給料を前借せず給料日前に支払ってもらえる非常時払6つの具体例

何らかの事情で給料日前にお金が必要になった場合、「給料の前借」を思いつく人も多いのではないかと思います。

しかし、「給料の前借」は「将来働いて得られる分」の給料を「前倒し」して支給してもらう性質のもので会社から「借金」をするのと変わりませんので、会社から「お金を借りる」という行為に抵抗を感じる人にとっては使い勝手のよいお金の工面方法とはならないのが実情です。

では、その「給料の前借」以外の方法で給料日「前」に給料を受け取る方法はないのでしょうか?

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給料の「非常時払」という制度

意外と知られていないようですが、労働基準法では労働者が出産や病気、災害などで緊急にお金が必要になった場合に、使用者(雇い主)に対して賃金の支払い日前に賃金の支払いを求めることができる「非常時払」の制度が設けられています。

根拠条文は労働基準法25条と労働基準法施行規則9条になり、以下のように定められています。

【労働基準法25条】

使用者は、労働者が出産、疾病、災害その他厚生労働省令で定める非常の場合の費用に充てるために請求する場合においては、支払期日前であっても、既往の労働に対する賃金を支払わなければならない。

【労働基準法施行規則9条】

法第25条に規定する非常の場合は、次に掲げるものとする。
一 労働者の収入によって生計を維持する者が出産し、疾病にかかり、又は災害をうけた場合
二 労働者又はその収入によって生計を維持する者が結婚し、又は死亡した場合
三 労働者又はその収入によって生計を維持する者がやむを得ない事由により一週間以上にわたって帰郷する場合

つまり、労働者は本人または生計を一にする家族の誰かが「出産」「疾病」「災害」「結婚」「死亡」「やむを得ない事情で一週間以上帰郷」する場合に限って、会社に対して「給料日前」であっても「給料をすぐに支給してください!」と請求できることになるわけです。

「非常時払」が利用できる具体的な6つのケース

以上のように、労働基準法では「非常時払」の制度を設けていますので、労働者が労働基準法25条及び同法施行規則9条の要件に当てはまる場合には、勤務先の会社に対して「給料日前」に「給料を支払え!」と請求できることになります。

もっとも、上に挙げた条文を見ただけではその要件が判然としませんので以下で具体的にその「非常時払」が可能なケースをそれぞれ確認していくことにしましょう。

労働者が勤務先の会社(個人事業主も含む)に対して「非常時払」の請求ができるのは、以下の6つの場合です。

(1)労働者または労働者の収入で生活する者が「出産」した場合

「労働者本人」または「その労働者の収入で生計を維持する者」が「出産」した場合には、給料日が到来する「前」であっても、勤務先の会社に対して給料の支払いを求めることができます。

たとえば、会社で働くAさん自身が出産する場合だけに限らず、Aさんの収入で生活している離婚して実家に帰ってきた出戻りの娘が出産する場合であっても、Aさんは給料日が到来する前に「給料をすぐに支払ってください!」と請求することができるということになります。

(2)労働者または労働者の収入で生活する者が「疾病」に罹患した場合

「労働者本人」または「その労働者の収入で生計を維持する者」が「疾病」に罹患した場合にも、給料日が到来する「前」に勤務先の会社に対して給料の支払いを求めることができます。

たとえば、会社で働くBさん自身が「白内障になって手術が必要になった」というような場合だけに限らず、Bさんの収入で生活している「親」が白内障で手術が必要になりその手術費用が足りないというような場合にもBさんはその給料日が到来する前に「給料をすぐに支払ってください!」と請求することができるということになります。

(3)労働者または労働者の収入で生活する者が「災害」で被災した場合

「労働者本人」または「その労働者の収入で生計を維持する者」が「災害」に被災した場合にも、給料日が到来する「前」に勤務先の会社に対して給料の支払いを求めることができます。

たとえば、会社で働くCさん自身が「地震に被災した」というような場合だけに限らず、Cさんは地震で被災していなくてもCさんから仕送りを受けて他府県で下宿生活をしている「Cさんの子供」が地震の被害に遭ったような場合にもCさんは給料日が到来する前に「給料をすぐに支払ってください!」と請求することができるということになります。

(4)労働者または労働者の収入で生活する者が「結婚」した場合

「労働者本人」または「その労働者の収入で生計を維持する者」が「結婚」した場合にも、給料日が到来する「前」に勤務先の会社に対して給料の支払いを求めることができます。

たとえば、会社で働く「Dさん自身」が結婚する場合だけに限らず、Dさんから仕送りを受けて生活している「Dさんの子供」が結婚するような場合にもDさんは給料日が到来する前に「給料をすぐに支払ってください!」と請求することができるということになります。

(5)労働者または労働者の収入で生活する者が「死亡」した場合

「労働者本人」または「その労働者の収入で生計を維持する者」が「死亡」した場合にも、給料日が到来する「前」に勤務先の会社に対して給料の支払いを求めることができます。

