バイト・契約社員の契約違反による退職を会社が拒否できない理由

アルバイトやパート、契約社員など働く期間が「〇年〇月から〇年〇月まで」というように一定の期間に区切られて働く雇用契約は「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」と呼ばれます。

この「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」で働く場合、労働者はあらかじめその契約期間が満了することを確約して使用者(雇い主)と契約を結んでいることになりますから、その契約期間の途中で退職することは認められないのが原則です。

もっとも、『バイトや契約社員が契約期間内でも会社を辞められる3つのケース』のページでも説明したように、民法では628条では「やむを得ない事由」がある場合に、労働基準法では137条では「契約期間の初日から1年を経過」した場合に契約期間の途中で退職することを認めていますから、「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」で働く場合であっても、必ずも契約期間が満了するまで働くことが強制させられるというものでもありません。

しかし、ここで問題となるのは、そのような「やむを得ない事由」や「契約期間の初日から1年が経過した」という事情がない場合です。

「やむを得ない事由」や「契約期間の初日から1年が経過した」という事情がない場合には、契約期間の途中で退職することが認められる法律上の根拠が存在しないわけですから、原則に戻って契約期間が満了するまで働くことが強制させられるとも思えます。

では、「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」で働く労働者に「やむを得ない事由」や「契約期間の初日から1年が経過した」という事情がない場合、契約期間の途中で辞めることはできないのでしょうか?

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「やむを得ない事由」がなく「契約期間の初日から1年が経過」していなくても退職すること自体はできる

このように、「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」ではその契約期間が満了するまで働くことが前提となりますので、原則としてその契約期間が満了するまでは退職することが認められませんが、「やむを得ない事由」がある場合(民法628条)か、「契約期間の初日から1年が経過」した場合(労働契約法137条)に限って例外的に契約期間の途中で退職することが認められています。

そうすると、「やむを得ない事由」がなかったり「契約期間の初日から1年が経過」していない場合には、契約期間の途中で退職することが認められないとも思えますが、実際にはそのような事情がない場合でも会社を退職すること自体は可能です。

なぜなら、確かに民法628条では「やむを得ない事由」がある場合に、労働基準法137条では「契約期間の初日から1年が経過」した場合に例外的に雇用期間の途中で退職することが認められていますが、それは単に契約期間の途中で退職しても「雇用契約違反にならない」ための条件を規定したものにすぎないからです。

民法628条と労働基準法137条では、有期労働契約における契約期間の途中での退職の例外が規定されていますが、その「やむを得ない事由」があること、または「契約期間の初日から1年が経過」したこと、という条件は、単に「それがあった場合には契約期間の途中で退職しても契約違反にならない」ことが規定されているにすぎません。

「やむを得ない事由」や「契約期間の初日から1年が経過」した事実がない状態で退職したとしても、それが「雇用契約違反」の責任を生じることはあっても「法律違反」として「無効」になるわけではないのです。

ですから、仮に「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」で働く労働者が「やむを得ない事由」や「契約期間の初日から1年が経過」した事実がない状況で一方的に退職の意思表示をしたとしても、その退職の意思表示は「法律上有効」に成立することになりますので、「やむを得ない事由」や「契約期間の初日から1年が経過」した事実がない場合であっても会社を退職すること自体はできるということになります。

ただし、「やむを得ない事由」や「契約期間の初日から1年が経過」した事実がない場合は損害賠償請求される可能性がある

このように、民法628条の「やむを得ない事由」や労働基準法137条の「契約期間の初日から1年が経過」したことは、雇用契約違反の責任を生じさせずに契約期間の途中で退職するための要件にすぎませんので、それらの事実がなくても会社を辞めること自体は可能です。

もっとも、その「やむを得ない事由」や「契約期間の初日から1年が経過」した事実がない場合は、法律上の根拠なく契約期間の途中で辞めることになりますので、当然、雇用契約違反の責任は生じることになります。

この点、雇用契約も契約の一種ですから、契約違反の場合の責任を規定した民法415条の規定によって損害賠償責任が生じることは避けられません。

【民法第415条】

債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。

先ほども説明したように「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」で働く労働者が退職する場合には契約期間が満了するまで働くのが原則であり、「やむを得ない事由」か「契約期間の初日から1年が経過」した場合に限って例外的に契約期間の途中で辞めることが許容されるわけですから、そのいずれの条件も満たさずに辞めてしまう場合には、この民法415条に従って、会社から損害賠償請求されることもありうるということになるわけです。

