採用選考でなされる応募者の身元調査は採用差別につながるか

企業が労働者を採用するにあたって、応募者の身元調査を行うケースがごく稀に見られます。

たとえば、採用活動の一環として、応募者の住居周辺で聞き込み調査を行って私生活上の評判を調べたり、応募者の家族や学生時代に通った学校の関係者等から当時の発言や行動などを聴き取って応募者の人となりを調べるようなケースが代表的です。

しかし、このような応募者の身辺調査によって得られる情報は、その企業の業務と直接的な関係性があるとは思えませんし、個人のプライベートな内容も含まれますから、そのような情報を収集すること自体、倫理に反するような気もします。

では、採用活動で企業が応募者の身元調査をすることはそもそも認められるものなのでしょうか。

また、就職活動の際に応募した企業が自分の身元調査をしていることが分かった場合、どのように対処すればよいのでしょうか。

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採用活動における身元調査は採用差別(就職差別)につながる

このように、採用活動において応募者の身元調査を行う企業があるわけですが、結論から言えばこれは採用差別(就職差別)につながる恐れがあります。

なぜなら、身元調査で収集される情報を元に採用判断を行えば、その企業の業務とは関係のない応募者のプライベートな要素で採否を判断することになり、本来であれば平等に保障されるべき就職の機会均等が損なわれる結果となる可能性があるからです。

日本国憲法は職業選択の自由(憲法22条)や財産権の保障(憲法29条)を保障しており自由主義経済体制を採用していますから、必然的に「契約自由の原則」が導かれることになり、そこから企業の「採用の自由」も認められることになります。

そうすると、企業がどのような労働者を募集し採用するかという選択もその企業の自由な決定に委ねられる必要がありますから、「採用の自由」も当然に認められなければなりません。つまり、企業には「採用の自由」が保障される以上、どのような属性の労働者を募集し採用するかという点は、もっぱらその企業の自由な選択に委ねられることになるわけです。

もっとも、だからといって無制約にその「採用の自由」が許されるわけではありません。憲法は国民の基本的人権を保障しいますから、その個人の基本的人権を合理的な理由なく制限してしまえば「公共の福祉(憲法12条)」に反することになるからです。

憲法は職業選択の自由(憲法22条)や法の下の平等(憲法14条)を保障するだけでなく、思想良心の自由(憲法19条)も保障しているわけですから、企業における「採用の自由」も、それらの基本的人権が保障される範囲でのみその自由が許されると考えなければなりません。

応募者の思想信条や社会的身分等によって「就職の機会均等」が損なわれれば、応募者の基本的人権が不当に制限される結果になるからです。

この点、応募者の身元調査はその応募者のプライベートな部分を調査することになる結果、当然その個人の思想や信条、社会的背景などの情報も収集されることになりますが、かかるプライベートな部分は本来個人の自由に委ねられるべきものであり、憲法で保障された思想良心の自由や信教の自由にかかわる事項でもあります。

また、身元調査によって得られる情報には、家族に関する情報など、その応募者個人に責任のない情報も含まれますから、そうした本人に関係のない事情で採否の判断を下すのは、本人の責任のない事情で就職機会を制限することに他ならず差別の問題を惹起させます。

ですから、採用活動の際、身元調査を行ってその応募者のプライベートな情報を収集することは、採用差別(就職差別)につながる可能性を指摘することもできるのです。

企業側に差別の意図がなかったとしても、身元調査は採用差別(就職差別)につながる

この点、仮に身元調査に採用差別(就職差別)につながる恐れがあるとしても、企業側に差別の意図がなければ結果として差別とはならないのではないか、という意見もありますが、企業側に差別の意図がなかったとしても結論は変わりません。

なぜなら、企業側に差別の意図がなかったとしても、身元調査を行ってその応募者のプライベートな部分を調査すれば、それによって収集された情報が面接官や人事担当者に少なからぬ予断や偏見を生じさせてしまうことになるからです。

企業が身元調査を行えば、それによって収集された情報には、必然的に応募者の思想・信条にかかわる部分や家族に関する事情など、本人の能力や適性とは全く関係のない情報や本人の責任に帰すことのできない情報も入り込んでしまいます。

そうなれば、たとえ面接官や人事担当者に差別の意図がなかったとしても、その把握された情報を完全に意識から除去して採否の判断を下すのは事実上困難になってしまうでしょう。

