企業から採用内定の通知を受け取ったにもかかわらず、内定先の企業から不況や経営不振を理由に採用内定を取り消されてしまうケースがあります。
たとえば、7月に採用試験を受けた会社から8月に採用内定通知を郵送されていたにもかかわらず、11月ごろになってその企業の業績が悪化してしまい、採用内定取消通知書が郵送されて内定を取り消されてしまうような場合です。
このようなケースでは企業側も人件費コストの抑制でやむを得ず採用内定を取り消さざるを得なくなったとも考えられますから、事案によっては致し方ない面もあるかもしれません。
しかし、会社側が内定を取り消さなくても済むような企業努力を全く行っていない場合は話が異なります。
採用が取り消されてしまえば、内定者は新卒というブランドで就職する貴重な機会を喪失することになるわけですから、その不利益を内定者に与えてまで取り消すというのであれば、その決断をする前にでき得る限りの企業努力を行って内定の取り消しを回避することが求められるのは当然だからです。
もし仮に会社が内定を取り消さなくても済むような企業努力を全くせずに内定を取り消したというのであれば、内定を取り消されてしまう学生は到底受け入れられないでしょう。
では、もし仮に内定先の企業から不況や経営不振を理由に内定を取り消された場合において、その会社が十分な内定を回避するための努力を行っていなかった場合、内定を取り消された内定者はどのように対処することができるのでしょうか。
そのような不当な内定取消の撤回を求めることはできるのでしょうか。
「内定取消を回避するための努力」が不十分なまま行われた内定取消は無効
このように、内定先の企業から不況や経営不振を理由に内定を取り消されてしまうことがありますが、結論から言うと、その内定先企業が「内定取消を回避するための努力」を一切していなかったり、その努力をしていてもそれが不十分な状況である事情がある場合には、その内定取消は「無効」と判断されるのが通常です。
なぜなら、採用内定の取り消しは法律上「解雇」と同様に労働契約法第16条の規定によってその有効性が判断されますが、「内定取消を回避するための努力」が不十分なまま企業が採用内定を取り消すことに「客観的合理的な理由」や「社会通念上の相当性」はないと評価できるため労働契約法第16条の要件を満たさないことから権利の濫用として無効と判断されることになるからです。
(1)採用内定の取り消しは解雇と同様に扱われる
「内定取消を回避するための努力」が不十分なまま内定を取り消されてしまった場合におけるその内定取消の有効性を考える場合、その内定取消という行為が具体的にどのような法律上の性質を持っているかという点を理解しなければなりませんが、過去の最高裁の判例では内定の取り消しは「解雇」と同様に扱うものとされています (※大日本印刷事件:最高裁昭54.7.20|裁判所判例検索) 。
これは、企業が採用内定の通知を出される場合、その通知は法律的には学生から行われた「労働契約の申込み」に対する「承諾の意思表示」と解釈され、意思表示は相手方に到達した時点で効力を生じることになる結果(民法97条)、その採用内定通知が内定者に到達した時点で労働契約(雇用契約)が有効に生じると解釈されることによるものです。
過去の最高裁の判例でも採用内定の法的性質は「入社予定日を就労開始日とする始期付きの解約権留保付き労働契約」であると判断されていますので、入社予定日は就労を開始する日に過ぎず内定通知が到達した日から労働契約が有効に生じていると判断する解釈が定着しています(※大日本印刷事件:最高裁昭54.7.20|裁判所判例検索) 。
採用内定通知が内定者に到達した時点で労働契約(雇用契約)が有効に成立するのであれば、それ以降の内定取消はいったん効力が生じた労働契約の解約ということになりますからそれは実質的には「解雇」と同じです。
そうであれば、解雇の有効性については労働契約法第16条に規定が置かれていますから「内定の取り消し」も解雇と同じようにその労働契約法第16条によってその有効性が判断されるということになるわけです(※この点の詳細は『「内定の取り消し」が「解雇」と同様に扱われるのはなぜか』のページでも詳しく解説しています)。
(2)「内定の取消」には「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つが必要
このように、内定の取り消しは「解雇」と労働契約法第16条でその有効性が判断されますが、労働契約法第16条は「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つの要件を充足する場合にのみ解雇を有効としていますから、「内定の取り消し」が有効か否かもこの「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つが認められる場合に限って有効と判断されることになります。
(3)労働契約法第16条は「整理解雇の四要件」で判断される
この点、労働契約法第16条の「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が具体的にどのような事情がある場合にその存在が認められるかという点が問題となりますが、この点は過去の裁判例の積み重ねによって「整理解雇の四要件(四要素)」を基準に判断する考え方が定着しています。すなわち
