内定を一方的に取り消された場合の対処法

採用内定の通知を受けた場合、あとは入社予定日が到来するのを待つだけですが、ごく稀に企業側から一方的に内定を取り消されてしまうというトラブルが見受けられます。

内定が取り消される理由としては経歴詐称や内定後における犯罪行為の発覚など”身から出た錆”と言えるような同情の余地のないケースが多いようですが、中には「内定を出した後に業績が悪化した」など内定者に帰責性のない理由で一方的に内定が取り消されてしまうケースもあるようです。

しかし、新卒採用が一般化された日本では、企業の就職活動が終了した後に一方的に内定を取り消されてしまった場合には新卒とし就職する重要な機会を逸失してしまう可能性もあり得ますので、学生が受ける不利益は計り知れません。

では、このような企業側からの一方的な内定取消は、そもそも法律的に問題はないのでしょうか?

また、実際に内定先企業からある日突然「内定の取消」を受けてしまった場合、具体的にどのように対処すればよいのでしょうか?

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「内定取り消し」はほとんどの場合「無効」と判断される

結論から言うと、企業側が自らの都合で一方的に内定者の内定を取り消すことは認められないのが原則となります。

なぜなら、「内定の取消」は法律上「解雇」と同じ扱いを受けることになるため、使用者側の一方的な「解雇」が違法となるのが原則となっている労働法の解釈を基にすれば「内定取り消し」についても法的に「無効」と判断される蓋然性が高いからです。

(1)「採用内定」が出された時点で雇用契約が発生する

「採用内定」によって企業と内定者の間にどのような契約関係が生じるのかという点には解釈に若干の争いがありますが、過去の最高裁の判例では「採用内定」を「入社予定日を就労開始日とする始期付きの解約権留保付き労働契約」であると判断されています。

企業が行う採用活動は法律的には「労働者の応募を募る」という意味で「労働契約の申し込みの誘引」と言えますが、それに対して学生が採用試験にエントリーする行為はその誘引行為に対する「労働契約の申し込み」ということになります。

そうすると、その学生の「申し込み」に対して企業が採用内定を出す行為は「労働契約の申込みに対する「承諾の意思表示」と言えますが、意思表示は相手方に到達した時点で効力が生じることになりますので(民法第97条)、企業が出した採用内定通知が内定者に到達した時点で労働契約(雇用契約)が有効に成立したということができます(※詳細は→「内定の取り消し」が「解雇」と同様に扱われるのはなぜか)。

【民法97条】

隔地者に対する意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。

「採用内定」が内定者に到達した時点で内定者と企業との間に有効に「労働契約(雇用契約)」が成立するのであれば、入社予定日は単に「就労を開始する日」にすぎないと言えますから、「採用内定」は「入社予定日を就労開始日とする始期付きの……労働契約」となるわけです。

もっとも、内定者に何らかの不祥事(経歴詐称が発覚したり、その後の犯罪行為で逮捕されてしまうなど)が発覚した場合は企業の側で一方的に内定を破棄できることについては内定者もあらかじめ承諾しているのが内定契約となりますので、企業の側にその労働契約の「解約権」が「留保」されていると考えられることから、「採用内定」は「入社予定日を就労開始日とする始期付きの解約権留保付き労働契約」と解釈されているわけです。

(2)「内定取り消し」は「解雇」と同じ

このように過去の最高裁の判例の判断に従えば、「採用内定」を受けた内定者にとって「入社予定日(※多くの会社では翌年の4月1日)」は単に「就労を開始する日」にすぎませんから、内定者が「採用内定」の通知を受けた時点でその内定先企業との間で「雇用契約(労働契約)」が有効に成立することになります。

そうすると「採用内定」を受けた後に内定先企業が「内定取消」を行った場合、それは「内定契約」という「労働契約(雇用契約)」が解約されることになりますから、それはすなわち労働者が「解雇」されるのと事実上同じ効果を生じさせることになります。

つまり「内定取消」は法律上は「解雇」と同様に解釈されることになりますので、「内定取消」を受けた場合の解釈も「解雇」の解釈と同じ法律で判断されるということになるわけです。

(3)「客観的合理的理由」と「社会通念上の相当性」の「無い」解雇は「無効」

この点、「解雇」については労働契約法の16条に規定があり、そこでは使用者が行う「解雇」は「客観的合理的な理由」がなく「社会通念上の相当性」もないケースでは「無効」と判断されることになっています。

