業績不信や不況の影響で内定を取消されたときの対処法

就職希望先の会社から採用内定を受けた場合、あとは入社予定日の4月を待つだけですが、ごくまれに採用内定を受けた企業から業績不信や不況などを理由に一方的に内定を取消されてしまうことがあります。

たとえば、7月に内定をもらっていた企業から12月になって突然「経営不振で新規従業員の採用が困難になった」と記載された通知書が郵送されて内定を取消されたりするケースが代表的です。

このような不況や経営不振などを理由とした内定取り消しが行われた場合、労働者は入社予定日から就労できるはずであった職を失うだけでなく、新卒者として就職できる最大のメリットも喪失してしまうことになります。

内定が取り消される時期によっては他の企業の採用活動がすでに終了していることもありますので、その年に新卒として就職することは事実上不可能になってしまい、新卒として就職するためには故意に単位を落として留年でもするしかなくなってしまうからです。

このように、たとえ不況や経営不振という正当な理由があったとしても、採用内定が取り消されてしまうことは内定者にとって大きな問題となるわけですが、では、実際にそのような内定取り消しを受けた場合、内定者はどのように対処すればよいのでしょうか。

また、そもそも不況や経営不振を理由に企業が採用内定を取消すことは認められるものなのでしょうか。

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不況や経営不振を理由に内定を取消すことはできないのが基本

このように、内定先の企業から不況や業績不振を理由に採用内定を一方的に取り消されてしまうケースがあるわけですが、そのような内定取り消しは「無効」と判断されることも少なくありません。

なぜなら、採用内定の取り消しはその法的性質から「解雇」と同様に扱われることになりますが、整理解雇の場合に必要とされる整理解雇の4要件(4要素)を満たす形で会社が内定を取り消しているケースは極めてまれであり、不況や経営不振を理由に採用内定を取り消すことが有効と判断されるケースはそれほど多くないからです。

(1)「内定の取消」は「解雇」として扱われる

採用内定の法的性質については解釈について争いがありますが、過去の判例では「入社予定日を就労開始日とする始期付きの解約権留保付き労働契約」と解釈されています(大日本印刷事件:最高裁昭54.7.20)。

つまり、入社予定日(通常は翌年の4月1日)が到来して初めて会社と内定者の間で労働契約(雇用契約)が成立するわけではなく、会社が出した採用内定の通知が内定者に到達した時点で企業と内定者の間で有効に労働契約(雇用契約)が効力を生じることになり、入社予定日は単に就労を開始する日に過ぎず、入社予定日が到来するまでの期間に内定者に不祥事等が生じた場合に会社側で内定を取消すことができる解約権が留保されている契約が内定契約であると解釈されているのです(※この点の詳細は→内定を一方的に取り消された場合の対処法)。

このように、採用内定によって会社と労働者との間に有効に労働契約(雇用契約)が成立すると考えた場合、内定を取消すことは「解雇」と同じ効果を生むことになります。

内定が出された時点で有効に労働契約(雇用契約)は成立しているので、その後にその内定を取消す行為はすでに生じた労働契約(雇用契約)を一方的に解除することと同じになり、その法的効果は「解雇」と何ら変わらないからです(※詳細は→「内定の取り消し」が「解雇」と同様に扱われるのはなぜか)。

(2)「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」がない解雇(内定取消)は無効

このように採用内定の取り消しが解雇と同じ扱いを受けるのであれば当然、その有効性の判断は解雇に関する法律の規定によって判断されることになりますが、解雇については労働契約法第16条で「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」がない限り権利の濫用として無効と判断されることになっています。

【労働契約法第16条】

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

この点、具体的にどのような基準でこの「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の有無を判断するかという点が問題となりますが、不況や経営不振を理由に労働者を解雇するケースのような「整理解雇」の事案では、一般的に「整理解雇の四要件(四要素)」を基準に判断されています。

「整理解雇の四要件(四要素)」とは具体的には

  • 人員削減の必要性があったか(人員削減の必要性)
  • 解雇回避のための努力は行われたか(解雇回避努力義務)
  • 人選に合理性はあるか(人選の合理性)
  • 対象者への協議や説明は尽くされているか(説明協議義務)

の4つの要件(要素)のことを言いますが、この4つの要件(要素)の一つでも欠いている場合には、その解雇は無効と判断されるのが一般的な取り扱いとなっています。

もちろん、この整理解雇の四要件(四要素)の4つをすべて満たす場合にはその解雇は有効と判断され労働者は職を失うことになるわけですが、この要件(要素)すべてを満たす状態で労働者を解雇するのは会社にとって容易ではありません。

そのため、整理解雇された労働者であってもこの整理解雇の四要件(四要素)を精査することで解雇の撤回を求めることができるケースも多くあるのですが、不況や経営不振を理由に内定を取消された場合も解雇と同じ扱いを受けますので、この整理解雇の四要件(四要素)を当てはめて考えることで内定の取り消しの無効を主張できるケースも多くあるのが実情です。

ですから、仮に不況や経営不振を理由に内定を取消された場合であっても、その無効を主張してその撤回を求めることができるケースもあると考えられるのです。

不況や経営不振を理由に内定を取消された場合にチェックすべきポイント

このように、内定の取り消しは解雇と同じ扱いを受けることになり、不況や経営不振を理由とする内定取消の有効性は整理解雇の場合と同様、整理解雇の四要件(四要素)に挙げられた4つの要件(要素)をすべて充足する事情があるかという点によって判断されることになります。

この場合、実際に生じた内定取消事案で整理解雇の四要件(四要素)を満たす事実があるかないかは弁護士など専門家でないと判断が難しい面がありますが、以下に挙げるような点については法律に詳しくない人でも確認できるのではないかと思います。

(1)人員削減の必要性

不況や経営不振を理由に内定を取消された場合、まずその会社で本当に人員削減の必要性があるのかという点を確認してみることは重要です。その必要性がないのなら、そもそも内定を取消す必要もないからです。

たとえば、他の内定者も内定取消を受けているか、来年の新規採用の中止は発表されているか、その会社が報道発表で事業縮小などリストラ計画は発表されているか、といった事実などはその事実があれば人員削減の必要性を肯定する方にバイアスが働きますが、それがないなら人員削減の必要性はなかったと言えるかもしれません。

もっとも、まともな企業であれば数年先までの経営状況を見越して新規採用計画を決定するはずで、常識的に考えれば採用内定を出した後半年程度で内定を取り消さなければならないほど経営不振に陥ることは通常はあり得ませんから、よほど突発的な事件でも起きていない限り、人員削減の必要性はないと判断されることが多いと思います。

なお、人員削減の必要性がないにもかかわらず内定を取り消されてしまった場合の対処法は『人員削減の必要性がないのに内定を取り消された場合』のページで詳しく解説しています。

(2)内定の取り消しを回避するための努力の有無

また、内定を取り消された会社で内定取消を回避する努力が行われたのかという点についても確認することが必要です。

もし仮に内定先の会社が内定を取り消す努力を十分にしないまま内定を取り消している場合には、その内定取消は「客観的合理的な理由」がない、または「社会通念上の相当性」がないものとてしてその無効を主張することができるからです。

ですから、たとえば役員報酬や賞与のカットや遊休資産の売却などがなされているのかなどを人事部の担当者などに確認してもよいと思います。

なお、内定取消を回避するための努力が不十分なまま内定を取り消されてしまった場合の対処法については『内定取消を回避する努力が全くされずに内定を取り消された場合』のページで詳しく解説しています。

(3)人選の合理性

その他、取消の対象となった内定者が具体的にどのような基準で選定されたのか、またその選定基準だけでなく判断も合理的な方法で行われたのかという点も確認する必要があります。

内定を取り消されたのが内定者の一部だけである場合には、その一部の内定者だけが内定を取り消さなければならない理由がどこにあるかということについて客観的合理的な理由があるはずです。

もしそれがなければ、その内定取消自体が「客観的合理的な理由」がないということで無効と判断できる余地が出てくるからです。

ですから、不況や経営不振を理由に内定を取り消された場合において、内定を取り消されたのが内定者の一部だけである場合には、その一部の内定者だけが取り消された理由は何なのか、またその人選の基準はどこにあるのかという点を会社側によく確認する必要があります。

なお、合理的な人選方法によらずに内定を取り消されてしまった場合の対処法について『合理性のない人選で採用内定を取り消されたときの対処法』のページで詳しく解説しています。

(4)説明協議義務

内定の取り消しにあたって、会社側から十分な説明や内定取消によって内定者が受ける不利益に対する保障が誠実に行われているかという点も重要です。

会社側から特段の協議の打診や説明もなくいきなり内定取消通知が郵送されてきたようなケースではこの説明協議義務に違反するものとして即、その内定取消は権利の濫用として無効と判断できるからです。

また、仮に内定取消に関する事前の協議や説明があったとしても、不況や経営不振はそもそもその会社の経営陣があらかじめ予測すべきであり、その経営判断の誤りによって生じたリストラの必要性という経営リスクを内定取消という方法で内定者に転嫁させるのは不当です。

ですから、会社から内定取消にあたって慰謝料や補償金などその受ける不利益の代償として金銭的な補償がなされているかという点や、他の就職先のあっせんなど必要な措置が取られているかという点も十分に確認する必要があります。

なお、内定取消に際して会社から説明や事前協議行われていない場合の対処法については『説明や事前協議なしに経営不振を理由に内定を取り消された場合』のページで詳しく解説しています。

(5)厚生労働省のガイドラインでも内定取消は禁止されている

「整理解雇の四要件(四要素)」の基準からは逸れますが、以上の4つの要件(要素)とは別に、厚生労働省のガイドラインでも採用内定の取り消しが否定的に考えられていることも考慮しておく必要があります。

