採用面接における「尊敬する人物」の質問は採用差別にならないか

採用面接で、面接官や人事担当者が「尊敬する人物」を聞いてくる会社がごく稀にあります。

しかし「尊敬する人物」はその会社の業務に関係ないはずですから、それを面接で聴くのは不適当であるような気もします。

では、このように面接で「尊敬する人物」を聴く行為は許されるものなのでしょうか。

また、実際に採用面接の場で「尊敬する人物」を聞かれた場合、どのように対処すればよいのでしょうか。

広告

採用面接で「尊敬する人物」を聴く行為は採用差別(就職差別)につながる

このように、採用面接で「尊敬する人物」を聞く企業があるわけですが、結論から言えばこのような質問は採用差別(就職差別)につながるおそれがあります。

企業には「採用の自由」が認められると考えられていますから、企業がどのような属性の労働者を募集し採用するかはもっぱら企業の自由選択に委ねられるのが基本です。

しかし、その「採用の自由」も無制約なものではありません。憲法は国民に基本的人権を保障していますので、その国民の基本的人権を制限してまで企業の「採用の自由」を許すことは適当ではないからです。

「採用の自由」も「公共の福祉」の範囲内でその自由が認められるにすぎませんから、応募者の基本的人権を侵害するような「採用の自由」は当然に制限され得るわけです。

この点、憲法は「思想・良心の自由(憲法第19条)」や「信教の自由(憲法第20条)」を保障していますから、労働者が「誰」を尊敬し信奉するかは個人の自由に委ねられるべきものであり、たとえ雇用主であってもそれに干渉すべきではありません。

日本国憲法第19条

思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

日本国憲法第20条第1項

信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

また、憲法は「職業選択の自由(憲法22条)」や「法の下の平等(憲法14条)」を保障していますから、「就職の機会均等」は保障されなければなりませんが、「尊敬する人物」が誰かによってその労働者の採否が判断されるなら、本来自由であってよいはずの思想信条や信教に関する事項で合理的な理由なく差別的な取り扱いを受けることになり、結果として「就職の機会均等」が損なわれる結果となってしまいます。

日本国憲法第14条第1項

すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

日本国憲法第22条

第1項 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
第2項 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

このように、本来自由であるはずの「尊敬する人物」を採用面接で聞いてしまえば、それが「誰か」によって応募者の「就職の機会均等」が不当に損なわれてしまう恐れがありますので、採用面接で「尊敬する人物」を聴く行為は採用差別(就職差別)につながる恐れがあると言えるのです。

企業側に差別する意図がなくても採用差別(就職差別)につながる恐れを生じされる

このように、採用面接で「尊敬する人物」を尋ねる行為は採用差別(就職差別)につながる恐れがありますのでそもそも聞いてはいけない事項(それを聞くこと自体がタブー)とも言えますが、これは企業側に差別する意図がなかったとしても同じです。

ア)企業側に差別の意図がなくても面接官や人事担当者に予断や偏見を生む

たとえ面接官や人事担当者にその「尊敬する人物」を採否の判断基準とする意図がなかったとしても、いったんそれを聞いてしまえば、その「尊敬する人物」の情報が面接官や人事担当者の意識に影響を与えますから、その情報を全く排除して判断するということはできません。

いったん聞いてしまえば、少なからぬ予断や偏見が生じる可能性を否定できなくなってしまいますから、それを聞くこと自体が採用差別(就職差別)につながり得るのです。

イ)「尊敬する人物」を聞かれたくない応募者はそれを聞かれること自体が大きなストレスとなる

また、たとえ企業側に差別の意図がなかったとしても、「尊敬する人物」を聞かれたくない応募者がある場合は、その質問を受けること自体が大きなストレスとなり本来の力を発揮できない可能性がある事も問題です。

たとえば、社会的に否定的なイメージを持たれている宗教を信奉している応募者がその宗教の教祖を尊敬していたような場合、その応募者にとっては「尊敬する人物」を聞かれれば、悪いイメージを持たれるのではないかと危惧するでしょうから、それを聞かれること自体が大きなストレスとなってしまいます。

