採用面接における「尊敬する人物」の質問は採用差別にならないか

(1)その会社への就職を取りやめる

採用面接で「尊敬する人物」を聞かれた場合には、その会社への就職を取りやめるというの一つの選択肢として考えられます。

前述したように、「尊敬する人物」を聴くことは思想信条への介入であり就職の機会均等を損ねる採用差別(就職差別)につながるだけでなく、職業安定法にも違反する行為と言えますから、そうした問題に頓着することなくそうした質問を垂れ流していること自体、その企業の倫理観の欠如や法令遵守意識の欠落を如実に表していると言えます。

そうであれば、仮にその会社から内定をもらって就職できたとしても、いずれ何らかの労働トラブルに巻き込まれるのは容易にできますから、その会社に就職すること自体が人生における大きなリスク要因となり得ます。

ですから、面接で「尊敬する人物」を聞くような会社に就職するのは取りやめて、他のまともな会社を探してみることも考えた方が良いかもしれません。

(2)「尊敬する人物」を聴く行為が採用差別(就職差別)や職業安定法の個人情報取り扱い規定違反につながることを説明してみる

採用面接で「尊敬する人物」を聞かれた場合は、それが採用差別(就職差別)につながるものであり職業安定法で禁止された「求職者等の個人情報の取り扱い」規定にも抵触するものである点を、上に挙げた厚生労働省の指針などを提示して説明してみるのも一つの選択肢として考えられます。

前述したように、面接で「尊敬する人物」を聞くことは採用差別(就職差別)や職業安定法違反の問題を惹起させますが、中にはそうした問題点にそもそも気付いていない企業もありますので、そうした無知・無教養な会社や面接官に対しては、その問題点を具体的に指摘するだけでその問題のある面接姿勢が改善される可能性もあります。

もちろん、そうした問題点を面接で指摘すれば、企業側の機嫌を損ねて不採用になるかもしれませんが、それで不当な面接がなくなるのであれば、社会から採用差別(就職差別)や違法な個人情報の収集を行う会社を一つ無くすことができるできることになりますので、社会的な意義はあると言えます。

ですから、その会社に就職すること自体を諦めてもよいと考えるのであれば、面接の際に採用差別(就職差別)や職業安定法の違法性の問題について指摘してみるのも良いかもしれません。

(3)面接で「尊敬する人物」を聞かれた事実をハローワークに申告(相談)してみる

採用面接で「尊敬する人物」を聞かれた場合には、その事実をハローワークに申告(相談)してみるというのも選択肢の一つとして考えられます。

前述したように、面接で「尊敬する人物」を聴く行為は採用差別(就職差別)につながるものであり厚生労働省の指針でも注意喚起されていますから、それを無視してそのような質問をしている企業は厚生労働省の指針に従っていない採用活動を行っていることになります。

この点、厚生労働省の指針はハローワークがその指導機関となりますが、その事実をハローワークに申告(相談)することで情報提供の一つとなり、案件によってはハローワークから何らかの指導などがなされる可能性も期待できます。

また、面接で「尊敬する人物」を聴く行為は、先ほど説明したように職業安定法の「求職者等の個人情報の取り扱い」規定に違反することになりますが、かかる職業安定法違反行為について厚生労働大臣は、企業(その他職業紹介業社や派遣事業者等も含む)が職業安定法の規定に違反している事実がある場合に、その業務の運営を改善させるために必要な措置を講ずべきことを命じることができ(職業安定法第48条の3第1項)、その厚生労働大臣の命令に企業が違反した場合には「6月以下の懲役または30万円以下の罰金」の刑事罰の対象とすることも可能です(職業安定法第65条第7号)。

職業安定法第48条の3第1項

厚生労働大臣は、職業紹介事業者、労働者の募集を行う者、募集受託者又は労働者供給事業者が、その業務に関しこの法律の規定又はこれに基づく命令の規定に違反した場合において、当該業務の適正な運営を確保するために必要があると認めるときは、これらの者に対し、当該業務の運営を改善するために必要な措置を講ずべきことを命ずることができる。

職業安定法第65条第7号

次の各号のいずれかに該当する者は、これを6月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
第1号∼6号(中略)
第7号 第48条の3第1項の規定による命令に違反した者

そうであれば、事案によっては面接で「尊敬する人物」を聴いた企業に刑事責任を求めることも可能ですから、その監督官庁であるハローワークに申告(相談)し情報提供することで厚生労働大臣の監督権限行使を促し、その企業の違法行為の改善を期待することもできます。

ですから、面接で「尊敬する人物」を聞かれた場合は、とりあえずハローワークに申告(相談)してみるというのも対処法の一つとして考えてよいと言えるのです。

(4)労働局の紛争解決援助の手続きを利用する

採用面接で「尊敬する人物」を聞かれた場合は、労働局に申告(相談)して労働局が主催する紛争解決援助の手続きを利用してみるというのも選択肢の一つとして考えられます。

労働局では労働者と事業主との間で紛争が発生した場合にその紛争解決を図るための紛争解決援助の手続きを整備していますが、この手続きは既に雇用関係が生じている労使間の紛争だけでなく、雇用契約が締結される前の募集や採用の段階において発生した紛争についても処理の対象となっていますので、採用面接で「尊敬する人物」を聞かれて不採用になったなど採用差別(就職差別)を受けた場合の紛争も、この手続きで解決を図ることが可能です。

この労働局の紛争解決援助の手続きに法的な拘束力はありませんので、企業側が手続きへの参加に応じない場合は解決は図れませんが、企業側が手続きへの参加に同意する場合は、労働局から出される助言や指導に企業側が従うことで、面接時の思想信条に関する質問が改善されたり、事案によっては企業側が採用差別(就職差別)を認めて不採用にされた判断が覆されて内定が出されるようなケースも期待できます。

ですから、もし採用面接で「尊敬する人物」を聞かれた場合は、とりあえず労働局に相談してこの紛争解決援助の手続きを利用できないか検討してみるというのも選択肢の一つと考えてよいと思われるのです。

なお、労働局の紛争解決援助の手続きの詳細は『労働局の紛争解決援助(助言・指導・あっせん)手続の利用手順』のページで詳しく解説していますので参考にして下さい。

広告

その他の対処法

これら以外の対処法としては、各都道府県やその労働委員会が主催するあっせんの手続きを利用したり、弁護士会や司法書士会が主催するADRを利用したり、弁護士(または司法書士)に個別に相談・依頼して裁判や裁判所の調停手続きを利用する方法が考えられます。

なお、これらの解決手段については以下のページを参考にしてください。

労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは

ただし、このようなケースで裁判などしても「採用面接で尊敬する人物を質問すること」自体を禁止する法律はありませんので、裁判上でその採用差別(就職差別)の違法性が認定されるか否かは判断が難しいかもしれません。

裁判などをしたとしても採用差別(就職差別)を理由に慰謝料などの請求が認められるかは難しいかもしれませんのである程度の割り切りは必要かもしれません。