会社(個人事業主も含む)で働いていると、ごくまれに賃金(給料)の未払い(不払い)に巻き込まれることがあります。
雇い主の経営悪化や雇い主(または上司)の制裁あるいは単なる嫌がらせなど理由は様々でしょうが、賃金(給料)は労働者にとって生活維持に不可欠なものですので、いったん賃金(給料)の未払い(不払い)がし生じてしまえば労働者の生活危機に陥ってしまいます。
では、労働者がこうした賃金(給料)の未払い(不払い)にあった場合、具体的にどのように対処すればよいのでしょうか。
賃金の未払い(不払い)は犯罪だということを理解しておく
賃金の未払い(不払い)にあった場合にまず理解しておいてもらいたいのが、賃金の未払い(不払い)という行為自体が犯罪だということです。賃金の未払い(不払い)を受けているその状況自体が犯罪被害に巻き込まれているという状態にあるということをまず理解してもらわなければなりません。
賃金の支払いは労働基準法第24条で使用者に義務付けられていますから、その支払いがなされていないという状況は労働基準法に違反する状況が生じているということに他なりません。
【労働基準法第24条】
第1項 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
第2項 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。
そしてこの労働基準法第24条に違反する行為については、同法第120条で30万円以下の罰則規定が置かれていますから、罰金刑が刑罰である以上、賃金の未払い(不払い)は明らかな犯罪行為といえます。
【労働基準法第120条】
次の各号のいずれかに該当する者は、30万円以下の罰金に処する。
一 (中略)第23条から第27条まで(中略)の規定に違反した者
二(以下省略)
ですから、もし仮に賃金の未払い(不払い)を受けた場合には、まず自分が犯罪被害に巻き込まれているということを自覚する必要があるのです。
賃金(給料)の未払い(不払い)にあった場合の対処法
このように、賃金の未払い(不払い)は使用者の労働者に対する犯罪行為に他なりません。
では、こうした賃金の未払い(不払い)に遭遇した場合、労働者は具体的にどのように対処すればよいのでしょうか。
対処法は様々なものが考えられますが、代表的な対処法としては次のようなものが考えられます。
(1)賃金の未払い(不払い)の証拠を確保しておく
賃金の未払い(不払い)にあった場合にまずやっておきたいのが、賃金の未払い(不払い)を請求するための証拠を確保しておくことです。
未払い(不払い)分の賃金(給料)を請求するためには、それを裁判によるにしても示談交渉その他の公的手続によるにしても、その未払い(不払い)が生じているという証拠を提示してその事実を立証しなければなりません。
この点、賃金未払い(不払い)の証拠としては、実際に労務を提供した時間(日数)とその単価(月給・時給等の金額)は最低限押さえておかなければなりませんので、その確保が重要になるわけです。
具体的には、実際に労務を提供した時間(日数)を証明するものとしては『未払い賃金(給料)や残業代を請求するために必要となる証拠とは』のページで解説したようなものが、月給や時給を証明するものとしては労働契約書や労働条件通知書が主な証拠となりえます。
ですから、賃金の未払い(不払い)にあった場合には、まずこうした証拠を確保し保存することを忘れないようにしてください。
(2)会社に対して賃金の未払い(不払い)が生じていることを書面で通知してみる
賃金(給料)の未払い(不払い)が生じている場合には、その不払いが労働基準法に違反することを記載した通知書等を作成し「書面」という形で会社(個人事業主も含む)にその違法性を指摘してみるというのも対処法の一つとして有効な場合があります。
前述したように賃金(給料)の未払い(不払い)は明らかな犯罪行為といえますが、そうであるにもかかわらず賃金(給料)の未払い(不払い)を生じさせているような会社はそもそも法令遵守意識が低いので口頭でいくら「未払い(不払い)賃金を支払え」と抗議したところでそれが支払われる期待は持てません。
しかし「書面」という形で正式にその違法性を指摘すれば、将来的な裁判への発展や行政官庁への相談を警戒して態度を改めたり未払い(不払い)分の賃金支払いに応じたりすることもありますので、とりあえず文書で抗議しておくというのも対処法として有効に機能するケースがあると考えられるのです。
なお、この場合に会社(個人事業主も含む)に送付する通知書の文面は以下のようなもので差し支えないと思います。
○○株式会社
代表取締役 ○○ ○○ 殿
未払い分の賃金の支払いを求める申入書
私は、〇年〇月に貴社に入社し、基本給月〇万円の契約で就労してきましたが、〇月分(賃金支払い日は〇月の25日)の賃金の支払いを受けておりません。
しかしながら、労働基準法第24条は賃金の支払いを義務付けておりますから、貴社のこの賃金未払いの態様は明らかに同法に違反しています。
つきましては、未払いとなっている〇月分の賃金について直ちに支払うよう申し入れいたします。
なお、労働基準法第24条違反の行為については同法第120条で30万円以下の罰金に処せられることになっておりますので念のため申し添えます。
以上
〇年〇月〇日
〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○マンション〇号室
○○ ○○ ㊞
※時給の場合、1行目は「時給〇円の契約で就労してきましたが」などと記載すればよいと思います。
※なお、実際に書面を送付する場合は会社(個人事業主も含む)に到達したことを客観的に証明するためにコピーを取ったうえで特定記録郵便など記録の残る郵便方法で送付してください。
(3)労働基準監督署に違法行為の申告をしてみる