面接官や人事担当者がいったん身元調査によって得られた情報を把握してしまえば、少なからぬ予断や偏見を抱いてしまうことは避けられませんから、企業側に差別の意図がなかったとしても、結果的に採否の判断において採用差別(就職差別)につながるおそれを生じさせてしまいます。

ですから、たとえ企業側に差別の意図がなかったとしても、そもそも採用段階で身元調査などすべきではないのです。

厚生労働省の指針でも採用段階での身元調査をしないよう指導している

なお、採用段階で応募者の身元調査をすることが採用差別(就職差別)につながるおそれがある事は厚生労働省の指針でも指導されていますので、念のため引用しておきましょう。

企業が従業員の採用に当たって、応募者の本籍、生活状況、家族の状況などを調査することは、応募者の適性・能力に関係のない事柄を把握してそれを採用基準とすることになり、その結果、本人の就職の機会が不当に閉ざされることになります。

身元調査においては、居住地域等の生活環境等を実地に調べたり、近所や関係者への聞き込みや様々な書類・データを収集することなどによって、本人やその家族に関する情報を広く集めることになりますが、その中で、意図しなくても、本人の本籍・生活環境や家族の状況・資産などの本人に責任のないことや、思想信条にかかわることなど、本人の適性・能力とは関係のない、差別の原因となるおそれのある事項が把握されることになります。

また、身元調査によって収集される情報の中には、無責任な風評・予断・偏見が入り込んだ情報が含まれることがあり、それによって採用が左右されるおそれがあります。

このようなことから、結果として身元調査は就職差別につながるおそれがあります。

※出典:公正な採用選考を目指して|厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/dl/saiyo-01.pdfより引用

なお、この厚生労働省の指針では「これまでも身元調査による差別事象が発生しております」とも指摘されていますので(※同指針16頁)、採用選考における身元調査は許されないと考えるべきでしょう。

採用にあたって行われる応募者の身元調査は職業安定法の「求職者等の個人情報の取り扱い」規定に抵触する問題も指摘できる

以上で説明したように、採用に当たって行われる応募者の身元調査は採用差別(就職差別)につながる問題を指摘できますが、これとは別に職業安定法で義務付けられた「求職者等の個人情報の取り扱い」の規定に違反する違法性を指摘することも可能です。

職業安定法第5条の4は、労働者の募集を行う者等が収集する求職者の個人情報について「その業務の目的の達成に必要な範囲内で収集・保管し使用すること」としていますので、その範囲を超えた個人情報の収集や保管はそもそも法的に認められていません。

職業安定法第5条の4

第1項 公共職業安定所、特定地方公共団体、職業紹介事業者及び求人者、労働者の募集を行う者及び募集受託者並びに労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者(中略)は、それぞれ、その業務に関し、求職者、募集に応じて労働者になろうとする者又は供給される労働者の個人情報(中略)を収集し、保管し、又は使用するに当たつては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。ただし、本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。
第2項 公共職業安定所等は、求職者等の個人情報を適正に管理するために必要な措置を講じなければならない。

つまり、採用に当たって企業が「その業務の目的の達成に必要な範囲内」と越えて応募者のプライベートな個人情報を「収集」すること自体が、職業安定法上の違法性を帯びることになるわけです。

この点、先ほど説明したように、身元調査によって収集される情報にはその応募者のプライベートな側面や過去の行動、思想信条にかかわる事項だけでなく、家族の個人的な情報も必然的に含まれてしまいますが、それはその企業の業務とは全く関係がありませんので、常識的に考えればそうしたプライベートな情報の収集は、この職業安定法第5条の4に違反します。

ですから、この職業安定法の「求職者等の個人情報の取り扱い」規定の側面から考えて考えても、応募者の身元調査をすることは許されるものではないことが明らかであると言えるのです。

採用にあたって企業から身元調査がなされていた場合の対処法

以上で説明したように、企業が採用にあたって応募者の身元調査をすることは採用差別(就職差別)につながるだけでなく、職業安定法上の違法性の問題も惹起させますから、そもそも行われてよい行為ではないと言えます。

もっとも、実際に採用試験に応募した企業から身元調査が行われている事実を知った場合には、求職者の側でどう対応するか選択しなければなりませんので、その場合にどのような対応を取るべきかが問題となります。