求人詐欺(実際の賃金等が求人票や求人広告と違う)の対処法

求人広告や求人票に表示された労働条件と実際に働き始めた後に適用される労働条件が異なるトラブルが見受けられます。

一般的には「求人詐欺」などと呼ばれることもありますが、たとえば求人広告には「時給1000円」と表示されていたのに実際に働き始めてみると「時給800円」しかもらえなかったり、求人票には「有給休暇は年間20日間」と掲載されていたのに実際には「年10日間」しか認められなかったりするようなケースがそれに当たります。

このようなケースでは、労働者が求人広告や求人票に表示された労働条件を適用するよう会社(個人事業主も含む)側に対して求めることができるかという点が問題となりますが、たとえ実際の労働条件が求人広告や求人票で表示された労働条件と異なっていたとしても、その異なる労働条件に合意して入社している以上、合意した労働条件が労働契約(雇用契約)の内容となりますから、入社した労働者が会社に対して求人広告や求人票に表示された労働条件の実現を会社に求めることはできないのが基本です。

たとえば「時給1000円」と表示された求人広告や求人票を見て求人に応募したとしても、採用面接の場で「時給は800円」との説明を受けて求職者がそれに合意し「時給は800円」という約定で会社側と労働契約(雇用契約)を締結したのであれば、その「時給は800円」という労働条件が労働契約(雇用契約)の内容となりますので、労働者が入社後に「求人広告や求人票には時給1000円って書かれてたじゃないか!時給を1000円支払え!」と求めることはできないのが基本的な考え方となるわけです。

もっとも、これはあくまでも基本的にはそう考えることになるというだけの話であって、労働者が全く救済されないわけではありません。

求人広告・求人票と実際の労働条件(賃金等)が違う場合の考え方』のページでも解説したように、企業(個人事業主も含む)側には労働契約法で「信義誠実義務の原則」や「労働契約内容の理解促進努力義務」が課せられていますので、実際の労働条件とは異なる労働条件を求人広告や求人票に表示したり、実際の労働条件が求人広告や求人票に表示された労働条件と異なることを採用面接の場などで十分に説明せず労働者の誤解を招いたような事実があるケースでは、その会社(個人事業主も含む)側の義務違反を理由にして求人広告や求人票に表示された労働条件の実現を求めたり、精神的苦痛を理由にした慰謝料請求が認められる余地もあるからです。

もっとも、そうは言っても会社(個人事業主も含む)との関係では労働者は圧倒的に弱い立場にありますから、労働者が会社側に対して実際の労働条件が求人広告や求人票に表示された労働条件と異なることの是正を求めるのは容易ではありません。

では、実際に働き始めた会社(個人事業主も含む)において適用される労働条件が求人広告や求人票に表示された労働条件と異なっている場合、それによって不利益を受けている労働者は具体的にどのように対処すればよいのでしょうか。

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求人詐欺にあった場合の対処法

求人広告や求人票に表示された労働条件と実際の労働条件が異なるトラブル(実際の賃金や労働時間、休日等の条件が求人広告や求人票に表示された条件を下回っているトラブル)に遭遇した際に労働者が取りうる具体的な対処法としては以下のような方法が考えられます。

(1)ハローワークに実際の労働条件が求人票に表示された労働条件と異なる事実を相談(申告)してみる

賃金や労働時間、休日など実際に働き始めた会社の労働条件が求人広告や求人票に表示された労働条件と異なることで不利益を受けている場合には、その事実をハローワークに申告してみるというのも対処法の一つとして有効です。

その求人がハローワークから紹介を受けたものである場合には、実際の労働条件が求人票と異なるものであったことをハローワークに相談することで、ハローワークから会社(個人事業主も含む)に対して何らかの指導が行われることを期待できるからです。

また、仮にその求人広告や求人票がハローワークから紹介を受けた者でなかったとしても、『求人広告・求人票と実際の労働条件(賃金等)が違う場合の考え方』のページでも解説したように、 労働者を募集し採用する企業(個人事業主も含む)には求職者(労働者)に対して労働条件を明示し説明してその理解を深めるよう努めることが求められますから、実際の労働条件と異なる労働条件を求人広告や求人票で提示することはそれ自体が「信義誠実義務の原則」や「労働契約内容の理解促進努力義務」に違反することになります。

加えて、職業安定法第5条の3では、労働者の募集を行う求人者に対してその労働条件を明示することだけでなく、それを変更する場合の書面の交付など(同法施行規則4条の2参照)も義務付けられていますから、入社した労働者が労働条件に納得できていない事実は、その労働条件の明示が不十分であったことを強く推認させ、会社(個人事業主も含む)側にこの職業安定法第5条の3に違反する態様があったことを疎明できる事実となりうるでしょう。

職業安定法第5条の3

第1項 公共職業安定所、特定地方公共団体及び職業紹介事業者、労働者の募集を行う者及び募集受託者並びに労働者供給事業者は、それぞれ、職業紹介、労働者の募集又は労働者供給に当たり、求職者、募集に応じて労働者になろうとする者又は供給される労働者に対し、その者が従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。
第2項 求人者は求人の申込みに当たり公共職業安定所、特定地方公共団体又は職業紹介事業者に対し、労働者供給を受けようとする者はあらかじめ労働者供給事業者に対し、それぞれ、求職者又は供給される労働者が従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。
第3項 求人者、労働者の募集を行う者及び労働者供給を受けようとする者(供給される労働者を雇用する場合に限る。)は、それぞれ、求人の申込みをした公共職業安定所、特定地方公共団体若しくは職業紹介事業者の紹介による求職者、募集に応じて労働者になろうとする者又は供給される労働者と労働契約を締結しようとする場合であつて、これらの者に対して第一項の規定により明示された従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件(以下この項において「従事すべき業務の内容等」という。)を変更する場合その他厚生労働省令で定める場合は、当該契約の相手方となろうとする者に対し、当該変更する従事すべき業務の内容等その他厚生労働省令で定める事項を明示しなければならない。
第4項 前三項の規定による明示は、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により行わなければならない。

