会社から仕事と関係ない免許・資格の取得を命じられた場合

会社の上司から、仕事と直接関係ない免許や資格を取得するよう命じられるトラブルが稀に見受けられます。

たとえば、パン工場の製造ラインで働く労働者がバイクの趣味を持つ上司から大型バイクの免許を取得するよう指示されたり、一般事務で働く事務員が会社から命じられて茶道や華道の教室に通わされるようなケースが代表的です。

このように会社や上司から仕事とは直接関係ない免許や資格あるいは社外研修への出席を命じられた場合、具体的にどのように対処すればよいのでしょうか?

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会社の業務と直接関係ない免許や資格の取得、研修への出席を強制させることはできない

このように、会社によっては業務と直接関係ない免許や資格などを労働者に銘じて取得させる事例が見受けられますが、そのような会社の指示は雇用契約(労働契約)で認められた権限を逸脱する無効なものと解釈されるのが原則です。

なぜなら、使用者(雇い主)が労働者に対して「免許・資格を取得しろ!」と命令できるのは、雇用契約(労働契約)に内在する教育訓練権(教育訓練を命じる権利)から導かれるものと考えられていますので(菅野和夫著「労働法(第8版)」法律学講座双書 弘文堂404頁参照)、業務に直接関係ない免許や資格の取得は、その教育訓練権の範囲を超えるものであり、雇用契約(労働契約)から直接的には導き出されないからです。

業務と直接関係ない免許や資格の取得に関しては、使用者(雇い主)が労働者に対して命じる雇用契約(労働契約)上の根拠はありませんから、労働者が自由な意思の下で同意した場合に限ってその取得が強要されるにすぎません。

労働者は、業務と直接関係ない免許や資格の取得についてはたとえ使用者(雇い主)の命令であっても拒否することができますので、使用者(雇い主)は業務と直接関係ない免許や資格を取得するよう労働者に強要することはできないのです。

会社の業務と直接関係ない免許や資格の取得、研修の受講を命じられた場合の対処法

このように、使用者(雇い主)が労働者に対して「免許・資格を取得しろ!」とか「○○の研修を受講しろ!」などと命令する権限は雇用契約(労働契約)に内在する教育訓練権(教育訓練を命じる権利)から導かれるものと考えられています。

そのため、その使用者が労働者に取得を命じた免許・資格・研修が業務と直接的に関係しないものである場合には、その命令自体が雇用契約(労働契約)に内在する教育訓練権を逸脱した命令ということになりますから、労働者はその命令に従わなければならない雇用契約(労働契約)上の義務がありませんので、そのような業務と直接関係ない免許や資格の取得や研修の受講は拒否することができるということになります。

もっとも、法律上はそのような結論になるとしても、全ての会社や上司がそのような法解釈を認識しているわけではなく法令順守意識の低い会社もありますので、使用者(雇い主)から業務と直接関係ない免許や資格の取得や研修への出席を求められた場合の具体的な対処法が問題となります。

(1)免許・資格の取得義務がないことを書面で通知する

仮に勤務している会社から業務と直接関係ない免許や資格の取得を命じられたり、仕事と直結しない研修への出席を命じられた場合にはその会社の指示が業務権限に基づかないことを説明する通知書等を作成し、書面という形でその取得等の指示の中止を求めるのも一つの方法として有効です。

口頭でそのような命令に雇用契約(労働契約)上の根拠がないことを説明しても、法律に疎い経営者や法令遵守意識の低い上司がそれを受け入れる可能性は低いですし、仮に後でその取得費用の支払い等の問題で会社側と裁判などになった場合には「会社側に業務と関係ない資格の取得を命じる根拠がないことを説明したのに無理やり取得させられた」ということを立証する必要がありますが、口頭で抗議しただけではその立証が難しくても書面で通知しておけばそのコピーを保存しておくことで証拠の提出が容易となります。

ですから、まず通知書等の書面を作成し、その書面を会社に郵送することで業務と関係ない免許や資格の取得を命じること自体が雇用契約(労働契約)上の根拠がないということ説明するようにした方がよいと考えられるのです。

なお、その際に会社に送付する通知書の文面は以下のような文面で差し支えないと思います。

○○株式会社

代表取締役 ○○ ○○ 殿

業務と直接関係のない免許取得の強要行為の即時中止申入書

私は、〇年〇月ごろから、上司である貴社の◇◇より、大型バイクの免許を取得するよう繰り返し指示されております。

この免許取得の指示は業務時間内において行われているため貴社の業務命令としてなされているものと推測できますが、使用者(雇い主)が労働者に対して免許や資格の取得を命じる行為は雇用契約に内在する教育訓練権により導かれるものでございますので、その労働者の業務と直接関係のある免許や資格に限ってその取得を指示することが認められるものといえます。

しかしながら、私が貴社で就いている業務はロールケーキの製造ラインにおける検品作業であり、大型バイクの運転技術は業務上必要になるものではなく、業務と直接的な関係性がある免許ではありません。

したがって、貴社が私に対して大型バイクの免許の取得を命じている行為は、雇用契約に内在する教育訓練権を濫用する無効なものと言えますから、直ちに当該免許の取得を強要する行為を止めるよう申し入れいたします。

以上

〇年〇月〇日

〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○マンション〇号室

○○ ○○ ㊞

※実際に会社に送付する場合は、会社に送付したという客観的証拠が残されるように、コピーを取ったうえで普通郵便ではなく特定記録郵便など配達記録の残る方法で郵送してください。

(2)その他の対処法

(1)の通知書を送付しても会社からの免許や資格の取得または研修への出席の指示が止まない場合は、労働局の紛争解決援助申し立てや労働委員会のあっせんを利用したり、弁護士や司法書士に相談して裁判や示談交渉等の手続きを取って解決を図る必要があるかもしれません。

なお、その場合の具体的な対処法はこちらのページを参考にしてください。

労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは

(3)労働基準監督署に相談して解決できるか

なお、このような会社の業務と関係ない免許や資格の取得を強要されるというトラブルについて労働基準監督署に相談して解決できるかという点が気になる人も多いかもしれませんが、このような問題については労働基準監督署は積極的に介入してくれないのが通常です。

労働基準監督署は基本的に「労働基準法」という法律に違反する事業主を監督する機関ですが、「業務と関係ない免許や資格の取得を強要する」という行為自体は労働基準法で禁止されている行為ではなく、雇用契約(労働契約)に違反する行為にすぎませんので、監督署は直接介入したくても法的な権限がないので介入することができません。

ですから、このようなトラブルについては労働基準監督署ではなく労働局の紛争解決手続や労働委員会の”あっせん”の手続を利用するのがまず考えられる適当な対処法になると思います。