(2)本採用の拒否が無効であることを書面で通知する
支持政党や政治信条を理由に試用期間後の本採用を拒否された場合には、その無効を主張する書面を作成して会社に送付するのも解決方法の一つとして有効な場合があります。
前述したように、政治信条を理由に試用期間後の本採用を拒否することは無効と判断される可能性が高いですが、口頭で「無効だ」「撤回しろ」と告知しても、それが無効であることを承知のうえで本採用を拒否している会社がほとんどなので、たいていの会社は無視するのが普通です。
しかし、書面という形で正式に抗議すれば、将来的な裁判や行政機関への相談を警戒して撤回に応じるケースもありますので、とりあえず書面で通知してみるのも効果があると考えられるのです。
なお、この場合に送付する通知書の文面は以下のようなもので差し支えないと思います。
株式会社 甲
代表取締役 ○○ ○○ 殿
本採用拒否の無効確認通知書
私は、〇年〇月〇日、貴社との間で同年〇月〇日を勤務開始日とする労働契約を締結し、試用期間の3か月が満了する同年〇月〇日まで勤務いたしましたが、試用期間満了に際して貴社から本採用をしない旨の告知を受け、同日付で解雇されました。
この試用期間満了時の本採用拒否につき、人事部の担当者(名前は伏せておきます)に確認したところ、私が同年〇月〇日、国会前で行われた憲法改正に反対するデモに参加したことに、自民党を支持する貴殿が憤慨し、貴殿から直々に人事部に私の本採用を拒否するよう働きかけがあったため、本採用に至らなかったとの話を聞いております。
しかしながら、そもそも試用期間には労働者の適性や能力を判断する実験観察期間としての性格があると考えられ、また試用期間満了時の本採用の拒否は「解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される」と解されるところ(労働契約法第16条、三菱樹脂事件:最高裁昭和48年12月12日参照)、憲法改正に反対するデモに参加したことは政治信条に関することであって、私の仕事上の適性や能力とは関係ありませんから、政治信条を理由に本採用を拒否することに客観的合理的な理由はなく、社会通念上の相当性もあるとは思えません。
また、労働基準法第3条は、労働者の信条で労働条件等について差別的取扱いをすることを禁じていますので、支持政党や政治信条を理由に試用期間後の本採用を拒否することは、明らかに労働基準法に違反しています。
したがって、貴社が私の使用期間経過満了時に本採用を拒否することをもって行われた本件解雇は無効ですから、直ちに本採用の拒否を撤回することを申し入れいたします。
以上
〇年〇月〇日
〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室
○○ ○○ ㊞
※送付した事実を証拠として残しておくため、コピーを取ったうえで、特定記録郵便など配達記録の残る郵送方法で郵送するようにしてください。
(3)労働基準監督署に違法行為の申告を行う
政治信条を理由に試用期間満了後の本採用を拒否された場合は、労働基準監督署に違法行為の申告を行うというのも解決方法の一つとして有効です。
先ほど述べたように、政治信条を理由に本採用を拒否することは労働基準法第3条に違反するものと言えますが、労働基準法第104条は労働基準法に違反する使用者がある場合に労働者が労働基準監督署に対して違法行為の申告を行うことを認めています。
【労働基準法第104条1項】
事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。
この労働基準監督署への申告によって監督署が監督権限を行使し、調査や勧告を行って会社がそれに従う場合には、本採用の拒否が撤回されることもありますので、労働基準監督署に申告をしておくのも解決方法として有効な場合があると言えるのです(※ただし監督署が介入するかしないかは監督署の判断によりますので、監督署が介入しないと判断した場合は他の方法で解決するしかありません)。
なお、この場合に労働基準監督署に提出する申告書の記載例は以下のようなもので差し支えないと思います。
労働基準法違反に関する申告書
(労働基準法第104条1項に基づく)
○年〇月〇日
○○ 労働基準監督署長 殿
申告者
郵便〒:***-****
住 所:群馬県前橋市○○一丁目〇番〇号○○マンション〇号室
氏 名:申告 太郎
電 話:080-****-****
違反者
郵便〒:***-****
所在地:群馬県太田市〇丁目〇番〇号
名 称:株式会社 X
代表者:代表取締役 ○○ ○○
電 話:****-****-****
申告者と違反者の関係
入社日:〇年〇月〇日
契 約:期間の定めのない雇用契約
役 職:特になし
職 種:一般事務
労働基準法第104条1項に基づく申告
申告者は、違反者における下記労働基準法等に違反する行為につき、適切な調査及び監督権限の行使を求めます。
記
関係する労働基準法等の条項等
労働基準法第3条
違反者が労働基準法等に違反する具体的な事実等
・申告者は、試用期間3か月の約定で〇年5月1日から違反者の下で働き始め、同年7月31日に試用期間を満了した。
・違反者は、この試用期間満了に際し、本採用をしない旨告知して、試用期間満了日の同年7月31日をもって申告者を解雇した。
・この解雇について違反者は、申告者が同年〇月〇日に国会前で行われた憲法改正に反対するデモに参加した事実があることから、自民党政権と憲法改正を支持する違反者の代表取締役○○の意にそぐわなかったことから本採用をしないことに決定している(※ただし、違反者が発行した労働基準法第22条所定の解雇理由証明書には、解雇の理由について単に「業務不適格および勤務成績不良」と記載されており、デモに参加したことは解雇の理由として記載されていない)。
・労働基準法第3条は信条を理由として労働条件に差別的取扱いをすることを禁止しているから、申告者がデモに参加したことを理由に行われた本件本採用の拒否は明らかに同条に違反する。
添付書類等
・解雇理由証明書の写し……1通(←注1)
備考
違反者に本件申告を行ったことが知れると、違反者から不当な圧力(元上司が申告者の自宅に押し掛けて恫喝するなどが過去にあった)を受ける恐れがあるため、違反者には本件申告を行ったことを告知しないよう配慮を求める。(←注2)
以上
※註1:労働基準監督署への申告に証拠書類は必須ではありませんので必ずしも添付する必要はありません。なお、書類を添付する場合、原本は後日裁判などで使用する可能性がありますので添付する場合は必ず「写し(コピー)」を添付するようにしてください。
※註2:労働基準監督署に違法行為の申告を行った場合、その報復に会社が不当な行為(たとえば家に押し掛けてくるなど)をしてくる恐れがあるなど、労働基準監督署に申告したこと自体を会社に知られたくない場合は備考の欄に上記のような文章を記載してください。申告したことを会社に知られても構わない場合は備考の欄は「特になし」と記載しても構いません。
その他の対処法
上記以外の対処法としては、各都道府県やその労働委員会が主催する”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士会や司法書士会が主催するADRを利用したり、弁護士(または司法書士)に個別に相談・依頼して裁判や裁判所の調停手続きを利用して解決を図る手段もあります。
これらの解決手段については以下のページを参考にしてください。
本採用の拒否に対処する場合の注意点
なお、このページでは労働者が自分で解決する場合を想定して、「解雇の無効を主張して復職を求める」ことを前提に、通知書の送付や労働基準監督署への申告手続きを紹介しましたが、復職は求めないで、本採用の拒否自体は受け入れつつも本採用の拒否の無効を主張して本採用の拒否のあった日以降に得られるべきであった賃金相当額を請求するという対処法もあります。
復職は求めず、本採用の拒否があった日以降の賃金相当額を請求したいと考える場合は、上記のような対処を取らず、最初から弁護士に相談して対処する方が良い場合もありますので、その点は事前に十分に検討するようにしてください。