「退職後〇年間は同業他社に転職しない」旨の誓約は有効か

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使用者(雇い主)が労働者の退職を妨害する事例は多々見受けられますが、その中に使用者が労働者の退職をあらかじめ制限することを目的として「退職後〇年間は同業他社に転職しません」というような誓約書にサインさせておくケースがあります。

このようなケースでは、労働者はたとえ退職の意思があったとしても「退職しても〇年間同じ仕事に就けないぐらいだったら今の職場で我慢しておこう」という心理が働くのが通常ですから、ほとんどの労働者は退職をあきらめてしまいます。

一般的な労働者は、様々なスキルを持って仕事をしているわけではなく、特定の専門分野に特化した能力を活かして就労しているのが普通ですので、退職しても現在の職場と同じスキルを活かせる「同業他社」に就職するのが普通だからです。

たとえば、コンピューターのプログラミングをしている会社で働いている労働者はプログラミングを行う会社に転職するのが普通ですし、ビル管理をしている会社で働いている労働者も多くの場合はビル管理会社に転職するのが普通です。

ですから、このように「同業他社」への転職を一定期間禁止させることにあらかじめ承諾をさせることにより、労働者が退職してしまう可能性を排除しようとする会社があるのです。

しかし、このような会社の行為は、転職を希望する労働者の「職業選択の自由」を制限するものであり、違法性を帯びるのではないかという疑念も生じます。

では、このように使用者(雇い主)が労働者に対して「退職後〇年間は同業他社に転職しない」という誓約をさせる行為は違法とならないのでしょうか?

また、実際に勤務しようとする会社から「退職後〇年間は同業他社に転職しません」といった承諾書にサインを求められたり、実際にそのような誓約書に署名押印してしまった場合、具体的にどのように対処すればよいのでしょうか?

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「退職後〇年間は同業他社に転職しない」旨の誓約は有効か

先ほど述べたように、労働者を雇用する際に「退職後〇年間は同業他社に転職しません」などと記載されている誓約書に署名押印させ、いざ労働者が退職しようとする際に、その誓約を根拠にして同業他社に転職することを制限し、事実上退職を妨害するケースが稀に見られます。

たとえば、ゲーム開発会社からプログラマとして採用を受けた労働者がその会社に就職する際、会社から「退職後は3年間は同業他社に転職いたしません」といった誓約書へのサインを求められ、それに署名押印して会社に差し入れたものの、入社した数年後に他のゲーム会社に転職しようとすると会社から「退職してもいいけど3年間は他のゲーム会社でプログラミングの仕事はできないよ」などと言われて事実上転職をあきらめてしまうようなケースです。

ゲーム会社でプログラミングを担う労働者は「ゲームに関するプログラミングのスキル」がその保有する職務技能となりますので転職先もゲーム会社になるのが普通ですから、そのような「〇年間は同業他社に転職しない」旨の誓約をしてしまうと事実上転職することが難しくなるでしょう。

このような事情があることから、労働者の流出を少しでも減らしたい会社では離職防止効果があることを期待して、こういった誓約をあらかじめ労働者から取っておくことで労働者の転職意思を削いでおこうと考えるわけです。

しかし、先ほども述べたように、このような誓約は憲法22条1項で保障された「職業選択の自由」を制限することにつながる懸念がありますから、このような誓約が違法(無効)とならないかという点が問題になります。

【日本国憲法第22条1項】

何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

「〇年間は同業他社に転職しない」旨の誓約は、その制約があることによって労働者の転職に事実上の制限がかけられることになりますので、そのような誓約自体が違法性を帯びるのではないかという疑義が生じるわけです。

この点、このような問題は労働者の退職後における「競業避止義務」に違反するか否かという点で判断されます。

すなわち、使用者(雇い主)が、雇用している労働者に対して、その労働者が退職した後に競業する同業他社で働くことを禁止することができるか、つまり退職する労働者が退職後に競業する会社で働くことを避けなければならない義務を負担するのか、という問題です。

「退職後〇年間は同業他社に転職してはならない」の誓約は無効

この点に関しては過去の裁判例も判断が分かれていますので一概には言えませんが、一般論的に結論を出すとすれば、このような「退職後〇年間は同業他社に転職してはならない」という競業避止義務の規定は「無効」と判断されます。

なぜなら、先ほども述べたように、そのような競業避止義務を定めて労働者の転職を制限する行為自体が、憲法22条1項で保障された「職業選択の自由」を侵害することになるからです。

ですから、仮に会社からの求めに応じて「退職後〇年間は競業他社に転職いたしません」と記載された誓約書に署名押印していたとしても、そのような誓約は(原則として)無効となりますので、そのような誓約は無視して自由に競業他社に就職し勤務したとしても、従前の会社から損害賠償請求などされる心配は(基本的には)ないと言えます。

「退職後〇年間は同業他社に転職してはならない」旨の誓約が有効となる場合

しかし、これはあくまでも「基本的にはそう解釈される」というだけであって、個別の案件で判断する場合には、「退職後〇年間は同業他社に転職してはならない」という競業避止義務が「有効」と判断されるケースも存在します。

なぜなら、労働者が真に自由な意思に基づいて、その競業避止義務に承諾をしたものであり、かつ、その競業避止義務が合理的な範囲にとどまるものである場合には、その競業避止義務に関する合意は当事者間の労働契約(雇用契約)上有効と認めても差し支えないと考えられるからです。

使用者(雇い主)は、労働者の労働力を利用して利益を上げていますが、そこでは使用者(雇い主)独自の技術であったり営業ノウハウを労働者に教えることによって自社の利益を最大化しているのが一般的です。

しかし、そのようにして使用者独自の技術やノウハウを習得した労働者が退職して同業他社に就職してしまう場合には、その使用者独自の技術やノウハウが同業他社に流出することによって自社の営業利益が損なわれてしまうことになりかねません。

そのため、使用者に独自の技術やノウハウがあり、それが保護に値するものであり、その範囲が合理的な範囲にとどまるものである場合には、その退職した労働者の転職をある一定の範囲で制限することも合理的な理由があるものとして是認されるべきであるといえます。

ですから、個々の案件によっては「退職後〇年間は競業他社に転職いたしません」という内容の承諾も有効と判断されることもあると考えられますので注意が必要です。

「退職後〇年間は同業他社に転職してはならない」旨の誓約の有効性の判断基準

この点、具体的にどのようなケースで「退職後〇年間は同業他社に転職してはならない」という競業避止義務の約束が有効と判断され、またはその逆に無効と判断されるかという点が問題となりますが、過去の裁判例ではおおむね以下に挙げる(1)~(6)の6つの要件を総合的に考慮して判断されています。

下記の(1)~(6)は、退職する労働者に課せられた競業避止義務が職業選択の自由を侵害しない程度に必要かつ合理的な範囲のものであるかという点を判断するための要件となりますから、これらの要件に一つでも該当する事情がある場合にはその競業避止義務に関する誓約は無効と判断される可能性があるということになります。

逆に言えば、以下の(1)~(6)に当てはまらない事情が多ければ多いほどその競業避止義務に関する誓約が有効と判断される余地が高くなると言えるでしょう。

ですから、仮に会社からの求めに応じて「退職後〇年間は競業他社に転職いたしません」などと記載された誓約書に署名押印してしまった場合であっても、以下の(1)~(6)に挙げる6つの要件のうち、当てはまる事情がないかという点をチェックすることが必要になります。

仮に、以下の(1)~(6)までのうち1つでもその要件に当てはまるものがある場合には、その誓約は「無効」となる可能性があると言えますので、必ずしも会社の制限にしたがって同業他社への就職を控える必要はないということになります。

(1)競業禁止の合意が労働者の自由意思に基づかない場合

「退職後〇年間は競業他社に転職いたしません」などといった誓約が有効か否かの判断基準としてまず挙げられるのが、その誓約に対する合意の意思表示が労働者の「自由意思に基づくものか」といった点です。

仮に労働者が使用者(雇い主)に「退職後〇年間は競業他社に転職いたしません」といった内容の誓約を与えていたとしても、その意思表示が「対等な立場における自由な意思表示」でない場合には、その誓約は「無効」と判断して無視しても差し支えないと言えます。

なぜこのような結論になるかというと、労働者と使用者(雇い主)の間で結ばれる労働契約は「対等な立場における自由な意思表示」で結ばれたものに限って有効になると考えられるからです(労働契約法第3条1項)。

【労働契約法第3条1項】

労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。

労働契約法第3条1項の規定から、労働者の意思表示が「対等な立場における自由な意思表示」と認められない場合には、その意思表示は労働契約法第3条1項の規定に違反するものとして「無効」と判断されますから、仮に「退職後〇年間は競業他社に転職いたしません」といった承諾書にサインしている場合には、そのサインをした際に会社側と「対等な立場にあったか」また「自由な意思でサインしたのか」という点を確認する必要があります。

