勤務先の会社が設備や機械などの整備や修理、検査を行うために一定期間業務を休業する場合があります。
たとえば缶詰を製造する工場で機械の点検のために半日ほど製造ラインを停止して従業員を早退させたり、ケーキ屋さんのオーブンが壊れて修理のためにバイトの従業員を数日間休ませるようなケースです。
このような機械や設備の検査・点検・修理などは、会社が故意にその機械や設備を損壊させたのであれば格別、会社(個人事業主も含む)の故意・過失によって必要性を生じさせたものではありません。
会社にしてみれば検査や点検、修理などで休業すればそれだけ生産が減少し売り上げと利益が減少するわけですから「やらないで済むならやりたくない」というのが本音であって、「したくなくてもやらざるを得ない」状況に置かれているだけということが言えるでしょう。
このような会社の置かれた状況を考えれば、会社側に労働者へのその休業期間中の賃金や休業手当の支払いを義務付けてしまうのはあまりにも会社にとって酷な結果となってしまうような気もします。
では、このような機械や設備等の検査・点検・修理などの必要性があって会社が休業する場合、労働者はその休業期間中の賃金や休業手当の支払いを求めることができるものなのでしょうか。
雇用契約(労働契約)で支払う旨の合意がなされていれば休業期間中の「賃金の全額」の請求ができる
このように、会社が機械や設備の検査・点検・修理などの必要性から休業を行う場合において労働者がその休業期間中の「賃金」の支払いを受けることができるか、という点が問題となりますが、一義的には使用者(雇い主)と労働者の間で結ばれた雇用契約(労働契約)の内容によることになります。
つまり、労働者が会社(個人事業主も含む)との間で結んだ雇用契約(労働契約)の内容に
「機械や設備の検査・点検・修理の必要性による休業の場合、会社はその休業期間中の賃金を支払う」
あるいは
「天災事変などの不可抗力を除き会社が休業する場合はその休業期間中の賃金を支払う」
などと雇用契約(労働契約)の内容として合意がなされている場合はその合意に契約当事者が拘束されることになりますので、会社は「機械や設備の検査・点検・修理」を理由とした休業の場合もその休業期間中の「賃金の全額」を支払わなければなならない雇用契約(労働契約)上の義務が生じることになりますので、労働者はその休業期間中の「賃金の全額」の支払いを請求することができるということになります。
なぜなら、後述するように、会社の休業期間中の賃金の支払いは民法第536条2項の規定によって処理されますが民法の規定は強行法規ではないので契約当事者間でその民法の規定とは別の合意をすることは差し支えないからです。
ですから、仮に会社が機械や設備の検査・点検・修理のために休業する場合であっても、会社との雇用契約(労働契約)の内容を確認して上記のような規定で合意がなされている事実があれば、労働者は会社に対してその休業期間中の「賃金の全額」の支払いを求めることができるということになります。
なお、この場合に具体的にどのようにしてそのような合意が雇用契約(労働契約)の内容となっているか確認すればよいかという点が問題となりますが、雇用契約(労働契約)の内容は労働者が入社する際に使用者から交付を受けた雇用契約書(労働契約書)や労働条件通知書、あるいは会社の就業規則や労働協約等に記載されていますので以下に挙げる方法を参考にしてその書面等の内容を確認することで判断することができると思います。
- 雇用契約書(労働契約書)
→雇用契約書または労働条件通知書を作ってくれない会社の対処法 - 労働条件通知書
→雇用契約書または労働条件通知書を作ってくれない会社の対処法 - 就業規則
→会社に就業規則があるかないか確認する方法
→就業規則を見せてくれない会社で就業規則の内容を確認する方法 - 労働協約
→会社の労働組合で確認する - その他会社との間で取り交わした合意書(承諾書や誓約書も含む)
労働契約で合意がない場合、機械の検査等の休業において労働者はその休業期間中の「賃金」の支払いを求めることはできない
このように、会社が機械や設備の検査・点検・修理などの必要性から休業を行う場合であっても、個別の雇用契約書(労働契約書)や労働条件通知書、あるいは会社の就業規則や労働協約等で休業期間中の賃金の支払いについて特段の合意がある場合は、その合意に従って労働者は会社に対してその休業期間中の「賃金の全額」の支払いを求めることが可能です。
では、そのような個別の合意がない場合にはどのように処理されるのでしょうか。