- ①人員削減の必要性があったか(人員削減の必要性)
- ②解雇回避のための努力は行われたか(解雇回避努力義務)
- ③人選に合理性はあるか(人選の合理性)
- ④対象者への協議や説明は尽くされているか(説明協議義務)
の4つの要件(要素)をすべて満たす場合にだけ解雇(内定の取り消し)を有効と判断し、その4つのうち一つでも欠けている事情がある場合にはその解雇(内定の取り消し)を無効と判断する考え方です。
なぜこのような基準が取られているかと言うと、この4つの要件(要素)の一つでも欠けている場合に解雇(内定の取り消し)をすることは「客観的合理的な理由」が認められない、または「社会通念上の相当性」が認められないと判断できるからです。
そうすると、この4つの要件(要素)を見てもわかるように、その中に「解雇回避努力義務」が挙げられていますから、会社が解雇(内定の取り消し)を回避するための努力をしなかったり、その努力が不十分なまま解雇(内定の取り消し)を行った場合は、その解雇(内定の取り消し)は「整理解雇の四要件(四要素)」を満たしていないということになるでしょう。
そうすると、労働契約法第16条の「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が認められないと評価されることになりますから、「内定の取り消しを回避するための努力を怠った」と言える事情がある内定取消は、労働契約法第16条の規定の要件を満たさないと評価されることになります。
このような理屈から、「内定取消を回避するための努力」が不十分なまま行われた内定取消は「無効」と判断されることになるのです。
「内定取消を回避するための努力が不十分」と言えるのは具体的にどのような場合か
このように「内定取消を回避するための努力」が不十分なまま内定を取り消されてしまった場合にはその無効を主張することも可能ですが、具体的にどのような事情があれば「内定取消を回避するための努力が不十分」と言えるかはケースバイケースで判断するしかありません。
もっとも、『解雇を避ける努力がまったくされずに整理解雇された場合の対処法』のページでも解説したように役員報酬や賞与等の人件費のカットが行われていなかったり、遊休資産の売却や不採算事業の切り離しなどが行われていなかったり、希望退職者の募集などが実施されていなかったり、人事異動などによる代替策がなされていなかったようなケース(これらが行われていても不十分なケースも含まれます)では、「内定取消を回避するための努力が不十分」と考えても差し支えないのではないかと思います。
ですから、内定先の企業から不況や経営不振を理由に内定を取り消されてしまった場合には、その内定先企業でこれらの事情がなかったかといった点を十分に検討することも必要になるといえるでしょう。
ただし、 これはあくまでも代表的な例に過ぎず、これら以外にも「内定取消を回避するための努力が不十分だった」と判断されるケースはあると思いますので、具体的な案件では弁護士に相談するなどして助言を受けることも考えた方が良いかもしれません。
厚生労働省のガイドラインではそもそも内定を取り消すこと自体を基本的に禁止している
このように、「内定取消を回避するための努力が不十分」な状況で行われた内定取消は無効と判断されますが、仮にその企業努力が「ある」と判断できる場合であっても、企業が採用内定を取り消すことは厚生労働省のガイドラインで基本的に禁止されています 。
厚生労働省が作成した「新規学校卒業者の採用に関する指針」では、「事業主は、採用内定を取り消さないものとする」 「事業主は、採用内定取消しを防止するため、最大限の経営努力を行う等あらゆる手段を講ずるものとする」と採用内定の取り消しを否定的に考えていますので、それに反して採用内定を取り消すことはよほど突発的な事情でも生じない限り通常は認められないでしょう。
ではなぜ厚生労働省がこのような見解を採っているかと言うと、そもそも企業は将来の経営状況を考えて数年先の採用活動を考えるのが通常ですから、常識的に考えれば採用内定を出してからわずか半年程度が経過した時点でその内定を取り消さなければならないほど経営環境が悪化すること自体あり得ないことだからです。
将来の経営状況を見越して採用活動を行ったにもかかわらず採用内定を出してわずか半年程度で内定を取り消さなければならない状況に会社が追い込まれたというのであれば、それは経営判断を誤った会社の経営陣が責任を取るべきであって、その経営判断の誤りによって生じた不利益を内定者に転嫁することあまりにも不当です。
そのため、厚生労働省は採用内定の取り消しを原則として認めない方向でガイドラインを作成しているのです。
ですから、その面を考えても「内定取消を回避するための努力が不十分」な採用内定の取り消しを無効と判断できるケースは多いものと考えられます。
「内定取消を回避するための努力が不十分」な状況で内定を取り消された場合の対処法
以上で説明したように、たとえ人員削減の必要性から採用内定を取り消された場合であっても、その内定が取り消される前に企業側で内定を取り消さなくても済むような努力がなされていなかったり不十分である場合には、その内定取消の無効を主張して撤回を求めることも可能と言えます。