この点、具体的にどのようなケースであれば「対等な立場における自由な意思表示」となるかが問題となりますが、たとえば会社の会議室に呼び出されて半ば監禁されたような状態で強引にサインを求められたようなケースでは、労働契約法第3条1項で言うところの「対等の立場」や「自由な意思表示」という点で問題があると判断され、その「退職後〇年間は競業他社に転職いたしません」という誓約が無効となるケースもあると考えられます。

なお、仮に労働者が会社との関係で「対等な立場における自由な意思表示」をもって「退職後〇年間は競業他社に転職いたしません」といった承諾書にサインしていた場合であっても、以下の(2)~(6)のうち1つでも当てはまる事項があるケースでは、その誓約は必要かつ合理的な範囲を超えるものとして「無効」と判断できる場合もありますので誤解のないようにしてください。

(2)競業を禁止する期間が合理的期間を越える場合

また、その競業を禁止する期間が長期間にわたるケースも、その労働者に課せられた競業避止義務が「合理的な範囲を超える」ものとして「無効」になるものと考えられます。

なぜなら、仮に労働者が自由な意思表示によって「退職後〇年間は同業他社に就職しない」という誓約に承諾を与えていたとしても、合理的な範囲を超える期間まで労働者の同業他社への転職を制限する場合には、労働者の受ける不利益が大きすぎるため「職業選択の自由」を制限することになると考えられるからです。

具体的にどの程度の期間、競業避止義務が課せられる場合にその誓約が無効になるかはケースバイケースで判断するしかありませんが、過去の裁判例では競業避止義務にかかる期間が1年程度のものについては有効、2年を超えるものについては無効と判断する傾向にあります。

裁判所では、1年程度の期間で退職した労働者に同業他社への転職を制限するのは認めても、2年を超える期間について同業他社への転職を制限することは労働者の「職業選択の自由」を著しく侵害するものと考える傾向にありますので、1年~2年を超える期間を設定してその期間は同業他社への転職を制限するという誓約については「無効」と判断することが多いのです。

ですから、退職後1年から2年を超える期間について同業他社への就職を禁じる誓約については、たとえ労働者が自由な意思に基づいて誓約しているものであったとしても「無効」と判断してもよいかもしれません。

なお、仮に「1年」を超えない期間について「退職後、競合他社に転職しない」といった承諾書にサインしていた場合であっても、上記の(1)や以下の(3)~(6)のうち1つでも当てはまる事項があるケースでは、その誓約は必要かつ合理的な範囲を超えるものとして「無効」と判断できる場合もありますので誤解のないようにしてください。

(3)競業を禁止する地域が合理的範囲を超える場合

上記の(1)や(2)以外にも、その競業を禁止する地域が合理的な範囲を超える場合も、その競業避止義務に関する制約は「無効」と判断されます。

競業を禁止する地域が「合理的な範囲を超える場合」とは、たとえば九州の範囲内で営業している会社であるにもかかわらず、退職する労働者に対して全国の同業他社への転職を制限するような場合です。

九州でのみ営業している会社であれば、たとえ退職する労働者が同業他社に就職することで自社の利益が損なわれることがあったとしても、それは九州の範囲内で競合する会社に限られるはずであり九州以外で営業する会社については、仮にその退職した労働者が入社したとしても自社の営業の利益は損なわれません。

このように”九州”でしか営業しない会社が、退職する労働者に対して”九州以外”の会社への就職を制限することは、合理的な範囲を超えると考えられるので「無効」と判断されるわけです。

ですから、そのように”九州”の地域のみを営業対象としている会社に勤務している労働者が退職する際に、「退職後〇年間は同業他社に就職いたしません」というような誓約を自由な意思表示によって行っていたとしても、その退職した労働者は”四国”や”本州”や”東北”や”北海道”や”海外”でのみ営業している会社に転職することは一切制限されないということになります。

なお、仮に「合理的な範囲」を超えない範囲について「退職後、競合他社に転職しない」といった承諾書にサインしていた場合であっても、上記の(1)(2)や以下の(4)~(6)のうち1つでも当てはまる事項があるケースでは、その誓約は必要かつ合理的な範囲を超えるものとして「無効」と判断できる場合もありますので誤解のないようにしてください。

(4)一般的な技能やノウハウしか習得していない場合

また、競業を禁止される労働者が「一般的な技術やノウハウなど」しか習得していないようなケースでもその誓約は無効になるものと考えられます。

先ほども述べたように、使用者(雇い主)が退職する労働者が同業他社で働くことを一定期間制限することが認められるのは、その使用者(雇い主)側に保護に値するような営業秘密やノウハウなどが存在し、それが同業他社に知られることによって自社の利益が損なわれてしまう不利益を回避することが「合理的」と認められるからにすぎません。

しかし、その退職する労働者が、同業他社がすでに知り得ているような一般的な技術や技能、ノウハウなどしか習得していないようなケースでは、そもそもその労働者が同業他社で働くことによって流出してしまうような営業秘密やノウハウは存在しないといえます。

ですから、退職する労働者が「一般的な技術やノウハウなど」しかその会社で習得していないようなケースでは、その労働者が同業他社に就職することは制限されないといえますし、仮に会社「独自の技術やノウハウを」を習得した労働者であっても、転職先の会社がその従前の会社の「独自の技術やノウハウ」を利用しないような会社の場合にも、従前の会社は労働者の競業を禁止することはできないと考えられます。

たとえば、ゲーム会社のA社に勤務する労働者XがA社で一般的なプログラミングのソースコードの作成方法を習得して就労しているようなケースでは、その労働者Xは「一般的な技術やノウハウ」しか保有しておらずA社における「独自の技術やノウハウ」を習得したわけではありませんから、仮にその労働者Xが競合するゲーム会社B社に転職したとしてもA社は何ら不利益を受けることはありませんので、たとえ労働者Xが「退職後〇年間は同業他社に就職しません」というような誓約書にサインしていたとしてもそのような誓約は無効になるものと考えられます。

また、仮にこのゲーム会社A社に勤務する労働者Yが、そのA社が独自に開発して極秘にしている独自プログラミングのソースコードを習得したり、そのゲーム会社独自のノウハウによってゲーム開発を行って就労している場合であったとしても、その労働者Yがゲームのキャラクターデザインを専門に制作するプログラミング会社に転職するようなケースでは、YがA社で習得した「独自技術や独自ノウハウ」を利用して業務を行うことはありませんから、そのようなケースでも「退職後〇年間は同業他社に就職しません」というような誓約は効力を及ぼさないものと考えられます。

なお、仮に転職前の会社で習得した「独自の技術やノウハウなど」を同業他社で利用する職種に転職する場合であっても、これまでの(1)~(3)や以下の(5)(6)のうち1つでも当てはまる事項があるケースでは、その誓約は必要かつ合理的な範囲を超えるものとして「無効」と判断できる場合もありますので誤解のないようにしてください。

(5)退職前の地位(役職等)が競業を禁止すべき地位にない場合

これらの他にも、退職する労働者が競業を禁止すべき地位に就いていないようなケースでも「退職後〇年間は同業他社に就職しない」という誓約が無効になるものと考えられます。

先ほども述べたように、退職する労働者に課せられた競業避止義務が職業選択の自由を侵害しないと判断されるのは、その誓約が労働者の真に自由な意思に基づくものであり、かつ、競業避止義務の程度がその会社「独自の技術やノウハウ」を保護するために合理的なものに限定されるからにほかなりません。

しかし、そもそもそのような「独自の技術やノウハウ」に接触できるのは、会社では一部の管理職だけに限られるのが普通ですから、その「独自技術やノウハウ」に触れることがない一般社員や非正規労働者にまで退職後の競業避止義務を認めることは合理的とは言えません。

「独自の技術やノウハウ」に接触する機会がそもそも存在しない社員やバイトや契約社員などは、たとえ同業他社に就職したとしても転職前の会社の「独自技術やノウハウ」を利用することはできないわけですから、そのような労働者の転職を制限することは合理的ではなく「職業選択の自由」を侵害するものとなるでしょう。

ですから、退職前の地位(役職等)が競業を禁止すべき地位にない労働者が仮に「退職後〇年間は同業他社に就職しません」というような誓約をしていたとしても、そのような誓約は無効になるものと考えられるのです。

なお、この点については過去の裁判例(東京リーガルマインド事件:東京地裁平成7年10月16日)でも同様に判断されています。

東京リーガルマインド事件:東京地裁平成7年10月16日

この事件は司法試験予備校の”東京リーガルマインド”で専任講師を務めていた有名講師が独立して司法試験予備校を設立しようとした際に、従前勤務していた”東京リーガルマインド”から勤務中に結ばれた「2年間の同業他社における競業避止義務特約」に違反することを理由に新設予備校の営業差し止めを求めた事案です。