【労働契約法16条】
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

使用者が労働者を「解雇」する場合には、解雇する理由について「客観的合理的な理由」が必要であり、仮にその労働者を「解雇」する客観的合理的理由がある場合であっても、それに加えてその労働者を解雇することについて「社会通念上の相当」といえる場合でないと、その解雇は「無効」と判断されることになるわけです。

(4)「客観的合理的理由」と「社会通念上の相当性」の「無い」内定取消も「無効」

この点、先ほど説明したように、「内定取消」は「解雇」と同じですから、企業が「内定取消」を行う場合についても、その「内定取消」に至った理由が「客観的に合理的」でなければなりませんし、なおかつその「客観的合理的理由」に基づいて「内定取消」をすることについて「社会通念上の相当性」がなければならないということになります。

具体的にどのようなケースで「内定取消」に「客観的合理的理由」が「無い」と判断されたり、「社会通念上の相当性」が「無い」と判断されるかはケースバイケースで判断するしかありませんが、裁判所では労働契約法16条の適用についてはかなり厳しく判断する傾向にありますので、「内定取消」が「有効」と判断されるケースはごく稀な場合に限られるのが実務上の取り扱いです。

たとえば、企業から採用内定が出された後、入社予定日が到来するまでの間に企業の側において業績不振が生じリストラが必要になるケースもごく稀にありますが、そのようなケース「内定取消」が問題となった場合、裁判所では「整理解雇の4要件(4要素)」という判断基準に基づいて厳しくその「内定取消」の有効性を判断することになります。

具体的には、①人員削減の必要性、②解雇回避努力義務、③人選の合理性、④対象者に対する説明義務、の4つの点を総合的に判断して「内定取消」に「客観的合理的理由」があったか、また仮に「客観的合理的理由」があったとして、それを理由に「内定取消」をすることが「社会通念上相当」と言えるケースであったか、といった点が厳しくチェックされることになりますが、その際に裁判所が企業の主張を認めて「内定取消」に「客観的合理的理由」が「あった」とか「社会通念上の相当性」が「あった」と判断するのは極めて特異なケースに限られるのが普通です。

このような事情があることから、仮に「内定取消」を受けたとしても、労働契約法16条の基準にしたがって解釈すれば、ほとんどの場合その「内定取消」は「無効」と判断される蓋然性が高いといえるのです。

「内定取消」を受けた場合に大事なのは「その会社で働きたいと思うか」という点

以上で説明したように、「採用内定」は法律上「解雇」と同様に扱われるため、法律で「解雇」が厳格に判断される以上「内定取消」も厳しく判断されることから、ほとんどのケースでは「内定取消」は「無効」と判断される蓋然性が高いといえます。

「内定取消」が「無効」と判断されるのであれば、たとえ内定先の企業から「内定取消」を受けた場合であってもその「内定取消」の「無効」を主張して内定先企業に対して「内定取消」の「撤回」を求めたうえで入社予定日からその内定先企業で就労を開始することも可能といえます。

しかし、冷静に考えれば、以上で説明した「採用内定」の法律上の解釈を無視して、あるいは上記のような「採用内定」の法律解釈を知らないまま、内定者に対して「内定取消」を行うような会社がまともな会社であるとは思えません。

労働者を大切にする普通の企業であれば、このような法解釈は知っていて当たり前ですから、まともな会社であれば内定者の同意を得ずに一方的に「内定取消」を行うことなどありえないでしょう。

ですから、仮に「内定取消」の「無効」を主張して内定先企業にその撤回を求め、入社予定日からその企業に入社したとしても、遅かれ早かれ他の労働トラブルに巻き込まれる可能性は高いと思われますので、必ずしも「内定取消」の「無効」を主張して撤回を求めるのがベターな選択になるかはケースバイケースで判断する必要があります。

場合によっては、「内定取消」を受けた際にその撤回を求めるのではなく、そのような法律に違反して内定取消をするような会社とは早々におさらばして、他の就職先を探す方がよいケースもありますので、その点は十分に検討する余地があるといえます。

なお、内定取消を受けた場合に、とりあえず「内定取消の撤回」を求めておき、裁判の過程で慰謝料等の金銭の支払いを求めるという選択も可能ですから、仮に「内定取消」を受け入れて他の就職先を探す場合であっても、企業側からお金を取りたいと思う場合には、とりあえず「内定取消の無効」を主張してその撤回を求めておくことも有効なケースもあるのでその点は弁護士や司法書士に相談して決めた方がよいかもしれません。

