内定先の企業から不況や経営不振を理由に採用内定を取り消されてしまうケースがあります。
たとえば、7月に採用活動中の企業から採用内定の通知を受けたのに、11月に入って内定先企業が経営不振に陥り、その年の新卒採用を凍結すると発表してすでに出された採用内定を撤回するようなケースです。
このような内定取消は実際に企業が経営危機に陥っている場合には致し方ない面があるのも事実ですが、その内定の取り消しが合理的な基準に基づかないで一部の内定者だけを対象として行われる場合には、労働者としては到底納得できるものではありません。
複数の内定者の中の一部だけが内定を取り消されるというのであれば、その取り消される内定者の人選が具体的にどのような基準によって行われたのかという点は非常に重要で、その人選基準を会社側が合理的に説明できないようなケースでは、内定を取り消されてしまう内定者は到底、その内定取消を是認することはできないでしょう。
では、仮に内定先の企業から不況や経営不振を理由に採用内定を取り消されてしまった場合において、その内定の取り消しが一部の内定者だけを対象として行われ、その人選に合理的な基準が見当たらなかった場合、内定を取り消された労働者はどのようにしてその内定取消に対処すればよいのでしょうか?
合理的な基準に基づいて行われていない内定取消を拒否することはできないのでしょうか。
合理的な基準で人選が行われていない内定取消は無効
このように、不況や経営不振を理由に採用内定を取り消す企業が、合理的な基準に基づかないで一部の内定者だけを人選し、その一部の内定者だけの採用内定を取り消してしまうケースがありますが、結論から言うとそのような合理的な基準に基づかないで行われた内定取消は「無効」と判断されるのが通常です。
なぜなら、採用内定の取り消しは法律上「解雇」と同様に扱われることから解雇の判断基準を規定した労働契約法第16条の「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が必要となりますが、合理的な基準に基づかないで一部の内定者の採用内定と取り消す行為に「客観的合理的な理由」はなく「社会通念上の相当性」もないと評価できるため労働契約法第16条の要件を満たさないものとして使用者の解雇権(内定取消権)を濫用する無効なものと判断されることになるからです。
(1)採用内定の取り消しは法律上「解雇」として扱われる
合理的な基準に基づかないで一部の内定者の内定が取り消されてしまった場合におけるその内定取消の有効性を考える前提として、そもそも採用内定の取り消しが法律上どのような性質を持つのかという点を理解する必要がありますが、過去の最高裁の判例で内定の取り消しは「解雇」と同様に扱うものとされています (※大日本印刷事件:最高裁昭54.7.20|裁判所判例検索) 。
これは、企業の採用内定の通知が「労働者からの契約申し込みに対する承諾の意思表示」と評価できるからです。
企業が新規採用を募集する行為は法律上「労働契約の申込みの誘因」と解釈されていますから、これに学生が応募する行為はその誘因行為に対して「労働契約の申込みの意思表示」をするということになります。そうするとその学生の申込みに企業側が内定を出す行為は「労働契約の申込みに対する承諾の意思表示」ということになりますが、意思表示は相手方に到達した時点で効力を生じることになりますので(民法97条)、企業が出した採用内定通知が内定者に到達した時点で両者の間に有効に労働契約(雇用契約)が生じるということになるでしょう。
過去の最高裁の判例でも採用内定の法的性質は「入社予定日を就労開始日とする始期付きの解約権留保付き労働契約」であると判断されていますので、入社予定日は就労を開始する日に過ぎず内定通知が到達した日から労働契約が有効に生じていると判断する解釈が定着しています(※大日本印刷事件:最高裁昭54.7.20|裁判所判例検索) 。
そうであれば、その内定通知が到達した後に企業が一方的に内定を取り消す行為はすでに有効に生じている労働契約(雇用契約)を一方的に解除するのと同じですから、それは「解雇」と何ら変わりません。
ですから、内定の取り消しは「解雇」と同様に扱われることになるわけです (※この点の詳細は『「内定の取り消し」が「解雇」と同様に扱われるのはなぜか』のページでも詳しく解説しています)。
(2)採用内定の取り消しの有効性は労働契約法第16条の「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の有無で判断される
このように、内定の取り消しが「解雇」と同様に扱われることを前提とすれば、その有効性も解雇の規定を基準に判断されることになりますが、解雇については労働契約法第16条にその有効性を判断するための規定が置かれています。
