「笑顔でないと出勤登録できない」システムは何が問題か

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北海道の某飲食店が、北海道の某企業が顔認証技術を応用して開発した「笑顔の場合だけ出勤登録を認めるシステム」を採用したという報道が、北海道の某新聞社でなされているようです。

参考→https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180617-00010000-doshin-bus_all

具体的には、従業員が出勤した際に顔認証システムで「一定の基準を上回る笑顔」であるか否かを判断し、一定の基準を上回る笑顔が認定された従業員だけに出勤登録が認められる一方、笑顔がその基準に満たない場合は何回も顔認証システムの前で基準に達する笑顔を作ることが求められるというシステムのようです。

この顔認証システムを応用した出勤登録は一見すると接客業の職種に適しているような感じも受けますが、このようなシステムを実際に企業が出退勤記録という形で採用するということになると、法的にかなり問題があるといわざるを得ません。

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笑顔が基準に満たない場合でも労働者が出勤している事実は変わらない

このような「一定の基準を満たす笑顔が認定された場合だけ出勤登録を認める」システムの法的な問題はいくつかありますが、まず挙げられるのがこのようなシステムで労働者の出勤登録を行ったとしても、労働者が出勤しているという事実は変わらないという点です。

タイムカードなどの出退勤時刻を記録するシステムはあくまでも「何時に出社し」「何時に退社した」という記録を付けるだけのものにすぎませんので、仮にその記録に失敗したり記録に何らかの不具合が生じて記録できなかった場合であっても、労働者が実際に使用者の下で就労を行った事実があれば、その労働者が「働いた」という事実は存在しますので、労働者はその労働に対する賃金の支払いを請求できることになります。

ですから、もし仮にこのようなシステムを導入した会社において、出勤した労働者が一定の基準の笑顔を作り出すことができず出勤登録ができないままの状態でその日の就労を終えたにもかかわらず、その出勤登録ができていないことを理由に会社がその日の賃金の支払いをしなかった場合には、その会社は賃金の不払いという労働基準法違反の問題を生じさせることになるのは避けられないといえます。

笑顔が基準に満たないという理由で出勤が認められない場合でも労働者は賃金の請求権を失わない

また、仮にそのようなシステムを導入し、出勤した労働者の笑顔が一定の基準を満たさないという理由で使用者が労働者の出勤を拒否した場合、使用者は雇用契約違反を犯すことになるという点も問題です。

なぜなら、仮にそのような理由で出勤を認められない場合であっても、その労働者が実際に仕事先に「出勤した」という事実は存在しますので、労働者は「労働力の提供」という雇用契約(労働契約)において発生する労働者の債務を誠実に履行したことが認められる結果、債権者である使用者が受領遅滞(民法413条)の責任を負担しなければならなくなるからです。

【民法413条】
債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができないときは、その債権者は、履行の提供があった時から遅滞の責任を負う。

雇用契約(労働契約)は、労働者が「与えられた労務に対して労働力を提供する」という債務を負担する一方で、使用者も労働者に対して「労務を提供する」という債務と「提供を受けた労働力に対して賃金を支払う」という債務を負担する双務契約(契約当事者双方が債務をそれぞれ負担するという契約)と解釈されています。

この点、仮に出勤した労働者の笑顔が一定の基準に満たない場合であっても、その労働者が出勤して「労務を提供しようとした事実」は存在しますから、「笑顔が一定の基準に満たない」という理由で使用者が労働者の出勤を拒否した場合には、それは単に使用者が「労働者から受けた労働力の提供という債務の受領を拒否している」ということになるでしょう。

そうすると、使用者は労働者に対して「労務を提供しなければならない」という雇用契約(労働契約)上の債務の履行を怠っていることになり、その一方で労働者は「使用者の責めに帰すべき事由によって労働力の提供ができなくなった」ということになりますから、労働者は民法536条2項の規定によって反対給付を受ける権利を失わないということになります。

【民法536条2項】
債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。(後段省略)。

この点、このようなケースの労働者における「反対給付」は「賃金の支払い」ですから、仮にこのようなシステムが導入され、出勤した労働者が笑顔が一定の基準に満たないという理由で出勤を拒否されその日の就労ができなかったとしても、その労働者はその日の賃金の支払いを使用者に対して請求できるということになります。

ですから、このようなシステムを導入した会社で「笑顔が一定の基準に満たない」という理由で出勤登録ができず就労できずに帰宅した場合に、もし仮に会社がその帰宅した労働者に対してその日の賃金を支払わなかったとすれば、それも賃金の未払いという労働基準法違反行為に該当することになります。

出勤登録の時点では使用者は労働者に対して「一定の基準を満たす笑顔」を強制できる指揮命令権を有していないのが普通

更に言うと、このようなシステムを導入した場合、使用者は出勤する労働者に対して出勤登録時に一定の基準を満たす「笑顔」を強制していることになりますが、そのような「笑顔の強制」を何の権限に基づいて行っているのかという点も問題です。

使用者は労働者に対してその就業期間中は就業に関して指揮命令権があり、労働者はその使用者の指揮命令に従わなければならない労働契約上の債務を負担していますから、接客業などの就業期間中に使用者が労働者に対して「笑顔を作れ」と指示することは労働契約上認められると考えられます。

しかし、労働者が出勤登録をする時間帯は、普通は就業時間帯ではないはずです。たとえば、就業時間が「9時から17時」と定められている会社であれば、8時50分ぐらいまでに出社してタイムカードなどに打刻して出勤登録を行うのが普通でしょう。

このような場合、実際に賃金が発生するのは就業開始時刻の「9時」からですので、9時以降であれば使用者に労働者に対する指揮命令権が発生しますが、8時50分に出金登録をした時点では労働者はいまだ就労を開始していませんから、雇用契約(労働契約)に基づいて発生する使用者の指揮命令権はその出勤登録を行う時点の労働者には及ばないはずです。

にもかかわらず、使用者はそのようなシステムを導入して雇用契約(労働契約)上の指揮命令権が及ばないはずの労働者に対して一定の基準の笑顔を強要しているわけですから、使用者は雇用契約(労働契約)の権限がないまま労働者に対して「一定の基準を満たす笑顔」を作り出すことを指示し強制しているということになります。

仮にその顔認証をしている時間帯に「笑顔」であることを求めるのであれば、その顔認証をしている時間帯も労働者は「使用者の指揮命令下」に置かれていることになり使用者はその顔認証した時間以降の賃金を支払わなければならなくなりますが、このようなシステムを導入する使用者にその覚悟はあるのでしょうか?

誰もこのような問題に気付いていないことが不思議

以上のように、このような「一定の基準を満たす笑顔が認定された場合だけ出勤登録を認める」システムを企業が導入することは、雇用契約(労働契約)または労働基準法という観点から考えると大きな問題があるものと考えられます。

ところで、今回の報道で一番の驚きは、このような雇用契約(労働契約)上または労働基準法上の問題点について、そのシステムを開発した企業も、そのシステムを導入した飲食店も、そしてそれを報じたマスコミも、誰も気づいていないという点です。

国会で「働き方改革」というわけのわからない議論が進められたり、セクハラやパワハラが連日のようにメディアで取り上げられていますので、企業やマスコミもある程度労働法を勉強して労働問題にセンシティブにならなければならないはずですが、これが今の日本の現状です。

これでは100年たっても「働き方改革」など不可能でしょう。