もっとも、実際に内定先の企業から内定を取り消されてしまった場合には、会社側と交渉等を行って対処することが求められますので、その具体的な対処法が問題となります。
(1)「内定取消を回避するための努力が不十分」なまま行われた内定取消が権利の濫用で無効であることを書面で通知する
「内定取消を回避するための努力が不十分」なまま採用内定を取り消されてしまった場合には、その内定取消が労働契約法第16条の規定から無効と判断できることを記載した書面を作成し、会社に通知するというのも対処法の一つとして有効な場合があります。
先ほどから説明しているように「内定取消を回避するための努力が不十分」なまま行われた内定取消は労働契約法第16条の基準から無効と判断されますが、内定取消を回避するための企業努力を十分に行わないまま内定者を切り捨ててしまうような会社がまともな会社であるはずがありませんから、そのような会社にいくら口頭で「内定取消を回避するための努力が不十分だから無効だ」と抗議したとしても会社が撤回に応じることはまずありません。
しかし、書面という形でその不当性を指摘すれば、将来的な裁判への発展などを警戒して態度を改めて話し合いに応じてくる会社もありますので、書面の形で通知することも意義があると言えます。
なお、この場合に会社に通知する書面の内容は以下のようなもので差し支えないと思います。
株式会社 ○○
代表取締役 ○○ ○○ 殿
回避努力が不十分な内定取消の無効確認および撤回申入書
私は、〇年7月〇日、同日付の採用内定通知書の送付を受ける方法により貴社から採用内定を受けましたが、同年12月、貴社から採用内定取消通知書の送付を受ける方法で当該採用内定を取り消されました。
この採用内定の取り消しについて貴社の人事部(担当者:○○氏)からは、今年に入って主力商品に欠陥が発覚しリコールが相次いだことから損失が膨らみ人員削減の必要性から本年度の採用を停止することになった旨の説明がなされております。
しかしながら、貴社のグループ企業であるA社やB社などでは来年度も従来通りの新規採用を予定しており、かつ今年度も中途採用者の募集を継続しているようですから、仮に貴社において人員削減の必要性が生じたとしても出向等の人事異動を利用することによって内定取消を回避することはできた可能性がうかがえます。
また、貴社においては本年度の役員報酬や従業員の賞与などは例年どおりの金額が据え置かれることがすでに決定していることを考えれば、貴社において人件費抑制のための企業努力が行われているとは思えません。
この点、採用内定の法的性質が「入社予定日を就労開始日とする始期付きの解約権留保付き労働契約」と解釈されることから(大日本印刷事件:最高裁昭54.7.20)、その取消も解雇と同様に労働契約法第16条の規定によって判断されるものと考えられますが、本件内定取消にそれを回避するための企業努力が不十分と認められる事実がある以上、本件内定取消に客観的合理的な理由はなく、また社会通念上の相当性も見当たりません。
したがって、当該内定の取り消しは労働契約法第16条の規定から権利の濫用として無効と評価できますから、直ちに当該内定の取り消しを撤回するよう申し入れいたします。
なお、厚生労働省のガイドライン( 新規学校卒業者の採用に関する指針)においても、企業が採用内定を取り消すことがないように指導されていますので念のため申し添えます。
以上
〇年〇月〇日
〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室
○○ ○○ ㊞
※実際に送付する場合は会社に通知が到達した証拠を残しておくため、コピーを取ったうえで普通郵便ではなく特定記録郵便など配達記録の残される郵送方法を用いて送付するようにしてください。
(2)その他の対処法
上記のような書面を通知しても会社が採用内定の取り消しを撤回しないような場合、または最初から他の方法で対処したいという場合は、労働局の紛争解決援助の申し立てを行ったり、労働委員会の主催する”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士や司法書士に相談して裁判所の裁判手続などを利用して解決する必要がありますが、それらの方法については以下のページを参考にしてください。
(3)内定取消に関するトラブルを労働基準監督署で解決できるか
なお、このように内定取消を回避する努力が不十分なまま採用内定を取り消されてしまったようなトラブルについて労働基準監督署に相談することで解決を図ることができるかという点が問題となりますが、このような内定取消に関する問題については労働基準監督署は積極的に介入しないのが普通です。
労働基準監督署は「労働基準法」やそれに関連する命令等に違反する事業主を監督する機関に過ぎず、労働基準法に規定のない違法行為や契約違反行為については行政権限を行使することができないからです。
採用内定の取り消しに関しては先ほど説明したように「労働契約法」に禁止規定(※ただし類推適用)が置かれていますが、採用内定の取り消し自体は「労働基準法」で禁止されているわけではありませんので、採用内定の取り消しに関するトラブルは労働基準監督署に相談しても対処は望めないのが一般的です。
ですから、このような案件に関しては、弁護士に相談して示談交渉や訴訟を利用するか、労働局の紛争解決手続きや都道府県労働委員会のあっせん手続きを利用して解決を図るしかないと思います。