辞めた会社に最後の給料・バイト代を取りに行きたくない場合

会社の意見に従わないことで退職を余儀なくされるようなケースで、会社側が最後の給料の支払いに関して嫌がらせをしてくる事例がごく稀に見受けられます。

一番多いのが、アルバイトの従業員などが退職するに際して、最後の給料を会社まで取りに来るように指示するようなケースです。

労働者が会社とケンカ状態で退職した場合、退職後に再び会社に足を運ぶのは抵抗がありますから、給料を受け取るために会社に出向かなければならない労働者に相当なストレスを与えることができます。また、仮にその退職した労働者が会社に来るのを拒んだ場合には、その最後の賃金を支払わなくて済みますので(※法的には支払わないといけませんが…)、最後の給料1か月分の人件費の削減という経済的なメリットも生じることになるでしょう。

ですから、退職した労働者に何らかの制裁を加えたいと考えるようなブラック体質を持った会社では、嫌がらせ目的で「最後の給料は会社に取りに来い」と指示することがあるのです。

では、このように退職する際に会社から「最後の給料は会社まで取りに来い」と言われた場合、実際に会社に出向かないと最後の給料は受け取ることができないのでしょうか?

また、このように「最後の給料は取りに来い」と言われた場合、会社に出向かなくても給料を支払わせる方法はないものなのでしょうか?

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「給料は会社に取りに来い」と言われれば会社に取りに行かなければならないのが原則

このように、会社によっては嫌がらせ目的で退職する労働者に対して「最後の給料は会社に取りに来い」と指示する場合があるわけですが、原則的には、支払われる給料を会社から「取りに来い」と言われれば、労働者はそれを取りに行かなければなりません。

なぜなら、労働者が労働の対価として受け取る給料は法律上は「賃金債権」となりますが、この「賃金債権」の弁済場所については「取立債務」と解釈されているからです。

(1)「一般的な債権」の支払いは「持参債務」

債務者が債権者に対して何らかの債務を負担している場合、民法415条の規定から「債務の本旨に従った履行」をしなければ履行遅滞の責任を負うことになり遅延損害金などの損害賠償義務が発生してしまいます。

【民法415条】

債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。

そしてこの「債務の本旨に従った履行」における「本旨」には、その債務を「支払う場所」も含まれますから、その債務を「どこで」支払わなければならないか、というその「その支払いの場所」がどこになるのかという点は「債務の本旨に従った履行」を行う際に非常に重要な要素となります。

この点、その支払い場所については民法484条に規定があり、そこでは当事者間の別段の意思表示がない限り「債権者の現在の住所」と定められています。

【民法第484条】

弁済をすべき場所について別段の意思表示がないときは、特定物の引渡しは債権発生の時にその物が存在した場所において、その他の弁済は債権者の現在の住所において、それぞれしなければならない。

ですから、一般的な債権については、その債権の債務者が、債権者の住所地まで持参して支払わなければ、債務の本旨に従った履行とはならず、履行遅滞の責任を負うということになります。

たとえばAさんがXさんから10万円を借りた場合、その借りた10万円はAさんの債務(金銭消費貸借契約における貸金債務)となりますが、この場合Aさんの債務は「持参債務」となりますので、Aさんは10万円をXさんの自宅まで持参して支払わなければ、履行遅滞の責任を負うということになるわけです。

このように債権者の住所地まで持参して支払わなければならない性質の債務は「持参債務」と呼ばれていて、一般的な債権における債務はこの「持参債務」であると解釈されているわけです。

(2)「賃金債権」の支払いは「取立債務」

このように、一般的な債権における債務ついては「持参債務」と解釈されていますので、「給料債権」も債権の一種であることを考えれば「持参債務」のように思えます。

しかし、法律上はそのように解釈されていません。「給料債権」は「取立債務」とされています。

「取立債務」とは、債務者が債権者の住所地に「持参」するのではなく、債権者が債務者のもとに「取り立て」に行って支払いを受けることが「債務の本旨に従った履行」となるような債務のことを言います。

つまり、「給料債権」については、その債務を負担する会社が労働者の現在の住所まで「持参」して支払わなければならない「持参債務」ではなく、労働者が就労している会社で労働者に支払う、言い換えれば会社の所在地で労働者が「取り立て」る「取立債務」と解釈されているわけです。

ではなぜ、「給料債権」における会社の賃金支払い債務が「取立債務」になるかというと、「給料債権」の場合には、民法484条で例外として規定されているような「別段の意思表示」がない場合であっても、その債権発生原因の性質上、弁済場所が特定する場合がある(※我妻栄編「判例コンメンタールⅣ債権総論」昭和40年日本評論社306頁、遠藤浩編「基本法コンメンタール第四版」日本評論社187頁)と考えられているからです。

雇用契約(労働契約)における「賃金債権」は労働者が使用者(雇い主)の下で労働力を提供し、その労働力を提供した場所において、その労働力を提供した対価として「賃金」の支払いを請求し受け取ることがその要素となっているわけですから、当事者間の合理的な意思解釈としてその労働力を提供した「使用者の営業所等」で賃金の支払いを受けるのが望ましいと考えるのが妥当です。

そのため「給料債権」については「持参債務」ではなく、原則として「取立債務」になるものと考えられるわけです。

ですから、「給料(債権)」の場合には、労働者が会社に「給料は会社まで取りに来い」と言われれば、会社に取りに行かない限り給料を受け取ることができない、ということになります。

なお、給料債権が取立債務であることの詳細については『給料債権は「持参債務」か「取立債務」か』のページでも詳しく解説しています。

給料の支給が銀行振込になっている会社では会社まで取りに行く必要はない

以上で説明したように、一般的な債権における債務は「持参債務」と一般に解釈されていますが、「給料債権」における債務については「取立債務」と解釈されていますので、退職する会社から「最後の給料は会社に取りに来い」と言われれば、その退職した労働者は退職後に再び会社に行かない限り、最後の給料を受け取ることはできないことになります。

もっとも、これはあくまでも原則的にはそうなるという話であって、必ずしも全てのケースでそのような結論になるわけではありません。

なぜなら、もともと銀行口座への振り込みの方法で給料が支払われている場合には、その銀行口座、が「債務の本旨に従った履行の場所」となるので債務の性質上「持参債務」となるからです。

先ほど説明したように、「給料債権」の場合には「別段の意思表示がない」のであればその債権発生原因の性質上「取立債務」と解釈されることになりますが、その逆に「別段の意思表示がある」のであれば、民法484条の規定に従ってその「別段の意思表示」で合意した場所が「債務の本旨に従った履行の場所」となります。

ですから、退職するまでは銀行振り込みで給料を受け取っていたような場合では、たとえ退職する際に会社から「最後の給料は会社に取りに来い」と言われたとしても、その「給料債権」に対応する会社の「賃金支払い債務」の支払い場所は「銀行の預金口座」となり、その債務の性質は「持参債務」となりますので、「当事者間で合意した支払地となる銀行口座に振り込め!」と主張して、退職後に会社に出向くことなく最後の給料を銀行振込で受け取れるということになるのです。

また、就業規則等で給料の支給が銀行振り込みによるものとされている会社でも、同じように会社に届け出た振込先の銀行口座が給料に関する「債務の本旨に従った履行場所」となりますので、そうしたケースでも退職後に会社に出向く必要はなく、「就業規則に規定されているとおり、私の預金口座に振り込んでください」と言うだけ会社に銀行振り込みで給料を振り込ませることができます。

ですから、会社に入社して最初の給料をもらう前に退職したようなケースであっても、就業規則等で銀行振り込みで賃金の支払いを行う旨の定めがされているような会社であれば、退職するまでに銀行振り込みで給料を受け取った実績がなかったとしても、会社に取りに行くことなく銀行口座に給料を振り込むよう求めることができるということになります。

最後の給料を会社に取りに行きたくない場合の対処法

以上を踏まえたうえで、退職する際に会社から「最後の給料は会社に取りに来い」と言われた場合の対処法について考えてみましょう。

(1)退職するまで手渡しで給料を受け取っていた場合

退職するまで「手渡し」で給料を受け取っていたようなケースで、会社から「最後の給料は会社に取りに来い」と言われた場合には、最後の給料を受け取るために退職後に会社まで再び足を運ばなければなりません。

先ほども述べたように、「給料債権」における債務は「取立債務」と解釈されますので、会社はその会社の所在地で給料を提供すれば「債務の本旨に従った履行」となり遅延の責を負わないからです。

退職まで「手渡し」で受領していた場合には、民法484条の「別段の意思表示」で会社以外の場所を「支払の場所」と合意していた事実はありませんので、原則どおりその債権発生原因の性質上「取立債務」としてそれまで「手渡し」で給料を受け取っていた「会社」が「債務の本旨に従った履行の場所」と解釈されます。

ですから、退職するまで「手渡し」で受け取っていたようなケースでは、会社から「最後の給料は会社に取りに来い」と言われれば、それに従って会社に取りに行くしかない、という結論になります。

(2)退職するまで給料・バイト代を銀行振込で受け取っていた場合

一方、退職するまで給料(バイト代含む)を銀行振込で受け取っていたような場合や、就業規則等で賃金の支払いが銀行振り込みとされている場合には、たとえ退職する際に「最後の給料は会社に取りに来い」と言われたとしても、それに従う必要はなく「これまでと同じように(就業規則等で定められているように)銀行口座に振り込め!」と抗議することができます。

なぜなら、先ほども説明したように、在職中から給料の支払いを銀行振込で受け取っていたような場合や就業規則等で給料の支払いが銀行振り込みと定められている場合には民法484条の「別段の意思表示」によって債務の支払い場所が「労働者名義の銀行口座」に指定されていたということになるからです。

民法484条の「別段の意思表示」によって「労働者名義の銀行口座」が債務(給料)の支払い場所として合意されている場合には、その場合の賃金債権における債務は「取立債務」ではなく「持参債務」としてその「労働者名義の銀行口座」が「債務の本旨に従った履行場所」となります。

ですから、たとえその当事者間の合意に反して会社が「会社に取りに来い」と言ってきたとしても、当事者間の合意に反するものとしてそれを拒否し、銀行口座への振り込みを求めることができるということになるわけです。

ア)最後の給料を銀行口座に振り込むよう求める通知書を送付してみる

このように、在職中から銀行振込で給料を受け取っていたような場合または就業規則等で給料の支払いが銀行振り込みと指定されている場合には、その指定した銀行口座が「給料の本旨に従った履行の場所」として当事者間で合意されていることになり、その「給料は銀行口座に振り込む」という合意は当事者間を拘束することになりますから、たとえ会社から「最後の給料は会社に取りに来い」と言われたとしても、それまで振り込みを受けていた銀行口座に振り込むよう求めることが可能です。

この場合、会社がそれに応じない場合の対処法が問題となりますが、その場合には銀行口座に給料を振り込むことを求める通知書等を作成し「書面」という形で改めて会社に申入れすることを考えた方がよいと思います。

もちろん、口頭で「これまでどおり預金口座に振り込んでください」と申告することは必要ですが、それだけで会社が素直に応じる可能性は低いですし、仮に将来的に裁判にまで発展した場合には、「会社に銀行口座に振り込むよう求めたのに応じてくれなかった」という事実を客観的な証拠として提出することで会社側の違法性を立証することが可能になりますので、裁判を有利に進める武器を作っておくという意味でも書面で通知するのは意味があります。

ですからまずは書面の形でその違法性を指摘しておくことを考えてみた方がいいのではないかと思います。

なお、その場合に会社に送付する通知書(申入書)の文面は以下のようなもので差し支えないでしょう。

株式会社○○

代表取締役 ○○ ○○ 殿

賃金の支払い申入書

私は、〇年〇月末日をもって貴社を退職いたしましたが、在職中の最後の給与となる〇月分の給与の支払いを未だ受けておりません。

この最後の賃金となる〇月分の給与の未払いについて貴社は、私が貴社に退職届を提出し退職の意思表示をした際に、「最後の給料は直属の上司であった◇◇(課長)が手渡しで交付する」趣旨の告知を私に対して行っていることから、私が貴社に給料の受け取りに来ない限り給料の支払いができないから履行遅滞にはならない旨主張されています。

しかしながら、給料債権については当事者間に別段の合意等がない場合には取立債務として使用者の営業所等がその債務の支払場所と解釈されていますが(東京高裁昭和38年1月24日下民集14巻1号58頁参照)、私と貴社の間では在職中、賃金の支払いについては私の名義による「○○銀行、○○支店、普通預金、口座番号*******」(以下「私の預金口座」という)の預金口座への振り込みの方法によることが合意されていますので、当該預金口座が雇用契約における給与の債務の本旨に従った履行場所となります。

したがって貴社は、雇用契約で合意した賃金支払い場所における債務の履行を遅滞していることになりますので、直ちに〇月分の給料の全額を、私の預金口座に送金するよう申し入れいたします。

以上

〇年〇月〇日

〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室

○○ ○○ ㊞

※なお、実際に送付する際は客観的証拠として保存しておくためコピーを取ったうえで、会社に送付されたという記録が残るよう普通郵便ではなく特定記録郵便などを利用するようにしてください。

イ)労働基準監督署に賃金未払いを理由とした労働基準法違反の申告をしてみる

(1)の申入書等を送付しても会社が「会社に取りに来い」と主張して最後の賃金を支払わない場合は、労働基準監督署に労働基準法違反の申告を行うというのも対処方法の一つとして有効です。

先ほども説明したように、賃金の支払いを使用者(雇い主)との間で銀行振込という形で合意し毎月の給料を銀行口座への振り込みで受け取っていたような場合では、使用者との間で賃金の支払い場所を「銀行の預金口座」として合意していたことになりますので、その「銀行の預金口座」が債務の本旨に従った履行場所、ということになります。

そうすると、会社がその「銀行の預金口座」に最後の給料を振り込まず、「会社に取りに来い」と主張しているようなケースでは、会社は賃金の支払いを遅滞しているということになりますが、それは法的には賃金の未払い(不払い)を起こしている状態といえます。

この点、労働基準法ではその24条で賃金の支払い義務を定めていますので、そのように最後の給料の支払いを遅滞している状況は、賃金の支払いを定めた労働基準法24条に違反すると言えるでしょう。

そしてこのように使用者が労働基準法に違反している場合、労働者は労働基準監督署に労働基準法違反の申告を行うことが認められていますから(労働基準法104条1項)、労働者が労働基準監督署に労働基準法違反の申告を行うことによって、監督署による監督権限を行使を促すことも可能と言えます。

【労働基準法第104条1項】
事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。

仮に監督署が監督権限を行使して是正勧告や指導を行うようなことがあれば、会社がその違反状態を改めて銀行口座への振り込みの方法で賃金を支払うことも期待できますから監督署に違法行為の申告をするというのも解決手段の一つとして有効に機能するものと考えられるのです。

なお、その場合に労働基準監督署に提出する申告書の記載例は以下のようなもので差し支えないと思います。

労働基準法違反に関する申告書

(労働基準法第104条1項に基づく)

○年〇月〇日

○○ 労働基準監督署長 殿

申告者
郵便〒:***-****
住 所:東京都〇〇区○○一丁目〇番〇号○○マンション〇号室
氏 名:申告 太郎
電 話:080-****-****

違反者
郵便〒:***-****
所在地:東京都〇区〇丁目〇番〇号
名 称:株式会社○○
代表者:代表取締役 ○○ ○○
電 話:03-****-****

申告者と違反者の関係
入社日:〇年〇月〇日
契 約:期間の定めのある雇用契約←注1
役 職:特になし
職 種:一般事務

労働基準法第104条1項に基づく申告
申告者は、違反者における下記労働基準法等に違反する行為につき、適切な調査及び監督権限の行使を求めます。

関係する労働基準法等の条項等
労働基準法24条

違反者が労働基準法等に違反する具体的な事実等
・申告者は〇年〇月末日をもって違反者を退職したが、違反者は申告者の最後の給料となる同年〇月分の賃金を未だ支払っていない。
・違反者はこの賃金の未払いについて、申告者が退職する際に「会社で手渡しで交付する」ことまた「会社に受け取りに来ること」を申告者に対して告知していることから、賃金支払債務が原則として取立債務であることを根拠に、履行遅滞ではない旨主張している。
・しかし、申告者が在職中の賃金は全て銀行口座への振り込みの方法で受け取っており、賃金の支払いについてはその銀行口座への振り込みの方法によることを当事者間で合意しているから、その申告者の銀行口座が雇用契約における債務の本旨に従った履行場所となるので、違反者は賃金の支払いについて支払いを拒否ないし履行遅滞しているといえる。

添付書類等

・雇用契約書の写し←注2

備考
特になし。

以上

※注1:正社員など「期間の定めのない雇用契約(無期労働契約)」の場合には、「期間の定めのない雇用契約」と記載してください。

※注2:雇用契約で賃金の受け取りを銀行の預金口座への振り込みによることと会社との間で合意したことを証明するため雇用契約書の写しを添付していますが、労働基準監督署への申告に添付書類の提出は必須ではありませんので添付する書類がない場合は添付しなくても構いません。なお、添付書類の原本は将来的に裁判になった場合に証拠として利用する可能性がありますので、必ず写しを添付するようにしてください。

ウ)その他の対処法

上記(1)(2)の方法を用いても解決しない場合は、労働局の紛争解決援助の申し立てを行ったり、労働委員会の主催する”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士や司法書士に相談して裁判所の裁判手続などを利用して解決する必要がありますが、それらの方法については以下のページを参考にしてください。

労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは

なお、以上は正社員、アルバイト、契約社員、派遣社員の区別にかかわらず適用されますので、正社員の給料だけでなく、アルバイトのバイト代を「会社に取りに来い」と言われた場合も同じように対処することができます。