採用選考の過程において、ウイルス性肝炎やエイズなどの疾病に関する検査を義務付けたり、その感染事実があるか質問する企業がごく稀にあるようです。
たとえば採用選考に応募する求職者に対して肝炎ウイルス検査の診断書をエントリーシートに添付するよう求めたり、面接の場でエイズ等の感染の有無を質問したりするケースです。
しかし、仮にウイルス性肝炎やエイズ等に感染していても、必ずしも他者に感染させる危険があるわけではありませんし、薬などの服用で症状を抑えれば感染のない人と遜色ない就労が可能なはずですから、そのような質問自体に合理性はないような気もします。
では、このように、企業が採用選考の過程でウイルス性肝炎やエイズ等の疾病に関する検査を義務付けたり、その感染の有無を尋ねることは許されるのでしょうか。
また、実際の採用選考に挑んだ際、応募先の企業からウイルス性肝炎やエイズ等の感染の有無について確認を迫られた場合、求職者はどのように対応すればよいのでしょうか。
採用選考でウイルス性肝炎やエイズ等の感染を確認する行為は採用差別(就職差別)につながる
このように、採用選考の過程でウイルス性肝炎やエイズ等の感染を確認したがる企業があるわけですが、結論から言えばこのような行為は採用差別(就職差別)につながる恐れがあると言えます。
なぜなら、ウイルス性肝炎やエイズ等の疾病を発症していたとしても、それがその求職者個人の適性や能力を判断するうえで合理的な理由になるとは考えられないからです。
仮にウイルス性肝炎やエイズ等の疾病を発症していたとしても、薬などを服用するなどして症状を抑えればその疾病のない労働者と遜色なく就労することは可能なケースもあるはずですから、その疾病の有無を確認すること自体に合理的な理由があるとは思えません。
また、ウイルス性肝炎やエイズ等の疾病があったとしても、通常の業務で他の労働者に感染させることは常識的に考えてあり得ませんから、その面を考えてもその疾病の事実を採用過程で確認しなければならない客観的合理的理由や社会通念上の相当性はないでしょう。
このように、ウイルス性肝炎やエイズ等の疾病の有無は、その企業の業務遂行における能力や適性とは合理的な関係性がありませんから、それを理由に採否の判断を下すなら、本人の適性や能力とは関係のない事項で採用を拒否することになり差別の問題を惹起させます。
ですから、採用選考の過程でウイルス性肝炎やエイズ等の疾病に関する検査を義務付けたり、その発症の有無を確認する行為は採用差別(就職差別)につながると言えるのです。
企業側に差別の意図がなかったとしても、ウイルス性肝炎やエイズ等の確認は採用差別(就職差別)につながる
この点、採用選考の過程でウイルス性肝炎やエイズ等に関する確認を行ったとしても企業側に差別の意図がなければ採用差別(就職差別)につながらないのではないかという意見もありますが、企業側に差別の意図があろうとなかろうと同じです。
仮に企業側に差別の意図がなかったとしても、面接官や人事担当者がウイルス性肝炎やエイズ等の確認を行ってそれを認知してしまえば、その情報は少なからぬ予断や偏見を生じさせてしまいます。
面接官や人事担当者がいったんその情報を認識してしまえば、その情報を完全に排除して採否の判断をすることは事実上不可能になりますから、企業側の意図に関係なく、それを確認すること自体が差別につながる恐れを生じさせてしまうのです。
また、仮に企業側に差別の意図がなかったとしても、ウイルス性肝炎やエイズ等の特性を持つ人は、それの病気の有無を聞かれること自体が大きなストレスとなり得ますから、その病気を持たない人と比較してその病気を持つ応募者だけが心理的負担を強いられる点においても差別的な採用を強いることになるでしょう。
このように、採用選考の過程でウイルス性肝炎やエイズ等の確認をすることは、それ自体が採用差別(就職差別)につながる恐れを内在することになりますから、企業側に差別の意図にかかわらず、差別性の問題を惹起させることになると言えます。
採用過程でウイルス性肝炎等の既往歴を確認すべきでない点は厚生労働省の指針でも注意喚起されている
このように、採用過程でウイルス性肝炎やエイズ等の確認を行うことは採用差別(就職差別)につながる恐れが指摘できますが、ウイルス性肝炎については厚生労働省の指針でも注意喚起されていますので念のため引用しておきましょう。
ウイルス性肝炎は、通常の業務において労働者が感染したり、感染者型の労働者に感染させたりすることは考えられず、また多くの場合肝機能が正常である状態が続くことから、基本的に就業に当たっての問題はありません。肝炎ウイルスの持続感染者等に対する差別は、偏見を基礎にしたものであるといえます。
※出典:公正な採用選考を目指して|厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/dl/saiyo-01.pdfより引用
したがって、採用選考時において、肝炎ウイルス検査(血液検査)を含む合理的必要性のない「健康診断」を実施することは、結果として肝炎ウイルスの持続感染者等に対する就職差別につながるおそれがあります。
採用選考時にウイルス性肝炎やエイズ等の確認をすることは職業安定法上の「求職者等の個人情報の取り扱い」規定にも抵触する可能性がある
なお、採用選考時にウイルス性肝炎やエイズ等の確認を行うことは、このような採用差別(就職差別)につながる問題だけでなく、職業安定法で義務付けられた「求職者等の個人情報の取り扱い」規定に抵触する可能性がある問題を指摘することも可能です。
職業安定法第5条の4では、求職者の個人情報については「その業務の目的の達成に必要な範囲内で収集・保管し使用すること」と規定されていますので、そもそも労働者を募集する企業では、「業務の目的の達成に必要な範囲」を超えた応募者の個人情報を収集したり保管をすること自体が法的に認められていません。
【職業安定法第5条の4】
第1項 公共職業安定所、特定地方公共団体、職業紹介事業者及び求人者、労働者の募集を行う者及び募集受託者並びに労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者(中略)は、それぞれ、その業務に関し、求職者、募集に応じて労働者になろうとする者又は供給される労働者の個人情報(中略)を収集し、保管し、又は使用するに当たつては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。ただし、本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。
第2項 公共職業安定所等は、求職者等の個人情報を適正に管理するために必要な措置を講じなければならない。
そうであれば、業務に関する適性や能力とは関係のない個人の病気等を確認する行為も「その業務の目的の達成に必要な範囲」を超えた求職者の個人情報を収集ないし保管することになり得ますから、そのような病気の確認をすること自体がこの職業安定法の「求職者等の個人情報の取り扱い」に違反する可能性を生じさせます。
ですから、この職業安定法上の違法性の観点から考えても、採用選考でウイルス性肝炎やエイズ等の確認を行うことは到底認められるものではないと言えるのです。
採用選考でウイルス性肝炎やエイズ等の確認を迫られた場合の対処法
以上で説明したように、採用選考でウイルス性肝炎やエイズ等の確認をすることは採用差別(就職差別)や職業安定法上の個人情報取り扱い規定に抵触する過労性がありますから、本題であれば採用活動の場であってはならないことと言えます。
もっとも、そうは言っても実際の採用選考でウイルス性肝炎やエイズ等の確認を求められれば応募者の側で適当な対応を取らなければなりませんので、その場合にどのような対応を取り得るかが問題となります。