免許・資格の取得費用、自己負担と会社負担の境界は

会社で働いていると、上司や会社の経営者などから仕事で必要な免許や資格を取得するように勧められることがあります。

特に、専門的な技能や技術を使う業界ではこの傾向が強いようで、様々な研修への出席を命令し積極的に免許や資格を取得させる会社も多く存在するようです。

ところで、このように使用者(雇い主)から免許や資格の取得を指示された場合、その経費(取得費用)の負担が問題となります。その取得費用を労働者個人が負担しなければならないのか、それとも会社が負担してくれるのか、という問題です。

免許や資格は労働者個人の能力向上に寄与するため、それを取得することによって労働者自身が大きな利益を受けることは間違いありませんから、その免許や資格を取得する労働者自身が費用を負担することは当然とも思えます。

しかし、その労働者が免許や資格を取得することによって労働者としての技能技術が向上し、その労働者の生産性が向上されることによって利益を受けるのは会社も同じなのですから、その免許や資格の取得費用は会社が負担するべきとも思えます。

では、使用者(雇い主)からの指示で免許や資格を取得した場合、その取得費用は労働者と使用者(雇い主)のどちらが負担しなければならないのでしょうか?

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免許・資格の取得費用は使用者負担が原則

このように、使用者(雇い主)の指示で取得した免許や資格の取得費用を使用者(雇い主)と労働者のどちらが負担するのか、という点が問題となりますが、結論から言うとその費用負担は使用者(雇い主)が負うことになります。

なぜこのような結論に至るかというと、使用者(雇い主)が労働者に対して「免許・資格を取得しろ!」と命令する行為自体が、雇用契約に内在している教育訓練権(教育訓練を命じる権利)によって導かれているからです。

(1)会社が労働者に免許・資格の取得を命じることができるか?

使用者(雇い主)が労働者に免許や資格を取得させた場合の費用を労使のどちらが負担するかという点を考える場合、その前提としてまず、そもそも使用者(雇い主)が労働者に対して「免許・資格を取得しろ!」と命令することができるかという点を考えなければなりません。

使用者(雇い主)が労働者に対して「免許・資格を取得しろ!」と命令する権限がそもそも存在しないのなら、その費用を労働者が負担しなければならない理由も存在しないと言えるからです。

もっとも、法的には使用者(雇い主)が労働者に対して「免許・資格を取得しろ!」と命令する権限は、雇用契約(労働契約)に内在する教育訓練権(教育訓練を命じる権利)から当然に許容されるものと考えられています。

なぜなら、使用者(雇い主)が労働者を雇用する目的は、その労働者から提供を受ける労働力を最大限に利用して利益の最大化を実現するところにありますので、その労働力の質を最大限に高めるために教育訓練を実施することも当然に認められるべきであると考えられるからです。

使用者(雇い主)が雇い入れた労働者の労働力を最大限に利用するためには教育訓練を施すのは必要不可欠ですから、使用者(雇い主)が労働者に対して免許や資格を取得取るための研修を受講させる権限も、雇用契約(労働契約)に当然に含まれていると解釈されます。

ですから、使用者(雇い主)は、雇用契約(労働契約)上当然に「免許・資格を取得しろ!」と命令することができるということになるわけです。

(2)免許・資格の取得を命じる権利が使用者の教育訓練権に求められるなら、その費用も使用者が負担するのは当然の帰結

このように、使用者が労働者に対して「免許・資格を取得しろ!」と命じることができるのは、雇用契約(労働契約)に内在する教育訓練権(教育訓練を命じる権利)によって求められますので、その「免許・資格を取得しろ!」という指示は当然、業務命令の一つとなり労働者は合理的な理由がない限りそれに従わなければならない雇用契約(労働契約)上の義務があるということになります。

労働者としては、使用者(雇い主)から「○○の免許(または資格)を取得してほしい」と言われれば、基本的にそれを拒否することができないわけですから、労働者がその免許や資格を取得するために費やす労力と時間は「使用者(雇い主)から教育訓練を受けている時間」ということになるでしょう。

そうすると、労働者がその免許や資格を取得するために受講している研修等は、本来であればその雇い主である会社が自ら行うべきである研修を単に外部機関に委託して行っているだけにすぎないということができます。

もちろん、その取得した免許や資格は「労働者個人の免許・資格」となるわけですから、その免許や資格を取得することによって利益を受けるのは労働者個人といえます。

しかし、その労働者に免許や資格を取得させることによって、その労働者の生産性が向上し、その労働力を利用することによって利益の最大化を図ることができるのは使用者(雇い主)も同じなわけですから、その労働者が免許や資格を取得することによって利益を受けるのは使用者(雇い主)も同じです。

ですから、その研修にかかる費用も、その取得を命令した使用者(雇い主)自身が負担するのは当然という帰結が導かれるわけです。

業務と直接関係ない免許・資格についてはその取得費用が労働者負担となる場合もある

以上で説明したように、使用者(雇い主)が労働者に対して「免許・資格を取得しろ!」と命令する権限は、雇用契約(労働契約)に内在する教育訓練権(教育訓練を命じる権利)から導かれますから、その命令に従って免許や資格を取得するために必要となる費用は当然にその教育訓練を命じた使用者(雇い主)が負担すべきという結論に至ります。