内定取消を受けた場合の対処法

以上で説明したように、「内定取消」は労働契約法16条の規定から多くの場合「無効」と判断される可能性が高いといえますから、「内定取消」をしてきた内定先企業に対して「内定取消」の撤回を求めることも可能といえます。

その場合、具体的にどのような手順で内定取消の撤回を求めればよいかという点が問題となりますが、一般的には以下のような方法が考えられます。

(1)内定取消の撤回を求める申し入れ書を送付する

内定先の企業から内定取消を受けた場合において、内定取消の無効を主張しその撤回を求める場合には、内定先企業に対して「内定取消の撤回を求める申入書」等を作成して郵送で送付することをまず考えた方がよいでしょう。

内定取消の無効を主張してその撤回を求める場合、口頭で「内定取消は無効だから撤回せよ!」と告知するだけでももちろん問題ありませんが、将来的に裁判などに発展した場合には「内定取消の撤回を求めた」という客観的な証拠の提出が必要になるケースも多くあります。

しかし、口頭で「撤回しろ!」というだけではその証拠を残すことができませんので、「書面」という形で無効の主張と撤回の申入れを行い、そのコピーと送付された記録を保存することで証拠を確保しておくことは重要といえます。

なお、この場合に内定先企業に送付する申入書の記載例は以下のようなもので差し支えないと思います。

○○株式会社

代表取締役 ○○ ○○ 殿

内定取消の無効及び撤回を求める申入書

私は、〇年〇月〇日、貴社から採用内定を受けましたが、同年〇月〇日付けの内定取消通知書をもって、貴社から一方的に当該内定を取り消されております。

この点、採用内定の取消については、採用内定の法的性質が過去の判例において「入社予定日を就労開始日とする始期付きの解約権留保付き労働契約」と解釈されている点(大日本印刷事件:最高裁昭54.7.20参照)を踏まえれば、内定の取消は解雇と同様の扱いを受け労働契約法16条の規定から客観的合理的理由と社会通念上の相当性が必要になるものと思料いたします。

しかしながら、貴社の行った内定取消については客観的合理的理由は見当たりませんし、仮に客観的合理的理由があったとしても、企業の採用活動が終了した今の時期になって一方的に内定を取り消すことは、社会通念上の相当性があるとは到底思えません。

したがって、貴社の行った当該内定の取消は労働契約法16条の規定から無効と言えますから、直ちに当該内定取消を撤回するよう、本書面によって申し入れいたします。

以上

〇年〇月〇日

〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室

○○ ○○ ㊞

会社に送付する前に証拠として残すため必ずコピーを取っておくこと。
内定先企業に確実に送付されたという証拠が残るよう、普通郵便ではなく特定記録郵便などの郵送方法を利用するようにしてください。

(2)その他の対処法

上記のような申入書を送付しても会社側が内定取消を撤回しない場合は、会社側が自身の内定取消によほどの自信があり労働契約法16条の要件を満たしているという確固たる確信があるか、ただ単にブラック体質を有した法律に疎い会社かのどちらかである可能性が高いと思いますので、なるべく早めに法的な手段を取って対処する方がよいでしょう。

具体的には、労働局に紛争解決援助の申し立てを行ったり、自治体や労働委員会の”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士会や司法書士会が主催するADRを利用したり、弁護士や司法書士に依頼して裁判を行うなどする必要があると思いますが、その場合の具体的な相談先はこちらのページでまとめていますので参考にしてください。

▶ 労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは

(3)労働基準監督署に相談して解決を図ることができるか?

なお、このような内定取消に関するトラブルを労働基準監督署に相談して解決を図ることができるか、という点が問題となりますが、内定取消の有効性等に関するトラブルについては労働基準監督署は積極的に介入しないものと予想されます。

なぜなら、労働基準監督署は「労働基準法」やその関連法等に違反する事業主を「監督」機関であり、労働基準法等に違反する行為を行った使用者に対してしか監督権限を行使できないからです。

先ほども述べたように、内定取消は「解雇」と同じ扱いを受けることになり労働契約法16条の問題となりますが、あくまでのそれは「労働契約」の問題であり「労働基準法」に違反する行為には当たりません。

内定取消については「労働基準法」には一切規定がありませんから、労働基準法違反の雇い主を取り締まるだけにすぎない労働基準監督署は権限を行使することができないと考えたほうがよいと思います。

ですから、内定取消に関するトラブルについては前述の(2)で説明したように労働局の紛争解決援助の手続きや弁護士を雇って裁判所で裁判するなど、労働基準監督署以外の解決手段を検討すべきかと思います。