給料債権は「持参債務」か「取立債務」か

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給料の受け取りに関して、労働者側から「給料は会社に取りに行かなければならないのか」と質問されたり、使用者(雇い主)側から「給料を会社に取りに来させるためにはどうすればよいか」と質問されたりすることがあります。

つまり、給料の「支払い場所」の問題。「給料債権」が「持参債務」になるかそれとも「取立債務」になるかという問題です。

「持参債務」とは、債権の債務者が債権者の自宅まで「持参して」支払う必要がある債務のことを言います。

債務が「持参債務」である場合、債務者はその債務を債権者の自宅まで「持参して」支払わないといけませんので、債権者は単に自宅で債務者が債務を「持参」するのを待っておけばよく、仮に債務者が自宅まで持参して支払いに来ない場合には、履行遅滞として遅延損害金の請求ができます。

これに対して「取立債務」とは、債務者が債権者の自宅まで持参する必要はなく、その逆に債権者が債務者の元まで「取立に行って」支払いを受ける必要がある債務のことを言います。

債権が「取立債務」の場合には、債権者は債務者の元まで自分が取りに行かなければなりませんので、債務者から「支払を受け取りに来い」と言われれば取りに行かなければ支払いを受けることができません。

そのため、債権者が何らかの「債権」を所有している場合はその債権が「持参債務」なのか「取立債務」なのかという点が非常に重要になるわけですが、「給料債権」も債権の一種である以上、それが「持参債務」として扱われるのかそれとも「取立債務」として扱われるのかという点を考える必要があります。

給料債権が「持参債務」であるとすれば、労働者は会社まで取りに行かなくても自宅で待っていれば支払いを受けることができる反面、「取立債務」であるとすれば、会社まで取りに行かなければならないのが基本となるからです。

では、給料債権は「持参債務」と「取立債務」のどちらになるのでしょうか?

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債権は「持参債務」となるのが基本

給料債権が「持参債務」か「取立債務」かを確認する前提として、そもそも「債権」が「持参債務」と「取立債務」のどちらになるのか、という点を考えてみましょう。

この点、民法ではその484条で債権の支払い場所について以下のように規定しています。

【民法第484条】

弁済をすべき場所について別段の意思表示がないときは、特定物の引渡しは債権発生の時にその物が存在した場所において、その他の弁済は債権者の現在の住所において、それぞれしなければならない。

この条文を見る限り、債権の支払い場所については「債務者が債権者の現在の住所地に持参して」支払わなければならないという「持参債務」になるのが原則であることがわかります。

債権は、債務者が債権者の住所地まで持参して支払わなければならない「持参債務」であるのが原則で、当事者の間でそれとは別の合意をした場合に限って例外的にそれ以外の場所で支払うことができる「取立債務」になる、というのが基本的な考え方となるわけです。

給料債権は「取立債務」となるのが原則

このように、債権は原則的には「持参債務」であり「別段の意思表示」をした場合にだけ例外的に「取立債務」になると解釈されますが、では「給料債権」の場合はどうなるのでしょうか。

この点、給料債権も「債権」である以上、民法の債権の規定の適用がありますから、その弁済場所についても民法の弁済場所(支払い場所)の規定に従って考える必要があります。

そうすると、「給料債権」も民法484条の規定にしたがって「持参債務」、つまり「賃金」は使用者(雇い主)が労働者の自宅まで持参して支払わなければならないのが原則になると思われますが、実際はそうではありません。

「給料債権」は原則的には「取立債務」と解釈されています。

なぜ「給料債権」が原則的に「取立債務」と解釈されるかというと、「給料債権」の場合には、民法484条で例外として規定されているような「別段の意思表示」がない場合であっても、その債権発生原因の性質上、弁済場所が特定する場合がある(※我妻栄編「判例コンメンタールⅣ債権総論」昭和40年日本評論社306頁、遠藤浩編「基本法コンメンタール第四版」日本評論社187頁)と考えられているからです。

先ほども説明したように、民法484条では債権は「持参債務」となるのが原則で「別段の意思表示」がある場合に限って例外的に「取立債務」になると解釈されますから、その「別段の意思表示」がない限り「持参債務」と解釈されるのが基本です。

しかし、その「別段の意思表示」がない場合であっても、「その債権発生原因の性質上、弁済場所が特定する場合」では、その別段の意思表示があったものと考えて「取立債務」になると解釈するのが当事者間の合理的意思解釈として妥当です。

ですから、「その債権発生原因の性質上、弁済場所が特定する場合」に限って、たとえ「別段の意思表示がない」債権であっても「取立債務」と解釈することにしているわけです。

この点、「給料債権」がその「債権発生原因の性質上、弁済場所が特定する場合」に当てはまるかが問題となりますが、「給料債権」は労働者が使用者(雇い主)の下で労働力を提供し、その労働力を提供した場所において、その労働力を提供した対価として「賃金」の支払いを請求し受け取ることがその要素となっているわけですから、当事者間の合理的な意思解釈としてその「労働力を提供した場所」で賃金の支払いを受けるのが望ましいと考えるのが妥当です。

ですから、「給料債権」については「持参債務」ではなく、原則として「取立債務」になるものと考えられるわけです。

なお、この点については過去の判例でも同様に判断されています。

「給料債権は従業員が営業所において労務に従事し、その代価として給料を請求するものであるから、暗黙の合意がなされたと認められる別段の事情又は合意のない限り、民法第484条商法第516条の適用を排除し、その支払場所は双方に好都合である使用者の営業所であると解するのが相当である」

出典:東京高裁昭和38年1月24日下民集14巻1号58頁、遠藤浩編「基本法コンメンタール第四版」日本評論社187頁

このように「給料債権」については「取立債務」が原則となりますから、使用者(雇い主)は労働者に対して「給料が欲しいんなら会社に取りに来い」というだけで”給料の未払”という責任から逃れることになりますし、その逆に、労働者は会社から「取りに来い」と言われれば、会社に取りに行かない限り給料を受け取ることができない、ということになります。

ただし、当事者の合意があれば給料債権も「持参債務」になる

もっとも、「給料債権」が原則として「取立債務」になるとはいっても、使用者(雇い主)と労働者が別段の合意をしている場合には民法484条の規定のとおり「持参債務」とすることも差し支えありません。

ですから、たとえば給料の支払いを銀行振込によることと当事者間で合意している場合には、会社から「給料を取りに来い!」と命令された場合であっても、労働者は「預金口座に振り込め!」と主張し銀行口座に振り込ませることで会社に行かなくても給料を受け取ることができるということになります。

なお、会社から「給料を取りに来い!」と言われた場合の具体的な対処法については『辞めた会社に最後の給料・バイト代を取りに行きたくない場合』のページで詳しく解説しています。