経営不振や営業利益の減少に悩む企業では、収支バランスの改善のために人件費を抑える目的で労働者を解雇する「整理解雇」が行われることがあります。
この整理解雇は当然、労働者を解雇して職を奪うことを意味しますので、労働者の保護を考えれば安易に用いられるべきではありません。
そのため、リストラを行う会社では、まず遊休資産の売却や役員報酬のカットなど様々な経営努力を行い、それでもなお経営再建が十分に機能しない場合にはじめて整理解雇に踏み切るのが一般的です。
しかし、世の中には労働者の保護を考えない会社などザラにありますので、経費削減などの企業努力を一切せず、不況や経営不振の影響が生じれば何の躊躇もなしに整理解雇してしまう会社も存在するのが実情です。
では、仮にそのように企業努力が一切行われないままの状況で整理解雇されてしまった場合、労働者はその整理解雇に対してどのように対抗することができるでしょうか。
解雇を回避するための企業努力が不十分な状態で行われた整理解雇は無効
このように、不況や経営不振の影響でリストラが必要になった会社が、労働者を解雇しなくて済むような企業努力をしないまま、あるいはその企業努力が不十分な状態のままで整理解雇が行われることがありますが、結論から言うとそのような整理解雇は「無効」と判断されるのが通常です。
なぜなら、解雇回避のための努力を怠ったままで行われた解雇には「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」がないと評価できるからです。
企業が不況や経営不振を理由に労働者を解雇する整理解雇も「解雇」である以上、解雇に関する法律規定が適用されますが、解雇に関しては労働契約法第16条に規定されていますので、その規定を基に有効性を判断しなければなりません。
【労働契約法第16条】
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
この点、労働契約法第16条では上に挙げたように「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つが認められない限りその解雇は権利の濫用として無効と判断されることになっていますから、整理解雇の有効性もこの2つのを満たす事情があるかという点を検討する必要があるといえます。
その場合、具体的にどのような基準で「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つの存在の有無を判断するかという点が問題となりますが、整理解雇の場合には過去の判例の積み重ねによって「整理解雇の四要件(四要素)」を基にして判断する考え方が定着しています。
つまり、「整理解雇の四要件(四要素)」で挙げられる4つの要件(要素)を満たす場合にだけ労働契約法第16条の「客観的合理的理由」と「社会通念上の相当性」が認められると評価してその解雇を有効と判断する一方で、その4つの要件(要素)の一つでも欠いている事情がある場合には、その解雇は無効と判断されるという考え方が定着しているのです。
具体的には、以下の4つの要件(要素)の一つでも欠けている場合には、その整理解雇は無効と判断されることになりますから、会社から整理解雇を受けた場合はこの4つの要件(要素)それぞれを満たす事情があったかという点を検証する必要が生じます。
- 人員削減の必要性があったか(人員削減の必要性)
- 解雇回避のための努力は行われたか(解雇回避努力義務)
- 人選に合理性はあるか(人選の合理性)
- 対象者への協議や説明は尽くされているか(説明協議義務)
そうすると、この「整理解雇の四要件(四要素)」の中に「解雇回避努力義務」が含まれていることからもわかるように、会社が労働者を整理解雇した場合に「解雇回避努力義務」が行われなかった場合、または「解雇回避努力義務」が行われた場合であってもそれが不十分な場合には、「整理解雇の四要件(四要素)」を満たしていないことになりますから、その整理解雇は「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」がないという評価を受けることになります。
解雇回避のための努力が不十分な場合には、解雇回避のための努力を誠実に行えば労働者を解雇しなくてもよかった可能性があるわけですから、それを不十分なまま整理解雇に踏み切ることに「客観的合理的な理由」はなく「社会通念上の相当性」もないと評価することができるからです。
このような理屈から、解雇回避のための企業努力がなされていなかったり、その努力がなされていても不十分な整理解雇については、権利の濫用として無効と判断されることになるのです。
解雇を回避するための企業努力とは具体的にどのような努力を言うのか
このように、解雇回避のための努力が十分に行われていない場合にはその整理解雇は無効と判断できますが、具体的にどのようなケースで解雇回避努力義務が十分に履行されていないと判断できるかはケースバイケースで評価するしかありません。
もっとも、以下のようなケースでは、解雇回避のための努力が不十分であったと判断できるのではないかと思います。
(ア)役員報酬や賞与のカットなど人件費の抑制が行われていない
解雇回避のための努力が不十分な例として代表的なのが役員報酬のカットや賞与の減額など人件費抑制のための手段が取られていないケースです。
このような人件費のカットが行われていない場合には、それをやることで整理解雇を回避できた可能性がありますので、それを怠った整理解雇は客観的合理的な理由はないと判断される可能性が高くなると言えます。
ですから、整理解雇された場合は、まずその会社で役員報酬のカットや賞与の減額などが事前に行われた事実があるかといった点を検証してみる必要があります。