そうなれば、その宗教を信じその教祖を信奉している応募者だけが大きなストレスの下で面接を受けることを強いられることになり、その人だけが面接で本来の力を発揮できずに不採用になってしまうかもしれません。

仮にそうなれば、その宗教を信じその教祖を尊敬している応募者だけが面接で差別的な取り扱いを受け就職の機会を奪われることになりますから、それは「思想信条の自由」を侵したうえでの「法の下の平等」に反する差別的な面接となってしまいます。

ですから、たとえ企業側に差別の意図がなかったとしても、採用面接において「尊敬する人物」を聞くことは避けなければならないと言えるのです。

厚生労働省の指針でも「尊敬する人物」の聴取は採用差別(就職差別)につながると指摘されている

なお、以上の点は厚生労働省の指針(※参考→https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/saiyo.htm)でも同様に指摘されていますので、念のため引用しておきましょう。

「宗教」「支持政党」「人生観・生活信条など」「尊敬する人物」「思想」「労働組合(加入状況は活動歴など)」「学生運動などの社会運動」「購読新聞・雑誌・愛読書」など、思想・信条にかかわることを採否の判断基準とすることは、憲法上の「思想の自由(第19条)」「信教の自由(第20条)」などの精神に反することになります。思想・信条にかかわることは、憲法に保障された本来自由であるべき事項であり、それを採用選考に持ち込まないようにすることが必要です。

※出典:公正な採用選考を目指して|厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/dl/saiyo-01.pdfより引用

採用面接で「尊敬する人物」を尋ねる行為は職業安定法における「求職者等の個人情報の取り扱い」規定にも違反する

なお、採用面接で「尊敬する人物」を尋ねる行為は、以上で指摘した採用差別(就職差別)につながる恐れがあるという問題とは別の問題として、職業安定法で禁止された「求職者等の個人情報の取り扱い」規定に抵触する問題も提起できます。

職業安定法第5条の4は、労働者の募集を行う者等が収集する求職者の個人情報については、その業務の目的の達成に必要な範囲内で収集・保管し使用することが義務付けていますから、そもそもその範囲を超えた個人情報の収集や保管は、これに違反することになります。

職業安定法第5条の4

第1項 公共職業安定所、特定地方公共団体、職業紹介事業者及び求人者、労働者の募集を行う者及び募集受託者並びに労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者(中略)は、それぞれ、その業務に関し、求職者、募集に応じて労働者になろうとする者又は供給される労働者の個人情報(中略)を収集し、保管し、又は使用するに当たつては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。ただし、本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。
第2項 公共職業安定所等は、求職者等の個人情報を適正に管理するために必要な措置を講じなければならない。

この点、先ほど説明したように「尊敬する人物」はその会社の業務達成や応募者の適性や能力とは全く関係がありませんから、それを尋ねる行為自体が職業安定法第5条の4で禁止された「その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲」を超えることになるでしょう。

もちろん、同条は但し書きで「本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合」には適用を除外していますから、「本人の同意」があれば聞いても構わないという意見もあるかもしれません。

しかし採用面接の席上では企業側が圧倒的に優位な立場に立っており、応募者は面接官や人事担当者の心証を悪くする懸念から同意を拒否するのは容易ではありませんから、聞かれたくない質問でも聞かれれば同意して答えるしかありません。

採用面接の場において応募者が自由意思で面接官の質問を拒否することは事実上不可能なのですから、採用差別(就職差別)につながる恐れがある質問をすること自体が職業安定法第5条の4における違法性を惹起させるのです。

ですから、採用面接で「尊敬する人物」を尋ねる行為は職業安定法における「求職者等の個人情報の取り扱い」規定の違法性も指摘できると言えます。

採用面接で「尊敬する人物」を聞かれた場合の対処法

以上で説明したように、採用面接で「尊敬する人物」を聴く行為は採用差別(就職差別)につながるおそれがあるだけでなく、職業安定法の個人情報取り扱い規定にも抵触する違法性のある行為と言えますから、本体的に考えればそのような質問はなされてよいものではありません。

もっとも、実際の面接の場でそのような質問を受けた場合には、応募者の側で対処しなければなりませんから、その場合に如何なる行動を取り得るかという点が問題となります。