会社であれば知っていてしかるべきと言えますから、それを知らずまたは知りながらあえて入社前研修(内定者研修)を欠席した内定者の内定を取り消す会社があるとすれば、その会社がブラック体質を持っている蓋然性は極めて高いといわざるを得ないでしょう。

そうであれば、内定取消の撤回を求めてその会社に入社したとしても、遅かれ早かれ何らかの労働トラブルに巻き込まれてしまうことは避けられないともいえます。

ですから、入社前研修(内定者研修)を欠席したことを理由に内定を取り消されてしまった場合には、その撤回を求めてあくまでもその会社に入社することを選択するのか、それともそのようなブラック体質を持っている会社とは早々に縁を切って別のまともな企業への就職を模索した方がよいのか、という点を十分に検討する必要があるといえるでしょう。

もっとも、そのような検討を経てもなおその会社で働きたいと思う場合には、その会社に対して内定取消の無効を主張し、その撤回を求める必要がありますが、その場合の具体的な方法としては以下のようなものが挙げられます。

(1)内定取消の撤回を求める申入書を送付する

入社前研修(内定者研修)を欠席したことを理由に内定を取り消されてしまった場合には、「内定取消の撤回を求める申入書」を作成して会社に送付するのも対処方法の一つとして有効です。

内定取消の無効を主張して撤回を求める場合、口頭で「内定取消は無効だ!」と主張するだけでも撤回の申入れに関する意思表示としては有効ですが、将来的に裁判になった際に「内定の無効を主張して撤回を求めたのに受け入れられなかった」ということを客観的証拠として提出するためにも、有体物として保存できる「書面」という形で送付しておくことは最低限必要となるといえるでしょう。

なお、この場合に会社に提出する申入書の記載例としては、以下のような文面で差し支えないと思います。


○○株式会社

代表取締役 ○○ ○○ 殿

内定取消の無効及び撤回を求める申入書

私は、〇年〇月〇日、貴社から採用内定を受けましたが、同年〇月〇日付けの内定取消通知書をもって、貴社から一方的に当該内定を取り消されております。

この内定取消については、私が、〇年〇月から〇年〇月にかけて貴社が内定者を対象として実施した入社前研修への出席を拒否しそのほとんどを欠席したことが理由とされているようですが、採用内定の法的性質は「入社予定日を就労開始日とする始期付きの解約権留保付き労働契約」と解釈されていますので(大日本印刷事件:最高裁昭54.7.20参照)、就労を開始していない入社予定日前の研修については貴社の指揮命令権は及ばないものと解されます。

そうであれば、私が入社前研修に欠席したことに責められるべき点はなく、貴社の行った内定取消に客観的合理的理由と社会通念上の相当性は存在しませんから、貴社の行った内定取消は労働契約法16条の要件を見てしていない違法な処分といえます。

したがって、貴社の行った当該内定の取消は労働契約法16条の規定に反し無効と言えますから、直ちに当該内定取消を撤回するよう、本書面によって申し入れいたします。

以上

〇年〇月〇日

〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室

○○ ○○ ㊞


会社に送付する前に証拠として残すため必ずコピーを取っておくこと。
内定先企業に確実に送付されたという証拠が残るよう、普通郵便ではなく特定記録郵便など確実に記録の残る郵送方法を利用するようにしてください。

(2)その他の対処法

上記のような申入書を送付しても会社側が内定取消を撤回しない場合は、会社側が自身の内定取消によほどの自信があり労働契約法16条の要件を満たしているという確固たる確信があるか、ただ単にブラック体質を有した法律に疎い会社かのどちらかである可能性が高いと思いますので、なるべく早めに法的な手段を取って対処する方がよいでしょう。

具体的には、労働局に紛争解決援助の申し立てを行ったり、自治体や労働委員会の”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士会や司法書士会が主催するADRを利用したり、弁護士や司法書士に依頼して裁判を行うなどする必要があると思いますが、その場合の具体的な相談先はこちらのページでまとめていますので参考にしてください。

▶ 労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは

(3)労働基準監督署に相談して解決を図ることができるか?

なお、このような内定取消に関するトラブルを労働基準監督署に相談して解決を図ることができるか、という点が問題となりますが、労働基準監督署は「労働基準法」やその関連法等に違反する事業主を「監督」する機関であり、労働基準法とは関係しない法律や使用者と労働者の間の労働契約(雇用契約)に関するトラブルに関しては監督権限を行使できないのが現実です。

この点、内定取消の問題については、先ほど説明したように、「入社前研修(内定者研修)を欠席したこと」を理由とする内定取消が「客観的合理的理由」や「社会通念上の相当性」を満たすものかどうか、という点で判断されることになり、結局は労働契約法16条の問題として判断されることになるのが通常です。

そうすると、内定取消の問題において労働基準法違反の問題が生じることはなく、このような問題に関しては仮に労働基準監督署は積極的に介入しない(介入したくても介入できない)と考えられますから、内定取消に関するトラブルについては前述の(2)で説明したように労働局の紛争解決援助の手続きや弁護士を雇って裁判所で裁判するなど、労働基準監督署以外の解決手段を検討すべきかと思います。