【労働契約法第16条】
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
そして、この労働契約法第16条では「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つの要件が満たされる場合だけその解雇の有効性が認められていますから、「内定の取り消し」の場合もその「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つの要件を満たす場合にだけその有効性が肯定されるということになります。
(3)「合理的な基準に基づかないで一部の内定者の内定を取り消すこと」に「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」はない
このように、「内定の取り消し」の場合も「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つの要件が満たされなければなりませんが、具体的にどのようなケースでその「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が認められるかはケースバイケースで判断するしかありません。
もっとも、解雇の中でも「整理解雇」におけるこ2つの要件の有無の判断は過去の裁判例の積み重ねによって「整理解雇の四要件(四要素)」を基準に判断する考え方が定着しています。
つまり、整理解雇によって労働者が解雇された場合には
- ①人員削減の必要性があったか(人員削減の必要性)
- ②解雇回避のための努力は行われたか(解雇回避努力義務)
- ③人選に合理性はあるか(人選の合理性)
- ④対象者への協議や説明は尽くされているか(説明協議義務)
の4つの要件(要素)を満たす場合にだけその解雇を有効と判断し、この4つのうち一つでも欠けている事情がある場合にはその解雇を無効と判断する判断基準が確立されているわけです。
そうすると、「内定の取り消し」も解雇と同様に扱われる以上、その有効性もこの4つの要件(要素)を満たすか、という基準で判断することになりますが、上に挙げた4つの要件(要素)を見てもわかるように、その一つに「人選の合理性」が挙げられていますから、「人選の合理性」がない内定の取り消し、つまり合理性のない人選で行われた内定取消は「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が「ない」と判断されることになるでしょう。
このような理屈から合理的な人選基準に基づかないで行われた内定取消は「無効」と判断されることになるのです。
「合理的な人選基準に基づいて行われていない内定取消」とは具体的にどのようなケースか
このように、たとえ不況や経営不振を理由に採用内定を取り消された場合であっても、その内定を取り消されるに至った人選に合理性がない場合には、その内定の取り消しの無効を主張して撤回を求めることも可能と言えます。
この点、具体的にどのようなケースで「合理的な基準で人選されていない」と判断できるかはそのケースごとに考えるしかありませんが、以下のようなケースでは「内定取消の対象者の人選基準に合理性がない」と判断して差し支えないのではないかと思います。
(ア)本人の能力や資質とは全く関係ない基準で内定を取り消された場合
本人の能力や個人の資質、経歴などとは全く関係のない要素を基準に内定取り消しの対象者が選定されている場合には「人選に合理性がない」と判断して差し支えないと思います。
たとえば「A型の内定者だけ内定を取り消す」「○○教のの信者だけ内定を取り消す」「支持政党が○○党の内定者だけ入社を認める」などという基準で内定取消の対象者が選定されているようなケースです。このような血液型や信仰(宗教)、支持政党は本人の能力や資質とは全く関係がないのでその基準に当てはまる内定者だけの内定を取り消すことに「客観的合理的な理由」も「社会通念上の相当性」もないのは明らかだからです。
もちろん、これらの外にも例えば星座や出身地、親の職業などを基準にしている場合も同様に「人選に合理性がない」と判断されます。
ですから、採用内定を取り消された場合は、会社側が具体的にどのような選定基準で内定取消者を選定したのかという点を十分に精査する必要があります。
(イ)人選基準自体が合理的であっても「なぜその評価を下したのか」という点を合理的に説明できない場合
