労働者が使用者(個人事業主も含む)から解雇された場合、または労働者が会社を退職する場合において、労働者がその解雇又は退職の理由その他の事項について証明書の発行を求めた場合、使用者はその解雇や退職の理由などが記載された証明書を遅滞なく発行しなければなりません(労働基準法第22条)。
【労働基準法第22条】
第1項 労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあつては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。
第2項 労働者が、第20条第1項の解雇の予告がされた日から退職の日までの間において、当該解雇の理由について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。ただし、解雇の予告がされた日以後に労働者が当該解雇以外の事由により退職した場合においては、使用者は、当該退職の日以後、これを交付することを要しない。
第3項 前二項の証明書には、労働者の請求しない事項を記入してはならない。
第4項 使用者は、あらかじめ第三者と謀り、労働者の就業を妨げることを目的として、労働者の国籍、信条、社会的身分若しくは労働組合運動に関する通信をし、又は第1項及び第2項の証明書に秘密の記号を記入してはならない。
これは、労働者において解雇や退職の事由が発生した際に生じる使用者との紛争を未然に防止するために、退職の事由(退職の事由が解雇の場合はその理由も含む)を退職時に証明させ、労働者の再就職活動に資することを目的として規定されたものです(平成11年1月29日基発45号 第三参照)。
しかし、このような労働基準法の規定があるにもかかわらず、使用者の中には必要な記載事項を記載せず、または不必要な記載事項を記載してその証明書を発行する事例も見られます。
では、そもそもこの労働基準法第22条で義務付けられた解雇理由証明書や退職理由証明書には、何が記載され、何が記載されてはいけないのでしょうか。
このページでは、労働基準法22条で使用者に発行が義務付けられる解雇理由証明書・退職理由証明書の記載事項について、労働者側が具体的にどのような記載または不記載を求めることができるのかという点について簡単に解説してみることにいたしましょう。
解雇理由証明書・退職理由証明書に記載されなければならない事項
前述したように、退職または解雇された労働者の求めがあった場合には、使用者はその退職または解雇に関する理由を記載した証明書を発行しなければなりません。
この場合に発行が義務付けられる証明書には以下の事項が記載される必要があります。ですから、以下の事項が記載されていない証明書が発行された場合、労働者は使用者に対してその記載の訂正や記載事項の追記を求めることができます。
(1)使用期間
解雇理由証明書や退職理由証明書には「使用期間」が記載されていなければなりません。
ですから、正社員など「期間の定めのない雇用契約(無期労働契約)」の場合には、入社から退職(または解雇)までの期間を、「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」の場合にはその有期労働契約の契約期間と実際に就労した期間が記載されている必要があります。
(2)業務の種類
解雇理由証明書や退職理由証明書にはには「業務の種類」も記載されておく必要があります。業種によって異なるため一概には言えませんが、その業務の内容が分かる程度に具体的に記載される必要があるでしょう。
(3)その事業における地位
解雇理由証明書や退職理由証明書には役職や職級などがあればその地位も記載される必要があります。
(4)賃金
解雇理由証明書や退職理由証明書には、賃金も記載される必要があります。
(5)退職の事由
解雇理由証明書・退職理由証明書には、その「退職の事由」が記載されていなければなりません。
「退職の事由」とは
「退職の事由」とは、「自己都合退職」「勧奨退職」「解雇」「定年退職」など、「労働者が身分を失った事由」のことを指しますので(平成11年1月29日基発45号 第三参照)、解雇理由証明書・退職理由証明書にはこれらの事由が記載されている必要があります。
ですから例えば、労働者の意思で自主的に退職する場合であれば「自己都合退職」と、使用者の希望退職者募集に応じて退職する場合には「勧奨退職」と、「定年退職」であれば「定年退職」と、使用者が労働者を解雇する場合にはそ「解雇」とその事由が記載されていなければなりません。
(6)「退職の事由」が解雇の場合には「解雇の理由」
(5)の「退職の事由」が「解雇」である場合には、その「解雇の理由」も記載されていなければなりません。
ですから、使用者が労働者を「解雇」する場合には、「解雇の事由」として「普通解雇」「懲戒解雇」「整理解雇」などとその種別を記載するだけでなく、その「解雇の理由」を具体的に示すことも義務付けられます。
また、厚生労働省の通達 (平成11年1月29日基発45号 第三参照) では、
