会社が就業規則を勝手に変更しても従わないといけないか

ブラック体質を持った企業では、 労働者が知らない間に会社側が勝手に就業規則を変更してしまったり、新たな規定を勝手に追加してしまう事例が見受けられます。

たとえば就業規則に規定されている労働者の等級を勝手に変更して労働者の実質的な賃金を引き下げたり、有給休暇の日数を減らしたり、あるいはそれまでなかった懲戒事由を勝手に追加したりするようなケースが代表的です。

このような就業規則の変更や新設(追加)がなされた場合、会社側は当然、その変更または追加後の就業規則の定めに従った労働条件の適用を労働者に求めてきますから、その就業規則の変更又は追加によって労働条件を引き下げられてしまった場合には、労働者は甚大な不利益を受けてしまうことになりかねません。

では、このように会社が就業規則の規定を労働者の知らない間に勝手に書き換えてしまった場合、労働者はその変更後の就業規則に従わなければならないのでしょうか?

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労働者の同意のない就業規則の変更は「無効」になるのが原則

このように、会社によっては就業規則を勝手に変更したり、勝手に新たな規定を新設したりしてしまうケースが見られるわけですが、このような就業規則の変更や新設がなされたとしても、その就業規則の変更や新設に労働者が合意していない場合には、基本的にはその規定はその同意を与えていない労働者にとっては「無効」と判断されます。

例えば、A~Nまで14人の労働者が働いている会社X社で、A、B、Cの3人の同意を得ずに、D~Nまで11人の同意を得ただけでX社が就業規則を労働者の不利益にした場合、その変更後の就業規則はD~Nさんまでの11人を拘束することになりますが、A,B,Cさんの3人に対しては拘束力を持たないということになります。

なぜこのような結論になるかというと、労働契約法の9条で労働者の合意を得ることなく就業規則を変更し労働条件を不利益に変更することが禁じられているからです。

【労働契約法9条】

使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。

労働者が具体的にどのような労働条件(賃金や休日、労働時間などの諸条件などのこと)で働くかという点は、使用者との間で結ばれる雇用契約(労働契約)で合意した内容で決められるのが原則ですが、その雇用契約に定めのない項目については就業規則で定められた事項に従うことになります。

つまり、労働者が具体的にどのような労働条件で働くのかという点は、第一義的には雇用契約書に記載されている内容に従うことになり、そこに記載のない事項については就業規則で定められた内容に従うことになるわけです。

しかし、就業規則は本来、使用者(雇い主)と労働者の間の合意に基づいて制定されるべきものですから、使用者が勝手にその内容を改変してしまうと労働者が大きな不利益を受けてしまう可能性があります。

そのため、その就業規則の内容を労働者の不利益に変更し、または不利益な規定を新設する場合には、労働者の個別の同意が必要であるとされているわけです。

ですから、もし仮に使用者が労働者の同意を得ずに就業規則の規定をその労働者の不利益に変更または新たな規定を設定したとしても、その規定はそれによって不利益を受ける労働者を拘束せず、その規定自体が「無効」と判断されるわけです。

ただし、変更後の就業規則が労働者に「周知」され、かつその内容が「合理的」である場合は例外的に有効となる

このように、労働契約法9条によって「労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更すること」が禁止されていますので、仮に会社が就業規則の規定を勝手に変更または新設したとしても、その規定は対象となる労働者に効力を及ぼしません。

ですから、仮に会社が勝手に就業規則を変更ないし新設したとしても、その変更または新設された規定に合意していない労働者は、その規定の無効を主張してその労働条件を拒否することができるということになります。

もっとも、これはあくまでも原則的な取り扱いであり、条件が備われば労働者の同意のない就業規則の変更や新設が有効になる場合があります。

具体的には労働契約法10条に規定された要件を全て充足するような場合です。

先ほど挙げた労働契約法9条は、その但書で「ただし、次条の場合は、この限りでない。」と規定されていますから、労働契約法10条の要件を満たしている限り、会社は個別の労働者の同意を得なくても、就業規則を変更(ないし新設)することによって、労働者の労働条件を不利益に変更することができることになるのです。