厚生労働省のガイドライン(新規学校卒業者の採用に関する指針)では、使用者がやむを得ず内定を取消す場合において内定を取消される学生側から他の就職先の確保や金銭補償等の要請があった場合は誠実に対応しなければならないことが求められていますので、厚労省の見解に従えば、そもそも企業が採用内定を取り消すことなどありえないからです。

ではなぜ厚生労働省のガイドラインが内定取消を否定的に考えているかと言うと、企業は数年先の経営状況を見越して新卒採用を行うのが通常だからです。

常識的に考えれば採用内定通知を出した半年程度の間に内定を取り消さなければならないほど経営が悪化することは考えられませんから、普通の常識人の感覚からすれば採用内定の取り消しはあり得ないのです。

それでもなお採用内定を取り消すというのであれば、それは経営判断の誤りによって生じただけに過ぎませんから、その不利益は本来その会社自体が背負うべきものであって、その不利益を内定を取り消すという方法で内定者の学生に負わせているのは筋が通りません。

ですから厚生労働省のガイドラインでは、内定の取り消しはをする場合はその不利益の代償として他の就職先の紹介や補償金などの支払いをもって誠実に対処することを求めているのです。

ですから、労働省のガイドラインの見解を考えてみても、採用内定の取り消しが有効と判断されるのは極めてまれなケースに限られると言えますので、その意識は常に持っておいた方がよいと思います。

不況や経営不振を理由に内定を取消された場合の対処法

なお、実際に内定先の企業から内定取消の通知を受けた場合において、前に述べた整理解雇の四要件(四要素)を充足していないと認められる事情がある場合には、以下のような方法で具体的に対処してみるのもよいのではないかと思います。

(1)採用内定の取り消しが整理解雇の四要件(四要素)を満たしていない旨記載した書面を送付してみる

不況や経営不振を理由に内定を取消された場合には、前述した整理解雇の四要件(四要素)のどれか一つでも満たしていないことを記載した書面を作成し、会社に送付してみるというのも一つの対処法として有効かもしれません。

先ほど説明した整理解雇の四要件(四要素)はどれか一つでも満たしていない要件(要素)があればその内定取消は権利の濫用として無効と判断されるのが法律的な取り扱いになっていますから、そのような事実があれば内定取消の撤回を求めることは正当な権利と言えます。

もちろん、電話など口頭でそれを説明することも必要ですが、口頭で応じない会社でも書面の形で抗議することで将来的な裁判への発展や弁護士の介入を警戒して態度を改めてくる会社もあるかもしれませんので文書で通知する方法もときには有効な対処法として機能する可能性はあると思います。

なお、その場合の通知書の文面は以下のようなもので差し支えないと思います。

株式会社 ○○

代表取締役 ○○ ○○ 殿

経営不信を理由とした内定取消の無効確認および撤回申入書

私は、〇年8月〇日、同日付の採用内定通知書の送付を受ける方法により貴社から採用内定を受けましたが、同年12月〇日、貴社から採用内定取消通知書の送付を受ける方法で採用内定を取り消されました。

この採用内定の取り消しについて貴社の人事部に問い合わせしたところ、採用活動終了後に急速に売り上げが減少しリストラによる経費削減が必要になったためとの説明がなされました。

しかしながら、内定「入社予定日を就労開始日とする始期付きの解約権留保付き労働契約」と解釈されており(大日本印刷事件:最高裁昭54.7.20)、その取消は解雇と同様に扱われることを考えると労働契約法第16条の規定からいわゆる整理解雇の四要件(四要素)をすべて満たすことが必要となりますが、本件内定取消の通知を受けた際に貴社からは何ら取消に至った事情の説明や他の就職先の紹介、あるいは新卒として就職する機会を喪失してしまうことに対する補償等、なんら協議説明義務が尽くされていない状況があったことを鑑みれば、到底その四要件(四要素)を満たしていないものと解されます。

したがって、当該内定取消に客観的合理的な理由はなく社会通念上の相当性も存在せず、当該内定取消は権利の濫用として無効と評価できますから、直ちに当該内定の取り消しを撤回するよう申し入れいたします。

以上

〇年〇月〇日

〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室

○○ ○○ ㊞

※実際に送付する場合は会社に通知が到達した証拠を残しておくため、コピーを取ったうえで普通郵便ではなく特定記録郵便など配達記録の残される郵送方法を用いて送付するようにしてください。

(2)その他の対処法

以上の方法を用いても内定の取り消しが撤回されなかったり企業側が補償等の協議に応じないような場合は、労働局の紛争解決援助の申し立てを行ったり、労働委員会の主催する”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士や司法書士に相談して裁判所の裁判手続などを利用して解決する必要がありますが、それらの方法については以下のページを参考にしてください。

労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは