求人広告・求人票と実際の労働条件(賃金等)が違う場合の考え方

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求人広告や求人票に掲載されている労働条件(賃金や労働時間、休日やその他の待遇など)と実際に入社した場合に適用される労働条件が異なることで労働者が不利益を受けるトラブルが少なからず発生しているようです。

たとえば、転職サイトの求人欄には「時給1000円」と表示されていたのに、実際に面接を受けて働き始めてみると実際の時給は「800円」であったり、ハローワークの求人票には「年間20日間の有給休暇あり」と記載されていたにもかかわらず、実際に採用される段階で渡された労働条件通知書には「有給休暇10日間」などと記載され10日間の有給休暇しか与えられないようなケースです。

このような場合、応募した労働者は会社側に「騙されて」入社したような形になり、当初予想していた労働条件より低い労働条件で働くことを強制されることになりますから、労働者の側に立って考えれば到底納得できるものではないような気もします。

では、このように実際の労働条件と異なる求人を出して労働者を募集する企業側の採用活動は許されるものなのでしょうか。

また、実際の労働条件が求人広告や求人票などで表示されていた労働条件と異なる場合、入社した労働者は会社に対して求人広告や求人票に記載されていた労働条件を適用するよう求めることはできるのでしょうか。

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求人広告や求人票の労働条件と実際の労働条件が異なるケースの法的な考え方

このように、企業(個人事業主も含む)が出す求人広告や求人票に表示された労働条件(賃金・労働時間・休日・その他の労働条件)が、実際の労働条件と異なるケースがあるわけですが、このような問題の対処法を考えるに際しては、次の2つの考え方を基本にして検討する必要があります。

(1)求人広告や求人票の表示に関わらず実際に締結された労働条件が労働契約の内容となる

この点、まず理解してほしいのが、使用者(会社・個人事業主も含む)と労働者の間で結ばれる労働契約(雇用契約)の内容は、求人広告や求人票で表示された内容ではなく、面接などで実際に説明がなされて両者が合意した内容によって決定されるという点です。

労働契約(雇用契約)は売買契約などと同じ「契約」の一種ですから、契約者の一方が契約条件を提示して契約相手方からの「申し込みを誘因」し、契約相手方がその誘因に応じて「申し込み」を行うことで両者の意思表示が合致し、これによって契約が締結されるという手順を踏むことになります。

たとえば、売り主が「リンゴ1玉100円」という広告を出して買主を「誘因」し、この誘因に応じた買主が「リンゴを1玉ください」と「申し込み」を行って買主が「100円」を交付して売主が「リンゴ1玉」を渡せば、それで契約が成立します。これが売買契約です。

しかしこの場合、「リンゴ1玉100円」の誘因をした売主がその誘因に申し込みをしてきた買主に対して「やっぱりリンゴ1玉200円にするよ」と言い、それに買主が「それでもいいからリンゴを1玉ください」と「申し込み」を行って両者の意思が合致し買主が「200円」を交付して売主が「リンゴ1玉」を渡せば、それで「リンゴ1玉200円」の売買契約が成立します。

つまり、たとえ実際に締結された契約の条件が当初の誘因(リンゴ1玉100円)とは異なる条件(リンゴ1玉200円)であったとしても、その当初と異なる条件で買主が合意したのなら、その当初と異なる条件(リンゴ1玉200円)の売買契約が有効に成立することになるわけです。

これは労働契約(雇用契約)でも同じですから、たとえば当初の求人広告や求人票に「時給1000円」の表示(申し込みの誘因)がなされていたとしても、実際の面接の場で「時給は800円だから」と言われて応募者が「時給800円でもいいから働きます」と合意(契約の申込み)して会社と応募者の意思が合致すれば、その「時給800円」という労働条件で労働契約(雇用契約)が有効に成立することになります。

ですから、仮に実際に働き始めた会社(個人事業主も含む)の労働条件(賃金・労働時間・休日・その他の労働条件)が、求人広告や求人票に表示されていた労働条件と異なる(多くの場合は当初の労働条件よりも下回る)ことがあったとしても、その労働条件が違うこと自体に違法性が生じるものではなく、労働者がその異なる(下回る)労働条件を合意したのであれば、基本的にその異なる(下回る)労働条件が労働契約(雇用契約)の内容となって労働者を拘束する(※つまり「求人票には1000円って書いてあったから1000円にしろ」とは言えなくなる」ということ)ということになるわけです。