たとえば、会社で働く「Eさん自身」が死亡した場合には、Eさんの遺族はその給料日が到来する前に「非常時払」を理由に給料日が到来する前に「給料をすぐに支払ってください!」と請求することができますが、Eさんが死亡しなくてもEさんの仕送りで生活しているEさんの親が死亡したような場合にも、Eさんは会社に対して「給料をすぐに支払ってください!」と請求することができるということになります。

(6)労働者または労働者の収入で生活する者が「やむを得ない事由で帰郷」する場合

「労働者本人」または「その労働者の収入で生計を維持する者」が「やむを得ない事由で帰郷」する場合にも、給料日が到来する「前」に勤務先の会社に対して給料の支払いを求めることができます。

たとえば、会社で働くFさんが実家の親の入院手続きで実家に2~3日帰らなければいけないような場合にはFさんは会社に対して「給料をすぐに支払ってください!」と請求することができますが、このような場合に限らず、例えば「Fさんの仕送りで生活しているFさんの子供」がFさんの妻の入院手続きに付き添うために実家であるFさんの自宅に帰郷するような場合などでも、FさんはFさんが勤務している会社に対して「給料をすぐに支払ってください!」と請求することができるということになります。

「非常時払」で請求できるのは「すでに働いた分」の給料に限られる

以上にあげた(1)~(6)のような要件に当てはまる場合には、給料日が到来する前であっても勤務している会社(個人事業主も含む)に対して「非常時払」による給料の支払いを求めることができますが、ここで注意しなければならないのは、その請求できる給料が「既往の労働に対する賃金」に限られるという点です。

「非常時払」を求めた場合、「給料日が到来する前」に給料の支払いを求めることができますが、その場合に支払いを求めることができるのは、あくまでも「すでに働いた分の賃金」に限られ、「請求する日から給料日が到来するまでの賃金」ではありませんのでその点を誤解しないようにしなければなりません。

たとえば、賃金の支払い日が「月末締めの翌月25日払い」と就業規則で定められている会社で給料日の6月25日が到来する前の6月10日までに「非常時払」で給料の支給を受けたいというような場合であれば、「既往の労働に対する賃金」は「5月1日から5月31日まで」の賃金と「6月1日から6月9日」までの賃金の合計額となりますので、その「5月1日から5月31日まで」の賃金と「6月1日から6月9日まで」の賃金の合計額に相当する金額を上限として、会社に対して「給料をすぐに支払ってください!」と請求できることになります。

ただしこの場合、「6月10日から給料日の6月25日まで」の賃金についてはまだ働いていませんので「既往の労働に対する賃金」には含まれませんから、その部分については請求はできません。

一方、賃金の支払い日が「15日締めの当月末払い」と就業規則で定められている会社で給料日の6月30日が到来する前の6月10日までに「非常時払」で給料の支払いを受けたい場合であれば、「既往の労働に対する賃金」は「5月15日から6月9日まで」の賃金までの賃金に限られることになりますので、その「5月15日から6月9日まで」の賃金を上限に会社に対して「給料をすぐに支払ってください!」と請求できることになります。

ただしこの場合も、「6月10日から給料日の6月30日まで」の賃金についてはまだ働いていませんので「既往の労働に対する賃金」には含まれませんから、その部分については請求はできません。

「非常時払」に会社が応じない場合の対処法

以上で説明したように、「労働者本人」または「その労働者の収入で生計を維持する者」に上に挙げた(1)~(6)のような一定の事情がある場合には、「非常時払」の対象となり、使用者(雇い主)に対して給料日が到来する前に、すでに働いた分の賃金の支払いを請求することが可能です。

もっとも、このような法律の規定があるとは言っても、全ての会社の経営者や上司が労働法規に精通しているわけではありませんので(※もちろん、本来は精通しておくべきですが)、会社が「非常時払」に応じない場合には、具体的な方法を用いて対処する必要があります。

(1)「非常時払」への対応を求める通知書を作成して会社に送付する

勤務している会社(個人事業主も含む)が非常時払に応じない場合、まず非常時払応じるよう求める申入書等を作成し、会社に送付することを考えたほうがよいと思います。

もちろん、最初は口頭で「労働基準法25条の非常時払の要件に該当する事由が発生したから給料日前に給料を支払ってください」と申告することも必要ですが、法令遵守意識やコンプライアンス意識の低い経営者や上司は口頭でそう言っただけでは従わないことも多いですし、仮に後で裁判になったような場合には「会社に非常時払の説明をしたのに応じてくれなかった」という証拠を提示して立証することも必要になる場合があります。

送付した書面をコピーして保存し、特例記録郵便など送付記録の残る郵送方法で通知しておけば、後でそのコピーと送付記録を添付することで「非常時払の請求を行った時点で会社は非常時払の自由があることを認識していた」という事実を客観的証拠を提示して立証できるようになりますので口頭だけでなく書面という形でも申入れしておいた方がよいと思います。