【労働契約法10条】

使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

この点、会社の就業規則の変更がこの労働契約法10条の要件を満たすか否かを具体的にどのように判断するか、という点が問題となりますが、労働契約法10条はその要件として以下の2つ挙げていますので、この2つの要件をどちらも充足しているか、という点をまず確認する必要があります。

【労働者の同意のない就業規則の変更が有効となるための要件】

① 変更後の就業規則を労働者に周知させていたこと

② 就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであったこと


①と②の両方が満たされる場合に限って労働者の同意のない就業規則の変更が「有効」となる

ですから、会社が就業規則を勝手に変更または新設して労働条件が不利益に変更された場合には、その使用者(雇い主)の就業規則の変更(ないし新設)が「労働者に周知されていたか」、また「変更後の就業規則が合理的なものであるか」という点を十分に検証することがまず必要になります。

労働者の同意のない就業規則の変更・新設の有効性の判断基準

このように、労働契約法10条は使用者(雇い主)が労働者の個別の同意を得ずに就業規則を変更または新設することによって労働者の労働条件を不利益に変更した場合であっても、その不利益変更が有効になる場合の要件を規定しています。

そのため、使用者(雇い主)が労働者の同意を得ることなく就業規則を変更することによって労働条件に不利益が生じてしまった場合には、使用者(雇い主)のその就業規則の変更や新設が労働契約法10条の要件を満たすものなのか、という点を十分にチェックする必要があります。

もっとも、会社の就業規則の変更ないし新設が労働契約法10条の要件を満たしているかの具体的な判断は弁護士や社労士、司法書士といった法律専門家でないと難しい面がありますので、法律の素人にはその有効・無効を判断することは容易ではありません。

そこでここでは、法律の素人でも比較的確認しやすい項目を3点だけ厳選してご紹介することにいたします。

次の(1)~(3)のうち一つでも満たしていな事実がある場合には、その就業規則の変更または新設は「無効」と考えて差し支えないと思います(※注1)。

※注1:ただし、以下の(1)と(2)に関してはその事実がなかったとしてもそれをもって直ちに就業規則の変更を無効といえるのかという点には争いがあります。一方(3)の「周知」については「周知」の事実がなければ即、労働契約法10条違反として労働者の同意のない就業規則の変更は「無効」と判断されることに争いはありませんので、以下の(3)の「周知」の事実があるかという点を重点的に確認する方がよいと思います。

ただし、以下の(1)~(3)はあくまでも法律の素人でも比較的チェックしやすい項目だけを厳選したものにすぎませんので、以下の(1)~(3)が全て満たされていたとしても就業規則の変更や新設が「無効」と判断できるケースは多いです。実際にトラブルに遭遇した場合はたとえ下の(1)~(3)の全ての事実が認められる場合であってもそれだけであきらめたりせずに、必ず弁護士または司法書士といった法律の専門家に相談することをお勧めします。

(1)「労働組合」または「労働者の過半数を代表する者」の意見を聴取した事実があるか

会社が就業規則を勝手に変更または新設したことにより、労働条件(賃金や休日、労働時間などの諸条件などのこと)が不利益に変更されてしまった場合には、まずその就業規則の変更(ないし新設)されることについて、「労働組合」または「労働者の過半数を代表する者」の意見が聴取されているかという点を確認してみましょう。

労働基準法の第90条では、使用者(雇い主)が就業規則を新設ないし変更する場合においては、その会社に労働組合があるときは「労働組合」の、その会社に労働組合がないときは「労働者の過半数を代表する者」の意見を聴かなければならないと規定されていますので(労働基準法90条1項)、会社がその就業規則を変更または新設した際において、「労働組合」または「労働者の過半数を代表する者」の意見を聴取していないというのであれば、その会社は労働基準法違反を犯していることになります。

【労働基準法90条】

第1項 使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない。
第2項 使用者は、前条の規定により届出をなすについて、前項の意見を記した書面を添付しなければならない。

会社が労働基準法90条に違反して労働組合や労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなかったからといって、就業規則の変更または新設された規定が直ちに無効となるかという点には解釈に争いがありますが、そのような労基法違反をしている事実があったということは、会社側の違法性を判断するうえでの材料の一つになりますので、この労基法90条を遵守していたかという点を確認することは重要になります。