(2)企業(個人事業主も含む)には求人広告や求人票で実際の労働条件を下回る労働条件を提示しないよう心掛ける義務が課せられている

このように、賃金や労働時間・休日など労働者の労働条件は、使用者と労働者の間で最終的に合意され内容がその労働契約(雇用契約)の内容となりますから、たとえ求人広告や求人票に表示されていた条件と異なる条件が労働契約(雇用契約)の内容となったとしても、その内容で労働者が合意して入社した以上、労働者はその求人広告や求人票で表示されていた条件とは異なる(下回る)労働条件に拘束されることになるのが基本です。

もっとも、だからといってそうした実際の労働条件とは異なる労働条件を提示して労働者を募集することが無制約に許されるわけではありません。使用者には労働者に対して信義に従い誠実に向き合うことが義務付けられるからです(労働契約法第3条4項:「信義誠実の原則」)。

労働契約法第3条4項

労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。

労働契約法第3条4項はこのように「信義に従い誠実に、権利を行使し…義務を履行」することが義務付けられますから、実際の労働条件と異なる労働条件を求人広告や求人票で提示すること自体がこの「信義誠実の原則」に違反する以上、そうした事実と異なる応募者の誘因は本来的に許されない行為であると言えます。

また、使用者には労働者に対して労働条件を明示することが義務付けられていて(労働基準法第15条1項)、労働契約の内容について労働者の理解を深めるように努力することが求められますから(労働契約法第4条1項:「労働契約内容の理解促進努力義務」)、労働者が働き始めた後になって「求人広告や求人票に表示された労働条件と違う」という疑問を持つこと自体、本来はありえません。

労働基準法第15条1項

使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。

労働契約法第4条1項

使用者は、労働者に提示する労働条件及び労働契約の内容について、労働者の理解を深めるようにするものとする。

使用者がこの「労働契約内容の理解促進努力義務」を真摯に守って、たとえば「求人広告や求人票には時給1000円って書いていたけど実際は800円しか出せないんですよ。それでもいいですか」などと面接の際に誠実に説明しておけば労働者もそれを理解したうえで入社するはずなので、入社した後になって「求人広告や求人票に表示されてた条件と違うじゃないか」などと文句を言うはずがないからです。

労働者が入社した後になって「労働条件が求人広告や求人票に表示された内容と違うじゃないか!」と不満を感じているとすれば、それは使用者がこの労働契約法第4条1項の「理解促進努力義務」に違反していたことの証左となりますから、労働者がそうした疑義を持っている時点で使用者がこの「信義誠実義務」や「理解促進努力義務」に違反していることは明らかと言えます。

ですから、求人広告や求人票に表示された労働条件と異なる労働条件で働かされている労働者がいた場合には、その求人広告や求人票と異なる労働条件が労働契約(雇用契約)の内容となるのが基本的な取り扱いとなるにしても、使用者に「信義誠実義務違反」や「労働契約内容の理解促進努力義務」に違反する事実があることを理由として、その違法性や契約違反性を指摘することもできる可能性があるということになるのです。

求人広告や求人票の労働条件と実際の労働条件が異なる場合、労働者が保護されるか否かはケースバイケースで判断するしかない

以上で説明したように、労働者の労働条件は労働者が使用者との間で締結した労働契約(雇用契約)の内容によって決まりますから、たとえ実際の労働条件が求人広告や求人票に表示された労働条件と異なるケースがあったとしても、それを了承して労働者が労働契約の内容を合意し入社している以上、労働者が労働条件を求人広告や求人票に表示された労働条件にするよう求めることは困難な面がありますが、しかし一方で、使用者には「信義誠実義務の原則(労働契約法第3条4項)」や「労働契約内容の理解促進努力義務(労働契約法第4条1項)」がありますので、その義務違反行為を指摘できる場合には、労働者から使用者に対してその異なる労働条件の是正を求める余地もあるものと考えられます。

もっとも、実際に労働者の労働条件が求人広告や求人票に表示された労働条件と異なるケースがあった場合に、労働者が求人広告や求人票に表示された労働条件を労働契約の内容とすることを求めることができるか否かは、個々の事案ごとに検討するしかありません。

この点、過去の裁判例では次のような判断がされていますのでこれらの裁判例が参考になろうかと思われます。