この事案では、原告である”東京リールマインド”から同社を退任する専任講師の取締役と監査役について競業禁止特約に違反するという主張がなされましたが、取締役の地位にあった専任講師については”東京リーガルマインド”の営業秘密やノウハウを利用できる立場にあったことを認定して退職後2年間の競業が禁止されましたが、同時に退任した監査役の一人については競業を禁止すべき合理的理由がないとして競業禁止特約が無効と判断され同業他社への転職が認められています。

なお、仮に退職する労働者が「独自の技術やノウハウなど」を習得できる地位や立場にあった場合であっても、これまでの(1)~(4)や以下の(6)のうち1つでも当てはまる事項があるケースでは、その誓約は必要かつ合理的な範囲を超えるものとして「無効」と判断できる場合もありますので誤解のないようにしてください。

(6)競業禁止に代わる代償措置がなかった場合

以上の5つに加えて、その退職後の競業を禁止される労働者に代償措置が行われていないケースでも「退職後〇年間は同業他社に就職しない」旨の誓約が無効になるものと考えられます。

先ほども述べたように、使用者(雇い主)に「独自技術やノウハウ」など保護すべき一定の合理的な利益がある場合には、退職する労働者が自由な意思で承諾を与えた場合にのみ退職後の競業避止義務が正当化されますが、そのような競業避止義務が課される労働者は退職後の就職が制限されることにより「職業選択の自由」が妨げられるわけですから、その労働者の保護も考える必要があります。

そのため、使用者(雇い主)が労働者に「退職後〇年間は同業他社に就職しない」旨の競業避止義務を課す場合には、その労働者の受ける不利益を補填するために何らかの代償措置を行う必要があるのです。

代償措置の具体的な内容はケースバイケースで異なりますが、たとえば「退職後〇年間は同業他社に就職しない」ことを誓約させる代わりに退職金を上乗せしたり、その競業禁止の期間中に同業他社で就労できないことにより発生する賃金喪失分の賃金を支給したりするなどが考えられるでしょう。

ですから、仮に「退職後〇年間は同業他社に就職しません」というような誓約書にサインしている場合であっても、同業他社に就職することによって受ける不利益について退職金の上乗せやその競業禁止期間中の賃金減少分に係る保証金などを受け取っていないというようなケースでは、その「退職後〇年間は同業他社に就職しない」旨の合意自体が無効となる場合もあるものと考えられます。

なお、この点については先ほどの(5)で挙げた「東京リーガルマインド事件:東京地裁平成7年10月16日」でも、退任後の競業禁止の効力が争われた監査役について、代償措置が設けられていなかったことが理由となり、退任後の競業避止義務が無効と判断されています。

なお、仮に退職する労働者に競業避止義務の代償措置として何らかの十分な補填・保障があった場合であっても、これまでの(1)~(5)のうち1つでも当てはまる事項がある場合は、その誓約は必要かつ合理的な範囲を超えるものとして「無効」と判断できる場合もありますので誤解のないようにしてください。

「退職後〇年間は同業他社に転職しない」旨の誓約を求められた場合の対処法

以上のように、たとえ退職するまでの間に「退職後〇年間は同業他社に就職しません」といったような誓約書にサインしていたとしても、その誓約自体が労働者の真に自由な意思に基づくものでなかったり、使用者(雇い主)側において競業を禁止する合理的な理由(上の(1)~(6)など)がないようなケースでは、その誓約は無効と判断して差し支えなく、退職後に同業他社に勤務することも制限を受けないものと考えられます。

ただし、そのように誓約が「無効」と判断されるケースに該当する事案である場合であっても、いったん誓約書にサインしてしまった場合には、退職する際にその誓約を根拠として会社側から競業を禁止され退職を妨害されたり、転職後に損害賠償請求をされることもありますから、出来得る限りそのような誓約書に署名捺印することは避けるべきといえます。

ですから、入社する際にそのような誓約書に署名を求められた場合には、後で会社側とトラブルになる可能性があることを十分に理解したうえで入社するかしないか判断することが求められると言えるでしょう。