なお、その場合に送付する書面の文面は以下のようなもので差し支えないと思います。

株式会社○○

代表取締役 ○○ ○○ 殿

労働基準法25条に基づく賃金の非常時払申入書

私は、〇年5月28日、貴社に対して労働基準法25条に基づく賃金の支払いを求めましたが、貴社は給料日が到来していないことを理由にその支払いを行っておりません。

しかしながら、私が貴社に対して同条に基づく請求を求めたのは、私の仕送りで生活している大学生の長女が先日発生した台風5号の影響でその居住しているアパートが半壊し転居の必要が生じたことが理由であり、その事情は労働基準法施行規則第9条1号に規定する「労働者の収入によって生計を維持する者が出産し、疾病にかかり、又は災害をうけた場合」に該当するものといえます。

この点、貴社の就業規則ではその第〇条において賃金の支払い期日は「毎月月末締めの翌月25日払い」と定められていますから、私は労働基準法25条に基づいて、貴社に対し、5月1日から5月末日までおよび6月1日から非常時払の支払いがなされるまでに発生する賃金の合計額を貴社に請求することができ、また、貴社はそれに応じなければならない雇用契約上および法律上の義務があると言えます。

よって私は、貴社に対し、労働基準法25条に基づいた非常時払にかかる賃金の全額を直ちに支払うよう申し入れいたします。

以上

〇年〇月〇日

〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室

○○ ○○ ㊞

※なお、実際に送付する際は客観的証拠として保存しておくためコピーを取ったうえで、会社に送付されたという記録が残るよう普通郵便ではなく特定記録郵便などを利用するようにしてください。

(2)労働基準監督署に労働基準法違反の申告をする

(1)の申入書等を送付しても会社が賃金の非常時払に応じない場合は、労働基準監督署に労働基準法違反の申告を行うというのも対処方法の一つとして有効です。

先ほども説明したように、使用者(雇い主)が賃金の非常時払に応じなければならないことは労働基準法25条と同情施行規則9条に明確に定められていますので、それに応じない会社は「労働基準法違反」ということになりますが、使用者が労働基準法に違反している場合には労働者は労働基準監督署に労働基準法違反の申告を行うことが認められています(労働基準法104条1項)。

【労働基準法第104条1項】
事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。

労働者が労働基準監督署に労働基準法違反の申告を行い、監督署が監督権限を行使して是正勧告や指導を行えば、会社がその違反状態を改めて賃金の非常時払に応じることも期待できますので、監督署に違法行為の申告をするというのも解決手段の一つとして有効に機能するものと考えられます。

なお、その場合に労働基準監督署に提出する申告書の記載例は以下のようなもので差し支えないと思います。

労働基準法違反に関する申告書

(労働基準法第104条1項に基づく)

○年〇月〇日

○○ 労働基準監督署長 殿

申告者
郵便〒:***-****
住 所:東京都〇〇区○○一丁目〇番〇号○○マンション〇号室
氏 名:申告 太郎
電 話:080-****-****

違反者
郵便〒:***-****
所在地:東京都〇区〇丁目〇番〇号
名 称:株式会社○○
代表者:代表取締役 ○○ ○○
電 話:03-****-****

申告者と違反者の関係
入社日:〇年〇月〇日
契 約:期間の定めのない雇用契約←注1
役 職:特になし
職 種:製造補助

労働基準法第104条1項に基づく申告
申告者は、違反者における下記労働基準法等に違反する行為につき、適切な調査及び監督権限の行使を求めます。

関係する労働基準法等の条項等
労働基準法25条、同法施行規則9条

違反者が労働基準法等に違反する具体的な事実等
・申告者は自身の収入で生計を維持する長女が台風で被災したことから引越し費用をねん出するため労働基準法25条及び同法施行規則9条1号に基づいて非常時払による賃金の支払いを求めたが、違反者がこれに応じない。

添付書類等

・〇月〇日付けで違反者に送付した「労働基準法25条に基づく賃金の非常時払申入書」の写し 1通←※注2

備考
本件申告をしたことが違反者に知れるとハラスメント等の被害を受ける恐れがあるため違反者には申告者の氏名等を公表しないよう求める。

以上

※注1:アルバイトやパート、契約社員など「期間の定めのある雇用契約」の場合は「期間の定めのある雇用契約(アルバイト)」などと記載してください。

※注2:添付書類は必ずしも添付が必要なものではありませんのでなければ削除しても構いません。

※労働基準監督署に申告したことが会社にバレても構わない場合は、「備考」の欄の一文は削除しても構いません。

(3)その他の対処法

上記(1)(2)の方法を用いても解決しない場合は、労働局の紛争解決援助の申し立てを行ったり、労働委員会の主催する”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士や司法書士に相談して裁判所の裁判手続などを利用して解決する必要がありますが、それらの方法については以下のページを参考にしてください。

労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは