自分や家族が”がん”か否かを面接で聞かれたら採用差別と言えるか

採用面接において面接官や人事担当者から、「がん(癌)」など長期にわたる治療が必要になる病気の発症があるか、または過去にがんなどの病気を発症したことがあるか、あるいは家族にがん患者がいるかなど、「がん・癌(※長期の治療が必要になる他の病気も含む)」に関する質問をされるケースがごく稀にあるようです。

しかし、”がん”を発症したからといって必ずしも就労に差しさわりがあるわけではありませんし、仮に”がん”に遺伝的な側面があったとしても親が”がん”だからといって自分が”がん”を発症することが確定されるわけでもありませんし、仮に家族に”がん”患者がいたとしても就労に差しさわりなく介護等ができるケースもありますから、採用面接において”がん”に関する質問をすることに合理的な理由はないようにも思えます。

では、このように採用面接における”がん”やその他の長期間の治療が必要になる病気に関する質問は採用差別(就職差別)とならないのでしょうか。

また、実際の採用選考の過程で企業側から”がん”に関する質問をされた場合、どのように対応すればよいのでしょうか。

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採用面接における”がん”に関する質問は採用差別(就職差別)にあたるおそれがある

このように、採用面接をはじめとした採用選考の過程において、応募者やその家族に”がん”など長期の治療が必要になる病気を発症した事実があるか、または過去にその発症があったかなどを質問する企業があるわけですが、結論から言えばこのような行為は採用差別(就職差別)につながる可能性があります。

なぜなら、仮に”がん”など長期の治療が必要になる病気があったとしても、必ずしもそれが就労に影響を及ぼすものではなく、仮にそれを理由に不採用の判断を下せば、本人の適性や能力とは関係のない事柄で差別することになり求職者の「就職の機会均等」が損なわれる可能性があるからです。

日本は自由主義経済を採用しており「契約自由の原則」がある以上、企業には「採用の自由」が認められることになりますが、その「採用の自由」も無制約に認められるわけではありません。

憲法が職業選択の自由(憲法22条)や法の下の平等(憲法14条)など基本的人権を保障していることを考えれば求職者の「就職の機会均等」が確保されなければならず、「公共の福祉」の必要性を超えてまで不当に制限する「採用の自由」は認められないと考えなければならないからです。

この点、先ほども述べたように、仮に”がん”など長期治療が必要になる病気を発症していたとしても、現在では治療等でそれを発症していない他の労働者と遜色なく就労できるケースは多くありますし、家族の病歴も本人に関係がありませんから、仮にそれを理由に採用を拒否すれば本人の適性や能力とは関係のない事項で差別することにつながります。

そうなれば当然、求職者の職業選択の自由や法の下の平等を侵害し「就職の機会均等」が損なわれることにつながりますから採用差別(就職差別)という指摘も十分に可能です。

ですから、そもそも採用面接で”がん”その他の長期治療を必要とするような病気の有無を質問をすること自体に問題があると言えるのです。

企業側に差別の意図がなかったとしても、採用面接で”がん”などの有無を聞くことは採用差別(就職差別)につながる

このように、採用面接で”がん”など長期治療が必要となる病気に関する質問をすることは採用差別(就職差別)につながるといえますが、これは企業側に差別の意図がなかったとしても変わりません。

たとえ企業側に差別の意図がなかったとしても、面接官や人事担当者がいったん”がん”など病気の事実を聞いてしまえば、それを意識から完全に排除して採否の判断をすることはできなくなってしまいますので、そこに予断や偏見が生まれてしまうことは避けられなくなってしまいます。

また、仮に企業側に差別の意図がなかったとしても、”がん”などの病気を第三者に知られることを快く思わない応募者にとってはそれを聞かれること自体が大きなストレスとなりますから、その病気がない他の応募者と比較してその病気を持っている応募者だけが面接で心理的な負担を強いられることになり、本来の力を発揮できずに不採用にされてしまう可能性も生じてしまいます。

仮にそうなれば、その”がん”などの病気に関係する応募者だけが面接で差別されることになりますから、それを聞くこと自体が採用差別(就職差別)を誘発することになり得ます。

ですから、企業側に差別の意図があろうとなかろうと、そもそも採用過程で確認すべきことではないといえるのです。

厚生労働省の指針でも「がん等の長期にわたる治療を受けながら就職を希望」している人(家族も含む)への理解を求めている

なお、厚生労働省の指針でも「がん等の長期にわたる治療を受けながら就職を希望している人(過去に発症した経験がある人や家族も含む)」の就職に対する理解と協力を求めるだけでなく、採用過程における病気等の確認が採用差別(就職差別)につながる可能性を指摘して注意喚起がなされていますので(※参考→採用面接で求職者の病気に関する質問は採用差別にならないのか)、それを禁止する法律が現状で整備されていないとしても、それは単に法律の不備にすぎませんから、”がん”など病気にかかわる質問はすべきではないといえます。

近年、生涯でがんにかかる可能性は、国民2人に1人と言われています。一方、がんの早期発見と治療法の進歩とともに、がん患者・経験者の中にも長期生存し、社会で活躍している方もいます。しかしながら、がん患者・経験者とその家族の中には、就労を含めた社会的な課題に直面している方も多くいます。がんによる症状や経過は多様であることに加え、労働者の働き方も多様になっています。がん患者・経験者とその家族という理由で不採用とするのではなく、ご本人の適性・能力を勘案しながら採用選考を行うようお願いいたします。

※出典:公正な採用選考を目指して|厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/dl/saiyo-01.pdfより引用

採用過程におけるがんなどの病気に関する質問は職業安定法の個人情報の収集・保管規定にも抵触する可能性がある

このように、採用過程で応募者に対してがんなど長期の治療が必要になる病気に関する事項を尋ねることは採用差別(就職差別)につながる問題を指摘できますが、それとは別に職業安定法で義務付けられた「求職者等の個人情報の取り扱い」規定に違反する違法性の問題を惹起させることも考えなければなりません。

職業安定法第5条の4は、労働者の募集を行う者等が収集する求職者の個人情報について「その業務の目的の達成に必要な範囲内で収集・保管し使用すること」としていますから、採用選考を行う企業が応募者から「業務の目的の達成に必要な範囲」を超えた個人情報の収集や保管をすることは、そもそも法律に違反する行為であって違法性を帯びることになります。

職業安定法第5条の4

第1項 公共職業安定所、特定地方公共団体、職業紹介事業者及び求人者、労働者の募集を行う者及び募集受託者並びに労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者(中略)は、それぞれ、その業務に関し、求職者、募集に応じて労働者になろうとする者又は供給される労働者の個人情報(中略)を収集し、保管し、又は使用するに当たつては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。ただし、本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。
第2項 公共職業安定所等は、求職者等の個人情報を適正に管理するために必要な措置を講じなければならない。

そうであれば、先ほども説明したようにたとえ”がん”の発症があったとしてもそれで必ずしも就労ができなくなるわけではなく、個人によってその程度は異なりますから、求職者に”がん”などの病気の有無を聞くこと自体が本人の適性や能力とは関係のない情報の収集となり、この職業安定法上の違法性を惹起させるといえます。

ですから、この職業安定法上の違法性の観点から考えても、採用面接でがんなどの病気に関する事項を尋ねることは認められるべきではないと言えるのです。

採用選考で自分や家族に”がん”などの病気の発症に関する質問を受けた場合の対処法

以上で説明したように、採用選考で応募者やその家族にがんなどの病気の発症の有無を確認する行為は採用差別(就職差別)につながるだけでなく職業安定法上の違法性も指摘できますから、そもそもそのような確認は採用過程でなされるべきものではないと言えます。

もっとも実際の採用面接等でそのような質問を受けた場合は求職者の側で適当な対応を取らなければなりませんので、その場合にどのような対応を取り得るかが問題となります。

(1)その会社への就職を取りやめる

採用選考の過程で自分や家族の癌の発症歴等をきかれた場合には、その会社への就職を取りやめるというのも選択肢の一つとして考えられます。

先ほどから説明しているように、そのような質問は採用差別(就職差別)や職業安定法上の個人情報の収集規定に違反する問題を指摘できますが、かかる問題を考えずにそのような質問をするというのであれば、その企業の倫理観の欠落や法令遵守意識の低さが窺えます。

そうであれば、そのような会社に就職できたとしても、いずれ何らかの労働トラブルに巻き込まれる蓋然性は高いと思われますので将来的なリスクを考えればその会社に就職するメリットはありません。

ですから、そうした質問を受けた場合には、本当にその会社に就職することが自分の人生で適切な選択なのか、改めて考え直してみることも必要かもしれません。

(2)”がん”など長期の治療が必要になる病気に関する質問を受けた事実をハローワークに申告(相談)してみる

採用過程で、自分や家族などにがんなど長期の治療が必要になる病気があるかなどを聴かれた場合には、その事実をハローワークに申告(相談)するなどしてみるのも選択肢の一つとして考えられます。

先ほど説明したように、がんなど病気に関する質問は採用差別(就職差別)につながるものとして厚生労働省の指針でも注意喚起されていますが、その指針の指導機関はハローワークとなりますので、そのような質問があった事実を情報提供することにより行政からの指導に何らかの役に立つかもしれません。

また、先ほど説明したように、そうした質問は職業安定法上の違法性も惹起させるケースがありますが、企業(その他職業紹介業社や派遣事業者等も含む)の職業安定法違反行為について厚生労働大臣は、その業務の運営を改善させるために必要な措置を講ずべきことを命じることができ(職業安定法第48条の3第1項)、その厚生労働大臣の命令に企業が違反した場合には「6月以下の懲役または30万円以下の罰金」の刑事罰の対象とすることも可能ですので(職業安定法第65条第7号)、ハローワークに情報提供することで行政からの監督権限の行使を促し、そのような不当・違法な採用活動が改善される可能性も期待できます。

職業安定法第48条の3第1項

厚生労働大臣は、職業紹介事業者、労働者の募集を行う者、募集受託者又は労働者供給事業者が、その業務に関しこの法律の規定又はこれに基づく命令の規定に違反した場合において、当該業務の適正な運営を確保するために必要があると認めるときは、これらの者に対し、当該業務の運営を改善するために必要な措置を講ずべきことを命ずることができる。

職業安定法第65条第7号

次の各号のいずれかに該当する者は、これを6月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
第1号∼6号(中略)
第7号 第48条の3第1項の規定による命令に違反した者

もちろん、そうなったとしても自分の不採用が覆ることはないかもしれませんが、社会から採用差別(就職差別)や違法な個人情報の収集が一つ無くすことができれば社会的な意義は大きいと言えます。

ですから、採用過程で自分や家族の”がん”など長期の治療が必要になる病気について聞かれた場合には、その事実をハローワークに申告(相談)してみることも考えてよいかもしれません。