「就業規則の一定の条項に該当することを理由として解雇した場合には、就業規則の当該条項の内容及び当該条項に該当するに至った事実関係」
も記載することが義務付けられていますので、解雇の事由が「普通解雇」や「懲戒解雇」の場合には、就業規則で規定された解雇条項の内容やその懲戒解雇に至った具体的な事情等もその理由として記載されておかなければならないことになります。
ア)「整理解雇」の場合
解雇の理由が整理解雇の場合には、「就業規則の一定の事項」に該当することを理由に解雇がなされるわけではなく、業績不振など事実上の事情を理由に解雇が行われるのが普通ですので、就業規則に整理解雇の場合の条件等が規定されている会社でない限り「就業規則の当該条項の内容及び当該条項に該当するに至った事実関係」までの記載は求められないことが多いと思います。
ただし、「整理解雇」の場合であっても「解雇の理由」について具体的に記載されることは求められることになりますので、単に「整理解雇」とか「業績不振による整理解雇」などと記載されるだけでは足りず、その整理解雇に至った理由が「〇年〇月に発生した○○により会社の業績が低迷し○○人程度の配置転換や〇円規模の役員報酬の削減や○○などのリストラ策を講じても〇人規模の人員削減が必要になったため整理解雇した」などと具体的に記載されていなければならないことになるでしょう。
イ)「普通解雇」の場合
「普通解雇」の場合には、解雇理由証明書に単に「普通解雇」と「解雇の事由」が記載されているだけでは足りず、その普通解雇に至った理由について具体的に記載されていなければなりません(※ただし、後述するように労働者が「解雇の事実」のみの証明を求めた場合は使用者は「解雇の理由」を記載してはなりません)。
ですからたとえば、「業務遂行能力が著しく不良」であることを理由に労働者を解雇しようとする使用者は、解雇理由証明書に単に「業務遂行能力が著しく不良なため解雇」と記載するだけでは足りず、具体的にどのような業務においてどのような能力をどの様な基準で「著しく不良」と判断したのか、その「具体的な理由」も記載する必要があります。
また、就業規則に「業務能力が著しく劣り、また勤務成績が著しく不良なとき」などと普通解雇事由が規定されている会社であれば、「就業規則の当該条項の内容及び当該条項に該当するに至った事実関係」まで記載が求められることになりますので、そのような就業規則の規定の存在やその就業規則に該当するに至った事情について具体的に、たとえば「〇月から〇月まで○○の部署で○○の従事させたが○○の能力が○○の基準とは○○程度劣ること、また勤務成績が○○の基準が○○と比較して○○だから著しく不良と言える」など、その事情を具体的に記載しなければなりません。
ウ)懲戒解雇の場合
懲戒解雇の場合には、その懲戒事由が就業規則や労働協約などに明示的に記載してその内容が労働契約の内容になっていなければなりませんので、懲戒解雇の場合には必然的に、使用者は解雇理由証明書に「就業規則の一定の条項に該当することを理由として解雇した場合には、就業規則の当該条項の内容及び当該条項に該当するに至った事実関係」を記載することが求められます(※ただし、後述するように労働者が「解雇の事実」のみの証明を求めた場合は使用者は「解雇の理由」を記載してはなりません)。
単に「懲戒解雇」と記載するだけで足らないのはもちろん「○○の行為が懲戒事由にあたるから懲戒解雇した」という記載でも足らないわけです。
ですから、たとえば使用者が労働者を「懲戒解雇」する場合には、単に「懲戒解雇」とか「就業規則第〇条〇項の懲戒事由に該当したため」などと記載するだけでは足りず、その懲戒解雇に至った理由について「〇月〇日に労働者が○○をしてその行為が就業規則第〇条〇項に該当するため懲戒解雇した」などと具体的に記載されていなければならないことになります。
解雇理由証明書・退職理由証明書に記載してはならない事項
以上のように、解雇理由証明書や退職理由証明書には必ず記載されなければならない事項がありますが、その逆に絶対に記載されてはならない事項も法律で定められています。
解雇理由証明書や退職理由証明書は、退職または解雇された労働者がつぎの就職先を探す際に退職(または解雇)の事実を証明する書面にもなるため、不要な記載がなされてしまえば労働者の再就職の機会が奪われることになりかねないからです。
具体的に以下のような内容が記載されることは認められません。
A)労働者が請求していない事項
使用者が解雇理由証明書や退職理由証明書を発行する際、労働者の請求していない事項を記載してはなりません(労働基準法第22条第3項)。
労働者が請求していない事項まで使用者に記載することを許してしまえば、労働者の再就職に不利益が生じるからです。
ですから、たとえば労働者が懲戒解雇された場合に、労働者が懲戒事由となった事実関係について記載を求めていないにもかかわらず使用者が懲戒事由の事実関係について事細かく記載するような場合には、その訂正を求めることができるということになります。