(イ)遊休資産の売却や不採算事業の切り離し等が行われていない
遊休資産の売却や不採算事業の切り離し、事業所の統廃合など企業内部で経営コスト削減の努力が行われたかという点も重要です。
これらが行われていれば、そのコストカットによって解雇を回避できた可能性があるからです。
ですから、整理解雇を受けた場合は、このような経営再建策が十分に行われた事実があるかという点も検討する必要があります。
(ウ)希望退職者の募集など代替え的な人員削減手段が行われていない
整理解雇が言い渡される前に、会社内で希望退職者の募集などが行われた事実があるかという点も重要です。
希望退職者の募集を行えば、少なからぬ人が募集に応じて自らの意思で退職していた可能性があり、そうであれば解雇の必要性もなかったかもしれないからです。
(エ)配転・出向・転籍など人事異動で対処できるのにしていない
配転や出向、転籍など人事異動の手段を取ることで解雇を回避することができなかったのかという点も確認する必要があります。
たとえばグループ企業で出向や転籍を受け入れる余裕がある場合には、その別の会社に出向や転籍をさせることで解雇を回避できた可能性も十分に考えられるからです。
また、同一の会社内部でも配置転換で対処できる事情があれば、まず会社はその配置転換で対処することが求められますから、そのような配転の努力がなされていない会社の場合も整理解雇が無効と判断できるケースはあると思います。
解雇回避のための努力が不十分な整理解雇を受けた場合の対処法
以上のように、解雇回避のための努力が不十分な整理解雇は権利の濫用として無効と判断できるケースもあると考えられます。
もっとも、解雇回避のための努力が不十分な整理解雇が無効と判断できるとは言っても、実際に勤務先の会社から整理解雇されてしまった場合にはその無効を主張して具体的に対処しなければなりませんから、その具体的な対処法が問題となります。
(1)解雇回避のための努力が不十分な整理解雇が権利の濫用として無効であることを書面で通知する
解雇を回避するための努力が不十分な状態で整理解雇されてしまった場合には、その解雇回避のための努力が不十分であった事実を指摘した書面を作成し会社に通知してみるのも一つの対処法として有効な場合があります。
解雇回避のための努力をろくにしないまま労働者を解雇してしまう会社は法令遵守意識のあるまともな会社とは言えませんから、口頭でいくら「権利の濫用で無効だ」と抗議しても解雇を撤回してくれることは期待できません。
しかし、文書の形でその違法性を指摘すれば将来的な裁判などを警戒して態度を改める会社も少なからずありますので、書面の形で抗議してみるのも対処法として有効に機能する場合があると言えるのです。
なお、この場合に通知する書面の文章は以下のような文面で差し支えないと思います。
株式会社 ○○
代表取締役 ○○ ○○ 殿
人員削減の必要性のない整理解雇の無効確認および撤回申入書
私は、〇年〇月〇日、貴社から、同月末日をもって解雇する旨記載された解雇予告通知書の交付を受けました。
この解雇に至った理由について上司の○○に説明を求めたところ、今年度に入って競合する会社との価格競争が激しくなり全社内的なコストカットの要請からリストラを実施することになり、最もコストの大きい人件費を削減する必要性が生じたことから最低限の人員削減が行われるに至った旨の回答がなされております。
しかしながら、貴社においては役員報酬や社員の賞与は前年度と同様の金額が支払われていますし、解雇に先立って希望退職者の募集など解雇を回避するための努力が行われた事実も一切見受けられませんから、貴社の行った整理解雇処分には労働契約法第16条の客観的合理的な理由は存在せず、また社会通念上の相当性もないと言えます。
したがって、本件解雇は権利の濫用として無効ですから、直ちに当該解雇を撤回するよう申し入れいたします。
以上
〇年〇月〇日
〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室
○○ ○○ ㊞
※実際に送付する場合は会社に通知が到達した証拠を残しておくため、コピーを取ったうえで普通郵便ではなく特定記録郵便など配達記録の残される郵送方法を用いて送付するようにしてください。
(2)その他の対処法
このような書面を通知しても会社が整理解雇を撤回しないような場合は、労働局の紛争解決援助の申し立てを行ったり、労働委員会の主催する”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士や司法書士に相談して裁判所の裁判手続などを利用して解決する必要がありますが、それらの方法については以下のページを参考にしてください。
(3)労働基準監督署に相談して解決できるか
なお、このような不当な整理解雇が行われた場合に労働基準監督署に相談することで解決を図ることができるかという点が問題となりますが、このような案件に関しては労働基準監督署は積極的に介入しないのが普通です。
労働基準監督署は「労働基準法」やそれに関連する命令等に違反する事業主を監督する機関に過ぎず、労働基準法に規定のない違法行為や契約違反行為について行政権限を行使することができないからです。
解雇回避努力義務違反の整理解雇に関しては先ほど説明したように労働契約法の第16条に禁止規定がありますが、「労働基準法」違反にあたる行為ではありませんので、解雇に関しては労働基準監督署に相談しても対処は望めないのが一般的です。
ですから、このような案件に関しては、弁護士に相談して示談交渉や訴訟を利用するか、労働局の紛争解決手続きや都道府県労働委員会のあっせん手続きを利用して解決を図るしかないと思います。