もっとも、「やむを得ない事由」や「契約期間の初日から1年が経過」した事実がなかったからと言ってすべての場合に会社から損害賠償請求を受けてしまうとは限りません。

会社が民法415条に基づいて退職した労働者に損害賠償請求するためには、その「やむを得ない事由」や「契約期間の初日から1年が経過」した事実がない状態で契約期間の途中で退職してしまったことと「それによって会社に発生した損害」の間に因果関係があることを立証しなければならないからです。

民法415条を根拠として損害賠償請求できるのは、あくまでもその債務不履行と因果関係のある損害に限られますから、退職した労働者が「やむを得ない事由」や「契約期間の初日から1年が経過」した事実がないのに契約期間の途中で退職してしまったことによって具体的な損害が発生していない場合には、そのこと自体が雇用契約違反になるとしても会社は労働者に損害賠償請求することはできないわけです。

ですから、「やむを得ない事由」や「契約期間の初日から1年が経過」した事実がない状態で契約期間の途中で退職した場合、会社から損害賠償請求される可能性は当然に考えなければなりませんが、必ずしも会社から損害賠償請求されるものでもないということがいえます。

もっとも、実際に損害賠償されるケースはそれほど多くないかもしれません→『契約期間の途中で辞めても損害賠償請求されるとは限らない理由

「やむを得ない事由」や「契約期間の初日から1年が経過」した事実がない場合でも会社はその退職を拒否できない

以上で説明したように、民法628条の「やむを得ない事由」や労働基準法137条の「契約期間の初日から1年が経過」したことは、雇用契約違反の責任を生じさせずに契約期間の途中で退職するための要件にすぎませんから、「契約違反になることを承知の上で」退職するというのであれば、それらの事実がなくても会社を辞めること自体は可能です。

この場合、その「やむを得ない事由」や「契約期間の初日から1年が経過」した事実がない状態で契約期間の途中で退職しようとする労働者の退職行為を使用者(雇い主)が拒否できるか、という点が問題となりますが、会社がその労働者の退職を拒否することはできません。

なぜなら、もし会社が「やむを得ない事由」や「契約期間の初日から1年が経過」した事実がない状態で退職を申し出た労働者に対して「民法628条の要件を満たしてない」とか「労働基準法137条の条件に当てはまらない」などと主張してその退職を拒否してしまった場合、その退職を拒否すること自体が労働基準法5条で定められた「強制労働の禁止」の規定に違反することになるからです。

【労働基準法第5条】

使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。

先ほど説明したように、民法628条では「やむを得ない事由」がある場合に限って、労働基準法137条では「契約期間の初日から1年が経過」した場合に限って、有期労働契約の契約違反とならずに契約期間の途中で退職することが定められていますから、それに反してそれらの事実がないにもかかわらず退職した場合は、その労働者は雇用契約に違反して一方的に退職したことになります。

しかし、その場合であってもこの労働基準法5条の「強制労働の禁止」の規定は憲法18条の「奴隷的拘束の禁止」の要請上、無条件に保障されなければなりませんから、そのような雇用契約に違反する労働者の退職が行われた場合であっても、使用者(雇い主)はその労働者の退職を拒否して就労を強制することが認められないのです。

【日本国憲法第18条】

何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

もちろん、先ほど説明したように、民法628条や労働基準法137条の要件を満たさない状態で退職した労働者は、その退職によって使用者(雇い主)から民事上の債務不履行責任(民法415条)や不法行為責任(民法709条)に基づく損害賠償責任を負担しなければなりません。

しかし、雇用契約は労働者の身体を一定期間、使用者(雇い主)の下に提供し、雇い主の指揮命令下で拘束されることを意味しますので、「奴隷的拘束の禁止」を保障した憲法18条の要請上、退職を希望する労働者の身体の自由は保障されなければならないことから、そのような損害賠償責任を負担することは別にして、労働者の「退職の自由」を制限することはできないと考えられているのです。

ですから、例えば1月1日から12月31日までの1年間の有期労働契約で働く労働者が「やむを得ない事由」がなく「契約期間の初日から1年が経過」する前の11月30日で退職しようとする場合であっても、使用者(雇い主)はその退職の意思表示を拒否することはできないということになります。

