求人広告・求人票と実際の労働条件(賃金等)が違う場合の考え方

ア)特段の事情がない限り求人広告や求人票に表示された労働条件が労働契約の内容になると判断された事例

たとえば、試用期間経過後に求人広告に表示されていた基本給の金額を引き下げられた労働者がその基本給引き下げの無効を主張して争った「美研事件(東京地裁平成20年11月11日判決労判982号82頁)」では、本採用後に能力給が支給されることによって基本給が減額される仕組みを説明しなかった使用者側に問題があったとされて、その基本給の減額が無効と判断されています。

ですから、この美研事件のような説明義務違反があったケースでは、求人広告や求人票に表示された労働条件を労働契約の内容にするよう会社側に求めることも可能な事案があるものと考えられます。

イ)求人広告や求人票に表示された労働条件を著しく下回る労働条件を実際の労働条件とすることは信義誠実義務違反となると判示された事案

また、入社時に確定された賃金が新卒採用の求人票に記載された基本給見込額から引き下げられたためその差額を請求して争った「八州測量事件(東京高裁昭和58年12月19日判決|裁判所判例検索)」の判決文では、「求人者はみだりに求人票記載の見込額を著しく下回る額で賃金を確定すべきでないことは、信義則からみて明らか」と述べられています。

(前略)…求人票記載の見込額の趣旨が前記のようなものだとすれば、その確定額は求人者が入職時までに決定、提示しうることになるが、新規学卒者が少くとも求人票記載の賃金見込額の支給が受けられるものと信じて求人に応募することはいうまでもなく、賃金以外に自己の適性や求人者の将来性なども志望の動機であるにせ よ、賃金は最も重大な労働条件であり、求人者から低額の確定額を提示されても、新入社員としてはこれを受け入れざるをえないのであるから、求人者はみだりに求人票記載の見込額を著しく下回る額で賃金を確定すべきでないことは、信義則からみて明らかであるといわなければならない。けだし、そう解しなければ、いわゆる先決優先主義を採用している大学等に籍を置く求職者はもちろんのこと、一般に求職者は、求人者の求人募集のかけ引き行為によりいわれなく賃金につき期待を裏切られ、今更他への就職の機会も奪われ、労働基準法一五条二項による即時解除権は、名ばかりの権利となつて、求職者の実質的保護に役立たないからである。…(後略)

※出典:八州測量事件(東京高裁昭和58年12月19日判決|裁判所判例検索 より引用
※ただし、この八州測量事件では「しかし、さればといつて、確定額が見込額を下廻つたからといつて、直ちに信義則違反を理由に見込額による基本給の確定という効果をもたらすものでないことも、当然」と述べたうえで、石油ショックなど社会的な事情などを考慮して「労働契約に影響を及ぼすほど信義則に反するものとは認めることができない」と判示されています。

ですから、実際の労働条件が求人広告や求人票に表示された労働条件を「著しく下回る」ケースでは、前述した「信義誠実義務違反(労働契約法第3条4項)」を理由にその無効を主張することも認められる事案があると考えられます。

この点、実際の労働条件と求人広告や求人票に表示された労働条件との間に具体的にどの程度の差(賃金や労働時間、休日などの差)があれば「著しく下回る」として引き下げられた実際の労働条件の無効を主張できるかはケースバイケースで判断するしかありませんが、納得できない程度に「著しく下回る」場合であれば、その無効を主張してみるのもよいのではないかと思います。

ウ)面接時の説明に問題があったとされて信義誠実義務違反による慰謝料請求が認められた事案

その他にも、たとえば求人広告で具体的な労働条件が明示されなかったことで実際の労働条件が問題になった「日新火災海上保険事件(東京高裁平成12年4月19日判決|裁判所判例検索)」では、採用面接の際に使用者が行った賃金等の説明が労働者に誤解を与えるものであったとして、信義誠実義務違反に基づく不法行為が成立するとして慰謝料の支払いが認められています。

(前略)…被控訴人は、計画的中途採用を推進するに当たり、内部的には運用基準により中途採用者の初任給を新卒同年次定期採用者の現実の格付のうち下限の格付により定めることを決定していたのにかかわらず、計画的中途採用による有為の人材の獲得のため、控訴人ら応募者に対してそのことを明示せず、 就職情報誌「Bーing」での求人広告並びに面接及び社内説明会における説明において、給与条件につき新卒同年次定期採用者と差別しないとの趣旨の、応募者をしてその平均的給与と同等の給与待遇を受ける ことができるものと信じさせかねない説明をし、そのため控訴人は、そのような給与待遇を受けるものと信じて被控訴人に入社したものであり、そして、入社後一年余を経た後にその給与が新卒同年次定期採用者の下限に位置づけられていることを知って精神的な衝撃を受けたものと認められる。
 かかる被控訴人の求人に当たっての説明は、労働基準法一五条一項に規定するところに違反するものというべきであり、そして、雇用契約締結に至る過程における信義誠実の原則に反するものであって、これに基づいて精神的損害を被るに至った者に対する不法行為を構成するものと評価すべきである。…(後略)

※出典:東京高裁平成12年4月19日判決|裁判所判例検索 より引用

ですから、求人広告や求人票に表示された労働条件と実際の労働条件が異なるなどの事実があり、採用面接の説明でも求職者に誤解を与えるような説明がなされて求職者が十分な理解もできないまま当初の想定とは異なる労働条件で入社したようなケースでは、会社に対する慰謝料請求が認められるケースも事案によってはあるものと考えられます。

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求人広告や求人票に表示された労働条件と実際の労働条件が異なる場合の対処法

以上で説明したように、求人広告や求人票に表示された労働条件と実際の労働条件が異なる場合には、労働者がその条件で入社した以上、その実際に締結された労働条件が労働契約の内容となるので労働者から使用者に対して「求人広告や求人票に表示された労働条件に変えろ」と求めることはできないのが基本ですが、使用者側に「信義誠実義務違反」や「労働契約内容の理解促進努力義務違反」が認められるケースでは、求人広告や求人票に表示された労働条件に変更することを求めたり、その差額の支払いを求めたり、あるいは精神的苦痛を理由に慰謝料の支払いを求めることができる場合もあるものと考えられます。

この場合、そうしたケースで具体的にどのような対処を取ることができるかが問題となりますが、その点については『求人詐欺(実際の賃金等が求人票や求人広告と違う)の対処法』のページで詳しく解説しています。