もっとも、このように考えた場合には、その使用者の教育訓練権に含まれない免許や資格を取得した場合の費用負担は、当然には使用者(雇い主)に帰属しないことになります。

なぜなら、労働者がその職務とは直接関係ない免許や資格を取得した場合には、たとえそれが使用者(雇い主)の指示に基づいたものであったとしても、その「免許・資格を取得しろ!」という権限は雇用契約(労働契約)に内在する教育訓練権(教育訓練を命じる権利)からは当然には導かれるものではありませんので、その費用負担も当然に使用者に帰属するものと解釈することはできないからです。

業務と直接関係ない免許や資格については、仮に使用者(雇い主)が仮に「免許・資格を取得しろ!」と命じたとしても、使用者がそれ命じること自体が雇用契約(労働契約)に内在する教育訓練権を逸脱した雇用契約違反の命令ということになりますので、労働者はそもそもその命令に従わなければならない義務はありません。

ですから、そのような業務と直接関係ないような免許・資格を取得した場合には、その費用は当然には使用者(雇い主)が負担するとは言えないと考えられるわけです。

ただし、使用者(雇い主)と労働者との関係においては、どうしても労働者の方が立場が弱くなりますので、会社から「免許・資格を取得しろ!」と命じられれば、たとえそれが業務と直接関係ないものであったとしても、労働者は拒否できないのが通常です。

ですから、業務と直接関係ない免許や資格を取得した場合の費用負担については、その免許や資格を取得したのが使用者(雇い主)の命令に基づくものであるのかという点を十分に検証することがもとめられます。

(ア)会社から業務と直接関係ない免許や資格を取得するよう指示された場合

会社からの指示で業務と直接関係ない免許や資格を取得した場合の費用負担については、先ほども説明したように、その命令自体が使用者の教育訓練権に基づく正当なものとは言えませんので、使用者にはその取得費用を負担しなければならない当然の雇用契約上の義務は発生しないといえます。

例えば、自動車部品を製造する工場の労働者Aが、スキューバダイビングを趣味にしている上司Xから「スキューバの免許とれよ」と命じられてスキューバの免許を取得したとしても、その労働者Aが取得したスキューバ免許の取得費用は労働者A自身が負担するのが原則となり、労働者Aはその勤務する会社に対して「スキューバダイビングの免許取得費用を支払え!」とは請求できないということになるでしょう。

もっとも、このような上司Xの命令がパワハラ的な命令である場合には、そのパワハラを指導しなかった会社側にも監督責任がありますので、労働者Aはそのスキューバ免許の取得費用と同額の金額を会社に対して損害賠償請求という形で請求することは可能と考えられます。

なお、実際に会社から業務と直接関係のない免許や資格の取得求められたり仕事と無関係な研修への出席を命じられた場合の対処法については『会社から仕事と関係ない免許・資格の取得を命じられた場合』のページで解説しています。

(イ)労働者が自らの意思で業務と直接関係ない免許や資格を取得した場合

会社からの指示ではなく、労働者自らの意思で業務と直接関係ない免許や資格を取得したような場合、その費用は当然その労働者の負担となります。

たとえば、ゲーム会社でゲームのプログラミングを担当している従業員が、大型トラックの免許を取得したような場合です。

もちろん、大型トラックの運転技術を体験するゲームを開発しているようなケースは別ですが、そのような特別な事情がないにもかかわらず、単に大型トラックの免許を取得したというのであれば、それは業務と関係ない免許(資格)ということになるでしょう。

そうであれば、その取得は会社の教育訓練権(教育訓練を命じる権利)の範囲から逸脱したものといえますので、たとえその従業員が「会社のために大型トラックの免許が必要だった」と心の底から考えていたとしても、その費用は会社の負担とはならず労働者個人の自己負担となります。

会社から免許や資格を取得するよう命じられた場合の注意点

以上で説明したように、使用者(雇い主)から免許や資格を取得するよう命じられた場合には、その免許や資格が業務と直接関連するものである限り、その免許や資格を取得するよう命じること自体が使用者の教育訓練権(教育訓練を命じる権利)から導かれるものとなりますので、その費用は当然に使用者(雇い主)が負担するべきものと考えられます。

ですから、仮に会社から業務と直接関係する免許や資格を取得するよう命じられた場合には、その取得費用の全額を会社に請求することができますし、会社はその費用負担を逃れることはできないということになります。

一方、その免許や資格が業務と直接関係ないものである場合には、使用者側に教育訓練権を基礎とする根拠がありませんので、基本的には労働者がその取得費用を負担するのが原則であり、ただ上司のパワハラ的な命令で取得した場合にだけ会社に対して「免許や資格の取得費用」としての請求ではなく「損害賠償請求」として支払いを求めることができる、ということになるでしょう。

ですから、勤務している会社から免許や資格を取得するよう命じられた場合には、まずそれが今勤務している会社の業務と直接関係する免許や資格なのかという点を十分に確認することがまず必要といえます。

業務と直接関係しない免許や資格であれば、そもそもその取得を命じる根拠自体が使用者の教育訓練権(教育訓練を命じる権利)に内在していませんので、労働者はその命令を拒否しても何ら問題はありません。

ですから、免許や資格を取得するよう命じられた場合には、それが業務に直接関連するものなのかを冷静に確認し、それが業務に関連しないものである場合は毅然とした態度でその取得を拒否することが何より大切といえます。