(ア)のケースは人選基準自体に合理性がないケースですが、仮に人選基準自体に合理性があったとしても、その合理的な基準に基づいて会社側が「どのようにその内定者を評価して内定を取り消す決断をしたのか」という点を合理的に説明できない場合も、やはり「人選に合理性がない」と判断することができます。
たとえば、会社側が内定取消者を選定した基準として「内定者の能力や適性を判断して内定取消者を人選した」という説明を行っている場合、その「能力や適性」という基準自体は人選に合理性があったと言える面もありますが、その「能力や適性」を具体的にどのような基準で判断したのかという点を会社が説明できないという場合には、やはりその人選も「合理性がなかった」と判断されることになると思います。
単に「能力や適性」という基準だけでは抽象的過ぎて具体性にかけ、合理性があるか判断できないからです。
また、たとえば会社側が内定取り消しの対象者を選定した理由として「在学中の学力を基準に内定取消対象者を人選した」と説明し、一定の学力に達しない内定者を一定数選別して内定を取り消したという場合には「一定の学力」という基準で内定取消対象者を選定しているのでその「選定基準」自体には一定の合理性があったということもできます。
しかし、その場合に具体的にどのような学力の基準を基礎にしているのか、たとえばTOEIC●点以上とか英検3級以上とかいう基準なら英語が必要となる会社であれば具体的・客観的・合理的な基準と言えるかもしれませんが、その会社の業務として英語が全く必要ないというというのならその基準は合理的とは言えないかもしれません。
このように、内定取消者を選定する「基準自体」に一定の合理性があったとしても、その選定基準を具体的にどのように内定者に当てはめて内定取消者を選定したのかという点を会社側が客観的に合理的に具体的に説明できないようなケースでは、やはりその内定取消も「人選に合理性がない」と判断されることになろうかと思われます。
厚生労働省のガイドラインでも、そもそも不況や経営不振を理由にした内定取消は禁止されている
このように、人選に合理性のない内定取消は無効と判断されるのが通常ですが、仮に人選に合理性が「ある」と判断できる場合であったとしても、そもそも企業が採用内定を取り消すことは自体が厚生労働省のガイドラインで基本的に禁止されていることも考慮する必要があります。
厚生労働省が作成した「新規学校卒業者の採用に関する指針」では、「事業主は、採用内定を取り消さないものとする」 「事業主は、採用内定取消しを防止するため、最大限の経営努力を行う等あらゆる手段を講ずるものとする」として採用内定の取り消しを行わないよう求めていますので、それに反して採用内定を取り消すことはよほど突発的な事情でも生じない限り通常は認められないでしょう。
ではなぜ、厚生労働省がこのような見解を採っているかというと、そもそも企業は将来の経営状況を考えて数年先の採用活動を考えるのが通常ですから、常識的に考えれば採用内定を出してからわずか半年程度が経過した時点でその内定を取り消さなければならないほど経営環境が悪化すること自体あり得ないことだからです。
将来の経営状況を見越して採用活動を行ったにもかかわらず採用内定を出してわずか半年程度で内定を取り消さなければならない状況に会社が追い込まれたというのであれば、それは経営判断を誤った会社の経営陣が責任を取るべきものであって、その経営判断の誤りによって生じた不利益を内定者に転嫁すること自体、失当です。
そのため、厚生労働省は採用内定の取り消しを原則として認めない方向でガイドラインを作成しているのです。
ですから、その面を考えても採用内定の取り消しを無効と判断できるケースは多いものと考えられます。
合理的な人選基準によらずに内定を取り消されてしまった場合の対処法
以上で説明したように、合理的な人選基準によらずに採用内定を取り消されてしまった場合には、その無効を主張して撤回を求めることも可能ですが、実際に内定先企業から内定を取り消されてしまった場合には、何らかの具体的な対処をしなければなりません。
具体的には、以下のような方法がこの場合の対処法として考えられます。
(1)人選基準に合理性のない内定取り消しが権利の濫用で無効であることを書面で通知する
内定先の企業から不況や経営不振を理由に採用内定を取り消されてしまった場合において、その内定取消者を選定した基準が合理性のないものであった場合には、その内定の取り消しが労働契約法第16条の規定で権利の濫用として無効と判断されることを記載した書面を作成し会社に通知してみるというのも一つの対処法として有効な場合があります。