その場合、具体的にどのようにして会社に対して「労働組合」または「労働者の過半数を代表する者」の聴取を受けているか否か確認するかという点が問題となりますが、使用者(雇い主)が就業規則を変更(ないし新設)する場合はその「労働組合」または「労働者の過半数を代表する者」の意見が記載された意見書を労働基準監督署に提出しなければなりませんので(労働基準法90条2項)、会社がその聴取を行っているというのであればその労働基準監督署に提出した意見書の控え(写し)が会社に保管されているはずです。

ですから、会社に対して「変更後の就業規則を労働基準監督署に提出した際に添付書類として添付した労働組合(または労働者の過半数を代表する者)の意見書の控え(写し)をコピーさせてください」と願い出てその有無を確認すればよいのではないかと思います。

その際に、会社が「そんな写しは保管していない」というようであれば、おそらくその会社は就業規則を新設ないし変更して労働者の労働条件を引き下げるに際して労働組合(または労働者の過半数を代表者)の意見を聴取していないということが推測できるでしょう。

なお、会社が就業規則を作成または変更に際して労働組合(または労働者の過半数を代表者)意見聴取を行ったか否か確認する方法の詳細については『就業規則の作成・変更で労働組合に意見聴取されたか確認する方法』のページで詳しく解説しています。

(2)その就業規則が労働基準監督署に届けられているか

また、その変更または新設された就業規則が、労働基準監督署に届出されているか、という点を確認してみるのも有効です。

(1)で述べたように、使用者(雇い主)が就業規則を新設ないし変更する場合には、労働組合または労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければなりませんが、その意見を聴取して作成した就業規則は労働基準監督署に届け出ることが法律で義務付けられています(労働契約法11条、労働基準法89条)。

【労働契約法11条】

就業規則の変更の手続に関しては、労働基準法第89条及び第90条の定めるところによる。

【労働基準法89条】

常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。(以下省略)

ですから、使用者(雇い主)が就業規則を新設ないし変更することによって「労働条件を変更した」と主張するのであれば、その就業規則は必ず労働基準監督署に届出がなされているはずですので、その提出がなされているかいないかを確認することで、その就業規則の変更または新設が本当になされているのか、またその就業規則の変更または新設が労働基準法の手続きを順守して行われたものであるのかという点を確認することができるわけです。

なお、この場合も(1)と同じように、仮に会社がその就業規則を労働基準監督署に提出していなかったとしても、そのことをもって直ちにその就業規則の変更や新設が無効になるかという点については解釈に争いがありますが、そのような労基法違反をしている事実があったということは会社側の違法性を判断するうえでの材料の一つになりますので、この労基法89条を遵守していたかという点を確認することは重要になります。

この場合、具体的にどのようにして会社が変更または新設した就業規則を労働基準監督署に提出しているいないのかを確認するのかという点が問題となりますが、会社が労働基準監督署にその就業規則を提出したというのであれば、労働基準監督署の受領印が押印されているその提出した届出書の控え(写し)があるはずですので、その届出書の控え(写し)のコピーを交付するよう求めればよいと思います。

なお、就業規則の変更が労働基準監督署に届出されているか確認する方法の詳細については『就業規則の変更が労働基準監督署に届出されたか確認する方法』のページで詳しく解説しています。

【自分が働いている会社に就業規則があるかないかわからない場合】

なお、自分が働いている会社に就業規則があるかないかわからない人もいるかもしれませんが、労働基準法の89条では「常時10人以上の労働者を使用する使用者(雇い主)」は全て就業規則を作成して労働基準監督署に提出することが義務付けられていますので、まず自分が働いている会社で正社員だけでなくアルバイトやパート、契約社員も含めて何人が常時勤務しているかという点を確認し、その合計人数が10人以上であるのなら就業規則が「あるはず」ということになります(なければその会社はそれ自体が労基法違反となります)。

(※詳細は→会社に就業規則があるかないか確認する方法

なお、派遣社員として働いている場合は、派遣元の会社(派遣先の会社ではありません)で常時何人の労働者が働いているかだけでなく、派遣社員として登録されて派遣先で働いている人も含めた全ての労働者が常時10人以上いるかという点を確認することが必要になりますので、派遣社員を派遣している会社が就業規則を労働基準監督署に提出しなくてよいケースは現実的には考えられないと思います。

(3)その就業規則の規定が労働者に周知されているか

以上の(1)と(2)に加えて、その変更または新たに規定された就業規則が、労働者に周知されているか、という点も確認しておく必要があります。

先ほども述べたように、使用者(雇い主)が就業規則を変更(ないし新設)する場合にはその就業規則の変更(ないし新設)によって労働条件を不利益に変更される労働者の同意を得ていなければ無効と判断されるのが原則であり、その労働者の合意を得ていない場合には、あくまでも労働契約法10条の要件をすべて満たす場合に限ってその就業規則の変更(ないし新設)は有効と判断されるにすぎません。

この点、労働契約法10条では、使用者(雇い主)が就業規則を変更(ないし新設)した場合に「変更後の就業規則を労働者に周知させ」ることが求められていますから、その「周知」した事実がないのであれば、その変更または新設された就業規則の規定は無効ということになります。

ですから、会社が就業規則を変更または新設したことによって労働条件を不利益に変更させられてしまった場合には、まずその変更または新設された就業規則の規定について、会社から周知を受けていたかという点を確認することが必要になるわけです。

なお、この場合、具体的にどのような「周知」がなされているか確認すればよいのかという点が問題となりますが、この就業規則の「周知」については労働基準法の106条1項と労働基準法施行規則53条の2に以下のように規定されています。

【労働基準法106条1項】

使用者は、この法律及びこれに基づく(中略)就業規則(中略)を、常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によつて、労働者に周知させなければならない。

【労働基準法施行規則52条の2】

法第106条第1項の厚生労働省令で定める方法は、次に掲げる方法とする。

  1. 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること。
  2. 書面を労働者に交付すること。
  3. 磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること。

ですから以下のいずれかの方法でその変更後の就業規則がすべての労働者に周知されていたかどうかを確認することがまず必要になると言えるでしょう。

「労働者の労働条件を不利益に変更した変更後の就業規則」について

  • その規定が記載された書面が常時各作業場の見やすい場所に掲示されていたか
  • その規定が記載された書面が常時各作業場の見やすい場所に備え付けられていたか
  • その規定が記載された書面の交付を受けたことがあるか
  • その規定が社内のパソコンで常時閲覧可能な状態でアップロードされていたか

そして、仮に上記4つのいずれの方法でも「周知がされてなかった」というようなケースでは、たとえ会社が「就業規則を変更(または新設)したから」という理由で労働者の労働条件を不利益に変更した場合であっても、その就業規則の変更または新設は無効であり、その労働条件の引き下げに従う必要はない、ということになります。

会社が勝手に就業規則を変更ないし新設しても、それが労働者の「労働条件を引き上げるもの」である場合は無条件に有効になる

なお、以上で説明したように、会社が労働者の同意を得ずに勝手に就業規則を変更ないし新設した場合にその変更または新設された就業規則の規定が原則的に「無効」と判断されるのは、あくまでもその就業規則の変更または新設によって「労働条件が不利益に」引き下げられる場合に限られます。

仮に会社が労働者の同意を得ずに就業規則を変更ないし新設した場合であっても、その変更またはされた就業規則の規定が労働者の労働条件を「引き上げる」ものである場合には、労働者側に何ら不利益を与えるものでないことから労働者の同意がないことは問題となりません。そのようなケースでは無条件に「有効」と判断されることになるので誤解のないようにしてください。

たとえば、就業規則に有期休暇の日数が「年間10日」と規定されているところを、会社が勝手に「年間20日」と書き換えてしまった場合には、その就業規則の変更に労働者が周知されていなかったり同意していなかったとしても、その変更後の「年間20日」という有給休暇の日数は労働者にとって有利になりますので、その「年間20日間」という労働条件がすべての労働者の労働契約の内容となります。