賃金(給料)の未払い(不払い)に巻き込まれている場合には、労働基準監督署にその事実を申告し、監督官庁からの行政介入を促してみるというのも対処法の一つとして有効な場合があります。
前述したように賃金(給料)の未払い(不払い)は明らかな労働基準法違反となりますが、かかる使用者の労基法違反については労働者が労働基準監督署に違法行為の申告を行うことによって監督署の監督権限を促すことが認められています(労働基準法第104条1項)。
この点、仮に労働者が未払い(不払い)賃金について労働基準監督署に違法行為の申告を行うことで監督署が臨検や調査を行い、行政から指導等が行われる場合には、会社(個人事業主も含む)が労働基準監督署の指導に従うことで賃金の未払い(不払い)状態が改善されることも期待できるかもしれません。
【労働基準法第104条1項】
事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。
そのため、こうした賃金(給料)の未払い(不払い)のケースについてもとりあえず労働基準監督署に相談してみるという方法も解決手段の一つとして機能し得ると思われるのです。
なお、この場合に労働基準監督署に提出する申告書の記載は次のようなもので差し支えないと思います。
労働基準法違反に関する申告書
(労働基準法第104条1項に基づく)
○年〇月〇日
○○ 労働基準監督署長 殿
申告者
郵便〒:***-****
住 所:東京都〇〇区○○一丁目〇番〇号○○マンション〇号室
氏 名:申告 する男
電 話:080-****-****
違反者
郵便〒:***-****
所在地:東京都〇区〇丁目〇番〇号
名 称:株式会社○○
代表者:代表取締役 ○○ ○○
電 話:03-****-****
申告者と違反者の関係
入社日:〇年〇月〇日
契 約:期間の定めのない雇用契約※注1
役 職:特になし
職 種:一般事務
労働基準法第104条1項に基づく申告
申告者は、違反者における下記労働基準法等に違反する行為につき、適切な調査及び監督権限の行使を求めます。
記
関係する労働基準法等の条項等
労働基準法第24条
違反者が労働基準法等に違反する具体的な事実等
・申告者は、〇年〇月〇日に違反者に入社して以降、基本給〇円の約定で勤務してきたが、違反者は〇月25日支払いの〇月分の賃金を支払っていない。
添付書類等
・〇月分のタイムカードの写し…1通※注2
・労働契約書の写し…1通※注2
備考
本件申告をしたことが違反者に知れるとハラスメント等の被害を受ける恐れがあるため違反者には申告者の氏名等を公表しないよう求める。※注3
以上
※注1:アルバイトやパート、契約社員など有期労働契約の場合は「期間の定めのある雇用契約」と記載してください。
※注2:賃金(給料)の未払い(不払い)を証明する証拠がある場合はその書類等の写し(コピー)を添付してください。写し(コピー)を添付するのは後日裁判などに発展した場合に原本を利用する必要があるからです。労働基準監督署への申告に証拠書類の添付は必ずしも必要ありませんので、証拠がない場合は「特になし」等記載して添付しなくても構いません。
※注3:労働基準監督署に申告したことが会社に知れてしまうと制裁に不当なパワハラ等を受けてしまう危険性もありますので、そうした危険がある場合はこのような文章を記述して会社側に自分の名前を伏せておくように依頼しておきます。会社に申告したことが知られても構わない場合はこの欄は削除しても構いません。
(4)労働局の紛争解決援助の手続きを利用してみる
賃金(給料)の未払い(不払い)がある場合には、その事実を労働局に申告し、労働局の主催する紛争解決援助の手続きを利用してみるというのも対処法の一つとして有効です。
労働局では労働者と事業主との間で紛争が発生した場合にその紛争を解決するための紛争解決援助の手続きを提供していますので、労働者が未払い(不払い)賃金の支払いを求める場合にもこの労働局の手続きを利用して解決を図ることが可能です。
この点、この労働局の紛争解決援助の手続きに法的な強制力はありませんので会社側が手続きに参加しない場合は解決は望めませんが、会社側が手続きに応じる場合には労働局から出される助言や指導、あっせん案などに会社が従うことで未払い分の賃金が支払われることも期待できます。
そのため、こうしたケースではとりあえず労働局に相談し紛争解決援助の手続きを使えないか検討するのも対処法の一つとして有効と考えられるのです。
なお、労働局の手続きについては『労働局の紛争解決援助(助言・指導・あっせん)手続の利用手順』のページで詳しく解説しています。
(5)弁護士(140円以下であれば司法書士も可)に相談して示談交渉や訴訟手続を利用する
賃金の未払い(不払い)がある場合には、弁護士(未払い分が140万円以下の場合は司法書士でもよい)に相談して示談交渉や裁判手続きを利用して回収を図るというのももちろん有効です。
また、弁護士の手を借りない場合であっても、法律に詳しくない素人が下手に交渉するとかえって不利になるケースもありますので、未払いがあった時点でとりあえず弁護士等に相談してみるということも考えてよいかもしれません。
なお、弁護士等に相談する場合の詳細は『弁護士・司法書士に依頼して裁判をする方法』のページで詳しく解説しています。
(6)その他の対処法
これら以外の方法としては、各自治体の提供する相談やあっせん手続きを利用したり、各地方の労働委員会が主催するあっせん手続きを利用したり、弁護士会や司法書士会などが提供するADR手続きを利用したりする方法が考えられます。
なお、それら他の手続きについては『労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは』のページでまとめていますので参考にしてください。