先ほど説明したように、企業は数年先までの経営状況を考えて新規採用の募集をかけるのが常識的ですから、不況や経営不振を理由に採用内定を取り消す会社は経営判断もロクにできない会社といえますし、そのうえ合理的な基準に基づかずにもっぱら恣意的な判断で内定取消者を選別しているわけですから、そのような会社がまともなはずがあるわけがありません。
そのため、そのようなまともではない会社に対して口頭で「無効な内定取消は撤回しろ」と抗議しても話し合いに応じてくる可能性は低いと思われますが、書面という形で正式に抗議すれば将来的な裁判への発展などを警戒して態度を改めて話し合いに応じてくる会社も少なからずあると思います。
ですから、内定取消の不当性を文書という形で通知しておくのも対処法として有効に機能する場合があると言えるのです。
なお、この場合に会社に送付する書面の文面は以下のようなもので差し支えないと思います。
株式会社 ○○
代表取締役 ○○ ○○ 殿
人選に合理的な理由のない内定取消の無効確認および撤回申入書
私は、〇年9月〇日、同日付の採用内定通知書の送付を受ける方法により貴社から採用内定を受けましたが、同年12月、貴社から採用内定取消通知書の送付を受ける方法で当該採用内定を取り消されました。
この採用内定について貴社の人事部に問い合わせしたところ、担当者の○○氏からは、秋ごろから経営不振が深刻になり人員削減の必要性から本年度の新規採用者の半数の50人の内定取り消すことに決定したこと、またその内定取消人員として選定した基準は、内定者の学力を総合的に判断して決定した旨の説明がなされております。
しかしながら、その選定基準として説明された学力の総合的判断という内容の詳細について貴社は何ら明らかにしておらず、客観的具体的な基準によって内定者の選別が行われた事実はありませんから、貴社の行った内定取消者の選定基準に合理性はないものと考えられます。
この点、採用内定の法的性質が「入社予定日を就労開始日とする始期付きの解約権留保付き労働契約」と解釈されることに鑑みれば(大日本印刷事件:最高裁昭54.7.20)、その取消も解雇と同様に労働契約法第16条によって判断されるものと考えられますが、本件内定取消が合理的な人選によるものでなかったと認められる事実がある以上、私が貴社から内定を取り消されなければならない客観的合理的な理由はなく、また社会通念上の相当性も見当たりません。
したがって、当該内定の取り消しは労働契約法第16条の規定から権利の濫用として無効と評価できますから、直ちに当該内定の取り消しを撤回するよう申し入れいたします。
なお、厚生労働省のガイドライン(新規学校卒業者の採用に関する指針)においても、企業が経営不振等を理由に採用内定を取り消すことがないように指導されていますので念のため申し添えます。
以上
〇年〇月〇日
〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室
○○ ○○ ㊞
※実際に送付する場合は会社に通知が到達した証拠を残しておくため、コピーを取ったうえで普通郵便ではなく特定記録郵便など配達記録の残される郵送方法を用いて送付するようにしてください。
(2)その他の対処法
上記のような書面を通知しても会社が採用内定の取り消しを撤回しないような場合、または最初から他の方法で対処したいという場合は、労働局の紛争解決援助の申し立てを行ったり、労働委員会の主催する”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士や司法書士に相談して裁判所の裁判手続などを利用して解決する必要がありますが、それらの方法については以下のページを参考にしてください。
(3)人選に合理的な理由のない内定取消を労働基準監督署で解決できるか
なお、このように合理的な人選基準によらないまま内定を取り消されてしまったようなトラブルについて労働基準監督署に相談することで解決を図ることができるかという点が問題となりますが、このような内定取消に関する問題については労働基準監督署は積極的に介入しないのが普通です。
労働基準監督署は「労働基準法」やそれに関連する命令等に違反する事業主を監督する機関に過ぎず、労働基準法に規定のない違法行為や契約違反行為については行政権限を行使することができないからです。
採用内定の取り消しに関しては先ほど説明したように「労働契約法」に禁止規定(※ただし類推適用)が置かれていますが、採用内定の取り消し自体は「労働基準法」で禁止されているわけではありませんので、採用内定の取り消しに関するトラブルは労働基準監督署に相談しても対処は望めないでしょう。
ですから、このような案件に関しては、弁護士に相談して示談交渉や訴訟を利用するか、労働局の紛争解決手続きや都道府県労働委員会のあっせん手続きを利用して解決を図るしかないと思います。