会社の内部で労働者の職種や勤務地、勤務する部署等が変更される人事異動は「配転(配置転換)」と呼ばれています。
たとえば、甲社の東京本社で営業職として勤務しているAさんが、会社から大阪支店への移動を命じられたり(転勤・勤務地の変更)、営業部から経理部への移動を命じられたり(職種の変更)するケースが代表的です。
この配転(配置転換)は、出向や転籍と異なり、人事異動の中でも比較的労働者に与える影響が小さいため、雇用契約書(労働契約書)や労働条件通知書、あるいは会社の就業規則や労働協約に「会社は配置転換を命じることができる」などと配転命令権の根拠となる包括的な規定が明記されていれば、会社は労働者の同意を得ずに命じることができるものと考えられています(※詳細は→人事異動における配転命令(配置転換・転勤)は拒否できるか)。
そのため、仮に「会社は配転を命じることができる」などと契約書や就業規則等に規定されている場合には、労働者は会社から配転を命じられればそれを拒否することができないわけですが、そこで問題となるのが、その配置転換に関する人選が合理的な理由がなく決定されているような場合です。
会社が配置転換を命じるのは、その対象となる労働者をその移動先の職種・勤務地に配置することが会社の利益を最大化するため最適と考えているからに他なりませんから、それを誠実に検討した結果労働者が配転を命じられたというのであれば、その労働者も納得して配転を受け入れることができると思います。
しかし、これが例えば「○○教の信者は嫌いだから倉庫業務に異動させよう」とか「社長が与党の支持者だから野党の支持者は沖縄支店に転勤させよう」とか「今年の人事異動は牡羊座の社員だけを対象にしよう」とか「血液型がA型の社員を営業部に異動させよう」などと合理的な理由がなく人選が行われたようなケースでは、労働者の側は配転を命じられることに到底納得できないのが普通でしょう。
では、会社が有効に配転を命じることができる場合において、このように人選に合理的な理由がない配置転換(配転)を命じられた場合、労働者はそれを拒否することができないのでしょうか?
人選に合理性のない配置転換(配転)は拒否することができる
このように、会社の経営者や役職者によっては、合理的な理由がない人選方法で選定を行い労働者に配置転換(配転)を命じることがありますが、結論から言うと、そのような人選に合理性のない配置転換は無効と判断されます。
ですから、仮に雇用契約書(労働契約書)や労働条件通知書、あるいは会社の就業規則や労働協約に「会社は配転を命じることができる」といった規定が明記されていて会社に労働者への配転命令権が有効に与えられており、会社が労働者に対して配転命令を有効に強制できる場合であったとしても、その配転の対象者に関して合理的な理由の下で人選が行われていなかったと認められる事情がある場合には、労働者は自由にその配転を断ることができるということになります。
ではなぜこのような結論になるかと言うと、労働契約で会社に配転命令権が与えられるとはいっても、会社がその労働契約で与えられた配転命令権を無制限に行使できるわけではなく、あくまでも信義に従って誠実に行使することが求められており、その配転命令権を濫用して行使することまでは認められていないからです(労働契約法第3条4項及び5項)。
【労働契約法第3条4項】
労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。
【労働契約法第3条5項】
労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。
先ほども述べたように、労働契約によって会社に配転命令権が与えられるのは、労働者を適材適所に配置することで会社の利益を最大化するために必要だと考えられているからに他なりませから、当然その配転を命じることができる範囲もその対象となる労働者の持つ技能や能力を最大限に発揮させることができることが合理的に説明できる場合でなければなりません。
そうであれば、労働者の技能や能力とは全く関係のない事由を根拠にして配置転換(配転)の対象者となる労働者の人選を行うことは、その労働契約で認められた配転命令権を逸脱するものとになり、信義に従って誠実に労働契約上の権利を行使することを求めた労働契約法第3条4項に違反することになりますから、会社は人選に合理性のない配置転換(配転)は命じることができないことになるでしょう。
ですから、もし仮に人選に合理性のない配置転換(配転)を命じられた場合には、その配転命令自体を労働契約で認められた配転命令権を濫用するものとして無効と判断し、拒否することができるということになるのです。
人選に合理性のない配置転換(配転)の具体的な例
このように、仮に労働契約で有効に配転命令権を有していると判断できる会社から人選に合理性のない配置転換(配転)を命じられた場合には、権利の濫用を理由にそれを拒否することが可能です。
この点、具体的にどのような人選が合理性がないと判断できるかは事案ごとに個別に判断していくしかありませんが、以下のようなケースでは人選に合理性がないと判断できるのではないかと思います。
- 特定の信仰(宗教)や支持政党などを根拠に人選が行われている場合(たとえば○○教の信者だけに北海道支店への転勤が命じられるケースなど)
- 血液型や星座など本人の能力・技能とは全く関係のない要素で人選が行われている場合