このような場合、使用者(雇い主)はその労働者が退職したことによって損害が発生した場合にその損害について債務不履行責任(民法415条)や不法行為責任(民法709条)に基づく損害賠償請求をすることはできますが、その労働者の退職の効果を否定して就労を強制させることはできないという結論になるのです。

「やむを得ない事由」や「契約期間の初日から1年が経過」した事実がないことを理由に退職を拒否された場合の対処法

以上で説明したように、「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」で働く労働者は民法628条の「やむを得ない事由」や労働基準法137条の「契約期間の初日から1年が経過」した事実がない限り契約期間の途中で退職することは制限されますが、それらの事実は単に「雇用契約に違反しなくてすむ」ための要件にすぎませんので、「雇用契約に違反しても構わない」というのであれば労働者は「やむを得ない事由」や「契約期間の初日から1年が経過」していない場合であっても退職することは可能です。

そしてこの場合、使用者(雇い主)は雇用契約違反を理由に損害賠償請求することはできますが、民法628条や労働基準法137条の要件を満たさないことを理由に労働者の退職を拒否することはできませんし、仮にその退職の効果を否定して就労を強制するような場合には、「強制労働の禁止」を規定した労働基準法5条に違反するものとして使用者(雇い主)側が法律違反としての責任を追及されるということになります。

もっとも、全ての会社や役職者(上司)がこのような法律上の解釈を理解しているとは限りませんので(※本来は理解しておくべきですが)、労働者が雇用契約違反を承知のうえで「やむを得ない事由」や「契約期間の初日から1年が経過」していない状態で退職の意思表示を行った場合において、会社からその退職を拒否されてしまった場合の具体的な対処法が問題となります。

(1)通知書を送付して「強制労働の禁止」を規定した労働基準法5条に違反することを説明する

「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」で働く労働者が民法628条や労働基準法137条の要件を致さないまま、「やむを得ない事由」や「契約期間の初日から1年が経過」していない状態で契約期間の途中で退職の意思表示を行った場合において、会社がその退職の効果を否定して就労を求める場合には、その退職の効果を否定して就労を求めること自体が労働基準法5条に規定された「強制労働の禁止」に違反することを指摘する通知書等を作成して会社に送付してみるのも一つの解決方法として有効に機能すると思います。

先ほども説明したように、「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」で働く労働者がたとえ民法628条や労働基準法137条の規定に反して「やむを得ない事由」や「契約期間の初日から1年が経過」していない状態で退職の意思表示を行った場合であっても、使用者(雇い主)は民法415条に基づいて損害賠償請求ができるにとどまり、その退職自体の効果を否定して就労を強制させることはできず、仮に会社がその退職を否定して就労を強制するという場合には、その会社は労働基準法5条違反ということになります。

この点、その会社が労働基準法5条に違反するということを口頭で説明し理解してもらうのでも構いませんが、後で裁判などになった場合には「会社に労働基準法5条に違反することを説明したのに就労を強制させられた」ということを客観的証拠を提示することで立証しなければならない場面もありますので、口頭で説明するよりも有体物として保存することができる「書面」の形で通知する方がよいということになるのです。

なお、この場合に会社に送付する通知書の文面は以下のようなもので差し支えないでしょう。

株式会社○○

代表取締役 ○○ ○○ 殿

強制労働の強要行為に関する即時中止申入書

私は、〇年11月30日、貴社に対し、同日付けをもって退職する旨記載した退職届を提出する方法によって退職の意思表示を行いました。

この退職の意思表示に対して貴社は、私が民法628条に規定された「やむを得ない事由」が存在しないこと、また労働基準法137条で規定された「契約期間の初日から1年が経過」していないことを理由に、その退職の効果を否定し私の自宅に押し掛けるなどして貴社での就労を求め続けております。

しかしながら、かかる民法628条や労働基準法137条の規定は、有期労働契約で契約期間が満了する前に退職する場合の例外規定にすぎませんから、たとえその要件を満たさずに退職の意思表示を行ったとしても、その効果は雇用契約違反として民法415条の債務不履行責任を生じさせる余地があるにとどまり、退職の意思表示が貴社に有効に到達している事実がある以上、退職の効果は有効に成立しているものと解されます。

