退職勧奨で障害者に対する差別となる場合

身体障害・精神障害を持つ障害者を雇用する事業主は、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、労働者が障害者であることを理由として、障害者でない者と不当な差別的取り扱いをすることが禁止されています(障害者雇用促進法第35条)。

障害者雇用促進法第35条

事業主は、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、労働者が障害者であることを理由として、障害者でない者と不当な差別的取り扱いをしてはならない。

この法律で禁止される不当な取り扱いの対象としての「その他の待遇」については、労働者に退職を促す「退職勧奨」も当然に含まれると解されますから、障害者を雇用する事業主がその障害を持つ労働者に対して退職勧奨を行う際に差別的な取り扱いをしたケースにおいてもこの障害者雇用促進法の違法性が惹起されることになるものと解されます。

「退職勧奨」が何かわからない人もいるかもしれませんので念のために説明しておきますが、会社がリストラ策の一環で人員削減が必要になった場合に従業員に対して退職を勧める行為が退職勧奨に当たります。

たとえば、労働者に退職を打診するいわゆる「肩たたき」もそれに当たりますし、たとえば希望退職者を募るようなケースも退職勧奨に当たります。またパワハラ的な態様で退職を強要するのも退職勧奨に当たるでしょう。

もっとも、そうはいってもこの障害者雇用促進法の条文の文言だけでは、障害者に対する具体的にどのような退職勧奨があれば障害者に対する差別となるのか判然としません。

では、具体的にどのような態様の退職勧奨があれば障害者に対する差別として違法性を指摘することができるのでしょうか。

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厚生労働省の指針が挙げた「退職勧奨」にかかる障害者差別となりうる事例

このように、障害者雇用促進法は退職勧奨に関して障害者に対する差別を禁止していますが、法律の条文からは障害者に対するどのような退職勧奨が障害者差別に当たるのか判然としません。

では、その基準がないのかというとそうでもありません。厚生労働省が指針を出しており、その指針の中で具体的にどのような態様の退職勧奨が障害者差別に当たるのかという点を説明していますので、その指針が退職勧奨に関する障害者差別を判断するうえで参考になります。

この点、厚生労働省の指針は、障害者雇用促進法が禁止する退職勧奨における差別について、次のように説明しています。

10 退職の勧奨
(1)(※省略)
(2)退職の勧奨に関し、次に掲げる措置のように、障害者であることを理由として、その対象を障害者とすることや、その条件を障害者に対してのみ不利なものとすることは、障害者であることを理由とする差別に該当する。ただし、14に掲げる措置を講ずる場合については、障害者であることを理由とする差別に該当しない。
イ 障害者であることを理由として、障害者を退職の勧奨の対象とすること。
ロ 退職の勧奨に当たって、障害者に対してのみ不利な条件を付すこと。
ハ 障害者を優先して退職の勧奨の対象とすること。

※出典:障害者差別禁止指針(平成27年度厚生労働省告示第116号)|厚生労働省 より引用

イ)障害者であることを理由として、障害者を退職の勧奨の対象とすること

厚生労働省の指針は「障害者であることを理由として、障害者を退職の勧奨の対象とすること」を障害者差別に当たるとしています。

ですから、たとえば車イスを利用する障害を持つ労働者がその障害を理由に勤務先の会社から退職を勧められたようなケースがあれば、それは障害者雇用促進法上の違法性を惹起させることになるものと解されます。

ロ)退職の勧奨に当たって、障害者に対してのみ不利な条件を付すこと

厚生労働省の指針は「退職の勧奨に当たって、障害者に対してのみ不利な条件を付すこと」についても差別に当たるとしています。

ですから、たとえばリストラ策の一環で人員削減のため希望退職者を募集しようとする会社が、障害を持つ労働者に対してのみ一定の資格の保有を要件として、その資格を保有していないことを理由に希望退職者の候補として選定したようなケースでは障害者雇用促進法上の違法性を惹起させることになるものと解されます。

また、退職金を30%上乗せして希望退職者を募集する企業が、障害を持つ労働者に対してのみ上乗せを20%に抑えるようなケースでも、障害者雇用促進法上の違法性を惹起させることになるものと思われます。

ハ)障害者を優先して退職の勧奨の対象とすること

厚生労働省の指針は「障害者を優先して退職の勧奨の対象とすること」についても差別に当たるとしています。

ですから、たとえばリストラ策の一環で45歳以上の労働者のうち3名の人員削減を行おうとしている企業において、45歳以上の労働者30名のうち身体障害や難病による内部障害で定期的な通院が必要となっている労働者を優先的にその候補として選定し、退職を打診するようなケースがあったとすれば、それも障害者雇用促進法上の違法性を惹起させることになるものと思われます。

障害者に対する差別的な退職勧奨が障害者雇用促進法上の差別的取り扱いとして違法にならない場合

このように、厚生労働省の指針は障害者雇用促進法で障害者に対する退職勧奨が違法となるケースについてある程度具体的にその指針を提示ていますが、当該指針は「ただし、14に掲げる措置を講ずる場合については、障害者であることを理由とする差別に該当しない」ともしていますので、その「14」で述べられた態様がある場合には、たとえ上記のような差別的取り扱いがあったとしても、その退職勧奨が必ずしも障害者差別にならない場合があることも示唆しています。

この点、その「14」では次のように説明されています。

14 法違反とならない場合
1から13までに関し、次に掲げる措置を講ずることは、障害者であることを理由とする差別に該当しない。
イ 積極的差別是正措置として、障害者でない者と比較して障害者を有利に取り扱うこと。
ロ 合理的配慮を提供し、労働能力等を適正に評価した結果として障害者でない者と異なる取り扱いをすること。
ハ 合理的配慮に係る措置を講ずること(その結果として、障害者でない者と異なる取り扱いをすること)
二 障害者専用の求人の採用選考又は採用後において、仕事をする上での能力及び適正の判断、合理的配慮の提供のためなど、雇用管理上必要な範囲で、プライバシーに配慮しつつ、障害者に障害の状況等を確認すること。

※出典:障害者差別禁止指針(平成27年度厚生労働省告示第116号)|厚生労働省 より引用

イ)積極的差別是正措置として、障害者でない者と比較して障害者を有利に取り扱うこと

厚生労働省の指針は「積極的差別是正措置として、障害者でない者と比較して障害者を有利に取り扱うこと」については差別にあたらないとしています。

ですから、たとえばリストラ策の人員削減の一環で30%の退職金の上乗せを提示して希望退職者を募集している企業において、積極的差別是正措置として障害を持つ労働者に対してのみ40%の退職金の上乗せを提示しているようなケースでは、障害者雇用促進法上で禁止された障害者差別の違法性は惹起されないものと解されます。

また、たとえば45歳以上の労働者を希望退職者の対象として募集をかけている企業が、障害を持つ労働者に対してのみ50歳以上をその対象としているようなケースでは、障害を持つ労働者は障害を持たない労働者と比較して有利に取り扱われていることになりますので、そのケースでは障害者差別の違法性は惹起されないものと思われます。

ロ)合理的配慮を提供し、労働能力等を適正に評価した結果として障害者でない者と異なる取り扱いをすること

厚生労働省の指針は「合理的配慮を提供し、労働能力等を適正に評価した結果として障害者でない者と異なる取り扱いをすること」についても差別的取り扱いにはならないとしています。

ですから、たとえば労働者に社内試験の結果に応じて等級を設定し賃金を決定している会社がリストラ策の一環で希望退職者を募集している場合において、労働者の等級に応じて退職金の上乗せに差を設けているケースで、社内試験の受験時に点字による試験受験を合理的配慮として提供されている視覚障害を持つ労働者が、会社から労働能力等を適正に評価された結果として等級に応じた退職金の上乗せが打診されたとしても、それは必ずしも障害者差別としての違法性は惹起されないものと考えられます。

ハ)合理的配慮に係る措置を講ずること(その結果として、障害者でない者と異なる取り扱いをすること)

また厚生労働省の指針は「合理的配慮に係る措置を講ずること(その結果として、障害者でない者と異なる取り扱いをすること)」についても差別的取り扱いにはあたらないとしています。

ですから、たとえばリストラ策の一環で希望退職者を募集している企業が、希望退職に応募した労働者に対して再就職先を紹介する便宜を図っているようなケースにおいて、障害を持つ労働者の再就職先の確保が難しかったため、障害者に対する合理的配慮の一環として外部の業者に委託して紹介をしてもらうような取り扱いを行っているようなケースでは、その合理的配慮が適正に行われている状況にあるのであれば、必ずしも障害者差別に当たらないことになるものと思われます。

※なお、合理的配慮の詳細については『障害者は会社にどのような配慮を求めることができるかその具体例』のページを参考にしてください。

二)仕事をする上での能力及び適正の判断、合理的配慮の提供のためなど、雇用管理上必要な範囲で、プライバシーに配慮しつつ、障害者に障害の状況等を確認すること

なお、指針は「仕事をする上での能力及び適正の判断、合理的配慮の提供のためなど、雇用管理上必要な範囲で、プライバシーに配慮しつつ、障害者に障害の状況等を確認すること」は障害者差別にはあたらないとしています。

ですから、障害を持つ労働者に対して退職を勧奨するに際して障害者雇用促進法が禁止する障害者差別に抵触しないようにする目的で、事前に面接等を行ってその労働者の障害の程度や特性等について聴取するような行為については差別には該当しないものと解されます。

障害を持つ労働者は厚生労働省の指針を理解して差別的な態様による退職勧奨に応じてしまわないように予備知識を持っておくことも必要

以上のように、厚生労働省は障害者雇用促進法で禁止される障害者に対する退職勧奨についてある程度具体的に説明していますので、たいていの企業ではこの指針に沿った取り扱いをすることで障害者に対する差別が生じないようにしています。

しかし世の中には法令遵守意識の低い会社もありますので、この指針の存在すら知らなかったり、指針の存在は知っていてもそれを無視して障害者に差別的な態様を持って退職を迫るところも少なからずあるようです。

ですから、障害を持つ労働者はこの厚生労働省の指針をよく理解し、企業の違法な差別的退職勧奨に知らぬ間に応じてしまわないように十分に注意する必要があります。

障害を理由に差別的な取り扱いを受けた場合の対処法

なお、障害を持つ労働者が勤務先の会社から待遇等で差別的な取り扱いを受けた場合の具体的な対処法については『障害者が障害を理由とした差別的な取り扱いを受けた場合の対処法』のページで詳しく解説していますのでそちらを参考にしてください。