この点、当事者間の合意がない場合は法律の規定によって判断するしかありませんが、結論から言うと労働者はその休業期間中の「賃金」を会社に請求することはできません。
なぜなら、会社が休業した場合のその休業期間中の「賃金」の支払いについては契約の一般原則を規定した民法第536条2項に基づいて判断されることになりますが、民法第536条2項では「債権者の責めに帰すべき事由」がある場合に限って反対給付請求権の行使を認めているだけで「債権者の責めに帰すべきではない事由」の場合には反対給付請求権の行使を認めていないからです。
【民法第536条2項】
(債務者の危険負担等)
債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。(後段省略)
民法第536条2項の規定は、債権者の都合で債務の履行ができなくなった債務者が反対給付を請求する権利を失ってしまう不公平を是正するためにその反対給付の請求ができなくなる危険を債権者に転嫁させるための契約法の一般規定と考えられています。
この点、雇用契約(労働契約)も契約の一つである以上、この民法第536条2項の規定の適用がありますが、先ほども述べたように「機械や設備の検査・点検・修理」という行為自体は会社(個人事業主も含む)が自ら望んでその自らの都合で行うものではなく、その機械や設備の性質上しなければならないからこそ行うものと言えますから、その「機械や設備の検査・点検・修理」自体に「債権者の責めに帰すべき事由」は存在しないと言えます。
つまり、民法第536条2項の規定を雇用契約(労働契約)の場合に当てはめると
「会社の都合による休業によって労働者が働くことができなくなったときは、労働者は反対給付である賃金の支払いを受ける権利を失わない」
ということになりますが、その休業の原因が「機械や設備の検査・点検・修理」の必要性にある場合には、その休業は「会社の都合(会社の責めに帰すべき事由)」というわけではなく「機械や設備の都合(機械や設備の責めに帰すべき事由)」といえるので民法第536条2項の規定は適用されないことになるのです。
ですから、機械や設備の検査・点検・修理などの理由が会社が休業する場合においては、労働者は会社に対してその休業期間中の「賃金」の支払いを求めることはできない、という結論になります。
機械の検査等で会社が休業する場合、労働者はその休業期間中の「休業手当」の支払いを求めることはできる
以上で説明したように、会社が機械や設備の検査・点検・修理等を理由とした休業を実施する場合にはその会社の休業は「債権者の責めに帰すべき事由」にはあたらないと解釈されることになりますので、労働者は民法第536条2項の規定に基づいて会社に対してその休業期間中の「賃金」の支払いを求めることはできません。
では、その休業期間中の「休業手当」を求めることはできるでしょうか。
この点、会社が休業する場合の「休業手当」の支払いについては労働基準法第26条にその規定がありますが、労働基準法第26条では以下に挙げるように「使用者の責めに帰すべき事由」によって休業が発生した場合にだけ労働者に「平均賃金の6割の休業手当」を支払うことが義務付けています。
【労働基準法第26条】
(休業手当)
使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない。
そうすると、使用者には「使用者の責めに帰すべき事由」に休業する場合にだけ休業手当を支払わなければならない義務が生じ、「使用者の責めに帰すべき事由ではない事由」によって休業する場合には、休業手当を支払わなければならない義務は生じないというようにも思えます。
先ほども述べたように「機械や設備の検査・点検・修理」は会社が望んで行うものではなく、その機械や設備の性質上「行わないわけにはいかない」ものといえますから、そのための休業は「使用者の責めに帰すべき事由」とは言えず、労働基準法第26条の適用は排除されると考えられるからです。
しかし、このような解釈は正しくありません。なぜなら、労働基準法第26条の「使用者の責めに帰すべき事由」は、民法第536条2項における「債権者の責めに帰すべき事由」よりも広く解釈されており、民法第536条2項の「使用者の責めに帰すべき事由」にならないような経営上の障害も天変地異等の不可抗力に該当しない限り、労働基準法第26条の「使用者の責めに帰すべき事由」には含まれると考えられているからです(※菅野和夫著「労働法(第8版)」弘文堂232頁参照、参考判例→ノースウエスト航空事件:最高裁昭和62年7月17日|裁判所判例検索)。
民法第536条2項の規定は、先ほども述べたように債権者の都合によって行使が制限されてしまう債務者の反対給付請求権の危険を債権者と債務者のどちらが負担するかその公平性の調整を図る規定に過ぎませんが、労働基準法の第26条は使用者の都合によって生じた休業期間中の賃金の最低60%の支払いを「休業手当」として使用者に義務付けることで労働者の賃金を確保させ生活を安定させる趣旨で規定されたものと考えられています。
そうであれば、労働基準法第26条における「責めに帰すべき事由」は民法第536条2項の「責めに帰すべき事由」よりもその適用範囲を広く解釈する方が労働者の生活の保障という労働基準法第26条の趣旨に合致することになりますので、民法第536条2項の「責めに帰すべき事由」に含まれない「責めに帰すべき事由」も労働基準法第26条の「責めに帰すべき事由」には含まれると解釈されなければならないでしょう。
そうすると、労働基準法第26条の「使用者の責めに帰すべき事由」には、天災事変などの不可抗力に該当しない限り、「経営上の障害」といえる事由についてもそれに含まれると解釈するのが妥当です。
この点、機械や設備の検査・点検・修理等のために休業することは、天災事変などの不可抗力ではありませんから、経営上の障害として労働基準法第26条の「使用者の責めに帰すべき事由」に含まれるものといえます(昭和23年6月11日基収1998号、菅野和夫著「労働法(第8版)弘文堂242頁参照)。
このような理由から、会社が機械や設備の検査・点検・修理等のために休業する場合には、労働者は労働基準法第26条を根拠に会社に対してその休業期間中の「平均賃金の6割の休業手当」の支払いを求めることができるということになるのです。
雇用契約書や就業規則等で休業手当について別段の割合が定められている場合はその金額を請求できる
以上のように、機械や設備の検査・点検・修理等のために会社が休業する場合であっても、その休業が労働基準法第26条の「使用者の責めに帰すべき事由」に該当することになりますから、労働者はその休業期間中の「平均賃金の6割の休業手当」を会社から支払ってもらうことができます。
もっとも、会社から交付を受けた雇用契約書(労働契約書)労働条件通知書、あるいは会社の就業規則や労働協約にその休業手当の支給割合について別段の合意があれば、その合意した割合の休業手当を支払ってもらうことが可能です。
たとえば、会社の就業規則に
「機械の検査等による休業の場合には平均賃金の8割の休業手当を支払う」
という規定がある場合には、労働者は労働基準法第26条の規定にかかわらず会社に対して「平均賃金の8割」の休業手当を支払ってもらうことが可能です。
もっとも、この場合であっても労働基準法第26条の規定に反することはできませんので、たとえば
「機械の検査等による休業の場合は平均賃金の5割の休業手当を支払う」
などと定められている場合であっても、労働者は会社に対して「平均賃金の6割」の休業手当を支払ってもらうことができますし、仮に会社が「平均賃金の5割」の休業手当しか支払わない場合は、会社に対して不足している「平均賃金の1割」の休業手当を更に支払うよう請求することができるということになります。
機械や設備の検査・点検・修理等の休業の場合に労働者は「賃金」または「休業手当」の支払いを請求できるか(まとめ)
以上をまとめると、以下のようになります。
【機械の検査等のために会社が休業になった場合の「賃金」と「休業手当」の取り扱い】
1.休業期間中の「賃金」を請求することができるか
(1)雇用契約書や就業規則等で賃金の支給に関する規定がある場合
- 雇用契約書や就業規則等で規定された基準で「賃金」を請求できる。
(2)雇用契約書や就業規則等で賃金の支給に関する規定がない場合
- 会社に民法第536条2項の「責めに帰すべき事由」はないので労働者はその休業期間中の「賃金」の支払いを求めることはできない。
2.休業期間中の「休業手当」を請求することができるか
(1)雇用契約書や就業規則等で休業手当の支給に関する規定がある場合
- 雇用契約書や就業規則等で規定された基準で「休業手当」の支払いを求めることができる。
(2)雇用契約書や就業規則等で休業手当の支給に関する規定がない場合
- 労働者は労働基準法第26条を根拠にしてその休業期間中の「平均賃金の6割の休業手当」の支払いを請求することができる。ただし、個別の契約や就業規則等でその休業手当の金額が「6割以上」の金額で合意されている場合はその合意された金額を請求することができる。