そうであれば、ハローワークから紹介を受けた求人ではなかったとしても、会社側に職業安定法違反の事実があったことを指摘して監督官庁に行政的な指導を求めることもできると考えられますが、職業安定法の監督機関はハローワークとなりますので、ハローワークに対して求人広告や求人票に表示された労働条件と実際の労働条件が違う事実を相談(申告)し行政指導等を促すことで不当な労働条件が改善されるかもしれません。

ですから、実際の労働条件が求人広告や求人票に表示された労働条件と異なることで不利益を受けている場合には、その求人がハローワークから紹介を受けたものであるか否かにかかわらず、とりあえずハローワークにその事実を相談してみるというのも対処法の一つとして有効な場合があると考えられるのです。

なお、全国のハローワークの所在地等については厚生労働省のサイトから確認することができます。

https://www.mhlw.go.jp/kyujin/hwmap.html

(2)求人広告の会社に苦情を申し出してみる

実際の労働条件が求人広告に表示された労働条件と異なることで不利益を受けている場合には、その求人広告を管理しているウェブサイトの管理会社や求人雑誌の出版元に苦情を入れてみるというのも一つの対処法として考えられます。

求人広告を出しているウェブサイトや出版社から何らかの指導等がなされれば、以後の求人が掲載されない不利益を考慮して何らかの譲歩が得られるかもしれません。

(3)会社に対して「信義誠実義務違反」や「労働契約内容の理解促進努力義務違反」を書面で指摘してみる

実際に働き始めた会社における労働条件が求人広告や求人票に表示された労働条件と異なることで不利益を受けている場合には、その事実とそれが労働契約法第3条4項の「信義誠実義務の原則」や同法4条1項の「労働契約内容の理解促進努力義務」に違反することを指摘した書面を作成し、文書の形で差し入れて抗議してみるというのも一つの対処法として有効と考えられます。

求人広告・求人票と実際の労働条件(賃金等)が違う場合の考え方』のページでも解説したように実際の労働条件が求人広告や求人票に表示された労働条件と異なることは労働契約法第3条4項の「信義誠実義務の原則」や同法4条1項の「労働契約内容の理解促進努力義務」に違反する違法性を惹起させますが、そうした義務違反を行う会社(個人事業主も含む)はそもそも法令遵守意識が低いので、口頭で抗議したところでそれが改善される期待は持てません。

しかし、「書面」という形で改めてその違法性を指摘すれば、将来的な行政機関への相談や訴訟などのリスクを考えて何らかの譲歩に応じたり、不当な労働条件の引き下げを撤回することもあるかもしれません。

そのためこうした事案ではとりあえず「書面」を作成して会社に郵送してみるというのも対処法の一つとして有効に機能するケースがあると考えられるのです。

なお、この場合に会社に通知する書面の文面は以下のようなもので差し支えないと思います。

甲 株式会社

代表取締役 ○○ ○○ 殿

労働条件を求人票記載の条件に訂正するよう求める申入書

私は、〇年〇月〇日、貴社が○○に掲載した求人広告(求人票)を確認し、同年〇月〇日に貴社が実施した採用面接を受験して、同年〇月〇日に採用の通知を受けて同年〇月〇日付で貴社に入社いたしました。

ところが、貴社の求人広告(求人票)には「時給1000円」「有給休暇年20日間付与」と表示されていたにもかかわらず、入社後に貴社から交付された労働条件通知書には「時給800円」「有給休暇年10日」と記載されており、先月〇日に支給のあった最初の給料も時給800円で計算された金額が振り込まれているなど、実際の労働条件が私が入社当時認識していた基準を大幅に下回っております。

この労働条件の相違につきましては先日から直属の上司である○○氏(課長)に再三にわたって抗議しておりますが、当該労働条件の相違については採用面接の際に何ら特段の説明もなされていなかったにもかかわらず「採用面接時に説明されているはずだ」と言うのみで一向にその改善が見られません。

しかしながら、使用者には労働基準法第15条1項で労働条件の明示義務が課されているだけでなく、労働契約法第3条4項では信義誠実義務の原則が、また同法第4条1項では労働契約内容の理解促進努力義務も課せられていますし、また、職業安定法第5条の3では労働者を募集する求人者に労働条件の明示を義務付けていますから、実際の労働条件が求人広告や求人票に表示された労働条件と異なる貴社の態様は、これらの法律に違反するものとして違法性を惹起させるものと思料いたします。

したがって、私は、貴社に対し、求人広告(求人票)に表示されていたものと同様に、直ちに私の賃金を「時給1000円」に、また私に付与される有給休暇を「20日間」に変更することを申し入れいたします。

以上

〇年〇月〇日

〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室

○○ ○○ ㊞

※証拠として残しておくため、コピーを取ったうえで配達した記録の残る特定記録郵便などの郵送方法で送付するようにしてください。