- 持病を持つ労働者があえて持病を悪化させる職種等に異動させられる場合(例えば腰痛持ちの労働者が倉庫作業の部署に配置転換される場合など)
- 他に適任者がいるのにあえて適任ではない労働者が移動させれるケース(例えば大型免許を持っている同僚が何人もいる営業部から車の免許を持たない営業職の労働者がトラックの運転が必要になる配送部に異動させられる場合など)
- その他
※ただし、これらのようなケースでも、その人選に合理性があると判断できる事情がある場合は会社の配転命令に従わなければなりません。個別の案件については弁護士など専門家の助言をもらうことが大切です。
人選に合理性のない配置転換(配転)を命じられた場合の対処法
以上で説明したように、会社から配置転換(配転)を命じられた場合であっても、その人選に合理的な理由がない場合には、労働者は拒否しても労働契約違反にはなりませんので、一方的な意思表示で自由に断っても全く構いません。
もっとも、人選に合理性のない配置転換(配転)を命じるような会社はまともな会社ではないことが多く、労働者が拒否しても執拗に配転を強要してくる場合がありますので、その場合には具体的な方法を用いて対処することが求められます。
(1)人選に合理性のない配置転換が権利の濫用として無効である旨記載した書面を作成し会社に通知する
会社から人選に合理性のない配置転換(配転)を命じられそれを会社が撤回しない場合は、そのような配転命令が労働契約で与えられた配転命令権を濫用するもので無効であり従わなければならない労働契約上の義務がないことを記載した通知書を作成し会社に送付するのも一つの解決方法として有効です。
人選に合理性のない配置転換(配転)を命じるような会社はまともな会社とは言えませんから、口頭で「人選に合理性のない配置転換(配転)を撤回しろ」と抗議しても撤回に応じる可能性はあまり期待できないでしょう。
しかし、書面の形で通知すれば、事の重大性に気付いて訴訟などに発展することを警戒し撤回に応じる場合もありますので、通知書等を作成して会社に送付する意義はあると思います。
なお、その場合に会社に通知する文書の文面は、以下のようなもので差し支えないと思います。
○○株式会社
代表取締役 ○○ ○○ 殿
人選に合理性のない配転命令の撤回申入書
私は、〇年〇月に入社して以降、営業職として貴社の乃木坂支店に勤務しておりますが、〇年〇月、上司の○○(課長)から、来年の4月から欅坂支店への転勤に関する配転命令を受けました。
この配置転換について貴社からは「社内会議で君が適任と判断した」とのみ説明を受けておりますが、○○および欅坂支店の支店長である◇◇に確認したところ、欅坂支店の支店長である◇◇が血液型の相性の良いB型の人員を希望していることから営業部で唯一血液型がB型である私が選任された経緯がある事実が判明いたしました。
しかしながら、労働契約において使用者が配転命令権を行使できるのは、使用者が労働者の技能や能力を最大限に発揮させ適材適所に配置して使用者の利益を最大化させるために必要性がある点にあるわけですから、その本来的な配転命令権の行使の必要性とは関係のない血液型で配転対象者を人選することに合理的な理由があるとは到底思えません。
そうであれば、その人選に合理性のない本件配置転換(配転)は、労働契約上の権利について信義に従って誠実に行使することを求めた労働契約法第3条4項に反することになるのは明らかと言えます。
したがって、当該配転命令は、労働契約で認められた配転命令権を濫用する無効なものと言えますから、直ちに当該配転命令を撤回するよう申し入れいたします。
以上
〇年〇月〇日
〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室
○○ ○○ ㊞
(2)その他の対処法
このような通知書を送る方法を用いてもなお会社が人選に合理性のない配置転換(配転)を強制する場合は、労働局の紛争解決援助の申し立てを行ったり、労働委員会の主催する”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士や司法書士に相談して裁判所の裁判手続などを利用して解決する必要がありますが、それらの方法については以下のページを参考にしてください。
(3)労働基準監督署に相談して解決できるか
なお、このように人選に合理的な理由のない配置転換(配転)を強要されるトラブルについて労働基準監督署に相談して解決できるかという点が問題になりますが、こういった問題については積極的に介入してくれないのが通常です。
労働基準監督署は「労働基準法」という法律に違反する事業主を監督する機関であり、労働基準法で禁止している行為を会社が行っている場合だけしか行政機関としての監督権限を行使できないからです。
「人選に合理的理由のない配転命令の強制」という行為自体は労働契約法の権利の濫用の問題として労働契約違反の問題を生じさせますが、その問題はあくまでも民事上の契約違反行為に過ぎず、「労働基準法」で禁止されている法律違反行為ではありませんので、監督署は直接介入したくても法的な権限がないので介入することができません。
ですから、このようなトラブルについては行政の解決手段を利用する場合は労働基準監督署ではなく労働局の紛争解決手続や労働委員会の”あっせん”の手続を利用するのが、また訴訟や示談交渉については弁護士(または司法書士)に相談するのがまず考えられる適当な対処法になると考えた方がよいでしょう。