そうであれば、貴社が退職の効果を否定し就労を強制する行為は、有効に退職の効果が生じて就労義務が存在しない私に対して「退職の効果が生じていない」と事実を異なる説明を行い、精神的に追い詰める方法を用いて就労を強要するものであり、労働基準法5条で規定された「強制労働の禁止」に違反するものといえます。

したがって、貴社が私の退職の効果を否定し、私に対して就労を強要している現状は、労働基準法に違反する違法な行為と言えますから、直ちにかかる就労及び復職の強要行為を中止するよう、本状をもって申入れしたします。

なお、この申入書は、私が民法628条及び労働基準法137条の要件を満たすことなく退職の意思表示を行ったこと、および私の退職によって貴社に対する民法415条の損害賠償責任が生じたことを認める趣旨のものではありませんので念のため申し添えます。←※注1

以上

〇年〇月〇日

〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室

○○ ○○ ㊞

※なお、実際に送付する際は客観的証拠として保存しておくためコピーを取ったうえで、会社に送付されたという記録が残るよう普通郵便ではなく特定記録郵便などを利用するようにしてください。

※注1:後で、裁判になったような場合には「やむを得ない事由」や「契約期間の初日から1年が経過」が「あった」という主張を展開する可能性もありますし、また会社側から民法415条の損害賠償責任を追及された場合にその責任を自認したと受け取られても困りますので、最後の「なお書き」の一文は入れておいた方がよいと思います。

(2)労働基準監督署に労働基準法違反の申告をする

(1)の申入書等を送付しても会社が民法628条や労働基準法137条の規定に違反することを理由に退職の効果を認めず就労を強制するような場合は、労働基準監督署に労働基準法違反の申告を行うことも考えてよいかもしれません。

先ほども説明したように、使用者が労働者の退職を認めず強引に就労を強制するようなケースでは「強制労働の禁止」を規定した労働基準法5条に違反する余地がありますが、使用者が労働基準法に違反している場合には労働者は労働基準監督署に労働基準法違反の申告を行うことが認められています(労働基準法104条1項)。

【労働基準法第104条1項】
事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。

この点、仮に労働者が労働基準監督署に労働基準法違反の申告を行い、監督署が監督権限を行使して是正勧告や指導を行えば、会社がその違反状態を改めて就労の強要や復職の強制を止めることも期待できますので、監督署に違法行為の申告をするというのも解決手段の一つとして有効に機能するものと考えられます。

なお、その場合に労働基準監督署に提出する申告書の記載例は以下のようなもので差し支えないと思います。

労働基準法違反に関する申告書

(労働基準法第104条1項に基づく)

○年〇月〇日

○○ 労働基準監督署長 殿

申告者
郵便〒:***-****
住 所:東京都〇〇区○○一丁目〇番〇号○○マンション〇号室
氏 名:申告 太郎
電 話:080-****-****

違反者
郵便〒:***-****
所在地:東京都〇区〇丁目〇番〇号
名 称:株式会社○○
代表者:代表取締役 ○○ ○○
電 話:03-****-****

申告者と違反者の関係
入社日:〇年〇月〇日
契 約:期間の定めのある雇用契約
役 職:特になし
職 種:一般事務

労働基準法第104条1項に基づく申告
申告者は、違反者における下記労働基準法等に違反する行為につき、適切な調査及び監督権限の行使を求めます。

関係する労働基準法等の条項等
労働基準法5条

違反者が労働基準法等に違反する具体的な事実等
・申告者は〇年〇月〇日、同月〇日をもって退職する旨記載した退職届を提出する方法によって退職の意思表示を行ったが、違反者は、当該退職届の提出が民法628条及び労働基準法137条の要件を満たしていないことを理由に、退職の効果を否定して、申告者の自宅に押し掛けるなど労働者を精神的に追い詰める方法を用いて就労を強要ないし復職を強制している。

添付書類等

・特になし。←注1

備考
特になし。

以上

※注1:会社が就労を強要していることを示す証拠(たとえば自宅に押し掛けてきた場合などの会話を録音したデータなど)があれば添付してください。

(3)その他の対処法

上記(1)(2)の方法を用いても解決しない場合は、労働局の紛争解決援助の申し立てを行ったり、労働委員会の主催する”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士や司法書士に相談して裁判所の裁判手続などを利用して解決する必要がありますが、それらの方法については以下のページを参考にしてください。

労働問題の解決に利用できる7つの相談場所と