東京オリンピックのボランティア募集が開始されましたが、一部の企業では組織委員会から数百人のボランティア枠のノルマを課せられていることから、「徴兵制か?」との批判も起きているようです。
ところで、自分の勤務している会社がオリンピック組織委員会からボランティア枠の割り当てがなされた企業であった場合、会社から「ボランティアに行ってこい!」と指示されることが十分に予想されます。
では、もし仮に会社から五輪ボランティアへの参加を指示された場合、それに従ってボランティアに参加しなければならないのでしょうか?
また、もし仮に会社から有給休暇を使ってボランティアに行くように指示された場合、具体的にどのように対処すればよいのでしょうか?
会社が労働者の同意なく五輪ボランティアへの参加を強制させることはできない
会社から「五輪ボランティアに参加しろ!」と強制させられた場合の対処法を考える前提として、そもそも使用者(雇い主)が労働者に対してオリンピックのボランティアへの参加を義務付けることができるか、という点が問題となります。
この点、結論から言うと使用者(雇い主)が労働者の同意を得ずに五輪ボランティアへの参加を強制することはできません。
なぜなら、会社がその雇用している従業員に対して「五輪ボランティア」への参加を「強制」しようとする場合、その「五輪ボランティアへの参加」を強制すること自体が、労働者の同意を得ずに雇用契約(労働契約)で合意した「職種」や「就業場所」を「変更」してしまうことになるからです。
使用者(雇い主)が労働者に対して「五輪ボランティアへの参加」を強制させる場合、それは業務命令ということになりますが、「五輪ボランティア」は勤務先とは「別の場所」で「別の仕事」をすることが前提となりますので、「五輪ボランティアへの参加」を強制すること自体が雇用契約(労働契約)で合意した「職種」や「就業場所」とは異なる職種・就業場所で働くことを強制しているということになります。
つまり、使用者(雇い主)が労働者に対して「五輪ボランティアへの参加」を強制させた場合、使用者(雇い主)が労働者との間で締結した雇用契約(労働契約)で合意した「職種」や「就業場所」を、その五輪ボランティアに参加している期間中だけ強制的に変更しているということになるわけです。
この点、労働者が使用者(雇い主)の下で具体的にどのような「職種」で働き、また具体的にどこの「場所」で働くかという点も「労働条件」の一つと解釈されていますが、使用者(雇い主)が雇用契約(労働契約)で合意した労働条件を変更するためには、労働者の個別の同意が必要でとされています(労働契約法8条)。
【労働契約法8条】
第八条 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
そうすると、その「五輪ボランティアに参加しろ!」と参加を強制したこと自体が労働契約法8条に違反して労働者の労働条件を労働者の合意を得ずに一方的に変更したということになりますので、その「五輪ボランティアに参加しろ!」という命令自体が雇用契約(労働契約)に違反した無効な命令ということになります。
ですから、使用者(雇い主)が労働者の同意を得ずに五輪ボランティアへの参加を強制させられたとしても、労働者はその「五輪ボランティアに参加しろ!」という命令には従う必要がない、と解釈されることになるのです。
五輪ボランティアに参加したくないなら同意すべきではない
以上で説明したように、会社が労働者に対して「五輪ボランティアへの参加」を強制させることは法律上は「労働者の同意を得ずに職種・就業場所を変更した」と解釈されますので、労働契約法8条の規定から、雇用契約に違反する無効な命令であると解釈されます。
ですから、仮に会社から「五輪ボランティアに参加しろ!」と命令されたとしても、労働者が「五輪ボランティアに参加したくない」と思うのであれば、その命令は拒否しても全く構いません。
会社によっては五輪ボランティアへの参加を無理強いしてくるかもしれませんが、会社の指示に同意してしまうと、そのボランティア期間中における雇用契約(労働契約)上の「職種」や「就業場所」が労働者の合意を得て変更されたことになってしまい、会社の指示が雇用契約上「有効」と判断されてしまうことになりますから、「五輪ボランティアに参加したくない」と思うのであれば、絶対に同意してはいけませんし、同意すべきではないしょう。
なお、仮に「五輪ボランティアに参加しろ!」と命令され、それを拒否したことで会社から何らかのペナルティ(例えば減給とか降格とか)を受けた場合であっても、そのペナルティ自体が合理的理由のない違法な懲戒処分として無効と判断されますので、裁判などで争えばその処分を無効にすることも十分に可能です。
もちろん、いったん処分を受けてしまった後に裁判などで争うことはかなりのエネルギーを必要としますが、「五輪ボランティアに参加したくない」と思うのであれば、毅然とした態度で拒否した方がよいのではないかと思います。
会社から五輪ボランティアへの参加をしつこく迫られた場合の対処法
以上で説明したように、五輪ボランティアへの参加を強制させる行為は、それ自体がそのボランティア期間中の「職種」や「勤務する場所」という労働条件を変更させるものとなりますので、本来は労働者の個別の同意がない限り、使用者(雇い主)がそれを命じることはできないのが原則です。