「退職後〇年間は同業他社に転職しない」旨の誓約をしてしまった場合の対処法

このように、「退職後〇年間は同業他社に就職しません」というような誓約書にサインを求められた場合には安易にサインしないのが最善ですが、会社の指揮命令下で働いている労働者としては会社から求められれば拒めないことも多いと思いますので、その場合の対処法が必要となります。

この点、そのような誓約に同意を与えてしまったことを理由として、退職する際にその誓約を根拠として退職を事実上妨害されたり、退職後の同業他社への就職を禁止するような言動をうけているような場合には、以下に挙げる方法をとって具体的に対処することが求められます。

(ア)通知書を送付してみる

会社からの求めに応じて「退職後〇年間は同業他社に就職しません」などというような誓約に同意を与えてしまった場合において、その誓約を根拠に事実上退職を妨害されたり、同業他社に転職した場合には損害賠償することもあるなど脅されているような場合には、その誓約自体が無効であることを書面に記載して通知しておくことも、対処方法として有効ではないかと思います。

前述した(1)~(6)のような事実があるケースでは、たとえ勤務先の会社に「退職後〇年間は同業他社に就職しない」旨の誓約を与えている場合であっても、その制約が無効と判断されるケースもありますから、その無効を主張して誓約自体の効力を否定することは意味がありますが、口頭で「無効だ」というだけでは会社も応じないことが多いでしょう。

ですが、書面という形で抗議しておけばその書面をコピーして保存しておくことで将来的に裁判になった場合にそのコピーを証拠として提出することもできますので、可能であれば書面の形で無効を主張しておく方がよいと思います。

なお、その場合の文面は以下のようなもので差し支えないものと考えられます。

○○株式会社

代表取締役 ○○ ○○ 殿

競業禁止に関する誓約の無効確認通知書

私は、〇年〇月〇日、貴社に対し、同年〇月〇日をもって退職する旨記載した退職願を提出する方法をもって退職の意思表示を行いましたが、上司である◇◇(部長)から「退職後3年間は同業他社に勤務しないように」との告知を受けました。

この告知について◇◇は、私が貴社に入社する際、人事部の担当者の求めに応じて「退職した後3年間は同業他社に就職いたしません」と記載された誓約書に署名押印していることを理由に、私が貴社に対して退職後3年間にわたる競業避止義務を負担しているからだ、と主張されています。

しかしながら、仮に私がそのような誓約に同意を与えていたとしても、その同意は入社する際に貴社の人事部の担当者から当該誓約に同意しなければ内定を取り消す等の説明を受けたことからやむを得ず承諾したものにすぎず、私の自由意思に基づいて承諾したものではありませんし、私は貴社における就労中、特段の役職を持たない平社員として一般的なプログラミング業務に従事していたにすぎず、貴社独自の機密情報や独自技術、貴社特有の営業秘密やノウハウ、人脈情報などに触れる立場にはありませんでしたから、貴社が私の退職後における競業を制限することを肯定できるような合理的な目的や理由は存在しないといえます(東京リーガルマインド事件:東京地裁平成7年10月16日に同旨)。

したがって、仮にかかる誓約が存在したとしても、その誓約自体無効ですから、私が貴社を退職した後においては貴社に対して負担すべき競業避止義務が一切存在しないことを、本状によって確認し通知いたします。

なお、本通知書は貴社の主張する「退職した後3年間は同業他社に就職いたしません」との誓約書の存在を肯定するものではありませんので念のため申し添えます。

以上

〇年〇月〇日

〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室

○○ ○○ ㊞

会社に送付する前に証拠として残すため必ずコピーを取っておき、また相手方に「到達した」という客観的証拠を残しておく必要があるため、普通郵便ではなく特定記録郵便など客観的記録の残る方法を用いて郵送すること。

(イ)その他の対処法

上記のような方法で対処しても会社側が競業避止義務の存在を主張して競業他社への就職を妨害したり、競業他社に就職した場合に損害賠償請求してくるような場合は、会社側が自社の解釈によほど自信があり労働基準法3条1項に違反しないという確固たる確信があるか、ただ単にブラック体質を有した法律に疎い会社かのどちらかである可能性が高いと思いますので、なるべく早めに法的な手段を取って対処する方がよいでしょう。

具体的には、労働局に紛争解決援助の申し立てを行ったり、自治体や労働委員会の”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士会や司法書士会が主催するADRを利用したり、弁護士や司法書士に依頼して裁判を行うなどする必要があると思いますが、その場合の具体的な相談先はこちらのページでまとめていますので参考にしてください。

▶ 労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは