インフルエンザの流行で休業する場合も休業手当をもらえるか

インフルエンザが社内で流行するなどして会社(個人事業主も含む)がその感染拡大を防ぐ目的で休業したり、一部の部署を一定期間閉鎖させる場合があります。

たとえばインフルエンザが流行した工場で感染拡大を防ぐために工場を一定期間閉鎖したり、会社の一部の部署でインフルエンザが流行し出したことを理由にその部署を一定期間閉鎖してそこで働く労働者を休業させるようなケースです。

このようなインフルエンザの感染予防措置として行われる休業は労働者の健康を慮って行われるものですが、インフルエンザに感染していない労働者からすれば、働くことができるにもかかわらず休むことを強制されるものであって有難迷惑といえる面もあると言えます。

そこで問題となるのが、このようなインフルエンザの感染拡大を阻止することを目的とした休業で、休業期間中の賃金や休業手当が支払われるのかという点です。

インフルエンザの感染拡大防止という趣旨には賛同できても、その休業期間中の賃金や休業手当が一切支払われないとなれば、労働者は生活の糧となる収入の道が途切れることになり生活が破綻してしまう懸念も生じてしまいます。

では、このように会社がインフルエンザの感染拡大の予防措置として休業した場合、労働者はその休業期間中の賃金や休業手当の支払いを求めることができるのでしょうか。

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そもそも会社がインフルエンザの感染拡大を防止するために休業を命じることができるのか

今述べたように、インフルエンザの感染が拡大する懸念が生じた際に会社(個人事業主も含む)が休業する場合があるわけですが、そもそもそのような休業はどのような根拠によって認められるのでしょうか。

インフルエンザの感染拡大防止のためという正当な理由があったとしても、それを理由に休業を命じること自体に法律上または契約上の根拠がないのなら、休業を命じられても無視して働くこともできるからです。

もっとも、使用者には労働者の「生命、身体等の安全を確保」しつつ労働者が労働できるよう「必要な配慮」をすることが求められていますから(労働契約法第5条)、仮に会社でインフルエンザの感染拡大が懸念される状況がある場合には、その拡大防止策を講じなければ会社側が労働契約違反の責任を負担しなければならないと考えられています。

【労働契約法第5条】

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

つまり、使用者と労働者が労働契約を締結した以上、使用者は労働者が健康を害してしまわないように必要な配慮をしなければならない労働契約上の義務を負担しているということになりますので、インフルエンザの感染拡大が危惧される場合は会社は何らかの対策を講じなければならないことが契約上当然に求められるわけです。

ですから、インフルエンザの感染拡大の恐れがある場合には、その程度にもよりますが、会社が労働者に対して休業を命じることも、合理的な範囲で認められるということになります。

契約や就業規則等で合意があればインフルエンザの予防措置としての休業でも「賃金」の請求ができる

このように、インフルエンザの感染拡大を防ぐ目的で会社(個人事業主も含む)が休業する場合がありますが、その場合に労働者が休業期間中の「賃金」の支払いを求めることができるか否かは、まずその会社との間でそのような状況における休業の場合に会社が賃金を支払うことで合意が形成されているかといった点で判断されます。

つまり、会社との雇用契約(労働契約)の内容としてあらかじめ

「インフルエンザ等の感染拡大防止のため休業する場合、会社はその休業期間中の賃金を支払う」

あるいは

「天災事変などの不可抗力による休業の場合を除き、会社はその休業期間中の賃金を支払う」

などという合意が使用者と労働者の間で結ばれている場合には、労働者はその休業期間中の「賃金の全額」の支払いを求めることができるということになります。

なぜこのような結論になるかと言うと、当事者間で合意があれば、それが雇用契約(労働契約)の内容となって契約当事者を拘束することになるので、たとえ会社がインフルエンザの拡大防止という労働者の健康のための休業を行う場合でも、その合意に従って休業期間中の「賃金の全額」を支払わなければならない雇用契約上の義務が生じるからです。

ですから、勤務先の会社がインフルエンザの感染拡大防止の目的で休業することが決まった場合には、まずその会社との間の雇用契約(労働契約)でそのような休業の際に「賃金」の支払いを許容する規定が合意されていないか確認することが必要となります。

この場合、具体的にどのようにしてそのような合意があるか確認すればよいかが問題となりますが、雇用契約(労働契約)の内容は

  • 雇用契約書(労働契約書)
  • 労働条件通知書
  • 就業規則
  • 労働協約
  • その他使用者と労働者の間で個別に合意した合意書・同意書等

の内容によって定まることになりますので、入社する際に会社から受け取った、あるいは会社に備え付けられているこれらの書面を確認して判断することが必要になるでしょう。

なお、これらの書面の具体的な確認方法は以下の方法を参考にしてください。

契約や就業規則等で合意がない場合は休業期間中の「賃金」を請求することはできない

では、このような合意がない場合はどのように判断できるでしょうか。

当事者間に特段の合意がない場合には法律の規定で判断するしかありませんが、会社がインフルエンザの感染拡大防止のために休業した場合に具体的にどのような法律を適用して労働者が休業期間中の「賃金」の支払いを求めることができるのか、問題となります。

この点、会社(個人事業主も含む)が休業した場合における労働者の賃金支払い請求権の行使は民法第536条2項の危険負担の規定によって判断されますから、この民法第536条2項の規定を根拠にして、インフルエンザの感染拡大防止のため休業した会社から労働者が休業期間中の「賃金」の支払いを求めることができないか検討してみましょう。

【民法第536条2項】

(債務者の危険負担等)
債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。(後段省略)

この点、民法第536条2項は「債権者の責めに帰すべき事由」に債務者の反対給付請求権の行使を認めていますので、これを雇用契約(労働契約)の場合に当てはめると、「会社の責めに帰すべき事由」によって休業が発生した場合に限って労働者が反対給付請求権である賃金支払い請求権を行使できることになるということになるでしょう。

しかし、会社がインフルエンザの感染拡大防止のために休業する場合には、その休業は会社に直接的な帰責事由があるものではありませんから「会社の責めに帰すべき事由」があるとまでは言えません。

ですからら、インフルエンザの感染拡大防止のために休業する場合には民法第536条2項の「責めに帰すべき事由」がないとものと判断されることになりますので、労働者はその休業期間中の「賃金」の支払いをこの民法第536条2項の規定を根拠にして求めることはできないと言えます。

インフルエンザの感染拡大防止のための休業の場合「休業手当」の支払いを求めることはできる

このように、会社(個人事業主も含む)がインフルエンザの感染拡大防止のために休業する場合はその会社に休業に至ったことについての「責めに帰すべき事由」がないと判断されますから、労働者は民法第536条2項の規定を根拠にしてその休業期間中の「賃金」の支払いを求めることは基本的にはできません。

では、「賃金」の支払いを求めることはできないにしても、その休業期間中の「休業手当」の支払いを求めることはできないでしょうか。

会社が休業した場合の休業手当の支払いについては労働基準法第26条に規定されていますので、インフルエンザの感染拡大防止のために休業を命じる会社に対してこの規定を根拠に「休業手当」の支払いをもとめることができないか問題となります。

【労働基準法第26条】

(休業手当)
使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない。

この点、上記の条文を見てもわかるように、労働基準法第26条は「使用者の責めに帰すべき事由」によって休業する場合に限って休業手当の支払いを義務付けていますので、「インフルエンザの感染」という事情が会社が引き起こしたものでない以上、その感染拡大防止のために会社が休業を命じること自体には「責めに帰すべき事由」は存在しないとも思えます。

そうであれば、労働者は労働基準法第26条の規定を根拠にして会社に休業期間中の「休業手当」の支払いを求めることはできないことになりますが、この解釈は正しくありません。

なぜなら、労働基準法第26条の「責めに帰すべき事由」は、民法第536条2項における「責めに帰すべき事由」よりも広く解釈されており、民法第536条2項の「責めに帰すべき事由」にならないような経営上の障害も天変地異等の不可抗力に該当しない限り、労働基準法第26条の「責めに帰すべき事由」には含まれると考えられているからです(※菅野和夫著「労働法(第8版)」弘文堂232頁参照、参考判例→ノースウエスト航空事件:最高裁昭和62年7月17日|裁判所判例検索)。

民法第536条2項の規定は債権者の都合で債務の履行ができなくなった債務者が反対給付を受ける権利を行使することができなくなってしまう危険を債権者に負担させることで公平性を担保するための規定ですから、インフルエンザの感染拡大防止のために会社が休業する場合のように会社に直接的な責任のない休業に関して「責めに帰すべき事由」が「ない」と判断してその適用を排除し労働者の賃金請求権を否定しても支障は生じません。会社に賃金の支払いを強制させる方が「インフルエンザの感染」という原因によって生じる不利益を会社側だけに転嫁させる結果となり会社と労働者の間の公平性が害されるからです。

しかし、労働基準法第26条は会社が休業した場合の休業手当の支払いを使用者に義務付けることで休業期間中の賃金の支払いが受けられなくなった労働者の最低生活を保障する趣旨で規定されたものですから、民法第536条2項で「責めに帰すべき事由」に含まれない経営上の障害も天災事変などの不可抗力にあたらない限り「責めに帰すべき事由」に含まれるものと判断して「休業手当」の支払いを認める方が労働基準法第26条の本来の制定趣旨に合致すると言えます。

ですから、インフルエンザの感染拡大防止のために会社が休業するケースのように民法第536条2項の「責めに帰すべき事由」がないと判断できる場合であっても、労働基準法第26条の「責めに帰すべき事由」は「ある」と判断されることになりますので、休業を命じられた労働者は労働基準法第26条の規定を根拠にして休業期間中の「平均賃金の6割」の休業手当の支払いを求めることができるということになります。

雇用契約書や就業規則等で支給される割合が別に定められている場合はその割合の休業手当を請求できる

なお、このようにインフルエンザの感染拡大の防止のために会社が休業する場合であっても労働基準法第26条の規定を根拠にして労働者はその休業期間中の「平均賃金の6割」の休業手当の支払いを求めることができると考えられますが、その休業手当の支給される割合については雇用契約や就業規則等で別途合意することは可能ですので、たとえば

「インフルエンザの感染拡大防止のために休業する場合、会社は平均賃金の8割の休業手当を支払う」

とか、あるいは

「天災事変などの不可抗力で休業する場合を除き会社は平均賃金の7割の休業手当を支払う」

などと規定されている場合には、労働者はその「平均賃金の8割」または「平均賃金の7割」の休業手当の支払いを求めることができます。

なお、このような合意があるかないかという点は、先ほども述べたように入社する際に交付を受けた雇用契約書(労働契約書)や労働条件通知書あるいは会社の就業規則や労働協約に記載されているはずですので、その規定を確認して判断することになります。

なお、この場合でも労働基準法第26条の規定を下回る割合で合意することはできませんので、たとえば

「インフルエンザ等の感染拡大防止のため休業する場合、会社は平均賃金の5割の休業手当を支払う」

などとそれらの書類に規定されている場合にはその「平均賃金の5割」という部分が労働基準法第26条の基準に満たないため無効と判断されることになりますので、その場合は労働者は会社に対して「平均賃金の6割」の休業手当の支払いを求めたり、または既に受領した「平均賃金の5割」の金額と「平均賃金の6割」の金額との差額を会社に対して更に請求することができるということになります。

保健所などから休業を指示されたケースでは「休業手当」を請求できない場合もある

以上で説明したように、インフルエンザ等の感染拡大防止のため会社が休業する場合には労働者は労働基準法第26条を根拠に「平均賃金の6割」の休業手当の支払いを求めることができるのが基本的な取り扱いとなりますが、ケースによってはその請求が認められない場合もあります。

たとえば、インフルエンザ等の大規模な集団感染が疑われ、保健所や厚生労働省、自治体などから休業を指示されるようなケースでは、労働基準法第26条の「使用者の責めに帰すべき事由」が存在しないものと判断され、労働者からの「休業手当」の請求が認められない場合もあるので注意が必要です(※新型インフルエンザ(A/h1N1)に関する事業者・職場のQ&A(第3版)(平成23年4月27日)|厚生労働省Q8参照)。

もっとも、この場合であっても、在宅勤務や他の代替作業など労働者を業務に従事させることが可能であるにもかかわらず、会社がそのような代替え措置を検討することなく合理的な理由がないまま休業を命じた場合のように「使用者に通常求められるべき最善の努力を尽くしていない」と認められる事情がある場合には、労働基準法第26条の「使用者の責めに帰すべき事由」があると判断されて労働者からの「休業手当」の請求が認められるケースもありますので、事案によって個別に判断するしかないのが実情です。

ですから、会社から休業手当の支給を拒否された場合でそれに納得できない場合、その会社の取り扱いが妥当なものかという点について労働基準監督署や弁護士に相談して適切な助言を受けることも考えた方がよいケースもありますのでその点は留意すべきでしょう。

インフルエンザに感染している労働者については別の取り扱いになる

なお、以上の説明はあくまでもインフルエンザ等の感染拡大防止のため休業を命じた会社において、インフルエンザに感染しておらず就業しようと思えば就業できる状況にある労働者が賃金や休業手当の請求を行えるかといった点を論じたものです。

実際に労働者がインフルエンザに感染して医師から会社を休むよう勧められたり、高熱等の影響で就労が困難な状況にある場合に会社を自らの意思で休む場合には、通常の病欠扱いや有休休暇を消化して休むなどそれぞれの会社の就業規則等の規定に準じて処理されることもあろうかと思いますので、個別に判断するしかないと思います。

もちろん、その場合でも会社自体が休業する場合は他の社員と同様に休業手当が認められるべきとも考えられますので、そのケースに応じて症状が改善した後に会社と話し合うなり、労働基準監督署に相談するなりすることも必要でしょう。