もっとも、そうはいっても、オリンピック組織委員会からボランティアをノルマとして割り当てられてしまった企業では、労働者の同意の有無にかかわらずその参加を強制してくる場合もありますので、その場合の具体的な対処法が問題となります。
(1)ボランティアへの参加強制が雇用契約に違反する旨記載した通知書を送付してみる
会社から五輪ボランティアへの参加を強制させられるような場合は、その参加の強制が雇用契約(労働契約)に違反することを記載した通知書(申入書)を会社に送付してみるというのも一つの対処法として有効です。
先ほども説明したように、会社から五輪ボランティアへの参加を強制された場合であっても、その強制すること自体が労働者の合意を得ずに雇用契約で合意した「職種」や「就業場所」を変更することにつながりますから、その参加を強制させられる労働者は、その会社の指示が労働契約法8条の規定に違反して労働者の同意なく雇用契約で合意した「職種」や「就業場所」を変更したものとして雇用契約違反を主張し、その指示を拒否することが可能です。
もちろん、口頭で「五輪ボランティアに参加を強制する行為は雇用契約違反で無効だ」と抗議することも必要ですが、仮に後で裁判などになった場合には、会社が雇用契約に違反して勝手に職種や就業場所を変更し五輪ボランティアへの参加を強制したという事実を客観的証拠を添付して証明する必要もあります。
ですから、コピーを保存しておくことでその証拠を残しておくことができる「書面」の形で通知しておくことことも考えておいた方がよいと思います。
なお、その際に会社に送付する通知書(申入書)の文面は以下のような文面で差し支えないと思います。
○○株式会社
代表取締役 ○○ ○○ 殿
五輪ボランティアへの参加強制を止めるよう求める申入書
私は、〇年〇月ごろから、上司である貴社の◇◇より、2020年8月に開催される東京オリンピックのボランティア(以下「五輪ボランティア」という)に参加するよう繰り返し求められております。
この五輪ボランティアについては、私は全く興味がないことから再三にわたって上司の◇◇にその参加の意思がないことを伝えておりますが、それでもなお繰り返し参加するよう指示されていることを考えると、その五輪ボランティアへの参加は、貴社が業務命令として強制しているのと何ら変わりません。
しかしながら、私が貴社との間で締結した雇用契約(労働契約)では、現在就労している「職種」にかかる労働力を、現在就労している「就業場所」において提供することで合意していますから、貴社が五輪ボランティアへの参加を強制する場合には、そのボランティアの「内容」と「場所」が雇用契約(労働契約)で合意した「職種」および「就業場所」と異なるものである以上、雇用契約(労働契約)における「職種」および「就業場所」を変更させることに繋がるのは避けられません。
この点、「職種」や「就業場所」といった労働条件の変更には、労働契約法8条の規定から、労働者の個別の同意が必要であり、その同意がない限り使用者はその労働条件の変更を労働者に対抗できないものと考えられますが、私は再三にわたってその参加を拒否しており、その労働条件の変更に同意を与えた事実はありません。
したがって、貴社の私に対する当該五輪ボランティアへの参加を強制する行為は、雇用契約(労働契約)上の根拠のない無効なものと言えますから、直ちに当該五輪ボランティアへの参加を強制する行為を中止するよう、本状をもって申入れいたします。
以上
〇年〇月〇日
〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○マンション〇号室
○○ ○○ ㊞
※実際に会社に送付する場合は、会社に送付したという客観的証拠が残されるように、コピーを取ったうえで普通郵便ではなく特定記録郵便など配達記録の残る方法で郵送してください。
(2)その他の対処法
(1)の通知書を送付しても会社からの五輪ボランティアへの参加の指示が止まない場合は、労働局の紛争解決援助申し立てや労働委員会のあっせんを利用したり、弁護士や司法書士に相談して裁判や示談交渉等の手続きを取って解決を図る必要があるかもしれません。
なお、その場合の具体的な対処法はこちらのページを参考にしてください。
(3)労働基準監督署に相談して解決できるか
なお、このような会社の業務と関係ないボランティア等への参加を強要されるというトラブルについて労働基準監督署に相談して解決できるかという点が気になる人も多いかもしれませんが、このような問題については労働基準監督署は積極的に介入してくれないのが通常です。
労働基準監督署は基本的に「労働基準法」という法律に違反する事業主を監督する機関ですが、「業務と関係ないボランティアへの参加を強要する」という行為自体は労働基準法で禁止されている行為ではなく、雇用契約(労働契約)に違反する行為にすぎませんので、監督署は直接介入したくても法的な権限がないので介入することができません。
ですから、このようなトラブルについては労働基準監督署ではなく労働局の紛争解決手続や労働委員会の”あっせん”の手続を利用するのがまず考えられる適当な対処法になると思います。